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*** 232 肉の小売り ***

 


 その頃各男爵領子爵領の平民街では、青い服を着た男たちが商業組合を訪れていた。


「こんにちは、商取引担当の方はいらっしゃいますか」


「誰だお前は」


「この領に接する戦士村から参りました。

 私共の村で獲れた魔物肉を購入して頂けないかと思いまして」


「なんだと! 賤民村から来ただと!」


「いえ、賤民村ではなく戦士村です」


「ふざけるな! 賤民の持ち込んだ肉など買えるかっ!

 我らは領兵隊から仕入れておる!」


「あの、元々魔物肉は戦士村で獲れたものを領兵隊と交換していたのですよ。

 この国の国内では戦士村以外には魔物はいませんので、魔物肉はすべて戦士村産ですが」


「ええい喧しいっ!

 賤民村との取引などするわけがないと言っておるのだっ!」


「わかりました。

 それでは商業組合さまは戦士村との取引は行われないということですね」


「当たり前だっ!」



 その日、平民街の市場広場では、小綺麗な屋台が店を開き、揃いの青い服を着た男たちが声を上げた。


「こちらは戦士村直営の肉販売店でーす。

 ただいまより魔物肉の安売りを始めまーす。

 魔物肉は100グラムにつき半銅貨1枚(≒50円)でーす」


「おいおい、随分安いじゃねぇかよ」


「ほんとにそんな安値でいいんか?

 商業組合じゃあ100グラムにつき銅貨1枚と半銅貨1枚(≒150円)で売ってるんだぞ」


「それは商業組合の利益を乗せているからですね、ここは戦士村の直営店なので安いんです」


 周囲の男たちは青い制服の男を見た。

 その服は自分たちの服どころか貴族服よりも遥かに綺麗で清潔に見える。

 また、男たちの髪も肌も清潔だった。


「なぁ、戦士村って賤民村のことだろ?」


「皆さんは戦士村のことを賤民村と呼ばれますが、そんな風に呼ぶと屈強な戦士たちがたいへん怒りますよ?」


「う……」


「それにそんな風に仰る方には、肉の売値は100グラムにつき銅貨1枚と半銅貨1枚とさせていただきます」


「も、もう言わねぇよ……」


「でもなあ、今までは相手が商業組合だから安心して買ってたんだけどよぅ」


「はは、この領内に魔物は出ませんよね」


「もちろん出ねぇぞ」


「ということは、この領で売られていた魔物肉はすべて戦士村産の肉だったのですよ」


「それもそうか」


「でもなぁ……」


「それでは試しに少し食べてみられたらいかがでしょうか」


 青い服の男たちは、肉に焼き肉のタレをつけて炭火で焼き始めた。

 周囲には実に旨そうな匂いが広がって行く。

 屋台を囲んだ男たちの喉が鳴った。


「さあ、小さいですがこの焼き肉を食べてみてください」


「う、旨ぇよこれ!」


「あー、こんな旨ぇ肉喰ったことねぇわ……」


「エールが欲しくなるな……」


「なぁ、これやっぱりその塗ってるタレも旨ぇんだよな」


「ええそうです。

 このタレはこちらの小壺に入ったものが1つ銅貨2枚です」


「そうか、それじゃあそのタレ1つと肉を200グラムくれ」


「合わせて銅貨3枚ですね、ありがとうございます」



 焼き肉の匂いが広がるにつれ、その肉売りの屋台にはたいへんな数の人々が集まり始めた。


「なぁ、この屋台はいつまで出てるんだ?

 俺は串焼き肉の屋台をやってるんだが、おかげで串焼きがぜんぜん売れねぇんだよ……」


「それならあなたもこの焼き肉のタレをお買い上げになられて、ご自分の売られる肉に塗ってみられたら如何でしょうか」


「そうか!」


「それにこのタレ付き焼き肉は味が濃いですから、穀物粥に乗せて食べても美味しいんです」


「それじゃあ俺の弟が穀物粥の屋台を出してるから、一緒に売り出してみるか!」


「昼はそれでいいでしょうね。

 でもこのタレ付き肉を食べるとエールも飲みたくなるようですから、夜は粥ではなくエールを出してみられたらいかがでしょうか」


「それいい考えだなぁ……

 教えてくれてありがとよ♪」


「どういたしまして」



 そして翌日。


 相変わらず繁盛している肉屋の屋台に商業組合の職員が怒鳴り込んで来た。


「ごるぁあっ!

 お前はどこから来たっ!

 誰の許しを得てここで屋台を出しているっ!」


「私たちは戦士村から来ました。

 そして、この国や領地の法では戦士村の民が領内で屋台を出してはいけないとは、どこにも書いてありませんが?」


「賤民が領内で商売をするなど許されないのは当たり前だろうっ!」


「そうですか、あなたは領主に代わって新しい法を公布しようというのですね。

 そんな僭越なことをすれば、あなたは縛り首になってしまいますよ?」


「す、すぐに領主さまに通報して領兵にお前たちを捕縛させてやるっ!」


「それは無理でしょうねぇ」


「な、何故だっ!」


「この領の領兵は2日前に盗みを働こうとして戦士村に侵入して来ましたので、全員を捕縛しました」


「な、なに……」


「それに領主はそれを聞いて伯爵領に逃げ出していますから、領主邸にはもう誰もいませんよ?」


「な、なんだと……

 ええい、お前たちのせいで商業組合の肉がまったく売れなくなってしまったではないかぁっ!」


「はは、やはりあなた方は商業組合の方でしたか。

 ですが我々は昨日屋台を始める前に、商業組合に伺って卸売を申し入れていますよ。

 それを断られたのはあなた方商業組合でしょうに」


「な、なんだとぉぉぉ―――っ!」


 商業組合の職員たちは慌てて組合に帰って行った。



「な、なぁ、戦士村に盗みに入った領兵全員を捕縛したって本当かね」


「はい本当です」


「っていうことはよ、あんたら戦士村の戦士たちがこれからこの領を襲いに来るんか……」


「それは違いますね。

 我々は盗みを働こうとして侵入して来たならず者を退治しただけです。

 だからといって、我々がならず者がいた街を襲撃することにはなりませんよ?

 それこそはならず者の発想です」


「そ、そうかい……

 確かにこの領の領兵たちはほとんどならず者だったもんな……」


「我々戦士村は攻めて来たならず者は必ず殲滅しますが、こちらから攻め込むようなことは決してしません。

 第一今の戦士村は大変に裕福ですしなんでもあります。

 この領に攻め込んでも得るものなどありませんしね」


「はは、そういえばそうだよな……」


(これは国軍情報部への直接報告案件だな……

 賤民村は貴族家領兵を全滅させたが、この貴族領に逆侵攻してくる気は無いということか……)

 情報部の浸透諜報員である男はそう考えていた。


 もちろん彼にもマリアーヌのマーカーはつけられている。



 商業組合では、責任問題や領主閣下の居所確認などで時間を費やしているうちに、領兵隊から購入して倉庫に入れていた肉が徐々に腐り始めているそうだ……



 このようにして、戦士村が独立しても各領地の民たちを飢えさせることが無くなったとタケルも安心している……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 2家ある伯爵領には子爵家2家、男爵家6家の当主たちが続々と集結していた。

 通常であれば、こうした格下の貴族家当主が格上の貴族家を訪れる場合には、数日前の先触れと伯爵側からの訪問日時指定が必要になる。

 とにもかくにも伯爵領都に入って当面命の危機が無くなった子爵男爵たちは、それぞれ伯爵領都の宿に入って伯爵家からの日時指定を待っていた。


 寄子貴族家当主全員から面談要請を受けた伯爵閣下は、当惑しつつも従士らに彼らが何故突然に来訪したがっているかとの理由を探るために調査を命じている。


 そうした内に、今度は子爵家男爵家に嫁がせていた自分の娘や孫、姪などが次々に来訪して来たのである。


 さすがに自分の親族である娘や孫や姪とはすぐに面談した伯爵閣下だったが、来訪の事情を聴くにつれて、その額には青筋が増えて行った。

 なんと自分の寄子貴族たちが勝手に賤民村に侵攻し、領軍が大敗を喫した挙句に当主が嫁や子や孫を置いて自分だけ伯爵領に逃げ出したというのだ。


 伯爵閣下は激怒された。

 だが、それ以上に憂慮もしたのである。

 もしもこれを王家に賤民の反乱と捉えられてしまった場合、あの莫迦寄子共に連座されて自分も良くて平民落ち、最悪縛り首になりかねないのである。


 伯爵閣下は娘たちから十分な聞き取りを終え、従士数名に裏付け調査を命じられると、すぐに侯爵閣下に至急面談依頼の早馬を出した。

 そして、自身も護衛を連れて侯爵領に向けて出立されたのである。

(むろん子爵男爵連中は放置されている)



 チンボラーゾ辺境侯爵閣下は驚かれた。

 麾下の2伯爵家当主が相次いで緊急の面談を申し入れて来たのである。

 すぐに2伯爵に会われた侯爵閣下は、しばらく話を聞いた後従士長に対して国王陛下との面談要請を早馬で届けるよう指示を出した。

 そして、2伯爵を伴われて急ぎ馬車で王都に向かわれたのである。

 蒼白な顔をした高位貴族たちは、馬車の中でも協議を続けていたようだ。


 如何に侯爵と雖も、通常国王への面談要請は数日から5日程度は待たされるのが普通である。

 しかし、異例にも侯爵が王都に到着した翌日には面談が叶った。


 単身での謁見と指定され、冷たい汗をかき続ける侯爵閣下は近衛兵に国王執務室に案内された。

 執務室にはヴェノム国王とその第1王子、王弟である宰相と侍従長しかいない。





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