*** 247 特別顕彰 ***
天族の説明は続いていた。
『もちろんその中で生命の発生に至ったユニバースは10の40乗個ほどでしかないし、知的生命体の発生に至ったのは10の22乗個ほどでしかないの』
(それでも1兆の100億倍もの知的生命発生宇宙があるのか……)
『さらにその中でも高度文明とされるレベルの文明を自然に獲得出来たユニバースは10の12乗個ほどしか無くて、その中でも先端文明はユニバース間の転移手段を確立出来たの。
こうした超高度文明世界には古い順に階梯ナンバーが振られて認定宇宙とされ、共同して階梯宇宙連絡協議会を作ったのね』
(この銀河系銀河に於ける認定世界みたいなもんか……)
『その階梯宇宙連絡協議会の主な役割は、宇宙間の利害調整に加えて、まだ生まれて間もないチャイルド・ユニバースの有望生命に知性を付与して文明に至ってもらうことだったのよ。
せっかく誕生した生命も、知性を獲得したり、ましてや平和な高度文明や超高度文明に至る確率は極めて低かったですからね。
だからわたしたちのような協議会委員が、多くのユニバースや銀河を巡って超高度文明に至る手助けをしていたわけなの』
「あの、質問よろしいでしょうか」
『もちろんよ』
「その階梯宇宙連絡協議会は、なぜそのような膨大な努力をしてまでそうした手助けをしていたのでしょうか……」
『それは『博愛主義』という理由だけでなく少々利己的な理由もあるのよ。
なにしろわたしの出身である第523階梯チャイルド・ユニバースは、既にビッグバンから5000億年が経過していて、いわゆる『宇宙の熱的死』と言われる状態になってしまっているのだもの』
「えっ……」
『あなた方は、この宇宙の大きさを『半径150億光年の球体』と定義していますけど、それは観測点から150億光年離れると、ダークエネルギーによる宇宙の膨張速度が光速に至ってしまってそれ以遠の観測が出来なくなるからでしょ。
でも、もしあなたが150億光年離れたところに転移すれば、そこから観測可能な宇宙はやっぱり半径150億光年の球状ですよね。
まあ150億光年彼方には微かにこの銀河系銀河も見えているでしょうけど』
(…………)
『そうやって150億光年の転移を繰り返せば、この宇宙の実際の直径が現時点では約8000億光年ほどだということがわかるでしょう。
もちろん今でも拡大を続けていますけど。
わたしの母世界はそうした拡大を続けたために、現時点では母惑星を含む恒星系の周囲150億光年には銀河や恒星系が一つも無いの。
だから夜空なんか真っ暗よ。
隣の恒星系に行くためには150億光年の移動を何回も繰り返す必要があるし。
もちろんそんな寂しい世界にも未だに住み着いている住民もいるけど、多くはまだ熱的死を迎えていない子宇宙に移住して行ったわ』
「あの、ダークエネルギーを制御して宇宙の拡大を抑制することは出来ないんですか?」
『技術的には可能なんだけど……』
(可能なのかよ……)
『でもあなたもご存じの通り、宇宙全体のダークエネルギー総量は超膨大でしょ。
だから制御にも超膨大なコストがかかるの。
それに、制御を間違えて必要以上にダークエネルギーを排除すれば、今度は待っているのは『ビッグクランチ』ですもの』
「な、なるほど……」
『だから、そんなことを試みるよりも、もっと若いチャイルド・ユニバースに文明ごと移転した方がよっぽど安全でコストも低いのよ。
もちろんあなた方が開発したように理想恒星と理想恒星系惑星群も創るから、移転先のチャイルド・ユニバースにも迷惑はかからないし。
わたしの母文明も、そうした移転をもう十数回も繰り返しているわね。
一度に移住するのではなく、何回もに分けて分散して銀河系や銀河団ごとに移住先を創っていくのですけれども』
(……すげぇな……)
『それにしても、我々階梯宇宙文明が数千億年かけて開発した『ブラックホールに取り込まれた資源を取り出して、理想恒星や理想惑星を創ってしまう技術』を独自に開発してしまうとは……
貴殿らの技術開発力は既に天族並みだな』
『ただ、そうした文明の移転先が好戦的な恒星間文明に支配された世界では面倒だろう。
そうした侵略文明を退けようとすれば、それこそ我らが侵略者になってしまう。
故に移住先は周囲が平和である程度の高度文明世界であることが好ましいわけだ。
この銀河系銀河周辺は、既に多くの文明の移転先候補になっている』
「…………」
『ですが銀河連盟評議会の議長さん、ご心配なく。
資源は母宇宙から持ってきますし、単に空間を間借りするだけでご迷惑はかけませんので。
些少ですが間借りの代価もお支払いいたしますし』
「あの、評議会にかける必要はありますが、大恩ある天族の方々から代価など頂くわけには……」
『あなたがたもかなりの高度文明を築かれていますけど、銀河間やチャイルド・ユニバース間の転移技術はきっとお役に立ちますよ。
それらを駆動するためのエネルギーユニットも。
まだ大分先の話ですが、この宇宙も最終的には熱的死に至って、ご子孫も別のチャイルド・ユニバースに移住する必要も出て来るでしょうし』
「は、はい……」
『さて、長々と背景説明を続けて来ましたけど、今回我々が観測を続けていたこの宇宙にやって来たのは、階梯宇宙連絡協議会による審査でこの銀河系銀河が最優秀新人銀河賞を獲得されたからなんですよ』
(なんか地球の芸能界の賞みたい……
お笑い芸人最優秀新人賞とか……)
『特にこちらのタケルさん率いる救済部門の活動は素晴らしかったです。
未開世界の自然災害のほとんどを救済するのみならず、あれほどまでの暴虐世界を平定するに当たって一人の死者も出さなかったとは。
その功績を称えて最優秀新人銀河賞のみならず、タケルさん個人も特別顕彰が与えられましたし』
エリザベートがドヤ顔で微笑んだ。
(そうか、だからこの人たちは天界に行かずにこの救済部門本部に来たのか。
これ、このまま天界に行かずに帰ったら、また最高天使閣下や首脳部の面々が落ち込むぞ)
猿人コーネリアスが微笑んだ。
『この個人特別顕彰が授与されるのは300億年ぶりだな!
100億年前にこの銀河に天界を創った我々も鼻が高いわい!』
(えっ!)
犬人シェパードも微笑んでいる。
『おかげで我らもこれから2階級ほど昇格させてもらえますのでね。
それもこれもタケルさんの活躍のおかげです』
「あ、あの……
100億年前にこの銀河に天界を創ったって……」
『そうなのよ。
あ、でもこの体はさすがに自然発生したものではないわ。
いくら技術が進んでも自然発生生命が何億年も生きられるわけはないですからね。
この体は階梯宇宙の生命工学で創られたものだし、脳には近傍重層次元に置いたAIへの通信装置が入ってるし。
そのAIには私の知識や経験、感情なんかがすべてアップロードしてあるし。
この始祖猫人の体はまあノスタルジーによるものなんだけど、さすがに1億年以上はもたないから、そろそろ次の体に換装しなければならないわ。
そうねぇ、次はエリザベートさんみたいな猫人の体にしてみようかしら。
もちろんこの技術も大分進化して来てるから、生身の体のときに比べてもなんの違和感もないわよ。
その気になれば生殖すら出来るし』
(さ、さすがは階梯宇宙の科学力だ……)
『わたしも次はこの銀河宇宙の犬人の体にするかな。
あの惑星ケンネルなどの犬人の生きざまは階梯宇宙でも大評判だし』
『わしは貴殿のようなヒト族の体にするとしようか』
(やっぱり天族たちは連盟報道部の配信も見てたんだな……)
『もちろんこうした措置は、我々のように階梯宇宙連絡協議会の命を受けた委員として、若いユニバースの面倒を見ている職員への特別措置なんですけど』
「はい……」
『それでね、最優秀新人銀河賞の副賞は、ほとんど無尽蔵のエネルギーを供給するエネルギーユニット技術と実物の供与なんですけど、連盟評議会議長さん、受けてもらえるかしら』
「あ、ありがとうございまする……」
『それはよかった。
もちろんタケルさんの特別顕彰の副賞は、銀河間転移能力と無尽蔵エネルギーユニットの供与に加えて、この生命工学と脳情報のAIへのアップロード技術が含まれるわ。
そうすれば、タケルさん本人だけでなく、タケルさんの指定する全ての方にほぼ永遠の命を付与出来るしね』
(そ、その副賞、激ヤバだな。
ますます神扱いされそうだ……
ジョセフィーヌに適用したら、ほとんど永遠に仔を生み続けそうだし……)
『銀河間転移能力の超高度魔法能力は魔法能力レベル800以上を必要とするが、貴君は既にレベル1300を達成しているから何の問題も無いな』
(そんなことまで知っているんか……)
『それでね、タケルさんへの特別顕彰や副賞の見返りというわけじゃあないんですけど、階梯宇宙連絡協議会からのお願いがあるの。
聞くだけでも聞いて下さらないかしら』
(言ってみればこの銀河系銀河宇宙の大恩人だからな。
俺に出来ることなら努力してみようか……)
「どうぞお聞かせください」
『あのね、今タケルさんはこの銀河系銀河宇宙を対象に救済活動をされているでしょ。
まずそれを銀河系の周囲を廻る25の伴銀河にも拡大して頂きたいのよ』
(げっ!
直径250万年の範囲……)
「そ、それって大マゼラン銀河や小マゼラン銀河なんかの伴銀河のことですよね。
それらの銀河には天界や認定世界は無いんですか?」
『ある程度の規模の銀河にはもちろんあるにはあるんですけど……
どうもここ銀河系での35年前までの神界と同じく、ヒト族中心に自分たちは神だと威張っているだけなのよ。
未認定世界に対しても、自分たちが何も出来ないことを隠すために接触や救済を禁止しているし。
もちろん無能なせいで超新星爆発なんかの災害も放置しているし、それでいて神殿へのお布施を強要しているし。
だから、いっそのことボコりまくって潰してもいいわよ』
(ボコるって……)