*** 242 第3仔~第6仔誕生 ***
天界救済部門調査部によれば、銀河天界認定世界と未認定世界併せて1億2000万の恒星系の内、危機ランクS以上の恒星系は全て救済対処が終了し、現在は主にランクA世界への対応が行われているとのことである。
それも、タケルが率先垂範して救済パターンを構築して来た結果、ほぼすべてのケースが分類、整理され、ほとんどAIたちの判断で救済が行われるようになっていた。
たまに判断に迷うケースも出て来るが、まず救済部門の法律諮問委員会に掛けられ、必要とあらばニャサブローかマリアーヌ経由でタケルに判断が委ねられることになる。
そんなケースも最近ではかなり減って来ていた。
しかも、こうしたタケルの判断を必要とする場合も、よほどの緊急事態でない限り翌日の勤務時間中で事足り、深夜にタケルに連絡を取る必要があることは滅多にない。
ましてやタケルの直接出動を必要とするケースは皆無になっている。
つまりどういうことかというと、タケルが急にヒマになってしまったということなのであった。
通常時間空間への出張が無くなったタケルは、エリザベートと相談の上、家族の生活拠点を再び自身の天域に戻している。
まあ、これはある意味理想的なケースともいえよう。
新興の部門が新規事業を始める際には、まずトップが現場に出向いて判断し、責任と共に陣頭指揮を取ることが必要になる。
その場合には数多くのケースに対応したパターンを構築していく必要もあるだろう。
その経験はAIたちによって完全に記録され、反復も可能になっていった。
次に部門のトップに要求されるのは、こうした部門の任務のフローチャート化である。
だが、ただでさえ記憶力も判断力も行動力もヒューマノイドに超優越するAI族が9億人近くもいるのだ。
しかも彼女たちはその経験を瞬時に共有することが出来る。
つまりは巨大な集合知性であって、フローチャートの構築と実行には何の支障も無い。
天界救済部門部門長代行タケルにとって、最後の重大な任務は後継者の育成になるだろう。
だがそれもエンゼルキュアの加護を持つ事実上不死のタケルにとっては喫緊の課題ではない。
タケル自身はあと2000万年もしたら後継者を考えようとしているそうだ。
その時の救済部門実行部隊長は、マリアーヌになるのか、タケルの子孫たちになるのかは未定である。
ただ、世襲制を嫌うタケルの性格からすれば、報告だけ受ける部門トップはタケルの子孫でも構わないが、実行部隊トップは上級天使に昇格させたマリアーヌになる公算が高いだろう。
エリザベートとジョセフィーヌの妊娠は極めて順調だった。
もちろん通常に100倍する医療用体内ナノマシンとマリリーヌの常時チェック体制があれば、不調など起こり得ないのだが。
そして、臨月に入るとエリザベートがタケルに言って来たのである。
「のうタケルや、妾たちは来週のそなたの休日に出産しようと思うが構わんかの♪」
「も、もちろんですよ」
こうしてタケルの子供たちはまた無事に生まれて来たのである。
(新生児はほんっと小さくて儚げだな……
鼻のマズルもほとんど無くって顔は平らだし、しっぽも短くて先っぽが細くってまるでオタマジャクシかトカゲのしっぽみたいだし。
まだ4本足でも立てないから、いつも腹這いになるか横を向いてぺったり寝てるかだし。
あー、手足の先にはまだ毛が生えてないから赤い皮膚が見えてるよ。
それにやっぱり男の子は黒毛皮で女の子は白毛皮なんだな。
はは、見分けるのが大変そうだ……)
エリザベートの生んだ子供たちの名前は、男の子はキリューラス(愛称:キリューくん)、女の子はエミリアーヌ(愛称:エミリちゃん)、ジョセフィーヌの生んだ子の名前は、男の子がフレデリーク(愛称:フレディくん)、女の子がマリアベーラ(愛称:ベラちゃん)に決まった。
いずれも歴史あるリリアローラ一族の中で由緒ある名前だということである。
新生児たちは、それぞれのママのおっぱいに張り付いて夢中で母乳を飲んでおり、ミサリアちゃんとセルジュくんはすぐ近くに浮いてそれをガン見しながら応援している。
お腹いっぱいになった赤ちゃんたちがおっぱいから離れると、そのしっぽに自分のしっぽを重ねて添い寝をしてやっていた。
もちろん猫の親愛表現である舌で舐めての毛繕いもしてやっていたが、ママたちに教えてもらって舌のザラザラは大分滑らかに変化させているらしい。
そして……
まだ目も明いていないキリュ―くんが、仔猫の本能でついエリザベートのおっぱいをふみふみしてしまったのである。
「「 ああっ! 」」
ぶしゅぅぅぅ―――っ!
盛大に噴出したエリザベートの母乳がキリュ―くんの口から零れ出た。
キリュ―くんはびっくりして目を見開いてしまっている。
これが彼の生まれて初めて目を明けた瞬間であった。
どうやらエリザベートの子供あるあるらしい。
仔猫の成長は早い。
なにしろ生まれた時には100グラムほどしかなかった体重が、僅か2週間後には3倍以上になるのである。
そして、生後3日ほどでしょぼしょぼと目を開けるようになると、リリアローラ一族の皆がこぞって出産祝いを持って訪れた。
仔猫たちは日中のほとんどを寝るか授乳で過ごしているが、それでも僅かに起きている際には、周囲を100人以上の親戚のお兄ちゃんお姉ちゃんたちに囲まれてびっくりしている。
背中の毛がちょっと立ったりもしていた。
ただ、いつも一緒にいてくれるセルジュお兄ちゃんとミサリアお姉ちゃんが、そんな親戚のお兄ちゃんお姉ちゃんと親し気にお話ししているために、すぐに安心していたようだ。
そして3週間もすると、4本の足でハイハイをしたり、お座りも出来るようになっていったのである。
まだ言葉は発せられないが、念話はそれなりに出来るようになってきているようだ。
或る日、タケルの前には小さな白仔猫が2人並んで座っていた。
その横にはちょっとドヤ顔になっているミサリアちゃんもいる。
「それではパパしゃん問題です。
どっちがエミリちゃんでどっちがベラちゃんでしょうか♪
もちろん『鑑定』なんかの魔法は禁止にゃ」
タケルの額を汗が伝った。
傍らではジョセフィーヌが指を胸の前で祈るように組み、はらはらしながらその様子を見守っている。
どうも、自分が生んだタケルの仔を見分けてくれるかどうか祈っているようだ。
エリザベートも口の端を上げて見ている。
(ど、どうしよう……
全く見分けられない……)
ヒト族の新生児ならともかく、タケルには猫人族の新生児を見分ける術はまるで無かったのである。
「さあさあ、早く名前を言ってあげてくださいにゃ♪」
(ええい!)
タケルは左側の子猫の頭に手を置いた。
「こっちがエミリちゃんだ!」
右側の子猫が手を挙げた。
(にゃーい♪)
どうやら仔猫たちは、単に名前を呼ばれたらお返事をするという遊びだと思っているらしい。
タケルががっくりと頭を垂れた。
ジョセフィーヌも同じく頭を垂れている。
「……それじゃあキミがベラちゃんだな……」
(にゃーい♪)
タケルはキリューくんとフレディくんの名前も間違えてしまっていた。
ジョセフィーヌは少し眉尻を下げながらこっそりとため息を吐いている。
「それじゃあ明日は頑張って当ててくださいにゃ」
「あ、明日もやるの?」
「もちろんにゃ。
百発百中ににゃるまで続けるにゃ♪」
「はい……」
一計を案じたタケルは、夜中にこっそり起き出すと熟睡しているフレディくんとベラちゃんの右前足の肉球にマジックで小さく印をつけた。
(よし! これで大丈夫だ!
明日はジョセフィーヌの悲しそうな顔を見なくても済むぞ!)
だが……
翌日の名前当てチャレンジでは……
タケルは目の前に並ぶ白仔猫のうち、左側に座る仔の右前足の肉球を見た。
(お、この子の肉球にはマジックの印が無いな。
ということはこの仔がエミリちゃんか。
念のため右側の仔の肉球も見てみよう。
あ、あれ?
どっちの肉球にもマジックの印が無いっ!)
そう、仔猫たちはまだトイレトレーニングが完璧では無かったのである。
つまり、床や自分の体を汚してしまうことも多かったために、日に何度もママたちや侍女さんたちに『クリーン』の魔法をかけてもらっていたのである。
ということは、マジックの印など簡単に消えてしまうのであった。
タケルの額から汗が噴き出した。
見ればジョセフィーヌはまた胸の前で手を握り、はらはらしながらタケルを応援してくれている。
タケルは左側に座る白仔猫の頭に手を乗せた。
「き、君はエミリちゃんかな……」
右側に座っていた仔猫が前足を挙げた。
(にゃーい♪)
タケルはがっくりと項垂れた。
ジョセフィーヌもまたがっかりして少し涙目になっている。
一方でエリザベートは優しく微笑んでいた。
タケルは男の子たちの名前も間違えてしまったようだ。
そんなことが3日ほど続いた或る日。
幼稚園から帰ってきたミサリアちゃんとセルジュくんは、また弟妹たちと楽しく遊んであげていた。
エリザベートもジョセフィーヌもそんな様子をにこにこしながら眺めている。
弟妹達が疲れて眠ってしまうと、セルジュくんとミサリアちゃんはママたちの前にちょこんと座った。
「ねぇママ、パパはどうしてキリューくんたちやエミリちゃんたちの区別がつかにゃいのかな?」
「こんにゃにはっきり違うのに……」
「そうかそうか、それでは実験をしてみようか」
「「「 実験? 」」」
「ジョセとセルジュとミサリアはソファに座っていなさい」
エリザベートはソファの前2メートルほどにリビングルームを半ば分断するほどの大きさの遮蔽フィールドを張った。
「その場で少し待っているように」
そうしてエリザベートは4人の仔を抱いて別室に行ってしまったのである。
すぐに戻って来たエリザベートは遮蔽フィールドの手前に毛布を敷き、そこにキリューくんとフレディくんを乗せた。
「さあそなたたち、どちらがキリューでどちらがフレディか当ててみよ。
当てずっぽうで適当にいうのではなく、確信をもって言うのだぞ」
ジョセフィーヌとセルジュくんたちは、不思議そうな顔をしながらも仔猫たちを見た。
だが、すぐにジョセフィーヌの額に冷や汗が浮かんだのである。
セルジュくんとミサリアちゃんは両手両足の肉球付近から汗を噴き出している。
(猫は肉球付近からしか汗を出さないのだ)
((( あ、あれっ? )))
3人は、遮蔽フィールドに隔てられたキリューくんとフレディくんの区別がつかず、大困惑していた。




