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*** 234 ヴェノム国王の思惑 ***

 


 侯爵が退出すると、宰相が口を開いた。


「陛下、兵力を分散したとはいえ、1日に1600名もの領兵を殲滅した大強者のいる国相手です。

 果たして国軍第1師団と第2師団に公爵家の兵を加えても勝てますでしょうか……」


「まず無理であろうな」


「………………」


「だが、あのような大強者とて、せいぜい数百人しかおるまい」



 いや、タケルくんクラスの強者が数百人もいて、もし民間人の犠牲を考慮しなくてもいいなら、地球の全軍相手でも3分ぐらいで全滅させられるよ?

 カップラーメン並みだよ?



「ならば1万7000の兵のうち、例え半数が戦死したとしても、奴らにそれなりの被害を与えることが出来よう。

 その上で交渉の使者を送ればよいだろうの」


「それでは第1王子殿下のことも……」


「あ奴は公爵家どもに焚きつけられて、王位を継いだ後に新たに上級公爵家という爵位を創設する気だ。

 その上で、上級公爵家の貴族年金を倍増させるようも画策しておる。

 要は己が祭り上げられることと美食と女にしか興味が無いのだな。

 あのような者に王位を継がせるわけにはいかん。

 次期国王は第2王子とする」


「………………」


「仮にあ奴率いる軍が勝利すればそれでよし。

 廃嫡にする方策はまた考えよう。

 また、あ奴が戦死してもそれでよし。

 敗北しても生き延びていたとしたら敗北の咎をもって廃嫡し、領地も役職も無い法衣侯爵にでも叙すればよいだろう」


「そうでしたか……」


「さらに遠征軍の敗北によって公爵家の子息や係累者が大勢戦死すれば、その分貴族年金を減らすことが出来よう。

 この国は世代を重ね過ぎたせいで公爵家の係累者があまりに増え過ぎた。

 この戦を契機に、ここらで大幅に人数を減らしてもらいたいものだの」


「お考え、よくわかりました……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 第1王子ポンコーツはパニくりながら遠征の準備を始めていた。

 まずは専用の全身鎧を装着しての点検である。

 だが、身長150センチ、体重150キロ、腹回り150センチの王子が全備重量30キロの全身鎧を纏うと、もはや歩くどころか立つことも出来なかった。

 加えてこれだけの重量に耐えられる馬もいない。

 仕方なしに、出立の際には馬2頭の腹と鞍を革紐で連結し、2頭の馬に跨っていくことになった。

 もちろんその馬に乗り降りするため、階段と手摺のついた踏み台も用意されている。

 王都を出てから戦場までの移動は馬車で行うが、念のため従僕8名で担ぐ輿も用意されていた。

 また王子は1人では着替えも出来ないため、着衣着脱専用の侍女2名に加えて夜伽用の侍女2名、身の回りの世話をさせる従僕3名と馬丁2名も選任しなければならなかった。

 加えて王子本人と従僕用の身の回りの品を積んだ荷車が3台に踏み台を積んだ馬車1台である。



 国軍本部もまたパニくっていた。

 そもそも国軍第1師団と第2師団の構成員は全員が公爵家子弟である。

(第3師団と第4師団は下級貴族子弟で構成されている)

 このために国軍第1師団と第2師団の軍人には、全て身の回りの世話をする下級貴族縁者の従卒が2名ずつつくのである。

 彼らは遠征など訓練ですらしたことがなかったために、遠征準備も大変に手間取っていた。



 502家ある公爵家もまたパニくっていた。

 まずはその日のうちに50家ほどの公爵家当主が王城の宰相閣下の下を訪れている。


「宰相閣下、実は我が邸の者たちが流行り病で全員寝込んでおりまして……」


「それはそれは……

 お気の毒なことであります。 

 どうか皆様にご自愛くださるようお伝えくださいませ」


「それでも当家の子弟たちは今こそ陛下のお役に立つ時と逸っており、病を押して参陣しようとしておるのですが、なにしろ流行り病でございますれば、他の方々にうつらぬとも限りませぬ。

 また、遠征の途中で万が一のことがあれば、他の参陣なさる方々に大変なご迷惑をかけてしまうと憂慮した結果、今回の参陣を辞退するよう申し伝えたところでございます」


「それも当然でございましょうな。

 何よりも大切なのはご子息方のお命でございましょうから」


「それで、これをせめて軍費の足しにと思いまして……」


「これはこれは、貴殿の志、陛下もお喜びになられることでございましょう」


 宰相閣下は金貨の詰まった袋を従僕に渡して別室に持っていかせた。


「ただ公爵殿、貴殿が貴殿の子弟を守らねばならぬと同様、わたくしも陛下の勅命を守らねばならぬのです。

 なに、たかが貴殿とその一族が公爵位を失って平民落ちするだけのことですな」


「!!!!!!!!!!!」


「ご子弟の命に比べれば、誠に些細なことでしょう、はっはっは」


「そ、そそそ、そういえば我が子弟たちの熱も今朝には下がり始めておりました!

 明日には間違いなく出陣出来ることと思われますっ!」


「それはそれは、ですがどうかご無理為さないでくださいませ」



 こうして50家ほどの公爵家当主は、金貨だけを失ってすごすごと邸に帰って行ったのである。



 因みに、公爵家1家当たりの出兵者は、まず子弟5人、その子弟にそれぞれ5名ずつつく従者の計30名となる。

 だが、それ以外にも馬30頭、馬丁10人、子弟の身の回りの世話をする従卒10人、その身の回りの品や鎧など、馬用の水桶や飼葉を運ぶ荷車6台と、それを曳く下男5人、計55人と荷車6台となる。

 それだけの陣容を整えた公爵家が合計502。

 総勢2万7000を超える人員と、3000台を超える荷車が王都を出立することになったのである。



 国軍もまた同様であった。

 戦闘要員はそれぞれの軍人のみだが、馬1頭、馬丁1名、身の回りの世話をする従卒2名、身の回りの品や鎧などを乗せる荷車1台とそれを曳く下男である。

 その総数は8000名、馬2000頭、荷車2000台に及んだ。



 第1王子に至っては、総司令官となる王子以外にも、輿を担ぐ従僕8人、王子の身の回りの世話をする従僕3人、着衣着脱専用の侍女2名に加えて夜伽用の侍女2名、王子専用馬車とその御者に馬丁2名。

 加えて王子本人と王子の鎧や身の回りの品を積んだ荷車が3台に踏み台や輿を積んだ荷車2台と荷車を曳く下男5名。

 総勢24名の陣容に馬車1台、荷車5台であった。



 なんとか準備を終えた遠征軍は、制限時刻ぎりぎりの朝に王都を出立していった。

 総計3万5000を超える人員と5000台を超える馬車に荷車である。

 王都中の馬と荷車が消えていた。


 先頭はもちろん国軍に守られた第1王子であり、その後に公爵子弟軍が続いている。

 王都中の公爵家縁者たちが盛大にこれを見送っていた。

(王都に住む者は下男下女などを除いて公爵家縁者しかいない)


 最初の宿泊地である侯爵家の邸までは約25キロの道のりである。

 侯爵領やその先の伯爵領までの街道はある程度の整備もされており、通常の軍事行動であれば何の問題も無い距離であって、第1王子は3時間も経たぬうちに侯爵邸に到着している。


 尚、王子は生まれて初めての馬車旅に強烈な馬車酔いの真っ最中であり、また、慣れぬ馬車のせいで尻の皮が剥け始めていた。

 如何に強靭な尻の皮を持っていたとしても、揺れる馬車の中で150キロもの体重を支え続けるのは困難であったのだ。

 王子はすぐに侯爵邸の主賓室に入って寝込んだ。


 さすがに侯爵邸であり、寄子の貴族家当主全員が集まっても宿泊出来るよう、従士や侍女の控えの間もついた客間は20も用意されている。

 国軍の第1師団師団長とその幕僚たちがこの客間に入った。

 従卒たちも控の間に入っている。



 ただ、ここで重大な問題が発覚したのである。


 この国では滅多に無いことだが、公爵家などの高位貴族家縁者などが旅行をする場合、宿泊先は当該地域の貴族邸になる。

 そして遠征演習などしたことも無い国軍軍人と公爵家子弟軍は、あれだけの荷を荷車に積んで運んで来たにもかかわらず、誰一人として野営装備を持っていなかったのであった。

 食料すら持っていない者が大半だったのだ。


 侯爵邸内にあったワインとエール、肉を初めとする食料は、あっという間に国軍第1師団1000名に食い尽くされた。

 剣を振りかざして激怒する第2師団の面々が恐ろしかったために、侯爵邸にいた者たちは侯爵家一家に加えて侍従長を筆頭にすぐに逃げ出している。

 邸の周囲には従士や領兵の住居もあったのだが、膨大な数の軍が押し寄せて来ていたために、従士や領兵の指示で家族は貴重品や食料を持って既に避難していた。



 第1師団の大多数と第2師団の全員は、それぞれの師団長と幕僚に猛抗議した。

 我ら公爵家、つまり王家の血を引く高貴な貴族に野宿をせよというのか、それともあの馬小屋のような平民の家で寝ろというのか!

 これは我が家名に対する重大なる侮辱である!


 2000名近い上位貴族の猛抗議に耐えかねた国軍上層部は、王子殿下一行が行軍を進めて侯爵邸に空きが出来るまで彼らに王都に一時帰還することを許した。

 まあ彼ら全員が(こっそりと)実家に戻るのだろう。


 彼らのイイワケ論理は、

『勅命が指定していたのは、王都から出撃を開始する日時のみである。

 我らはすでに出撃を終えており、その勅命は果たしている。

 また、実家に物資を取りに行くのは軍事行動上必要不可欠な行動である』というものだった。


 この国軍の大量帰還者は当然のことながら行軍途中の公爵家子弟軍とかちあった。

 元々がどちらも公爵家出身者だけあって、『この先にある侯爵邸は王子殿下と国軍第1師団幹部に占有されてしまっていて、我ら高位貴族に相応しい宿泊所も食事も用意されていない』という情報が共有されたのである。


 国軍も公爵家子弟軍も王都に向けて引き返し始めた。

 時刻はまだ昼過ぎだったために、王都には十分に辿り着けるものと思われたのだが、この帰還組と進軍組とが街道の大渋滞を引き起こしたために、全軍が王都に帰還出来たのは日付も変わろうかという頃だった。


 行軍の疲れによって、帰還者たちは碌に食事も摂らぬまますぐに爆睡している。

 もちろんこうした行動は、国軍情報部により速やかに王宮の国王陛下に届けられていたし、タケルもマリアーヌからの報告を聞いている。


「マリアーヌ、貴族兵が食料を求めて民間人に迷惑をかけないよう、侯爵邸からすぐの地点から、高さ25メートルの壁に挟まれた幅300メートルほどの通路を作っておいてくれ。

 途中には馬のための水場と飼料ペレットの用意もな。

 その通路は旧タマス領に入ってからは徐々に狭くして幅50メートルほどになるようにし、旧タマス領そのものも全域を壁で囲っておいてくれな」


『畏まりました』





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