*** 246 分離独立の予定 ***
『だがのう、そのような分離独立などということを試みれば、天界がそなたに反逆罪を適用して捕縛に動くかもしれんぞ』
『天界は既に銀河連盟に加盟していますので、銀河法典の統治下にあります。
そして、銀河法典ではそもそも基本的人権として職業選択の自由を謳っています。
自分が現在所属する組織の役職を辞し、新たに法人や組織を立ち上げることは、何人も制限したり罰したりすることは出来ません。
よって、救済部門の天界からの分離独立を理由にわたしの捕縛を命じた者、実際に捕縛を行おうとした者は、銀河法典違反の咎により逆に捕縛されて裁判にかけられることになるでしょう。
これもわたしと銀河連盟司法警察との共通認識です。
さらに『不敬罪』についてはそもそも銀河法典では認められていません。
我々も未認定世界の専制国家に於いてはすべて『不敬罪』による処罰を厳重に禁止し、違反者は全員逮捕、収監して来ていますし』
会議場では先ほどエリザベートの最高天使就任辞退に対し、『場合によっては不敬罪、いや反逆罪に該当するぞ!』と叫んだ男が顔面蒼白になっていた。
『ははは、それもそうだの。
だが、その際にはあのAIおばあちゃん軍団や、天界土木部門、天地創造部門、知性付与部門の協力は得られなくなるのう……』
『その点についてなのですが、まずAIおばあちゃん軍団の幹部と会合を持ちました。
彼女らは、フードコートでの飲食と神域保育園での乳幼児との触れ合いを何よりも大切にしているために、幹部全員が救済部門についてきてくれることを約束してくれています。
何人かは、既に自分の本体ハードウエアをこの天域近傍の厳重に防衛された重層次元空間に移転してくれていますし』
『もうそのようなことまでしておったのか……』
何人かの部門長たちは、念話で自分の秘書AIに問い正したところ、既に救済部門の管理下にある重層次元空間に本体を移転させていると聞いて蒼褪めている。
『まあこのまま天界が自ら変わって行かなければ、救済部門の分離独立は避けられないでしょうからね。
彼女たちの現状認識でもそうなると考えてくれたようです。
また、土木部門、天地創造部門、知性付与部門についても、そのノウハウは既に取得済みですので、彼らを失っても救済部門でなんとか出来るでしょう。
実際には、救済部門の分離独立に際して、それら3つの部門を救済部門に吸収合併した後に独立することを提案すれば、その役職員の大半が賛同してくれると思いますが』
会議場では3部門の部門長たちが微笑んでいる。
『なるほどのう。
それにしてもそなたはそこまで考えておったのか……』
『まあ最近は銀河宇宙を飛び回る必要もなくなり、考える時間も十分にありましたから。
ただ、唯一懸念されるのは、次回の部門長会議でエリザさまが最高天使就任を辞退された際に、その場で不敬罪やら反逆罪やらの未開世界の悪しき法を振りかざして、エリザさまを逮捕拘束する愚か者が現れないかということなのです。
その際にはかなり不快な思いをされるかと』
『だがその際には、そなたがすぐに助け出してくれるのであろう♡』
『もちろんです。
現在の天界における役職者8000万人については既に全員マーカーをつけ終わっていますので、逮捕を命じた者、逮捕を試みた者は即座に救済部門の留置場に転移させられますし、留置場も刑務所も8000万人分既に用意しています。
これは分離独立の際に妨害しようとする者たちへの準備でもあります。
エリザさまやジョセフィーヌ、我々の仔どもたちなど家族の周辺については、AI娘たち1個小隊が常時防衛態勢を取っていますし』
『つまりそなたは、名称だけは変えても本質は全く変わろうとしない天界を見限り、救済部門の任務継続のために着々と準備を整えておったのだな』
『はい』
『さすがは深謀遠慮の怪物と言われた男よのう♡
ますます惚れ直したぞ♡』
エリザベートがソファから立ち上がってタケルの膝の上に乗り、タケルの首に手を廻してちゅっちゅしてきた。
辺りにはあの甘い香りも広がっている。
ようやく顔を離したエリザベートが楽し気に言った。
『それでは妾は、次回部門長会議での無用な諍いを避けるためにも、この会談の映像を最高天使閣下ら最高幹部に届けて来ようかの♪』
(エリザさま、最後のちゅっちゅシーンは削除してくれるよな……)
いやタケルくん、部門長会議の議場で参加者全員にばっちり見られてるからね……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数か月後、銀河連盟執行部から救済部門本部に訪問の受入れと面談を求める緊急連絡が入った。
その面談に際しては、連盟評議会議長その人と執行部の長に加えて数人の同行者もいるとのことである。
訪問予定時刻前には、タケルとエリザベートは銀河連盟直通の転移装置の前に立っていた。
そして、予定時刻ぴったりに転移装置の輪を潜って5名のヒューマノイドが現れたのである。
先頭は連盟評議会議長であり、そのすぐ後ろには執行部の部門長が続いている。
だが、2人とも訪問団代表というよりは、その後ろで微笑む3人の露払いのような態度で歩いていた。
議長は時折振り返りながら同行者に相当に気を遣っている様子である。
そしてその姿が明らかになると、タケルとエリザベートは衝撃に大硬直したのであった。
3人の内代表らしき女性は、腕も足も長く指も普通に備え、トーガのような衣服を身に着けてはいるものの、どうやら全身を体毛に覆われた完全な猫姿だった。
他の男性らしき2人も腕や足は長く指も備えているが、1人は犬姿、もう1人は猿姿である。
(て、天族……)
タケルとエリザベートはその場で跪いた。
猫人がタケルを見た。
『ようやくお会い出来て嬉しいわタケルさん♪
そんな跪いたりせずに、普通に立ってくださいな。
もちろんエリザベートさんも。
私たちは出身宇宙は違うとはいえ同じヒューマノイドですもの。
畏まる必要は無いわ』
タケルたちは立ち上がって天族に相対したが、3人とも極めてフレンドリーにタケルを見つめている。
『初めまして、階梯宇宙連絡協議会委員の〇〇〇〇です』
〇〇〇〇の部分は聞き取れなかった。
『発音が難しければ、わたしのことはミヌエットと呼んでくださるかしら♪
それから同じ理由で音声での会話が難しいので念話でごめんなさいね』
『あの、わたしも念話の方がよろしいですか?』
『いえ、あなた方は普通に音声で構わないわよ』
「畏まりました」
『わたしは階梯宇宙連絡協議会委員補佐の〇〇〇〇だ。
シェパードと呼んでくれ』
(…………)
『わしも同じく階梯宇宙連絡協議会委員補佐の〇〇〇〇だ。
コーネリアスと呼んで欲しい』
(猿〇惑星かよ……
この3人、銀河系や地球に関しても相当に詳しいぞ……)
『それにしても、すべての階梯宇宙であれほどまでに高名なタケルさんにお会い出来て光栄だわ♪』
(やっぱり天族はこの銀河系も含めて我々を観察していたんだな……)
3人は興味深げに周りを見渡している。
『映像ではさんざん見ていたけど、実際にタケルさんの天域やこの最高司令部前に立つと、感激も一入ね♪』
(俺たちの活動も全て見ていたっていうことだな……)
その周囲ではタケルとエリザベートが連盟評議会議長を含む数名と挨拶をしているらしき姿を救済部門の職員たちが遠巻きに見ていた。
救済部門司令部の応接室に落ち着いた面々は、メイドドローンがサーブしてくれた飲み物に口をつけた。
タケルたちと天族の3人は相対して座り、その横手では評議会議長と執行部門長が空気になっている。
『改めて自己紹介させて頂くわ。
わたしは第523階梯チャイルド・ユニバース出身で、階梯宇宙連絡協議会委員をしています』
『わたしは第1530チャイルド・ユニバース出身だ』
『わしは第1980チャイルド・ユニバース出身だ』
『今ではもうマザー・ユニバースには誰もいないから、いちいちチャイルドをつけて呼ばずにただユニバースと呼称するわね。
我々の生まれたユニバースは、元を正せばすべてマザー・ユニバースから分離独立して発生した物なのよ。
当初は最初に分離したチャイルド・ユニバースを第2階梯ユニバース、その第2階梯ユニバースから分離独立したチャイルド・ユニバースを第3階梯ユニバースと呼んでいて、それこそ樹形図のように無数のチャイルド・ユニバースが生まれて行ったのだけど、でも残念ながら全てのユニバースで知的生命体が発生出来たわけではないの』
シェパードが補足した。
『例えばあるチャイルド・ユニバースでは、当初のビッグバンが小さ過ぎて、その後のインフレーションも穏やかだったのだ。
おかげで出来上がったチャイルド・ユニバースは、ダークマターと通常原子を構成するバリオンがあまりにも密だったために、今では超巨大ブラックホールが存在するだけのユニバースになってしまっている。
ユニバースそのものはダークエネルギーによって広がり続けてはいるが、その中に常物質はほとんど存在しない。
したがって生命もいない』
コーネリアスも発言する。
『また或るチャイルド・ユニバースでは、CP対称性の破れが小さすぎて常物質がほとんど反物質と対消滅してしまった。
おかげでこのチャイルド・ユニバースは99.99%以上がダークマターとダークエネルギーで構成されているのだ。
そのような環境ではもちろん生命も発生しえない』
『そうして出来て行ったチャイルド・ユニバースの総数は現時点で10の90乗個ほどだと推定されているわ』
(10の90乗個の宇宙……
とんでもない数だな。
この銀河系銀河が属する宇宙に存在すると言われる素粒子の数に匹敵するのか……)




