*** 45 武者ラーメン ***
「あ、あのっ!
お、お言葉を返して大変申し訳ないのですが!
それだけの数の深重層次元恒星船を建造するには、銀河宇宙の総力を挙げても少なくとも600年、場合によっては1000年以上もかかってしまうかもしれません!」
「大丈夫ですよ、わたくしの神域は3.000次元空間に比べて時間の流れを60倍にしますから。
ですから、わたくしの神域内にドックを作れば神域内で600年かかるとしても、3.000次元時間では10年しかかかりません」
「「「 !!!!!!!!!! 」」」
「た、タケルさまのご神域を貸して頂けるというのでしょうか……」
「はい。
先ほどお願いした工業製品の製造も神域内のスペースをお使い頂けます。
そのためにかなりの大きさの神域を作っていますので」
((( ………… )))
(なあ、タケルさまのご神域で働けるとか…… 希望者殺到じゃないか?)
(しかも、そこで1年頑張って働けば、3.000次元に戻ったときには6日しか経ってないのに、1年分の給料を貰えるのかよ……)
(お、俺、製造監督者としてそこに駐在するわ……)
(なに言ってるんだよ俺が行く!)
(俺だ!)(俺だ!)(俺だ!)
「あのー、もうひとつ教えて頂きたいんですけどね。
先ほど超大型転移結界装置の製造は私共で行い、それに必要になる資源調達も私共で行うつもりなのですが。
その材料資源が余った場合には、銀河の皆さんに販売させて頂いてもよろしいのでしょうか。
ほとんどが合金や化合物というより純粋元素そのものになるでしょうけど。
それに販売場所はわたくしの神域でもよろしいですか?」
「もっ、もちろんです!
そうなれば当面の利用可能な資源も増えるでしょうし、高騰していた資源価格も少しは安定することになるでしょう。
大歓迎です」
「それはよかった。
なるべく早いうちに資源を用意させて頂きますね」
「あ、ありがとうございます……」
(俺、資源販売員やる!)
(俺も!)(俺も!)(俺も!)
タケルと恒星系ムシャラフとの商談は無事終わった。
尚、政府首脳たちはまだ全員が医務室にいるために、晩餐会の予定は急遽キャンセルされて翌日に昼餐会が行われることになっている。
作りかけの料理は時間停止倉庫があるので保存には何の問題も無い。
大統領府の執事長はやたらに恐縮していたが、そもそもの原因がタケルーさんの飛び入りであったため、タケルは全く気にしていなかった。
タケルとの会談後の事務官や技官たちの会話:
「なあ、あのタケルさまってタケルーさまの生まれ変わりだけあって、『戦闘力と魔法力の怪物』なんだよな」
「それに加えてご自身の努力で『知力の怪物』でもあるそうだぞ」
「そんなお方さまが超莫大な資金を手にされた上で、『企画力の怪物』にもなられたのか……」
「これは本当に銀河の自然災害世界は救われるようになるのかもな……」
「それも神界認定世界だけじゃあなくって、未認定世界や知的生命体のいない生命世界もか……」
「我々はそのお手伝いをさせて頂けるんだな……」
「はは、なんか凄まじいモチベーションが溢れて来たぞ」
「その通りだな……」
翌朝復活した大統領閣下は、事務官たちからタケルさまのご注文内容を報告されて、またもや白目になりかけた。
それは、例え仲介手数料を最低の0.5%にしたとしても、今後数世紀の間は恒星系GDPを倍増させるものだったからである。
タケルーさんが大人しくしていたために昼餐会は無事終わった。
そうして、大統領府前で居並ぶ政府要人たちが深く深く頭を下げる中で、タケルは転移ポートから地球経由ですぐに恒星系ミランダの大統領府に飛んだのである。
ミランダ大統領府では、ムシャラフでの失敗に鑑み、タケルは前もってタケルーからの挨拶があることを伝えた。
だが、事前予告があったにもかかわらず、ミランダの大統領閣下を含む政府首脳の全員が感激のあまり腰を抜かし、やはりその半数が気絶してしまったのであった。
(相変わらず凄い破壊力ですねタケルーさん)
(お、俺はなにも破壊してねぇぞ!)
そうしたアクシデントにもかかわらず、事務官や技官たちとの注文交渉は無事終わった。
ただし、銀河全域からとりあえず100億人の1万年分、最終的には100万年分の食料を集めて備蓄したいという注文には、事務官と技官の半数が白目になった。
しかもそれらの食材は、住民にすぐに提供出来るよう半加工食品にして欲しいこと、その際に10億体の調理ドローンも付けること、加工食品保存のために食品専用重層次元倉庫衛星を1万基用意して欲しいと言われて、残りの半数も白目になりかけた。
小麦などの農産物を集積するだけでなく、それをパスタなどに加工する食品工場を用意するのは更に大変である。
しかも銀河宇宙の食料品価格を高騰させることなく、慎重に集めてもらいたいとのご用命でもあった。
また、農業恒星系が心配する過剰生産についても、現状の農産物価格の10%増しで1000年ほどの超長期契約を結んでも構わないということである。
この注文は、農業恒星系だけでなく、食品加工、農機具製作、肥料等製作を得意とする多くの恒星系を潤すこととなるだろう。
翌日の歓迎昼餐会も、タケルーさんが大人しくしていたために無事終わった。
こうして、工業恒星系ムシャラフと農業恒星系ミランダは、銀河の歴史始まって以来と言われる超巨大契約をゲットしたのである。
その契約の遂行には、今後数世紀の年月を要することだろう。
ミランダでの交渉が終わると、セミ・リゾート衛星を発注したルオルン恒星系から問い合わせが来た。
元々のショールームは地表階層がリゾートスペースになっており、ホテルやロッジやキャンプ場以外に居住棟は無いそうなのだが、今後の人口増加を見越して住宅も建てるかどうかというものだった。
タケルはこれを断る代わりに湖畔の100メートル四方ほどを整地し、後から送る写真を基に1棟だけ大きな居住棟を注文したのである。
エリザベートが視察に来た際に泊まって貰おうと思ってのことだった。
マリアーヌには、地球のデータベースから、中世欧州の領主館風の建物をチョイスするようお願いしている。
また、ルオルンにはリゾート天体の地下1階部分には広大なショッピングモールも依頼した。
食料品、衣料品、娯楽品、果てはキャンプ用品の店までも入居する本格的なものである。
もちろん広大なフードコートも多数ついている。
救済部門の職員たちは、大いに居住環境を楽しんでくれることだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
注文も無事終わったけど、まだニャイチローたちが休暇から帰って来るまでは間があるか……
それじゃあ地球に寄っていくつかお願いしてこよう。
またアレ食べたいし……
地球に帰ったタケルは、まず『武者ラーメン』チェ―ン店の社長、武者源治を訪ねた。
この源治は、タケルーさまの復活に際して地球駐在員となっていたムシャラフ人の末裔であり、家族と共に武者市内で暮らしている。
もちろん子供のころから親と一緒に何度もムシャラフ恒星系にも行っていた。
こうした地球在住ムシャラフ人たちは、武者一族を構成してタケルさまをお守りすることだけでなく、地球での商取引などを通じてタケルさまのお役に立つことも推奨されている。
源治は日本のラーメンに魅了された。
そして、味わうだけでは物足りず、自ら開発して納得した『武者ラーメン』の店を開いたのである。
この武者ラーメンは多くのラーメン通を唸らせた。
ただでさえ美味である上に、実は源治は銀河宇宙の製品であるうま味調味料も隠し味として使用していたのである。
これはミランダ恒星系が開発した、グルタミン酸、アスパラギン酸、イノシン酸、グアニル酸など8種類もの旨味成分を黄金比率で配合したもので、源治の開発した武者ラーメンとは最高の組み合わせとなっていた。
(因みに日本の『味〇素』のことを化学調味料と言う阿呆がいるが、地球人類はまだ食品を化学合成で作る技術は持っていない。
あれの原料は全て自然のものであり、その中の旨味成分を化学的に抽出・濃縮しているだけなのである。
よって、『濃縮自然調味料』と呼ぶべきものであり『やはり化学調味料は自然の旨味と違って舌が痺れるの』などという者は莫迦丸出しなのである。
それは単に濃度が濃すぎるだけなのだ。
過ぎたるは尚及ばざるが如し)
この源治の研鑽に銀河宇宙の自然調味料が加わった武者ラーメンは、多くの者を虜にした。
そのあまりの旨さに『3日に一度は食べたくなる』『1週間空けると禁断症状が出る』とも言われ、その常習性から厚生労働省の麻薬Gメンがスープサンプルを持ち帰ったという都市伝説まで生まれたほどであった。
また、その価格もこのテの有名ラーメン店にしては珍しく600円と安かった。
このために、武者ラーメン1号店前にはあっという間に長蛇の列が出来ていったのである。
この店舗には『武者ラーメン』以外のメニューが無く、もちろんサイドメニューも無い。
しかも多くのラーメン狂たちはあっという間にラーメンを食べ尽くし、万感の思いを込めて大きくため息を吐いた後は、備え付けの布巾でテーブルを拭き、すぐさま丼を洗い場に持ち込むことまでするのである。
結果、多くの客も同じ行動をするようになったため、回転率は驚異的だった。
それでも行列は100メートルを下回ることが無かったために、源治は2号店、3号店と店舗を増やしていった。
にもかかわらず、各店舗の行列は一向に短くならなかったのである。
東京の大学に受かった新入生や東京で就職した新社会人たちは、こぞってこの武者市に住みたがった。
おかげで『住みたい街ランキング』で、武者市が吉祥寺などを抑えてトップになった原動力とも言われている。
また、日本中からこの武者ラーメンを目的に武者市を訪れるファンも多く、武者市内のビジネスホテルは日本最高峰の稼働率を誇ってもいた。
タケルもこの『武者ラーメン』は大好物だった。
ときどき無性に食べたくなるために、学校帰りによく行列に並んだものである。
或る日30分ほども並んでようやく武者ラーメンにありついたのだが、これを源治が見ていた。
おかげでそれ以降、タケルは店の裏手にある源治邸に直接お邪魔することになったのである。
タケルが訪れると、武者夫人はタケルを応接室に通し、すぐさま源治本人がラーメンを持って来てくれたのであった。
中3の夏にタケルの中でタケルーの魂が覚醒してからも、タケルはこの武者源治邸に通い、ラーメンをご馳走になっていた。
夢中でラーメンを食べるタケルを、源治は滂沱の涙を流しながら見ていたのである。




