*** 229 激怒する子爵閣下 ***
ほとんどの領兵たちがズボンの前を膨らませて扉を出て行った。
そして、全員が外に出ると、その場の周囲100メートルほどを囲むように高さ10メートルの壁が出現したのである。
「な、なんだこれ!
なんで突然こんな壁が出来たんだよ!」
「よう」
「「「 !!!!! 」」」
「なんだお前ぇは!」
「どっから出てきやがった!」
「俺は戦士村の組合長代行のタケルだ。
お前ぇたち、俺の村の女子供を攫おうとして来やがったんだよな。
今から俺が退治してやるから覚悟しろ」
「ははっ!
武器も持たねぇ丸腰野郎がなに言ってんでぇ!
こちとら武装した兵が28人もいるんだぞ!」
「それがどうした」
「「「 !!!! 」」」
「お前ぇらごとき弱民が何人いても俺に勝てるわけは無ぇな」
「この野郎……
みんな、やっちめぇっ!」
「「「 おおおおっ! 」」」
だが……
ドガバキグシャメキボカボンドグッ!
「「「 うぎゃぁぁぁ―――っ! 」」」
「こ、こいつの動きが見えねぇっ!」
「あっという間に半分もヤラレちまったっ!」
「い、いったん撤退だ!」
「「「 お、おう…… 」」」
しかし……
「と、扉が開かねぇっ!」
「バーカ、お前ぇらみてぇなクズ共を逃がすかよ」
「な、なんだと……」
「おらおらおらーっ!」
ドムバキョメキバシグボドン!
「「「 あぎゃぁぁぁ―――っ! 」」」
もちろん痛みに倒れていた男たちは、マッパにされた上で宙に吊るされ、陰茎と陰嚢を切断された。
((( !!!!!!!!!! )))
男たちは絶叫しているのだろうが、その声は誰にも聞こえなかったのである……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の昼過ぎ、タマス子爵邸では昼餐を終えられた子爵家第1夫人が、第2夫人や第3夫人、そして多くの侍女たちを引き連れて、恒例の食後の散歩に出かけられた。
もちろん散歩と言っても広大な子爵邸の庭を歩くだけである。
田舎子爵家だけあって、その庭はとんでもなく広く、10人の庭師たちによって整備された花が咲き誇る花壇の中を優雅な小径が続いていた。
そして、子爵家第1夫人ご一行が邸の角を曲がって庭園に差し掛かると、そこには陰部を切り取られて泣き喚く42人ものマッパの男たちが出現したのである。
萎れたちんちんとタマタマはその場に山となっていた。
「うっぎゃぁぁぁぁ―――っ!」
子爵家第1令夫人はお淑やかさの欠片もない悲鳴を上げられた。
「「「 どっぐぇぇぇ―――っ! 」」」
もちろん第2夫人も第3夫人も侍女たちもそれに倣っている。
まあ彼女たちにとって、人生最大の驚きだったので仕方のないことだろう。
子爵邸は大騒ぎになった。
むろんすぐに子爵閣下にも報告が行っている。
子爵家護衛兵の中には衛兵隊第1小隊の中に知己を持つ者もおり、すぐにちんちん無し男たちの身元も明らかになり、子爵家従士たちは直ちに領兵たちの尋問を始めたのである。
尋問の場にはタマス子爵閣下も同席していた。
タマス閣下は、その小さな目をかっ広げ、その目から異様に離れた大きな口を開けて吼えていた。
その口はリンゴを丸ごと入れられるほど大きく開く。
「なんだと!
なぜエール・魔物肉交換担当の第1領兵小隊全員がこのような姿になっているというのだ!
なに!
賤民共に、エールを水で薄め、魔物肉の樽も横領していたことがバレ、それを是正しない限り肉とエールの交換を停止すると通告されただとぉっ!
いったいエールと肉を横領していたのは誰だったのだぁっ!」
「なんだと!
領兵隊で飲み食いしていただけでなく、領兵長にも献上していたと申すか!
従士長!
領兵長を命じているあの莫迦甥を捕縛して牢に放り込めっ!」
「はっ!」
「なんだと!
賤民からその通告を受けた第1分隊が無礼な賤民を痛めつけようとしたところ、逆に返り討ちに遭って銅槍と革鎧を奪われただとぉっ!
賤民共は何人いたというのだぁっ!」
「なんだと!
たった1人でしかも武器も持たぬ賤民に8人もの領兵が負けたというのかぁっ!
貴様らそれでも我が子爵領の兵かぁっ!
だが塩とエールが手に入らなければ困窮するのは賤民共も同じだろうがぁっ!」
「なんだと!
賤民共が安くエールと塩を手に入れる方法を見つけただとぉっ!
そ、それはどこから仕入れているというのだぁっ!
なにっ!
盗人弱兵にはそんなことは教えられないと言われただとぉっ!
それで銅槍や革鎧を奪い返し、エールや塩の入手先を得るために、賤民村の女子供を攫ってきて交換することを試み、それで武器保管係から極秘で鉄剣6本と青銅鎧6領を借り受けただとぉっ!
その上で前祝と称して指揮官たちが酒盛りをしていたというのかっ!
さらに、今度はエールを水で薄めるのではなく、自分たちの小便で薄めていたと申すかぁっ!
それを賤民共に見つかり、報復として陰部を切断されたというのかぁっ!
し、しかも青銅の槍のみならず鉄剣や青銅鎧まで奪われたと申すかぁっ!
だが賤民共の村と交換所の扉は固く閉ざされいるはずだ!
どうやって賤民共は交換所に侵入したというのだ!
さらに14名もの役職兵は、何人の賤民共に襲われたというのだ!」
「な、なんだと!
襲撃して来た賤民はたったの1人だったのかぁっ!
お前らなんという弱兵なのだぁぁぁ!」
「な、なんだと!
さらに翌日28名もの兵が賤民の女を攫って手籠めにしようと出撃したところ、やはり賤民1人に返り討ちに遭って全員陰部を切断され、青銅の武器も全て奪われたというのかぁっ!」
「それでお前たちは気が付いたら我が邸の庭にいたと申すが、一体如何にしてその方らをここに送り込んだというのだぁっ!
なんだと、皆目わからないだと!
ええい従士共!
この邸の守りを固めろっ!
昼も夜も総動員体制だ!
いつどうやって賤民共が攻め込んで来るかわからんのだぞぉっ!」
子爵閣下の額に浮いた血管は、あまりの怒りに何本か切れて血がぴゅーぴゅーと噴出していたそうだ。
(脳内で破れた血管は、セミ・エンゼルキュアの魔法で修復されている)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
戦士村の組織化は順調に行われていた。
中には大防壁の建設が間に合わずに大量の魔物に襲撃された戦士村もあったが、青い服を着た男たち10名ほどがどこからともなく現れて、千体を超える魔物を殲滅してくれたのである。
彼らは低空を高速で飛び回り、白っぽく見える風で魔物を切り刻んでいた。
こうした援軍を受けた村は、青い服の男たちの説得をすぐに受け入れ、すでに救済部門と提携している村を見学に行くようになった。
(戦士村では強者ほど尊敬されるため説得も容易に受け入れられる)
そうして、圧倒的な防衛施設だけでなく、塩もエールまでも大量に得られると聞いて大いに喜び、さらに大防壁建造は進んでいったのである。
間もなく、チンボラーゾ辺境侯爵貴下にある子爵家6家と男爵家12家に属する48の戦士村は全て天界救済部門との提携を行った。
全ての村では解体された魔物の残骸捨て場がたいへんな勢いで掘り起こされ、戦士村の保有する魔石の数はとんでもない数になっている。
もちろんタケルはその全ての村からヴェノム王国との外交交渉を委任されていた。
戦士村の住民にとっては、エールと塩さえ手に入れば、王国への所属などどうでもいいことだったからである。
各村の交換所では、タケルの魔物肉-エール交換比率変更通告に対し、交換担当領兵たちが激高して次々に襲い掛かって来たために、各戦士村の金属製武器の備蓄もどんどん増えて行っている。
もちろんこうした動きはチンボラーゾ辺境侯爵麾下の子爵男爵領と接する48の戦士村だけでなく、魔物の森と接するチンボラーゾ王国外縁部を形成するおよそ760の戦士村にも広がって行くことだろう。
そうした折に、チンボラーゾ侯爵の寄り子である18の子爵家、男爵家当主全員の執務室の机の上に、戦士村連合国の独立宣言書なるものが転移の魔法で届けられたのである。
【戦士村連合国独立宣言書】
拝啓。
貴子爵領/男爵領に於かれましては、時下益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。
さて、長らくの間貴領と戦士村との間では魔物肉とエールや塩の交換をさせて頂いておりましたが、このたび我々戦士村では独自にエールと塩を大量に入手することが出来るようになりました。
このため、戦士村はもはや貴領との取引を継続する必要が無くなり、ひいてはヴェノム王国に所属する意味も無くなりましたので、連合国を形成した上でヴェノム王国からの独立を宣言させていただきます。
必要の無くなりましたエールや塩と魔物肉の交換は停止させていただきますのでご了承ください。
なお、独立に伴い、貴国との外交窓口はブルガ戦士村に置かせていただきます。
我ら連合国と交渉を希望される際には窓口までお越しくださいませ。
最後になりましたが、皆さまの益々のご発展をご祈念申し上げます。
敬具
「な、なんだこれはぁぁぁ―――っ!」
ヒポパ・タマス子爵閣下は瞬間沸騰された。
その理由としては、まずあれだけ邸の防備を固めたのに、このような書類が堂々と自分の執務机の上に置かれていたことがある。
不審者の侵入経路を調べさせても、まったくもって手掛かりはなかった。
(この惑星の住民たちの魔法能力レベルは低く、転移の魔法など想像も出来ない)
そしてその宣言書の中身については。
「ふん!
魔物肉を交換出来なくなったからと言って我が子爵家には何の問題もないわっ!
奴らがエールと塩の入手先を失い、再び我が領への帰属を申し入れて来たならば、若い娘100人を差し出せば認めてやるとしよう!」
子爵閣下の第1夫人から第3夫人までと侍女たちは、あのマッパ領兵たちと切り取られたちんちんとタマタマの山が深刻なトラウマとなってしまい、子爵閣下のちんちんを見たり触れたりするたびに、胃の中のものを全てぶちまけるようになってしまっていた。
このため、子爵閣下はたいへんな欲求不満状態にあったのである。




