*** 30 ファンタジー ***
「それから、書籍化が決まると出版社の圧力で『連載を停止しろ』って言われることも多いらしいんだ。
昔は『書籍化してやるからこの作品をなろうから削除しろ』って言って来る出版社も多かったそうだけど。
でもそうすると投稿作品中で宣伝出来なくなって却って売り上げが落ちるから、最近ではそうでもないようだな。
まあ出版社もその作品を書籍化して売って儲けたいから書籍化するんであって、タダで読めるサイトを放置するわけにはいかないんだろう。
でもさ、そういう作品の書籍が売れなくなって『続巻停止』とか、『契約打ち切り』とかになると、それまで2年間ぐらい更新停止してた作品が、突然連載再開されることがあるんだ。
そこからは投稿者が本当に書きたい作品だったりするから、けっこう面白かったりするかな」
「にゃるほど……」
「それ以外には設定が多すぎて作者本人が書けなくなったケースもあるか。
そうそう、『作者メンタルやらかしまして休筆中です。現在投薬治療中、快方までもう少しお待ち下さい』って書いてあって驚いたこともあったわ。
本当はそういうやらかした奴が書いたものも読んでみたかったけど。
人気は出てないけど、ごく稀に本格的にメンタルがイっちゃってる奴が投稿してる作品もあって、それはそれで面白いんだけどな。
『あー、これが強迫神経症の症例なんだー』とか思えて。
そういえば異世界に転移した奴が、ひとりで野菜を栽培してる作品があったな。
そいつ特にトマトが好きで、延々と50話20万字ぐらいトマト育てる話を書いてたよ。
なんかかなりの狂気が逆に面白かったけど、やっぱり突然連載止めて作品も削除してたわ」
「は、はぁ……」
「あとはそうだな……
読者から送られて来る感想って酷ぇのが多いそうなんだ。
まあ、なんの取柄も無い上に努力もして来なかったせいで劣等感だらけになって、病みまくってる読者がフラストレーション解消するには格好の場所だからな。
なんか作品にイチャモンつけるためだけに『なろう』を読んでる奴って、びっくりするほど多いらしいし。
こういうイチャモン感想でメンタル壊して、連載止める投稿者も多いそうだぞ。
まあ、メンタル病んでる奴が他人のメンタルも壊していくゾンビ症候群みたいなもんだな」
「そ、そうだったんですね……」
「あにょ、それから最近の作品にはいわゆる起承転結があるもにょが少ないような気がするんですにゃ」
「それに主人公が努力の末になんらかの成果を掴むっていうお話も少にゃいような気がして……」
「それはたぶん、読者の共感を得るためにわざとそうしてるんだろうな」
「「「 ?? 」」」
「つまり読者たちが努力とかしたことが無いから、主人公が努力する姿に共感出来ないんだよ」
「「「 ………… 」」」
「だからさ、努力の末に成功を得るんじゃあなくって、神さまの気まぐれとかラッキーとか偶然とか生まれつきで得ていたチートを使って、苦労も努力もせずにラッキーだけで生きて行く姿にこそ共感出来るわけだ。
まあ、共感っていうより願望なんだろうけど。
俺にもこんな風に苦労も努力もせずに、楽勝で暮らしていけてみんなにスゲェって思って貰える能力があったらいいのに、っていう願望の充足だな。
ついでに異性に囲まれてちやほやされてリビドーを発散させられれば尚いいわけだ。
そういう努力も起伏も無い願望のみの暮らしを描いた作品って、作品名やあらすじに『まったり』とか『のんびり』とか『スローライフ』とか書いてあることが多いか。
まあ中には文体が無茶苦茶面白い作品もあるけどな」
「に、にゃるほど……」
「そうそう、しばらく前に流行った『追放・ザマァ』ものとかもさ、主人公が追放されたり迫害されたりするシーンって、せいぜい1話分か2話分しかないだろ。
でもそれから突然チートに目覚めて迫害・追放者にザマァする部分って、優に30話ぐらい使ってるケースもあるし。
つまりまあ、読者はみんな自分が迫害されてるとか正当に評価されてないと思ってるから、主人公が迫害されてる姿を読んで共感したくないんだよ。
自分が辛くなっちゃうから。
でもザマァしてる姿にはワクワクして共感出来るわけだな」
「そうにゃんですね……」
「地球でもさ、19世紀半ばにフランスで『モンテ・クリスト伯』っていう大人気小説が刊行されたことがあるんだ。
日本でも大いに人気を博して、当初『巌窟王』っていう名前で翻訳されて出版されてたけど。
それで俺、7歳の頃に子供向け版読んで面白かったから、10歳になってから原書をそのまま翻訳した岩波文庫版を読んでみたんだ。
そしたらすっげぇ驚いたんだけど、全7巻のうち主人公が友人たちにハメられて投獄される部分って1巻目の半分ぐらいしか無いんだよ。
牢獄から脱獄して莫大な宝をゲットするのも1巻の残り半分で終わっちゃうんだ。
それで、残りの6巻を使って延々と陰惨な復讐話が続くんだわ」
「…………」
「俺、それ読んで子供心に『フランス人も日本人も凄惨で残酷なザマァ話が好きなんだなぁ。なんだかみんな病んだ人たちだなぁ』って思ってたんだ。
つまり、投稿者はそういう病んでる読者層が多いのに敏感に気づいていて、共感を得られやすい話を書いてるんだろう」
「に、にゃるほど……」
「だからそうだな、自分が気に入った作品を並べてみて、自分がどんな内容に共感したがっているのか分析してみるのも面白いかもだ。
どんなことに共感したがっていて、何をカタルシスにしているのかとか。
そうやって自分の病んでる部分を見つけて対処出来るようになれるといいよなぁ」
「「「 ………… 」」」
「そ、それにしてもみにゃさんファンタジーがお好きにゃんですね……」
「それも大昔からそうだな。
地球最古のファンタジー小説は『旧約聖書』だし、その次は『ギリシャ神話』か。
日本だと『日本書紀』だな。
まあエラソーにしてるだけのおっさんたちがさらにエラソーにするために書いたもんだから、ぜんぜん面白くないけど。
ちょっと時代を下って『今昔物語』辺りになると少しは面白いけどな。
そのぐらい地球人は昔からファンタジーが好きだったんだよ。
たぶんみんなリアルの生活が悲惨な分、ファンタジー小説を読むのを代償行動にしてたんだろう。
そんな娯楽小説を教典とか聖典とか聖書とか言われてもなぁ」
「そうだったんですにゃね……」
「それから、にゃんで地球ではあんにゃにゲームが流行っているんでしょうか」
「安全で挫折の無い人生を仮想体験出来るからだろ」
「?」
「たとえばさ、ゲームの中での努力とかしれてるよな。
その僅かな努力が実らずに挫折するなんてこともほとんど有り得ないし。
また、出会ったステキな異性と一緒に冒険して結婚出来たりもするけど、プレイヤーのアバターがブサイクすぎるとかデブすぎてフラれることも有り得ないわけだ。
でも現実の人生なんか挫折だらけだよな。
だからゲームの中で挫折の無い暮らしや人生を過ごすことに共感すると楽しいんだよ。
おかげで現実の人生では努力も挫折も経験とする必要を感じられずに、ヤタラに打たれ弱い奴になっちゃったりしてるけど」
「はぁ……」
「それに、多くのラノベ読者はリアルでは努力なんかしないでゲームばっかりしてたからさ、ラッキーチートをゲットしたとか、最強のチート武器を偶然手に入れたとか、ゲーム知識で無双出来たとか、そういう風に努力しないでお手軽に強くなれてザマァ出来ることに共感したいんだろうな。
ついでに若返ってイケメンになったり異性にモテたりすれば、さらに共感したがるんだろう」
「そうだったんですね……」
「まあ、そういう点でラノベを読むのも同じだな。
リアル世界で努力したり挫折したりするのがイヤな連中が、ラノベの世界でチート主人公に感情移入して苦労せずに理想の暮らしを楽しむんだ。
昔は本は知識を得るために読んでたんだろうけど、今の時代はほとんどこの『代理カタルシス』のために読むんだろう」
「にゃるほど……」
「でもお前たちよーく考えてみ。
俺なんか究極のラッキー無努力チートだろうに」
「「「 !!! 」」」
「だいたいさ、俺が5万年前の超英雄タケルーさんの生まれ変わりになったのなんて、俺は何の努力もしてないんだぞ。
ついでに生まれた時から記憶力や言語能力にブーストかかってるし。
生まれた家だってものすごい金持ちだし、父さんや母さんは銀河先進恒星系の王族だし。
しかもタケルーさんのおかげでエリザベート上級神さまにも目をかけてもらって、お前たちみたいな銀河最高のインストラクターを用意してもらえて、挙句の果てには上級神さまの番になって神格まで貰えたんだぞ。
さらには莫大な資産も出来たみたいだしな。
ここまで来ればもう銀河最高峰の無努力インチキチート野郎だろうに」
「「「 ………… 」」」
「だから俺は、今の境遇を絶対に自分の実力とカン違いしないように、いつも自分を戒めているんだよ」
「「「 …………………… 」」」
しばらくの後……
(にゃあ、タケルさまがあれほどまでに努力されてるのって……)
(そうだにゃ、あまりにも恵まれ過ぎた自分の境遇に対する劣等感にゃのかも……)
(ボク…… 『本当に努力しているひとは、自分が努力しているとは思っていない』っていう言葉には半信半疑だったんにゃけど……
今ようやく納得出来たような気がするにゃ……)
『お前たちもそう思うか……』
「「「 あ、タケルーさま! 」」」
『あいつの狂ったような鍛錬の根底にあるのは、恵まれ過ぎている自分に対する罪悪感だったのかもな……』
「「「 はいですにゃ…… 」」」
『でもよ、それでなんで俺だけがあんなに苦しまなきゃなんねぇんだよぉっ!
納得いかねぇぇっ!』
「「「 ………… 」」」
((( あのタケルーさまにここまで言わせるとは…… )))
『いっそのこと『感覚共有』の魔法をかけてお前たちにもあの苦痛を……』
「「「 !!!!! 」」」
「あにょ! あにょあにょあにょ!
『感覚共有』は、確かに他人に同じ感覚を与えられますけど!」
「でもそれで本人の苦痛は全く減りませんにゃっ!」
『そういやそうだったか。
しかたねぇ、カンベンしてやる!』
「「「 あ、あああ、ありがとうございますにゃぁぁぁ―――っ!! 」」」




