*** 43 発注 ***
結局恒星系政府の重鎮たちは全員が医務室に運ばれた。
懇談は明日も行うことにして、タケルは暫しの休息の後、別室の実務担当者との会談に向かう。
会談の場には大統領府の事務官たちと技術省や商務省の技官たちがいた。
「初めましてみなさん、新たに発足した神界救済部門の実行部隊長、タケル・ムシャラフ初級神です。
今後ともよろしくお願い申し上げます」
「「「 こちらこそよろしくお願い申し上げますタケル・ムシャラフ初級神さま! 」」」
役人たちが深々と頭を下げた。
彼らにとっても大緊張の瞬間である。
まずは目の前の少年のファーストネームだが、『タケル』という名はあの超英雄タケルーさまの生まれ変わりであることを意味している。
しかもそのタケルーさまの魂はこの少年の内に独立して存在するらしく、先ほども御言葉を賜った国王陛下、大統領閣下、大臣その他の恒星系重鎮たちは、感激のあまり気絶するか腰を抜かして全員が医務室にいる。
次に彼のファミリーネームである『ムシャラフ』、つまりは恒星系そのものの名前であり、このファミリーネームを持つ一族は、このムシャラフ恒星系にもひとつしかいない。
すなわち王族であり、この男は現国王陛下の孫でもあるのだ。
そして『初級神』、言うまでも無くあの神界の神の一柱なのである。
加えてその役職は、神界に新設された『神界救済部門』の実質的No.2であった。
今回の恒星系ムシャラフの訪問は、表敬と挨拶を兼ねた商談だということなのだが、実際には神界救済部門が必要とする機器の購入になるだろう。
その購入のための資金力、平たく言えば支払い信用力については、既に恐るべき現金が銀河連盟銀行に眠っている。
なにしろ標準的な銀河の恒星系政府予算の1兆年分のさらに16万倍の資金である。
銀河連盟準備銀行の総資産の実に98%を所有しているのであった。
仮に信用等級をつけるとしたら、銀河宇宙の最有力恒星系政府のAAA等級など足元にも及ばず、たぶんAが100コぐらいつく等級になることだろう。
そのお方さまが仮にお亡くなりになった場合でも、そのご資産の大半は神界救済部門に寄付される遺言書が用意されているとのことである。
つまりまあ、銀河系の歴史始まって以来の資金力と信用力を持つお方さまからの注文になるのだ。
例えそのご注文が1クレジットの物品1つでも、ムシャラフ恒星系が全力を挙げて取り組まねばならない超重要顧客であった。
「本日は貴重なお時間を頂戴致しまして誠にありがとうございます」
『いえ……』とか『とんでもございません!』とか20人ほどの上級官僚たちがもごもご言っている。
「また、わたくしは地球という後進惑星に生まれて育ったものですから、最新の銀河技術についてはほとんど知りません。
ですから未熟な質問も多々あるかと思いますが、どうかご容赦ください」
官僚たちが頷いた。
だが、その場の全員が、目の前の男がたった4年の学習で銀河連盟大学を最優等の成績で卒業したことを知っている。
侮っている者は1人もいなかった。
「それでは早速注文を始めさせて頂きたいのですが、その前にまず確認させてください。
我々救済部門は、工業製品の発注に際しては利便性を重視して注文先を貴恒星系に一本化したいと考えているのですが、構いませんか?」
「も、もちろんでございます」
「その際に、仲介手数料の規定はあるのですか?」
「最低仲介料は製品価格の0.5%で、最高は5%と定められています。
新たな設計の必要の無い物ほど低くなっていて、設計や仕様の変更が必要な物ほど割合が高くなっています。
ですがもちろんタケルさまからのご注文に際しては、恒星系議会より一切の仲介手数料を頂戴しないよう命じられております」
「それは困りました。
仲介手数料やコンサルティングフィーについては、是非既定の手数料の上限をお支払いさせてください」
「で、ですがタケルさまよりのご注文で私共が利益を上げるなどということは……」
「それでは長期に渡る取引関係の維持が難しくなると考えます。
最初はいいでしょうが、100年後1000年後の取引に際して障害になりかねません。
ですから最初から適切な手数料をお取り頂きたいと思います。
その方が結果的に我々の利益にもなるでしょうから」
「か、畏まりました。
恒星系議会にはそのようにお伝えさせて頂きます」
この神は商取引のことまでわかっているのか……
その場の皆が内心で驚いている。
「仲介手数料はそれでいいとして、各種機器の利益率設定はどうなっていますでしょうか」
「恒星系内の取引については利益率は各恒星系政府に任されておりますが、おおむね銀河連盟の定めた恒星間取引慣習の範囲内になっていますね。
もちろん機器によって異なるのですが、おおよそ5%から50%の間で銀河連盟が設定しています」
「銀河連盟が定めているのですね」
「はい、例えばクラス1の恒星間宇宙船であれば、その製造販売にかかる利益率は15%から20%の間に決められています。
注文仕様書を連盟に送信すれば利益率の範囲と推奨利益率が返って来るのです」
「それは商取引を巡る恒星間紛争を避けるためですか?」
「もちろんそうです」
「さすがは銀河宇宙ですね。
それではその利益率も、許された範囲内での上限を適用してください」
「「「 !!!! 」」」
「それでもうひとつお願いがあるのですが、工業製品の発注はなるべく広範囲で多くの恒星系に分散発注してやって頂けませんでしょうか。
特定の恒星系に偏ることなく」
「畏まりました。
ですがタケル・ムシャラフ初級神さま」
「あ、是非タケルとお呼びください」
「そ、それではタケルさま。
分散発注をすれば確かに多くの恒星系が喜ぶでしょう。
ですが部品にしろ中間製品にしろ、最終工程を担当する恒星系に持ち込む際の恒星船による輸送にはけっこうな時間がかかります。
ですのでその分納期が遅くなってしまい、同時にコスト上昇要因になってしまうかと」
「最初は仕方が無いでしょうね。
ですが、大型の恒星間転移装置を神界認定世界の数だけ3000万セット発注させて頂きたいと思っています」
「「「 !!! 」」」
「これは納期に制限を設けませんので無理をしないでゆっくり生産してください」
「あ、あの……
恒星間転移装置の運用は銀河宇宙には禁止されているのですが……」
「もちろん運用するのは神界の救済部門になります。
ですから転移装置の片方は各恒星系ですが、もう片方はわたくしの神域に設ける施設になるでしょう。
その転移装置の入り口部分では禁止薬物や武器火薬類、ウイルスや細菌類の検疫体制を整えたいと思っておりますので、検疫専門のドローンやナノマシンも3000万セットお願い致します」
「「「 !!!! 」」」
「転移装置の口径は15メートルほどで大丈夫ですかね。
それよりも大きくなる最終製品については、わたくしが転移で運ぶかわたくしの神域内で組み立てていただきたいと思っています」
「そ、それだけの口径があれば十分だとは思います……」
「それではその代金は如何ほどになりましょうか」
「口径15メートルの恒星間転移装置そのものでしたら、法定利益込みで1基900万クレジットになりまして、検疫体制を整えた場合は1基1000万クレジット(≒10億円)になります……」
「ほう、意外に安いですね」
((( ………… )))
「あの、転移装置そのものは既に確立された技術ですし、銀河宇宙では恒星系内で使用される短距離転移装置はもはや普遍的技術です。
それが恒星間の即時移動を齎すものであっても、使用される技術はほとんど変わらず、パワーユニットの出力が3ケタほど大きくなるだけですので。
加えて使用する資源の量も少なくて済みますから。
で、ですがそれを3000万セットということは、総額で300兆クレジット(≒3京円)にもなってしまいますが……」
「その転移装置網が完成すれば、我々神界救済部門の物資調達は格段に捗るでしょうから、それぐらいのコストは容認出来ます。
それに我々の調達の障害にならない範囲でしたら、銀河宇宙の恒星間商取引の拡大にも繋がるでしょう」
「わ、我々銀河宇宙の個別恒星系にも恒星間転移装置網を使わせていただけると仰るのですか!」
「ええもちろん。
いったんわたくしの神域を経由して頂く形になりますが、そうすれば検疫済の商品を他の恒星系にまで届けることが出来るようになるでしょう。
兵器や軍の移送も完全に防げますしね。
まあその際には多少の使用料を頂戴することになるでしょうけど。
そうですね、10メートル×10メートル×20メートルの標準大型コンテナを転移させるとして、使用料はいくらぐらいが適正ですかね?」
「そ、そのような恒星間取引は通常の恒星船にて行われていまして、その際には輸送に多くの時間とコストがかかっています。
その大きさのコンテナを1万光年離れた恒星系に移動させるには、3000万クレジット(≒30億円)近いコストがかかっているでしょう。
ですからその半額でも皆大いに喜ぶと思われます」
「うーん、それちょっと高いですね。
距離に関わらずコンテナ1個につき3万クレジット(≒300万円)では如何ですか?」
「「「 !! 」」」
((( そ、そんな格安で恒星間取引が出来るようになったら、恒星間輸出入がとんでもなく増加するぞ……
銀河宇宙のGDPがいったいどれだけ拡大するというのだ…… )))
「まあそれで自恒星系の遠距離輸送産業が打撃を受けるとしたら、恒星系政府がなんとかするでしょう」
「で、ですが駆動用の神石の数が6000万個に及んでしまいます。
神石の製造は神界に属するものですので、我々ではご用意させて頂くことが出来ないのですが……」
「それはもちろんわたくしが用意します。
実際にはまず大量の魔石を用意して、それをわたくしが神力に変換して神石に注入していくことになると思いますが。
その魔石を製造するために、銀河宇宙で待機している天使見習い心得たち10万人を救済部門で雇用しようと思っているのですよ」
「「「 !!! 」」」
「ですので彼らの居住区として、ルオルン恒星系からセミ・リゾート天体を購入したいと考えています。
たしかモデルルームとして直径100キロ級、100万人収容可能な天体があったと思いますので、もし購入が可能でしたらお願いします。
あ、各居住区の家具や魔道具も全て、それからレストラン街で調理を担当するドローンもセットで。
つまりまあ、すぐにでも100万人が生活出来るリゾート天体を購入させてください」
「か、畏まりました……」




