*** 3 猫人族系女神さま ***
夏休みに入って間もなく俺は15歳になった。
「武尊さん、15歳のお誕生日おめでとう!」
「おめでとう!」
「母さん父さんありがとう」
「本当におめでたいわ♡
なにしろこれでとうとう神さまへのお目通りが出来るもの♪」
「……母さん……大丈夫? 熱でもあるの?」
「ついに銀河の大英雄の復活だな。
それになにより我々夫婦もようやく任務を果たせたし。
後の説明は初級神さまとその筆頭補佐官さまに任せよう」
「父さんまで……」
「でも武尊さん、これからあなたがいくら英雄視されようとも、あなたはわたしたちの大切な一人息子であることに変わりはないし、わたしたちはずっと家族なのよ。
それだけは忘れないでね」
「……も、もちろん……」
「それにしても、これでようやく伝説の英雄使徒が蘇るのね♪」
(俺、もう厨2を終えて中3になってるんだけど……)
「それじゃあもう少しマシな服に着替えた後に、早速初級神さまの神域に転移するとしようか」
父さんと母さんはスーツ姿に着替え、俺は学生服を着た。
そうして両親に連れられて、俺は無駄にバカデカい家の廊下を歩いていったんだ。
まるで平安時代の御所のような邸を囲む廊下を歩いていると、中庭の白い玉砂利から反射された夏の日差しが眩しかったよ。
何故か近所の人たちが大勢来てくれてたんだけど、全員が泣きながら俺たちに頭下げてるしな。
なんだこれ?
家の奥まったところには、普段は鍵のかかっている頑丈そうな扉が3つあった。
子供のころから一度も中に入れて貰えなかった部屋の扉だ。
父さんがそのうちの一つの扉に手を触れるとその扉が音もなく開いていく。
部屋の中には大きな輪が浮いていた。
(なんだよあの輪っか……
なんで向こう側が渦巻いて見えるんだよ……)
部屋の中に用意されていた靴を履くと、両親は輪に近づいて行く。
俺も慌てて後を追った。
「これは神域直通の転移装置なの。
さあ潜りましょ♪」
「う、うん……」
両親と一緒に輪を潜ると、そこは神殿のような場所の大広間だった。
部屋の広さは縦横50メートル近く、天井も遥かに高い。
大理石の床を進むとその先には階があり、その奥には御簾がかかっている。
階の手前横には椅子があって15歳ぐらいに見える女の子が座っていた。
御簾の向こうにもどうやらソファらしきものがあって、何人かが座っているようだ。
(ま、マジか! あの御簾の手前にいる女の子、頭に猫耳がついてる!
あっ! しっぽもあって動いてるっ!)
「恒星系ムシャラフ王朝第2王子ロベステール・フォン・ムシャラフ殿下、恒星系ミランダ王朝第3王女マリアデール・フォン・ミランダ殿下、そしてタケル、よく来てくれたにゃ♪
ジョセフィーヌ・リリアローラ初級神さまもたいそうお喜びにゃよ」
(お、おいおいおい、父さんと母さんって地球人じゃあなかったのかよ!
あ、恒星系ムシャラフのロベステール・フォン・ムシャラフ殿下だって……
そうか! だからウチの名字がムシャだったんだ!)
「ジョセフィーヌ・リリアローラ初級神さま、主席補佐官ニャルーンさま、ご無沙汰しておりまして誠に申し訳ございませんでした」
「そにゃたたちはタケルを育てるという超重大任務を果たしていたんにゃから、ご無沙汰も当然にゃぁ。
女神さまもよくご存じにゃよ。
さて、『変化』の魔法を解いて、本来の姿に戻ってもらおうかにゃ」
俺たちの体が光に包まれると、父さんと母さんの姿が変わった。
2人とも北欧系の顔立ちになっている。
髪の毛は2人とも金髪になり、父さんは濃い目の金色、母さんは薄めの金色で少し赤味がかっているか。
いわゆるストロベリーブロンドっていう奴だな。
目の色は父さんが薄いグリーン、母さんが真っ青か。
2人ともすっげぇ美形だわー。
っていうことは俺も……
その場に大きな鏡が出て来た。
おおー、俺こんな姿だったんだ。
身長はさらに伸びて体もけっこうがっしりしたものになった。
顔つきはやっぱり彫りが深くなって北欧系になってるけど、なんていうか目つきが鋭いな。
俺ってこんなに強面だったんだ。
髪の色は父さんと同じ濃い金色、目の色は母さんと同じ真っ青か。
それにしてもさ、父さんも母さんもすっげぇ若く見えるぞ。
父さんは20歳ぐらいに見えるし、母さんなんか18歳って言われても違和感無いよな。
これ、俺と並んで歩いてたらどう見ても姉弟だろうな……
「さあさあみにゃさん、もっと近くに来てくださいにゃ」
階の前5メートルほどのところに1人掛けの豪華な椅子が現れた。
その右側少し離れたところにも大きなソファが出て来ている。
両親は大きなソファに向かって行き、にこにこしながら座った。
俺は仕方なく1人掛けの椅子に座る。
どうやら首席補佐官だという猫娘が俺の顔をまじまじと見ていた。
「何度見てもいい面構えしてるにゃぁ。
さすがに前世が伝説の使徒だっただけのことはあるにゃ♪」
(何度も? 前世? 使徒?)
「それではジョセフィーヌ初級神さま。
タケルに御言葉を賜れますかにゃ」
御簾の向こうの小さな人影がぴくんと硬直した。
その左右にいるもっと小さな人影が、女神さまを宥めるように腕にしがみついている。
膝の上のさらに小さな影が、女神を励ますように小さな手で女神をふにふにと押していた。
「…………あの…………」
「…………じ、ジョセ……です……」
「…………よろ…………」
「…………実は…………」
「…………お願いが…………」
かろうじて聞き取れるほどの小さな声を聴いているうちに、俺はだんだん腹が立って来た。
俺は立ち上がって階を昇り、御簾に手を掛けて上に跳ね上げた。
そこにはソファに座る小柄な少女がいて、その左右には5歳ほどに見える猫人の少女たちがいた。
少女の膝の上には1歳ぐらいの小さな猫が2匹いて、にゃーにゃ―言いながら少女にしがみついている。
少女の胸元にはやや場違いな大きな赤いブローチが光っていた。
「なあ女神さん。
アンタがどんだけエライか知らねぇけどよ、人と喋るときはせめて顔ぐらい見せたらどうだ。
これじゃあまるで昔の天皇御座所みてぇじゃねぇか。
それにアンタなんか俺に『お願い』とやらがあるんだろ。
人に頼み事する時に御簾越したぁちいっと行儀が悪くねぇかぁ?」
少女の体が盛大に硬直した。
古代ギリシャ風のトーガの上に大きなフードを被っていたが、顔が子猫につくほどに前屈みになったために、もはやあごの先ぐらいしか見えなくなっている。
「だから顔ぐらい見せてもいいだろうによ!」
俺は少女の真ん前でヤンキー座りしてフードの奥を覗き込んだ。
ピコン!
何故かブローチが点滅した。
ようやく少女の顔が少し見えたが、盛大に伸ばされた前髪でほとんど顔は見えない。
だが、細い髪の毛の間から少しだけ目が見えた。
震える少女と目が合う。
ぐるん。
少女の目が反転して白目になった。
口からはヨダレも垂れ始めている。
ピコンピコンピコンピコン……
ブローチの点滅が速まってきた。
何故か少女の体が膨らみ始めたように見えるぞおい!
猫少女や子猫たちが必死になって少女を押さえつけていた。
「たっ、たたた、たいへんにゃぁぁっ!
ジョセさまのカラータイマーが鳴り始めちゃったにゃぁっ!」
(……カ、カラータイマー?)
「は、早く私室に連れて行って、鎮静剤を山ほど打たにゃきゃにゃぁぁぁっ!
み、みんなはここで待っててにゃあっ!」
ピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコ……
ニャルーン主席補佐官とやらが女神を小脇に抱えて消えた。
俺の両親はソファの上で硬直している。
俺は女神の横にいた猫人少女に聞いてみた。
「な、なぁ、カラータイマーってなんなんだ?」
「あにょ…… ジョセ女神さまは極度の対人恐怖症にゃんですにゃ。
特に相手がヒト族で男性だったりすると……」
(対人恐怖症の女神さま……)
「ですから今日は決死の覚悟でタケルさまをお迎えしてたんですけど……」
(決死の覚悟……)
「やはりヒト族の男性が半径3メートル以内にいて、しかも目が合ったりすると……
どうかご無礼をお許し下さいにゃ」
「な、なぁ、それでカラータイマーが消えたりすると女神さま死んじまうんか?」
「?? 神さまは死にませんにゃ。
でもジョセフィーヌさまが限界に達してカラータイマーが消えると、理性が消し飛んでバーサーカーににゃってしまうんですにゃ……」
(バーサーカー……)
「そ、そんにゃことににゃったら……」
「なあ、それみんなで押さえつけたりして宥めらんないのか?」
「む、無理ですにゃ……
女神さまは普段はレベル30にゃんですけど、バーサーカー化するとレベル400で体長10メートルの巨大猫ににゃってその後1か月間暴れ廻るんですにゃよ……」
(なんて迷惑な女神さまなんだ……)
「ということは、女神さんの前に御簾が垂れてたのって……」
「もちろん対人恐怖を和らげるためのものですにゃぁ。
椅子が階の上にあったのも、少しでもヒト族男性との距離を取るためですにゃ」
(そうだったのか……)
「ですからどうかご無礼をお許しくださいませにゃ……」
「あ、ああわかった、そういうことなら仕方ないよな。
ところで女神さまも猫人族なのか?」
「はいですにゃ。
ジョセフィーヌ女神さまは猫人族系の神さまですにゃよ」
「ところでさ、女神さまなんか俺に頼みごとがあるみたいだったんだけど、なんだったんだ?」
「それは首席補佐官ニャルーンさまがもうすぐお戻りになられますので、ニャルーンさまから聞いて下さいますかにゃ。
あっ、その前に、今からエリザベート・リリアローラ上級神さまがこの神域においでになられるようですにゃ」