*** 241 ジョセフィーヌの就活 ***
ジョセフィーヌが銀河連盟大学を優等の成績で卒業した。
主専攻は恒星物理学で、副専攻は組織管理学である。
タケルのように最優等とまでは行かなかったが、それでも大変なものだった。
連盟大学を卒業すればタケルの子を生んでも良いとエリザベートに言われていたこともあって、けっこう頑張っていたそうだ。
試験の前などにはタケルの天域に行って集中して勉強もしていたらしい。
ジョセフィーヌは卒業証書をプリントアウトしてタケルとエリザベートに見せ、改めてタケルに子を生ませて欲しいと頬を染めながら頼んで来た。
もちろんタケルとしても否やは無い。
ジョセフィーヌはそもそもタケルの奥さんであると思っていたし、その奥さんがタケルの子を生むことは当然と言えば当然である。
むしろタケルとしては、自分の子を生んでくれてありがとうという意識だった。
猫人族の女性は滅多に発情しないが、発情しているときに交尾をすればほぼ確実に妊娠する。
そのために多くは発情抑制剤を服用しているのだが、ジョセフィーヌの場合はタケルに交尾してもらいたいがために常に発情しているような状況であった。
それでもエリザベートとの約束を守るために、発情抑制剤ではなく妊娠抑制剤を服用していたのである。
因みに、猫人族の男性は女性が発情しているときに出す性フェロモンの匂いを嗅がなければ発情しないために、男性しかいない環境では誰も発情しないのである。
また、基本的には猫人族たちは番を作らない。
女性が発情して出すフェロモンによって男性の発情を促して交尾し、妊娠した後の出産と子育ては女性のみが行うのが常である。
つまり、猫人族の母親はほぼ全員がシングルマザーであった。
もちろんエリザベートとジョセフィーヌはタケルと番の約束をしているために、これからも一緒に暮らしながら子育てをしていくことだろう。
セルジュくんもミサリアちゃんも、成人した後はそれぞれ番になってくれる相手を探し、ずっとタケルやエリザベートたちと同じ邸で暮らしていくつもりである。
ジョセフィーヌは無事タケルの子を宿した。
それも妊娠魔法によって、やはり男の子と女の子の双子を意図的に授かったとのことである。
ジョセフィーヌは妊娠安定化魔法も駆使して、悪阻もない健康な妊婦生活を送るようになった。
まだまっ平なお腹を撫でながら、タケルの子を生める喜びに毎日嬉し涙を流しながら暮らしている。
(あのころ、酷い男性恐怖症を患っていたジョセフィーヌの治療をタケルに依頼して本当によかったの。
これでジョセも子を生んで母になるという喜びを知ることが出来るであろう。
あのままでは生涯子を生めなかっただろうからの。
さらに男子を生んで育てれば、社会に出て男性と仕事も出来るようになるかもしれん……)
「のうタケルや。
妾もまた仔を生んでもいいかの♡」
「も、もちろんですよ」
「ありがとうの♡」
まあ、タケルやエリザベートの救済部門幹部としての収入に加えて、リリアローラ家の資産にタケルのびっくり級超資産もあれば、仔など何人でも育てていけるだろう。
(エリザさまやジョセはまったく気にもしてないけどさ。
お、俺、母娘を同時に妊娠させちまったのか……
それって地球ヒト族から見れば鬼畜の所業なんだけど……
ま、まあ2人が気にした様子は無いから良しとするか……)
因みに妊娠安定化魔法に加えて健康維持の魔法もあるために、エリザベートやジョセフィーヌのタケルとの夜の夫婦生活は全く同じペースだったそうだ……
ジョセフィーヌはその後銀河連盟大学卒業生を対象にした『天界ヒューマノイド文明進化研究所』の見学会に参加を申し込んだ。
その理由は、まず第一にタケルが推進して大口のパトロンになっている研究所を見てみたかったこと。
次に将来子育てが一巡して就職するとしたら、有力な候補先であること。
さらには大分改善されてきた男性恐怖症のさらなる治療の一助になればいいとも思っていたようである。
その見学会には様々な種族の男女が20名ほど参加していた。
引率しているのは研究所人事部門の課長クラスの人員である。
こうした見学会は、もはや文明進化研究所の日常風景ともなっていた。
或る猫人族男性職員たちの会話:
「な、なぁ、あの団体って新卒者たちの研究所見学だよな」
「ああそうだな」
「あの先頭付近にいる猫人族の女の子、ムチャクチャ可愛くね?
なんつーか、まだ若そうに見えて体も華奢なのに、やたらに色っぽいし」
「まあそうだな」
「な、なあ、見学が終わったら声かけてみないか。
飲み会に誘ってみるとか……」
「やめとけ」
「な、なんでだよ!
飲み会に誘うぐらい別に構わんだろうよ!」
「お前、あの娘の名前知ってるか?」
「い、いや……」
「俺人事ローテーションで、今人事部門にいるんだけどよ。
あの娘の名前、ジョセフィーヌ・リリアローラっていうんだぞ」
「ジョセフィーヌか、見た目通りの可愛らしい名前だな」
「いや、名前じゃなくって家名が気にならんのか?」
「な、なんでだよ!」
「お前なぁ、リリアローラといえば、天界救済部門の部門長閣下の家名だろうが」
「!!!」
「しかもどうやら、あの部門長エリザベート・リリアローラさまの実の娘らしいぞ」
「!!!!!」
「その上あのタケルさまの番相手でもあるそうだ」
「!!!!!!!!
や、やっぱ英雄には英雄に相応しい美人が番相手になるんか……
とほほほ……」
「ところでな、噂によれば今度ブラックホールに送り込む転移装置の中に座席が用意されたそうなんだ。
それで銀河系史上初のブラックホール内有人飛行が計画されていて、これから志願者を募るらしいんだよ」
「あ、ああそうらしいな……
うっかり転移装置に傷でもあったら、搭乗員はオングストローム単位に圧縮されちまう恐ろしい任務だろ。
でもそれとあの娘に何の関係があるんだ?」
「そんな女性をナンパしてみろよ。
お前のところに搭乗チケット第1号が送られて来るぞ」
「うひぃぃぃ―――っ!」
天界ヒューマノイド文明進化研究所の人事担当部門長は、自身の机の上に置かれた履歴書と身上調査票を見て額に汗を浮かべていた。
しっぽも少々膨らんでしまっている。
(この娘、家名がリリアローラ……
あの元神界上級神会議議長にして現天界救済部門の部門長、そして近いうちに天界最高天使さまになられる最有力候補のあのエリザベート・リリアローラさまの実の娘……
さらにかの銀河の英雄であり、この研究所に300兆クレジット(≒銀河の平均的恒星系政府予算100年分)も資金拠出して下さったタケル中級天使さまの番相手……
元神界生まれの初級神にして、現在も天界初級天使……
さらには天界生まれの元神の中で初めて銀河連盟大学を卒業されたお方さま、しかも成績は優等……
そして専攻は恒星物理学で、副専攻は組織管理学……
もうさ、この娘、入所と同時にわたしの代わりに人事担当部門長の席に座らせた方がいいんじゃね?
ついでにヒューマノイド文明進化研究所の副所長も兼任させるとか……)
ここでこの人事担当部門長は、つい恐ろしい想像をしてしまったのである。
(そして……
もしもこの娘がこのヒューマノイド文明進化研究所に入所希望の願書を出したとして……
それを人事担当部門長の私の権限で却下したとしたら、私はどうなるんだろう……
たぶん、いや間違いなくあのブラックホールに送り込まれる転移装置の搭乗チケットが送られて来ることだろうな……
さらにその転移装置には小さな傷がつけられていて、私はいなかったことにされるとか……)
現人事担当部門長はぶるりと体を震わせて、この恐ろしい想像を断ち切ったようだ……
こうして、ジョセフィーヌは天界ヒューマノイド文明進化研究所に様々な恐怖を齎していったのである。
そうした彼らも、ジョセフィーヌが見学に来た目的の一つが、まさか男性恐怖症の更なる克服のためだとは思うまい……
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セルジュくんとミサリアちゃんは、ママたちから弟や妹が出来ると聞いて大喜びした。
それもいっぺんに4人も。
2人は毎日幼稚園からすっ飛んで(←実際に飛んでいる)帰って来ると、すぐにママたちのお腹に顔をくっつけてゴロゴロ言っている。
尚、最近では彼らの飛行能力が上がり、低空飛行をしていると天界の住民たちが吹き飛ばされたり街並みがエラいことになってしまうために、弾道飛行するよう指導されていた。
特に身体防御の魔法をかけるのを忘れたまま音速突破すると衝撃波でお耳が痛くなるので、いつも速度はマッハ0.9までにするように気をつけている。
(音速突破の衝撃波は、その物体の先端から円錐状に発生し、その速度が速いほど円錐の形が尖ったものになる。
戦闘機の先端が尖っていたり、翼が後退翼になっているのは伊達ではないのだ。
故に音速を超えることの無い旅客機の先端は丸く、翼も横に張り出した形状で構わないのである)
ちなみに彼らの飛行姿勢は、衝撃波を気にしなくてもよいためにかなりフランクなものだった。
つまりヘソ天で寝るときの姿勢を上下逆さまにしたものであり、両手両足を広げて大の字になった俯せ姿勢である。
広げた両足の間では、最近だいぶ太く長くなってきたしっぽが機嫌よさげにふりふりと揺れていた。
そんな姿の子猫たちがマッハ0.9で弾道飛行している姿は天界中で評判になり、もちろん銀河の3000万認定世界でも超有名になっているそうだ……
子供たちは家に帰るとすぐにママたちのお腹にへばりついている。
「セルジュお兄ちゃんでちゅよー」
「ミサリアお姉ちゃんでちゅよー」
「ねえママ、赤ちゃんたちお返事してくれないよ?」
「まだ細胞分裂しているところだから返事は無理だの」
「「 『さいぼうぶんれつ』? 」」
「そなたたちも幼年学校に行けば習うだろうが、受精卵は最初は1個の小さな細胞なのが、次々に分裂して大きな体になっていくのだ」
「「 そーなんだー 」」
「だがそうやって毎日話しかけてやると、赤子たちも安心して成長していくだろうの♡」
「セルジュ毎日話しかけるー♪」
「ミサリアもー♪」
タケルが帰宅すると、タケルも含めてみんなでママたちのお腹に手を当てて話しかけているそうだ……
そのころ胎児たちは揺蕩う意識の中でぼんやりと考えていた。
むろん思考野に上ることも無ければ記憶野に残ることもないが、それでも原初の意識である。
(ふう、やっと細胞分裂も終えて、からだのかたちも出来まちたね)
(ママが栄養と酸素をたっぷり送ってくれてりゅから、あとはからだを大きくしていけばいいのか)
(そのためにはこの暖かくて幸せな環境でぐっすり寝てればいいのね)
(ただ寝てるだけで育つなんてらくちんでいいなぁ)
(それにしても、この『おにいちゃん』とか『おねえちゃん』とかいうひとたち、ずっと話しかけて来て煩くて寝られないよぉ)
(たまに『ぱぱ』とかいうひとも話しかけてくるし)
((( みんなもっと静かにぼくたちを寝かせておいてくれないかなぁ…… )))
親兄弟の心、子知らずである。
子の心、親兄弟知らずとも言う……




