*** 53 神界予算2兆5000億年分 ***
救済部門本部にて。
茶を喫して落ち着いた神々は、タケルに質問を始めた。
「それにしても『資源抽出』とは見事なものであったの……
なぜあのような神法マクロを考えたのか」
「神界救済部門を立ち上げるに当たって、多くの機器を銀河宇宙に発注する必要がありました。
ですが現在の銀河宇宙では資源が逼迫して価格の上昇が続いています。
そこで救済部門として、銀河宇宙に迷惑をかけずに自力で資源を採掘する手段を考えていました」
「そのために魔法神法レベルを上げていたというのか」
「それだけが目的ではありませんでしたが、大きな目的の一つでした」
「先ほどあのマクロを行使するには最低でもレベル600が必要だと言っていたが……
傍らに十分な魔石や神石を用意していれば、もう少しレベルの低い者でも行使可能なのではないかの」
「それでしたらレベル550の者でも大丈夫でしょう」
「それでも550ものレベルが必要か……」
「魔法神法レベル以外にも必要なものはあるのかな」
「もちろん広大な作業空間が必要です。
それから原子核物理学、相互作用物理学、出来れば量子力学などの学位程度の知識も必要になるでしょう。
神法を行使するためには、その神法が起こす物理現象の理解も必要になりますので」
「そうか……」
「それにしてもだ。
如何に自らの神域内と雖も、電磁気力相互作用を遮断するなどという禁呪を使用するのを許してもいいのだろうか」
「それについては、既に最高神さまより神域内限定で許可するという裁定が下っておる」
「そ、そうは言いましても……」
「最高神さまの裁定が不服であれば、直接最高神さまに申し立てるがよい」
「……あぅ……」
「なんなら今秘書AI経由でアポイントを取り、帰りに最高神さまに拝謁を賜るか?」
「い、いえ、それには及びませぬ!」
「ならばもう文句は言うまいな」
「……………」
「ところでタケル神は既に小惑星何個分の資源を得ているというのですか」
「1000キロ級から2000キロ級までおおよそ100個分ですね」
「それでは莫大な量の資源を溜め込んだことでしょう。
その売却額のせめて半分でも神界全体に上納しようという気概は無いのですか」
「その問いについては妾が答えよう。
このタケルは、救済機関発足に当たって既に神界全体の予算2兆5000億年分に匹敵する機材を銀河宇宙に発注しておる。
それも支払いは個人資産からだ」
「「「 !!! 」」」
「に、にちょう……」
「そして、この男があの驚くべき資源抽出を試みたのは、銀河世界と資源取引をして儲けようという意図ではなかったのだ。
単に自分の注文によって、ただでさえ高騰しておる銀河の資源価格をさらに上げたくなかったからなのだよ。
資源提供を伴う機材発注であれば、銀河のヒューマノイドも迷惑は被らんからの」
((( ………… )))
「それ故に、もしも我らの発注する資材に必要な分以上の資源を売却し、その利益の半分でも神界に上納せよというのならば、まず神界はこの男が個人資産から支払った資材代金を全て肩代わりしてから要求するのが筋ではないかえ?」
「そ、そのようなことは不可能だろうに!」
「ならばこ奴が神界に上納する必要は一切無いだろうの」
「うっ……」
「あの、そもそもそれだけの莫大な資産や資源をつぎ込んで、救済部門の活動が成功する可能性はあるのでしょうか。
もし失敗すれば、全ての資金や資材が無駄になってしまいます。
そんなことになるぐらいでしたら、資源開発だけやっていれば……
97億年前に神界が個別恒星系の救済を行った際にも大失敗していたわけですので……」
「ははは、あの97億年前の救済が大失敗に終わったのは、当時の神界の神々が救いようのない阿呆だったからだの。
しかもハニートラップに引っかかるなど倫理心も疑わしいものだ」
「わ、我らが父祖の神々を侮辱なさるか!」
「阿呆を阿呆と呼んで何が悪い」
「「「 !!! 」」」
「しかも過去の失敗に学ばずに、父祖だというだけで無条件に尊崇などしているから、いつまで経っても神界の神は阿呆なままなのだ」
「「「 !!!!! 」」」
「我らが父祖はな、神が助けてやると言えば銀河の民は平伏して従うと驕っておったのだよ。
しかも、誰一人として実際のヒューマノイドの生活も知らず、研究すら行おうとしていなかったのだ。
さらに救済の資材も資金も銀河連盟頼みだったしの。
そのような子供の遊びのようなものが成功するわけはあるまいに」
((( ………… )))
「その点この男は凄いぞ。
なにしろ3次元時間では僅か4か月前までただの一般ヒューマノイドだったのだ。
それも常に戦乱に明け暮れる後進恒星系のな。
まあそれが故に、阿呆な神と違って、銀河ヒューマノイドの心理も行動原理も熟知しておるのだがの」
((( ……………… )))
「それが前世の記憶を取り戻し、たった3名のインストラクターをつけてやった途端、15年間の生活時間で総合レベル700近くに達してしまった。
その上に、僅か4年間の学習によって銀河連盟大学を最優等の成績で卒業してしまったのだ。
しかも、机上の学問で終わることなく、その経験と知識を生かしてあの『資源抽出』まで為してしまったしの。
銀河宇宙と神界140億年の歴史の中で、誰一人として成し遂げるどころか想像すらしていなかった方法でだ」
((( ……………… )))
「それだけの知識と経験と実績を持つ男が、さらに莫大な資金と資源を手にして救済を始めようというのだ。
無知無能な我らは黙って応援する以外に道は無いのではないか?」
「「「 あぅ…… 」」」
「だいたい神界生まれの神で、銀河の教育機関で物理学の学位を持っておるものはひとりもいないだろうに。
銀河宇宙の神のくせに、妾も含めて我ら神々は銀河の物理現象を全く理解しておらんのだぞ。
それでよく銀河宇宙の神を名乗れるものだな!」
「「「 あぅあぅ…… 」」」
「銀河宇宙出身の天使たちは、そのほとんどが銀河連盟大学を優秀な成績で卒業して、物理学のみならず政治学や社会学や経済学などの学位も持っておる。
だがそなたらは、何故か銀河世界出身の天使を昇格させても初級神にまでしかしておらず、神法の行使も認めていなかっただろう。
よって、銀河出身の神にはこの男が開発したような神法を使いこなせる者が誰一人としていないのだ。
よいか、神界広しと雖もこの資源抽出を為せる神は、その総合レベル、神力行使力、知識などすべてに於いてこの男しかおらぬのだぞ。
それも自らの努力のみでこの高みに昇りつめたのだ。
そなたらはもそっとこの男に敬意を払ってもよいのではないか?」
((( ……………… )))
「つまり神界は自らの差別意識によって、もしくは神界出身の神の保身によって、自らの可能性を潰えさせて来ていたのだよ。
その結果増殖してしまったのが、あのワイラスの莫迦孫のような者たちだろうの」
「で、ですが、いくら銀河の英雄の生まれ変わりだとしても、覚醒後わずか1か月で初級神にまで昇格させるとは……」
「あれは己の総合レベルを上げようと努力するタケルが、『神力生命体創造』の神法を求めたからだの。
資源抽出は、その副産物に過ぎん。
神界には未だに神以外に神法を使わせずという驕りがある故に、タケルを初級神に任じただけだ。
そなたたちも、タケルに資源の分け前を寄越せだなどと筋の通らないことを言いだす前に、自らの努力によって『資源抽出』を為せるようになったらどうか。
もしくは自分の配下や子弟を銀河の大学に留学させ、合わせて少なくともレベル550まで鍛錬させたら如何かの」
((( …………………… )))
「で、ですが、それだけの高額取引を銀河宇宙と行ったり、さらに余剰資源を銀河宇宙に売却したりすれば、銀河の一般ヒューマノイドとの過剰な関りを禁止した神界慣習法に抵触するおそれが……」
「あの、発言よろしいでしょうか」
「法務部門長メルガネア・ガイリアーヌス殿、どうぞ」
「ありがとうございます視察団長閣下。
今、宙域統轄部門長代理アロイラス・ミルゲリア殿は、『ヒューマノイドとの過剰な関りを禁止した神界慣習法』と仰られましたが、それは違います。
あれは『慣習』であって『慣習法』ではないのです。
慣習法には判例もあり罰則規定もありますが、慣習は慣習であって判例も罰則規定もございません。
法律用語は正確にお使いください。
それともまさか、意図的に誤用することで、この場の議論を誘導されようとしたのではないでしょうね」
「ぐぅっ!」
「そ、それにしてもだ。
銀河宇宙の資源価格高騰を抑止するためとは言うが、逆に神界の資源売却によって資源価格が下落してしまったらどうするのだ。
神界が鉱業系恒星系から恨まれることにもなりかねんぞ!」
「はは、それについては鉱業系恒星系に対する産業構造転換用の無利子融資資金を既にプールしておる。
たしか総額は100兆クレジット、神界予算100年分であったかの」
「はい」
「「「 !!! 」」」
「この男は資源抽出に成功すると同時に、銀河連盟に対して鉱業系恒星系への無利子融資制度を提言し、既に資金のプールまでも行っているのだ。
それに資源売却を銀河連盟資源管理部に一本化すれば、価格急落の混乱も避けることが出来よう。
こ奴はそこまで考えて、既に手を打っておるのだぞ。
そなたは文句を言うばかりで、そうした対策を考えつく頭は無いのかえ?
他人の施策を批判するときは代案も述べるべきと、神界学校幼年部で教わらなかったか?」
「あぅぅっ……」




