*** 38 最高神 ***
そのころエリザベート上級神は神界の最高神神殿を訪れていた。
「本日はご面談の栄誉を賜りまして誠にありがとうございます、最高神さま」
「エリザベート・リリアローラ上級神、よく来てくれた。
お腹の子は順調に育っておるかの」
「はい、極めて順調に育っております。
ありがとうございます」
「それはよかった。
それにしても、そなたが直接面談に来てくれるとは、何千年ぶりのことだろうかの」
「ご無沙汰しておりまして申し訳もございません。
本日はご許可をお願いしたくお邪魔させていただきました」
「そなたがわしに願いとは……」
「まずはこの企画書をお読みいただけませんでしょうか」
タケルの企画書を読み始めた最高神の顔つきも変わった。
抑えているはずの神威もダダ漏れになり始めている。
その場に初級神程度の者がいたならば気絶しかねないほどの神威であった……
3回ほど読み直した最高神が顔を上げた。
「本気か?」
「はい」
「それでそなたの願いというのは、この計画を承認して欲しいということか……」
「はい、それに合わせて、わたくしを新たに立ち上げる『神界救済部門』の部門長に就かせて頂きたいと」
「ふむ、いかに銀河の大英雄の生まれ変わりといえども、まだあ奴には神界の一部門を率いるには鼎の重さが足りんということか……」
「はい、それに合わせて彼の者が自由に動けるためには、原理派からの批判の防波堤になる者も必要になると考えました」
「だがそなたは既に神界上級神会議の議長という重職に就いておる。
権力が集中しすぎるとの批判も出ようぞ」
「そのことに関しまして、わたくしが上級神会議議長を辞任するお許しも頂戴出来ないかと考えております」
最高神の目が微かに見開かれた。
「そこまで考えておったか……」
「はい」
「この計画が失敗すれば、そなたは部門長を辞任する必要も出て来るぞ……」
「もとより覚悟の上でございます。
ただ、もしよろしければ、わたくしの後任の上級神会議議長には救済派の上級神をご推挙願えませんでしょうか」
「わかった……
それにしても……
もし本当にこの計画が実現したならば、不慮の自然災害で亡くなる銀河の生命が激減するというのか……
それも神界認定世界だけでなく、未認定世界や未だに知的生命体が発生していない原初生命世界までも」
「如何なる生命と雖も、神界認定世界を作り上げる可能性を秘めておりますので。
それには長い時間がかかりましょうが、可能性はございます。
そうした生命をも救ってやりたいのです。
もちろん多大なる困難も生じるでしょう。
ただ、彼の者の言ではございますが、お伝えさせていただきとうございます。
『神の力と人の努力と銀河の技術と智慧と資金さえあれば、出来ぬことは何もないのではないか』と……」
「そうか……
それはその通りだろうの。
それにしても、神の努力は要らぬというのか……」
「140億年の歴史というぬるま湯に浸かる神々には、もはや努力という言葉の意味もわからなくなっているのでしょう。
その分何もしなくてよい言い訳を叫ぶことだけには熱心ですが」
「その神々の怠慢のせいで銀河の生命たちが不幸な死に見舞われていたのだがの。
だがその怠慢にそなたとあのタケルーが風穴を空けてくれると申すか」
「タケルーだけではありませぬ。
タケルーの魂が入ったあのタケルは、その素質に於いてあのタケルーをも凌駕している可能性がございます」
「それほどまでか……」
「それに勝手ながらタケルを初級神に昇格させました。
故に彼の者の努力は『神の努力』ともなりましょう」
「そうか……
それはありがたいことだの……」
「そもそも神界の怠慢に最初に風穴を空けられたのは最高神さまご本人でしょうに」
「…………」
「あの5万年前の事件を契機とされ、神界上級神会議の怠惰な上級神を一掃されました。
その不満を抑え込むために、わざわざタケルーの魂を5万年も眠らせることにされたのかと」
「ふふ、そなたはお見通しだったということか。
それゆえにそなたはあの裁定に一切異を唱えなかったのだな……」
「あのご裁定が無ければ、この『神界救済部門』の設立も難しかったことでしょうね。
ですがようやく期は熟しました。
この上は全力で銀河の生命を救済してやりたいと思います」
「あいわかった……
銀河の多くの生命が救われることを楽しみにしておるぞ……」
最高神の目から涙が落ちそうになっていることに気づいたエリザベートは、頭を下げることでそれを見ないようにした。
「本日はお時間を取っていただきまして、誠にありがとうございました、最高神さま」
エリザベートが退出した後も、最高神は長い間瞑目していた。
「のうマリーや……」
その場にAI特有の硬質な声が響いた。
『はい最高神さま』
「あの計画は上手くいくと思うか?」
『さて、わたくしには未来視の力はございません。
ですが、彼の者にはわたくしの娘であるマリアーヌがお手伝いさせて頂くことになりました。
計画の進捗状況はエリザベートさまの秘書AIを通じて定期的にご報告出来ることかと思われます』
「そなたも全面的に協力してやってくれるか」
『もちろんでございます最高神さま』
「ふふ、この計画が無事進めば、わしもそなたも2000万年の任務を終えて無事引退出来そうだの」
『はい♪』
「後任にはエリザベートが相応しいと思うがどうか」
『謹んで賛成させて頂きますわ最高神さま♪』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
タケルの下に神界のエリザベートからメールが届いた。
『新たに神界に『救済部門』が創設されることとなった。
部門長は妾だが、その実行部隊の長はタケルだ。
そなたは、妾のことは気にせず突っ走れ。
ベッドの上での月に2回の直接業務報告を楽しみにしておるぞ♡』
それを見たニャイチローたちがしっぽを盛大に膨らませて硬直している。
そしてその日、神界に最高神名で通達が出された。
それは、エリザベート・リリアローラの上級神会議議長辞任を承認し、また新たに創設される『神界救済部門』の部門長就任を告げるものであり、同時に神界各部門に対し、創設間もない救済部門への協力を要請するものでもあった。
この通達を受けて神界は湧いた。
救済派の神々は、遂に神界が銀河宇宙の自然災害救済に本格的に乗り出したとして歓喜し、原理派の神々は或る者は激昂し、また或る者は呆然としていたのである。
3.5次元の鍛錬空間にて。
「おはようマリアーヌさん」
『おはようございますタケルさま。
そしてどうかわたくしのことは、マリアーヌとお呼びください』
「そうか。
それじゃあマリアーヌ、今日は俺たちの鍛錬と作業を見ていてくれるか。
夜はいつも今後の救済部門の活動について話し合いをしているので参加して欲しい」
『畏まりました』
朝食後、タケルはいつものように『消化・吸収』の魔法で胃を空にした後、ニャイチローやオーキーと2時間ほど戦闘訓練をした。
僅か2時間ではあるが、ボロボロになったタケルとオーキーはポーションで回復すると、それぞれの仕事に分かれる。
オーキーはオーク族の男たちの戦闘指導を行う。
最近では託児所のようなものも出来て、女たちも交代で戦闘訓練に加わるようになっていた。
まだ激しい対人戦闘はさせていないが、運動は美容にいいという噂が広まり、参加者が増えている。
さらにレベルが上がれば寿命も延びて健康にもいいということで、なかなかに人気があるそうだ。
オークたちは、午後農作業を行っているが、週に3回ほどは読み書き計算の勉強会も行われていた。
タケルは戦闘訓練後同じく2時間ほど各種魔法操作訓練を行い、午後は魔石作りに没頭している。
最近では魔力が枯渇してもほとんど苦痛や吐き気も無くなっていた。
また、気絶も30分ほどで済むようになっていて、魔石の備蓄も捗って来ている。
魔法レベルが600に達したら、備蓄した魔力を使って神石の製造も始める予定だった。
そして夜のミーティングでは。
「みんな、秘書AIのマリアーヌが来てくれた。
これからは神界救済部門の一員として働いてもらう。
よろしく頼む」
「「「 よろしくお願いしますにゃ 」」」
『みなさま、こちらこそよろしくお願い申し上げます』
「それではさっそくミーティングを始めよう。
神界転移部門が正式に発足することになったために、その人員として天使見習い心得を集める必要がある。
一応俺も神の端くれになったんで、俺の配下になる心得たちは天使見習いに昇格させることになるだろう。
ただし、彼らの給与は俺が負担しようと思う」
「は、はい……」
「人集めの際にはそう申し出てみようか。
それで『神界救済部門』が正式に発足したから、銀河の天使見習い心得たちへの勧誘は神界人事部に頼めるんだよな」
「はいですにゃ」
「約10万人の心得のうち何人ぐらい来て貰えると思う?」
「間違いにゃくほぼ全員が応募してくると思いますにゃ。
250歳以上の方は遠慮されるかもしれませんが」
「そういう高齢の方にも出来れば来て欲しいんだよな。
銀河宇宙での人生経験豊富な人材とか最高だと思うんだ。
俺の諮問会議のメンバーになって欲しいし、これからの組織作りや後進の育成なんかも担当してもらいたいと思っている。
それに天使見習いになれば加護も与えてやれるから、寿命も1000歳ぐらいに延びるんだろ」
「はい」
「それでは年齢制限は無しということですね」
「そうだ」




