*** 239 由緒正しき戦士と農民の末裔 ***
タケルは薄い笑みを浮かべた。
「ところでよ、なんでそんなに王族が偉ぇのか説明してくれや」
「こ、この賤民めがそんなことも分からんのか!
偉大なる建国王陛下の子孫であり、102代にも渡ってこの国を統治して来たからに決まっておるだろう!」
「そうかいそうかい。
偉ぇ建国王の血筋を引いてるから、その子孫である俺も偉ぇって言いたいんだな」
「当たり前だっ!」
「ところでよ、建国王って、極めてレベルが低いながら魔法を使えたんだろ?
それじゃあその血を引くお前ぇも魔法は使えるのか?」
「うっ……」
「使えねぇんだったら、その建国王とかいうおっさんの血は引いてねぇんじゃねぇかぁ?」
「な、ななな、なんだと……」
「大方お前ぇの母ちゃんがイケメン下級貴族辺りと不倫して生まれたのがお前ぇかもな。
だから建国王の血も止まっちまってるんじゃねぇか?
いや、母ちゃんの母ちゃんやそのまた母ちゃんが見目のいい下級貴族と浮気して子を生んだんで、王族に残ってる建国王の血はどっかで無くなっちまってるんじゃねぇかぁ?」
「き、キサマ我が血統まで愚弄するかぁっ!」
「ひとついいこと教えてやんよ。
お前ぇらが賤民と蔑む辺境の戦士たちだがな。
奴ら全員魔法を使えるぞ。
大人も子供もだ」
「「「 !!!!!! 」」」
「建国王が周りの国の王族を殺しまくってこの平原を統一出来たのは魔法のおかげだろうに。
だったらなんで今の王族が魔法を使えなくって、辺境の戦士たちが魔法を使えるんだよ。
そこんとこどう思うんだぁ?」
「き、虚偽を申すなっ!」
「はははは、自分に都合の悪いことは全部虚偽だと否定するか。
そういえばさっきお前ぇは、そこにいる国軍の大佐がヴェノム軍が全滅したと報告した時にも虚偽だと言い張っていたわな。
もう少し理知的にモノを考えてみたらどぉだぁ」
宰相と国王が微かに頷いているが、もちろん王子は気づいていない。
「ぐぎぎぎぎぎ……」
「ところでお前ぇたち王族や貴族は作物も育てていねぇし、魔物と戦ってもいねぇよな。
それはなんでだ?」
「そ、そのような下賤な農民や賤民兵士が為すようなこと、高貴な王族や貴族が行うわけはなかろう!
そんなこともわからんのか!」
「そうかいそうかい。
ところで今の国王は102代目の国王で、つまり建国王は102代前の祖先だよな。
だったら103代前の祖先は何をしてたんだ?」
「初代建国王陛下の御父上は周囲の蛮族共を平定するために尽力されておられ、初代陛下がそれを完成されたと口伝で伝わっておる!」
「なんだよなんだよ。
口伝ってぇことは、建国王とその部下の貴族たちは字も碌に書けなかったんかよ」
「こ、これ以上の祖王の侮辱は許さんぞぉっ!」
「どう許さねぇのか聞いてみてぇがこの際置いておこう。
ところでお前ぇは字ぃ書けんのかよ王子殿下」
「!!!!
そ、そのような下賤な行為は高貴な王族に相応しくないっ!」
国王と宰相の眉間のシワが深くなったが、やはり王子は気づいていなかった。
「それじゃあよ、お前ぇの150代前の祖先は何をしてたんだ?」
「えっ……」
「200代前の祖先は? 300代前の祖先は? 500代前の祖先は?
それ以前の祖先は何をしてたんだ?」
「そ、そのような古き頃の口伝は残っておらん!」
「だから記録は文字で残しておけって言われるんだよ。
だからその文字を読み書き出来るようになれっていうんだよ。
いいか、辺境の戦士村の民は全員読み書きが出来るんだぞ」
「「「 !!!!!! 」」」
「お前ぇも戦士村の学校に行って字ぃ教えてもらったらどぉだぁ?」
「あぎぎぎぎぎ……」
「さっきの質問の答えを教えてやろう。
お前ぇの1000代前の祖先はな、ヨメや子を守ろうとして森から出て来る魔物と必死で戦ってたんだ。
魔物がいねぇ時には兄弟と一緒にヨメや子も連れて川沿いに粘土を取りに行き、その粘土と石を使って家の周りに魔物除けの壁を作っていったんだ。
そして、壁がある程度の大きさになってヨメや子が安全になると、今度は食料を求めて魔物を狩りに行ったり壁の囲いの中に野生の麦の実を撒いて麦を育て始めたんだよ。
つまりお前ぇは102世代前の建国王の子孫かもしれねぇが、それ以前に連綿と続く数千世代の農民と対魔物戦士の子孫でもあったわけだ」
「こ、この痴れ者め!
見て来たような嘘をつくなぁっ!」
「もちろん俺が直接見たわけじゃあねぇがな。
俺の属する社会にいた昔の学者が、千年に一度ぐれぇの割合で星を渡れる船でこの地を訪れ、民たちの暮らしを記録していたんだ。
もちろん文字だけじゃあなくって映像もな。
俺はそれを見せてもらっただけだ」
「えっ……」
「そうそう、その学者がこの辺りの地を訪れたとき、或る一族が喰いもんが無くって死にかけていたそうなんで、喰いもんを分けてやったそうだ。
おかげで随分感謝されて、しばらくそのムラで暮らしていたんだとよ。
お前ぇの祖先は案外その学者のおかげで生き延びたのかもしれねぇな」
「「「 ………… 」」」
「つまりお前ぇは何百何千世代と続く由緒正しき対魔物戦士と農民の子孫なんだよ!
その戦士と農民の子孫が魔物との戦いや農業を下賤と言うとは何事だぁっ!
それが祖先を侮辱していることがわからんのかぁっ!」
「お、王族に向かって不敬な……」
「お前ぇ語彙が少ねぇよ。
もちっと勉強しろや」
「!!!」
「ついでに言うとな、102代前の建国王はどうやってこの平原を統一してヴェノム王国を作ったと思ってるんだ」
「そ、それはヴェノムに服わぬ周辺の蛮族を平定して……」
「どうやって平定したんだよ!」
「それは初代様の威光に恐懼した蛮族の王たちが臣従を申し出て来たからであって……」
「違ぇよ。
初代王やその部下たちは、周辺のクニに勝手に攻め込んで、何の罪も無ぇ王族や貴族や民を殺しまくったんだよ」
「!!!!!」
「それで俺たちに臣従して貢物や税を差し出さねば、お前たちも皆殺しにすると他のクニも脅したんだ。
つまり、お前ぇの祖先は村を襲って村人を殺し、食料や財を奪っていく盗賊そのものだったんだろうが!
なにが偉大なる祖王さまだよ!」
「こ、これ以上の侮辱は許さんぞ……」
「じゃあ国王と盗賊団の頭の違いを言ってみろ」
「えっ……
そ、それはもちろん盗賊団とは下賤な者たちの集団であって、王族は高貴な者であるからして……」
「お前ぇほんまもんの阿呆だな」
「!!!!!」
「王族や貴族が高貴とかヌカしてるのはその王族と貴族だけだろうがよ!
平民や農民はそんなことこれっぽっちも思っちゃいねぇぞ!」
「そ、そんなはずは……」
「いいか、お前ぇたちは税を納めなかった平民や農民を、税を納めないならば殺すぞと脅しているだろう。
盗賊団が被害者に喰いものを差し出さねば殺すって言ってるのと何が違うんだよ!」
「!!!!!!」
「盗賊と王族が違うのは、盗賊の親玉が俺のことはお頭と呼べと言ってるのに対して、王が俺のことは王と呼べと言ってることだけだろう!」
「あぅ……」
「しかもだ、お前ぇは何百何千世代も続いて来た魔物戦士の子孫であり、同時に農民の子孫であるだけでなく、102世代前に手前ぇの欲と見栄だけで無辜の民を何万何十万と殺した大量殺人者の子孫だろうがよ!
しかも未だに盗賊団と同じく民を武力で脅して、その財を税という名の盗賊行為で奪っているだろう!」
「あぅあぅ……」
「いいか、もう一度言ってやる!
お前ぇが受け継いだのは建国王の高貴な血筋なんかじゃねぇ。
何千年も続く魔物戦士と農民の血筋に加えて102代前の大量殺人者の血筋だ!
加えて民を脅して財を奪うための軍も受け継いだんだよ。
そのお前ぇに高貴だなんだ言う資格は無ぇっ!」
「はぅっ!」
それまで黙って聞いていた国王が口を開いた。
「この星が星を渡って来た者に観察されていて、そなたがその記録を見たということは、そなたも星を渡って来たのか……」
「そうだ。
もう今は旧式の船は使っていないが、転移の魔法を極めたせいで、俺たちは魔法の力で星を渡ることが出来る。
俺は毎日俺の家族のいる星に転移で帰って家族と飯を喰っているしな」
「それでなぜ今この地にやってきたのだ。
観察するためだけならば、何故戦士村に力を貸して我らと戦までしたのだ……」
「それはこの国が魔物の大移動で滅びようとしていたからだ」
「「「 !!!! 」」」
「この国は、俺たちがいなければ西の大森林から大量に出て来る大型魔物に真っ先に滅ぼされて、すべての民も貴族も王族も魔物に喰い殺されているところだった。
この国が滅んだ後はこの国から東にある80の国も滅んだだろう。
最悪の場合、この星にある400の国の内半分は滅んでいただろうな」
「「「 !!!!!!!!! 」」」
「俺と直属の部下たちは、星の世界の中にある天界という名の場所で救済部門というところに属している。
その部門の役割は自然災害で滅びようとしている星を助けることだ。
魔物の大移動も自然災害の一つだからな。
だからこの星に来た」
「そうだったのか……」
「そうして対魔物戦闘の最前線にある戦士村を助けて戦士村を統合し、併せて魔物除けである大城壁も作っていたんだよ。
ついでに統合や城壁建設をスムーズに行うために戦士村を豊かにしながらな。
そうしてお前ぇたちが滅びないようにしてやってる最中に、あろうことかお前ぇたちは俺たちが不敬だとかヌカして軍を送り込んで来たんだぞ!
しかも兵糧も用意せず、必要な喰いもんは民から略奪までしようとしながらな!
そんなもん俺の直属の部下たちに命じて徹底的に潰すに決まってんだろうが!」
「「「 ……………… 」」」
眉間に深い皴を寄せた宰相が口を開いた。
「何故貴殿はその魔物襲来の情報を我ら国の中枢に教えて下さらなかったのか……」
「我々は救済を始めるに当たってこの国の有り様を調査した。
その結果、この国の中枢は、武力で支配することは出来ても統治することは出来ない典型的な無能支配層と判断したからだ」
「そうか……」
「もしも俺たちが事前にお前たちに魔物情報を知らせたとしても対処出来るはずが無い。
それどころか、まずは高貴な王族貴族を守るための城壁を中央部に建設せよと言い出していただろう。
それもお前ぇらの前で膝下低頭しない俺を無礼者と罵るか、壁を作らねば殺すと言いながらな。
ヘタすりゃ俺たちが国内に壁を作りたいのなら税を払えとか言い出していたかもしらん」
「「「 …………… 」」」
国王や宰相が沈黙しているのはタケルの予想を否定出来ないからだろう。
「俺たちの社会では身分制は認められていない。
もちろん平民や貴族や王族という身分の違いで差別を行うことも無い。
故に王族と貴族だけを守る壁を作るなどということは有り得ないのだ。
多くの星では王制も残ってはいるが、王は『君臨すれども統治せず』と言って、単に敬愛されているだけだな。
もちろん勅令を出すことも出来んし不敬罪も無い。
統治は民の中から選ばれた代表が行っているし、その代表にも任期があって統治期間にも制限がある」
「そんな『しゃかい』もあったのだな……」
「それだけこの国の社会制度が原始的だということだ。
星々の先進世界では全ての世界がそうした社会形態になっている」
「そうか……」
「ついでにそこの阿呆王子に教えてやる。
お前ぇは102代2000年近くも続く王朝の王子だから俺は偉いとヌカしていただろう」
「あ、当たり前だろう!」
「俺の父親は8000万年続くムシャラフ王朝の王子だ。
母親は6000万年続くミランダ王朝の王女だ。
つまり俺は両王朝の王孫だ」
「「「 !!!! 」」」
「お前ぇの論理から行くと、お前ぇより俺の方が遥かに偉ぇっていうことだな。
ならお前ぇは俺に敬意を払うべきじゃあねぇのか?
その俺の前で俺に断りも無く座ってるのは不敬なんじゃねぇか?」
「ぬがががががが……」




