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*** 227 領兵隊小隊長 ***

 


「おーいバルモス、銅槍を8本手に入れて来たぞ。

 使いたい奴に渡してくれ。

 これからも金属製武器はたくさん手に入るだろうから、配るのは慌てなくていいぞー」


「銅槍8本か。

 どうやって手に入れたんだ……」


「弱民兵どもがその槍構えて襲って来やがったんでよ。

 逆にぶちのめして奪ってやったのよ」


 バルモスはまじまじとタケルの体や服を見た。


「はは、安心しろ。

 奴らの槍は俺の体を掠ってもいねぇぞ」


「そうか……

 まあ魔物どもに比べたら、弱民兵なんか虫けらみてぇなもんだからな。

 お前ぇなら当然か……」




 交換所の外では転がりまわっていた男たちが消え、建物の中から呻き声が聞こえていたが、しばらく経つと醸造所の職員たちが魔物肉を引き取りに交換所を訪れた。


「おーい、魔物肉を引き取りに…… うわっ! なんだこりゃ!」


「なんか領兵たちが裸で転がってるぞ!」


「あー、みんな腕があさっての方向いてるわ」


「みんな痛みで腹ん中のもんぶちまけちまってまあ……」


「魔物肉の樽は無ぇのか……」


「あーあー、昨日持って来たエールの樽もそのままだよ」


「仕方ねぇ、今日持って来たエールの樽は持って帰るか。

 臭ぇから早くこの小屋を出るぞ。

 ついでにここの惨状を交換所担当小隊の本部に伝えに行ってやるか。

 明日の交換はきちんとするように念も押さにゃあならん」


「へーい」




「な、なんだとぉっ!

 交換所の領兵分隊が全員腕や胸の骨を折られて転がっているだとぉっ!

 だ、誰の仕業だぁっ!」


「知らんよそんなもん」


「な、なにっ……」


「せっかく親切に教えに来てやったのに、なんで俺が怒鳴られなきゃなんねぇんだ。

 そんなもんやられちまった兵に聞けばいいだろうがよ」


「ぬぐぐぐぐ……」


「しかも昨日エール2樽ちゃんと届けてたのに、魔物肉も無ぇと来てる。

 いいか、明日はちゃんと魔物肉6樽用意しておけよ。

 さもなけりゃもうあんたらにゃあエールは渡さねぇぞ。

 役人に報告して肉は他の領や街の商業組合から仕入れればいいだけの話だ。

 最近魔物肉もだぶついていて少し値下がりしてるから、その方が安いかもしれん」


「な、なんだと!

 納税を拒否するというのか!

 捕縛して縛り首にするぞ!」


「かーっ!

 お前ぇなんにも知らねぇんだな。

 俺たちエール醸造所は別にきちんと税を納めてるだろうがよ」


「な、なにっ……」


「だいたい醸造所の所長は子爵家の4男で役人も常駐してるんだぞ。

 納税逃れなんか出来るわけねぇだろうが。

 その醸造所の所員を納税拒否の罪状で捕縛なんぞしてみろ。

 処罰されるのは領兵隊の方だ。

 最悪あんたは縛り首だな!」


「な、なんだと……」



 因みに領兵隊隊長は現子爵家当主の末弟の3男、つまり甥である。

 その出自で領兵隊隊長になれたのは、単に体格が良くて見栄えがするからだった。

 もっとも最近ではウエスト周りが身長に迫って来ているが。

 よって当主4男の醸造所所長は領兵隊長を名前で呼び捨てにし、周囲の目があるときには領兵隊隊長は醸造所長のことをフルネームに様をつけて呼んでいる。

 もっとも周囲に部下しかいないときには『あのクソガキ!』と呼んでいるが……



「いいか、俺たちがあんたら領兵を通じて賤民戦士村の魔物肉とエールを交換しているのは、あんたら領兵隊が大昔にそうしてくれって頼んで来たからだろうが。

 どうせエールの樽を開けて少し飲んじまって、その分水で薄めて賤民共に渡すためにそんなことを言い出したんだろうがよ」


「!!!」


「いいか、街中じゃあエールを水で薄めて提供するのは重罪なんだぞ。

 相手が賤民共だから罪に問われてねぇだけなんだ。

 俺らはもうけぇるが、明日エールと魔物肉が交換出来ねぇようなら、役人に報告した上でもう領兵隊とは取引しねぇからな」


「!!!!!!」



 もちろん領兵隊が醸造所と賤民戦士の取引仲介を申し出たのは、非武装の醸造所員を野蛮で危険な賤民から守るためというタテマエの下、領兵隊がエールや肉をピンハネするための策だったのである。

 そのピンハネ分は代々の領兵隊長にも流れていた。




「くそぉっ!

 醸造所の奴ら子爵家直轄だからって頭に乗りやがって!」


「小隊長殿、それでどうしましょうか」


「すぐにブルガ賤民村担当の分隊連中を連れて来いっ!

 俺が直々に尋問する!」



 しばらくして。


「あの、第1分隊8名は全員腕と胸を骨折しておりまして、痛みのあまり立つことも出来ません。

 また、すぐに治療師を呼んで骨接ぎをしてくれと懇願しておりますが」


「ならば交換所に治療師を向かわせろ!」


「あの、この子爵領の治療師は、全員領兵隊の治療を拒否しておりますが……」


「な、何故だ!」


「お忘れですか、以前から治療代を払わずに踏み倒して来たために、治療師組合は滞納した治療代を払わなければ治療はしないと通告して来ています」


「お前たちは何のために武器を持っているのだ!

 治療をしないのならば、痛めつけると脅せっ!」


「よろしいのですか?

 治療師組合は子爵家直轄で、現在は子爵家3男さまが家宰と組合長を兼務されていますが……」


「!!!!」


「ですから領兵隊の医務班に依頼されたら如何でしょうか」


「そ、そのようなことをしたら、俺の配下分隊の不祥事が領兵隊長殿に知られてしまうではないか!」


「はぁ」


「領兵隊長殿に余計な心配をかけぬよう、お前たちが背負うなり担架を使うなりして、ここに運んで来いっ!」


「あの、胸の骨が折れていますので背負うのは危険です。

 そんなことをすれば折れた胸の骨が内臓に刺さって死んでしまいますよ?

 戦でもないのに小隊長殿の命令で兵が死ねば、小隊長殿の責任になりますが」


「な、ならば担架で運んで来いっ!」


「それこそ大変に目立ちます。

 領都見廻りの第2領兵小隊に見つかって領兵隊長殿に報告が行くかもしれません」


「よ、夜中まで待って担架で連れてくればよいだろうに!」


「それでも松明など持って大勢が動き回れば、盗人や強盗を疑われてすぐ領兵隊本部に通報されてしまいます」


「な、ならば貴様はどうすればいいと申すのだぁぁぁ―――っ!」


「あの、なぜ小隊長殿が直接交換所に出向かれないのでしょうか……」


「き、貴様、小隊長たる俺に部下のところに出向けと申すかぁっ!」


 他に能が無い者ほど序列に拘るのである。



「それではただいまより配下の第2第3分隊に命じて担架を用意させます。

 ですので小隊長殿はまず領兵隊長殿に報告をお願いいたします」


「な、何故だっ!」


「何故なら小隊長殿より先に第2領兵小隊に報告されると、領兵隊長殿の小隊長殿への心証が極めて悪くなるからです。

 場合によっては分隊長へ降格になりますよ?」


「ぐぎぎぎぎぎぎぎ……」



 結局小隊長殿は自分で交換所に出向くことにしたらしい……


 だが、分隊員たちへの事情聴取にはたいへん時間がかかった。

 隊員たちは皆肋骨を蹴り折られているために、呼吸の度に激痛が走ったからである。

 それでも時間はかかったものの、事情は次第に明らかになっていったのであった……



「な、なんだと! 

 賤民共にこれからは魔物肉1樽とエール1樽を交換しろと言われただとっ!

 塩1樽が肉たったの3樽だとっ!」


「な、なんだと!

 さもなければ肉とエールや塩の交換を停止すると言われただとっ!

 エールや塩が手に入らなけれが困るのは賤民共の方だろうにっ!」


「な、なんだと!

 賤民共が塩とエールを安く入手出来る先を見つけただと!

 そ、その入手先はどこだ!」


「な、なんだと!

 入手先を教えるのを拒否されただと!

 地に頭を擦り付けて頼めばヒントぐらいは教えてやると言われただとぉっ!」


「な、なんだと!

 それでも交換を続けるのは、街民や農民に肉を喰わせてやるためであって、我ら領兵隊にピンハネさせるためではないと言われただとぉ!」


「な、なんだと!

 賤民に我ら領兵隊を盗人ぬすっと領兵隊と言われただとぉ!」


「な、なんだと!

 それで拷問してエールや塩の入手先を吐かそうとして、8人全員が返り討ちに遭って皆打ち倒されたというのか!

 賤民どもは何人いたのだっ!」


「な、なんだとぉぉぉ―――っ!

 賤民はたったの1人しかいなかったと申すかぁぁぁ―――っ!」



「あの、小隊長殿、わたしにも質問させていただいてよろしいでしょうか」


「ゆ、許す!」


「お前たち、革鎧と青銅槍はどうした。

 ふむ、気づいたときには銅槍も鎧も衣服も無く、この交換所に転がされていたというのか。

 ということは、その賤民が持ち帰ったのだな」


「なに……」


「小隊長殿、これは一大事です。

 小隊員たちが怪我をしたこともエールと肉の交換が出来なくなったことも、言ってみればなんとでもなります。

 怪我はそのうち癒えますし、単にこれ以上肉やエールをピンハネ出来なくなるだけのことですので。

 ですが、兵が戦いに敗れて武器を失ったとなれば大変な問題になります。

 なにしろ銅槍も鎧もそもそもは子爵家の所有物ですので」


「!!!」


「もしもこれが子爵家の知るところとなれば、小隊長殿とその副官であるわたしは死罪ですね……」


「な、ななな……」


「また、これを侯爵閣下の邸にいる国軍の諜報部に知られれば、賤民の反乱と解釈されて、侯爵家から男爵家に至るまで全ての貴族家が死罪になるか平民落ちになりかねません」


「!!!!!!」


「しかもその原因が我ら領兵隊がエールと肉をピンハネしていたことですので……

 我ら小隊員は全員拷問の上打ち首でしょうね……」


「ど、どどど、どうすればよいというのだだだだ……」


「まずは何といっても失われた銅槍と鎧を取り戻さねばなりません。

 それ以外のことはピンハネが出来なくなるだけで特に問題はありませんので」


「だ、だが俺たちはもうタダでエールが飲めなくなってしまうのだぞぉっ!」


「まずは死罪を逃れることの方が重要なのでは?」


「あひぃっ!」


(誰だよこんな奴小隊長にしたのは……

 ああそうか、こいつ分隊長のころからピンハネしたエールを領兵隊長に渡しまくってたよな。

 隊長も威張ることとエールのことしか考えてない奴だったか……)





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