*** 42 挨拶と商談 ***
そして数日後。
神界転移部門の応接室にはエリザベート上級神の姿があった。
相対する席には転移部門の部門長がおり、その後方には幹部職員たちが10名ほども控えている。
どうやら部門長は取り巻きがいないと対等な立場の者と対話も出来ないらしい。
「神界転移部門部門長ゲオルグ・ワイラス殿、時間を取ってもらったことを感謝する」
「上級神会議議長を引退したお前が何の用だ!」
「今の妾は神界救済部門の部門長なのでな。
その活動に必要な物資の提供を依頼しに来たのだよ」
「そもそも神界に救済部門など不要だっ!
神は世界の創造と生命への知性付与だけをやっていればよいのだ!」
「おや、物資の提供は拒否するというのかえ?」
「当たり前だ!
不要な部門に提供する不要な物資など無い!」
「そうかそうか、それでは転移部門は新たに創設した救済部門への協力を拒否するというのか」
「当然だろう!
不要な部門に協力する意味などあるはずもない!」
「ということは、転移部門は最高神さまの通達に真っ向から反するということだの。
了解した。
そういう部門が存在した際には最高神さまに直接報告せよとのご命令を受けているので、早速面談の予約を入れるとするか」
「!!!」
「やれやれ、最高神さまもお忙しいだろうにご迷惑なことだな。
そうそう、この面談の内容は妾の秘書AIがすべて記録しておるのでな、後で自分の発言を否定しても無駄だぞ」
「ぐぎぎぎぎぎ……」
「それでは物資提供の依頼は、明日発表される新たな部門長にするとしようか。
多分だが、新部門長は内部昇格ではなく、別の部門から選ばれることだろう。
それだけでなく、幹部人員も全員入れ替えだな」
「「「 !!!! 」」」
「邪魔したの」
「ま、待てっ!
な、何を提供しろというのだ!」
「おや、不要な部門に提供する不要な物資は無かったのではないのかの?」
「と、特別に用意してやるっ!」
「それではまず3メートル級の恒星間転移装置を12セットだの。
もちろん10センチ級の神石もつけてだ。
設置は妾の部門にやらせる」
「ぐぅ……
わ、わかった……」
「そうかそうか、ありがとうの」
「そ、それで貴様はいくら払うというのか!」
「ん? なんのことだ?」
「惚けるなっ!
貴様は土木部門と人事部門になにやら依頼した際に、莫大なカネを払っていただろうに!
転移部門にはいくら払うのだっ!」
「やれやれ、部門の本業を依頼された際にリベートを要求するとは。
それは明確な神界法違反だぞ?」
「「「 !!!!! 」」」
「部門長たるそなたがその法を知らぬわけはあるまいに」
「だ、だが土木部門と人事部門には払っていただろうが!」
「あれは正式に依頼を受理された後に渡した協力礼金だ。
受理の対価としてリベートを要求する事案とは全く異なるものだの」
「は、払う気は無いというのかっ!」
「もちろんだ。
妾も贈賄罪に問われたくはないのでな。
そなたは収賄罪に問われて失脚するよりもカネが欲しいのか?」
「がぎぐぐぐぐ……」
「それからの、救済用の物資を集積するために、15メートル級の恒星間転移装置を3000万セット用意して欲しい。
これには15センチ級の神石もつけてくれ。
むろんフル充填したものをだ」
「「「 !!!!!! 」」」
「な、なぜそのように大量の装置が必要なのだ!」
「ん?
銀河の神界認定世界3000万と直接転移網を繋げるためだぞ?
そうすれば救済物資の集積に使えるし、また有事の際の救済部隊の移動にも便利だからの」
「ふ、不可能だっ!
いくらなんでもそこまでの膨大な数の恒星間転移装置を発注する予算は無いっ!
それに6000万個もの神石を用意するのも不可能だ!」
「そうかそうか、それでは転移部門の公式返答は『不可能』ということで良いのだな」
「あ、当たり前だ!」
「それではこれで失礼するとしよう。
ああ、3メートル級転移装置12セットは妾の神殿に運び込んでくれ。
なるべく早くの」
「ぬがががががが……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そのころ3.500次元の鍛錬空間では。
「エリザさまに提出したVer1.1の行動計画も全て承認された。
ったく俺たちの提案がほとんど素通しで承認されるんで、ちょっと恐ろしくもなるよな」
((( ………… )))
「ということでだ、ニャイチロー、ニャジロー、ニャサブロー、お前たちはたった今から初級天使だ」
びーん! びーん! びーん!
ニャイチローたちが大硬直し、しっぽが盛大に膨らんでいる。
(はは、3人ともしっぽだけ見ればタヌキみたいだな。
タヌイチローとタヌジローとタヌサブローかよ……)
「ニャイチローは新たにやって来る10万人の職員の戦闘レベル鍛錬を担当してくれ。
ニャジローは魔石への魔力充填を中心に、彼らの魔法レベル向上を任せる。
あ、ヒト族の魔力充填は無理させなくていいからな。
いくらなんでもあの苦痛を味わせるのは気の毒だ。
目標は全員の総合レベルを300以上、出来れば500以上にすることだ。
ニャサブローは人事管理だな。
彼らの居住空間と職場環境を整備してやってもらいたい。
その後は組織作りを任せる。
3人ともカネのことは気にするな。
あんまりケチ臭いことはするなよ」
「「「 う、う、う、うにゃぁ―――んっ! 」」」
「はは、泣くな泣くな。
10万人もの部下が出来るのに、お前たちが天使見習いのままだと格好がつかないからな。
それに一応初級神である俺の直属の部下なら、最低でも初級天使ぐらいにはなっておいた方がいいだろう」
「「「 は、はいですにゃ…… 」」」
「俺は明日からムシャラフ恒星系とミランダ恒星系に挨拶回りをしてくる。
3次元時間で5日ほどかかるだろうから、お前たちはその間里帰りしてもいいぞ。
また大事にならないように非公式に帰ってもいいだろうし」
「「「 は、はい、ありがとうございますにゃ…… 」」」
ニャイチローたちが転移して行くと、タケルはマリアーヌに頼んで恒星系ムシャラフとミランダの大統領府にアポイントメントを取った。
訪問の目的は挨拶と商談である。
尚、忙しい方々の時間を無駄にしないためにも、初日の挨拶は1時間ほどで、その後は製品受注担当者の方々との実務協議に入り、夜には歓迎晩餐会が予定されていた。
母惑星ムシャラフの転移ポートに飛んだタケルは、丁重に大統領府に案内された。
応接室には国王陛下ご夫妻、大統領と大臣たちが勢ぞろいしている。
こうした神界の神による公式訪問では、最初の挨拶のときには神威の翼を表出することが礼儀となっているそうなので、タケルは2枚1対の翼を広げた。
応接間にいる恒星系政府重鎮たちの間に声にならないどよめきが広がる。
ついでにタケルも多少緊張していたために薄っすらと光り始めていた。
例のエリザベートのゴッドキュア3連発の後遺症である……
「突然のご連絡にも関わらず、このように皆さんお集りくださいまして誠にありがとうございます」
恒星系大統領が恐懼しながらも口を開いた。
「と、とんでもございませぬ!
タケルーさまは我が恒星系の超恩人、タケル初級神さまはその生まれ変わりであらせられると同時に王孫殿下でもおわすのです。
例え事前ご連絡が無くともいつでもいらっしゃってくださいませ」
「暖かいお言葉ありがとうございます。
また、みなさまのおかげをもちまして、わたくしは莫大な活動資金を得ることが出来ました。
それにより神界に救済部門も設立することが出来ております。
篤く御礼申し上げます」
「そ、そのようなこと……
タケルさまのお役に立てて、こちらこそ光栄でございます」
『あー、みなさん聞こえるかな?』
タケルーの念話が届くとその場の全員が大硬直した。
『お、どうやら聞こえるみたいだな。
俺はタケルの中にいるタケルーの魂だ。
5万年ぶりに転生出来て復活したんで一度挨拶をしたかったんだよ』
「「「 お…… お…… お…… お…… 」」」
阿鼻叫喚。
大統領閣下の目から涙が噴出し始めた。
いやその場の全員が硬直しながら滂沱の涙を落としている。
そのうちに全員がソファから滑り落ちて、床に額を擦りつけて平伏を始めた。
人はこれほどまでに平らになれるのかというほどに平伏している。
『いやまあそんなに畏まらなくってもいいぞ。
そんなことより、なんかすっげぇ大金を用意してくれてたみたいだな。
おかげで俺の生まれ変わりであるタケルが神界救済部門を立ち上げることが出来たんだ。
ありがとうな』
ムシャラフ恒星系の重鎮たちが、額を床に押し付けたまま口々に何か言い始めた。
だが号泣しながらなので、何を言っているのかほとんどわからない。
どうやら『恒星系を絶滅からお救い下さってありがとうございます!』とか『御言葉を賜りましてこれに勝る喜びはございません!』とか言っているようだが、やはり何を言っているのかよくわからなかった。
そのうちに半数ほどがあまりの衝撃と喜びに気絶し、平伏姿勢のままぶくぶくと泡を吹き始めたために、タケルが慌てて会談を中断してマリアーヌが救護ドローンを手配していた。
かろうじて意識がある人たちも腰が抜けて立てないようだ。
(凄まじいインパクトですねタケルーさん。
威圧の魔法でも使ったんですか?)
(魂だけの今の俺に使えるわけねぇだろ)
(でも一撃でみんな気絶するか腰抜かしてますよ)
(うーん、今後はちょっと気を付けるわ……)




