*** 226 交換所の領兵たち ***
大防壁を見物する村人たちはそのままに、タケルはバルモスや隣村の組合長、ブルガ村の百人長ら幹部を連れて元の村の壁手前まで戻った。
「なあバルモス、ここに病院と学校と風呂を作ってもいいか。
あと交換所と避難して来た村人のための宿舎もだな」
「ああ頼む」
「マリアーヌ、よろしく」
『はい』
その場に巨大な建物が4つ出てきた。
避難民用の宿舎はさらに巨大で、5階建て5000人の収容規模を誇っている。
組合長や百人長たちは目と口を丸くしてそれらを見ていた。
『タケルさま、隣村などとの交通路として旧壁は残しておくとして、旧壁にトンネル状の通路を増やされたら如何でしょうか』
「ということだが、バルモスどうする?」
「あれだけの大防壁があれば、もうこの小せえ壁は要らねぇな。
通路を増やしてくれ」
「マリアーヌ、通路を作ってくれ」
『はい』
旧壁を貫くトンネルが10か所ほど出来て行った。
「何度見ても魔法ってぇのはすげぇ力だなぁ……」
「まぁ、ここまでになるには結構な期間の努力が要るけどな」
「なぁ、今までみてぇに若ぇもんたちに魔法は教えてくれるのか」
「はは、俺も早く弟子たちに洗濯魔法や草刈り魔法を覚えてもらいたいからな。
それに、これからは森に接する戦士村への説得と大防壁の建設、ついでにそろそろ貴族共や国との交渉も始めてぇからよ。
俺の代わりに魔法を教えたり、病院や学校でみんなの世話をする部下たちを紹介したいんだ」
「是非頼む」
タケルが手を挙げるとその場に揃いの青い制服を着た12人の成人男女が出てきた。
(もちろんすべてAI娘たちのアバターである)
「俺がいないときに何か聞きたいことがあったら、こいつらに聞いてくれ。
後で村人たちへの紹介も頼む」
「「「 よろしくお願いいたします 」」」
「こちらこそよろしくだ」
村近くに大きな建物が何棟も建ったのを見て村人たちが戻って来た。
みんな建物の中を覗き込んだり、アバターたちに質問を始めている。
「こちらは病院です。
腕や足を失われた方、怪我をされた方や病気の方は来てください。
もちろん陣痛が始まった妊婦さんも。
ここは夜も営業していますので、いつでもお気軽にどうぞ」
「こちらは学校です。
読み書き計算や農業のやり方、魔法などを教えて差し上げます。
15歳未満の方は午前中に、成人の方は午後にいらしてください」
「ここは風呂場です。
どのようにして使うのか教えて差し上げますので、若い男女10名ずつ程の方々は最初に試していただけますか。
それ以外の方も是非見学して使い方を知って下さい。
また、この風呂場は男女別になっていますのでお気を付けください」
風呂場にて:
「うおっ!
真っ白だった『せっけん』の泡がこんなに黒くなってる……
俺こんなに汚かったんだ……」
「あ゛―、湯に浸かるってとんでもなく贅沢だけど、こんなに気持ちいいんだな……」
また、風呂上りには成人たちには冷たいエール、子供たちにはオレンジジュースが振舞われていた。
「う、旨ぇっ!
このエールなんでこんなに旨ぇんだ!」
「冬でもねぇのにエールがこんなに冷えてる……
これも『魔法』なのかな……」
また、交換所には村人たちが犇めいていた。
特にご婦人方が興奮している。
「皆さんの村では、魔石は最初村で管理されるそうですが、そのうちにみなさんにも5日に1個ほど配られるようになるでしょう。
その魔石はこの交換所でまず銅貨に交換されると便利ですよ。
1センチ魔石は銅貨20枚に交換出来ますし、その銅貨はこちらの商品と交換出来ます。
「なあ、なんで直接魔石と商品を交換しないんだ?」
「1センチ魔石はジャムパン20個と交換ですからね。
いくらなんでもそんなには食べられないでしょう。
残しておいても硬くなったり腐ってしまいます。
でもまずここで銅貨20枚と交換すれば、そのうちの1枚でジャムパンを買って、残りの銅貨19枚は仕舞っておけばいいですからね」
「なるほど!」
「なにこの器……
なんでこんなに白くて頑丈そうなの……
それに表面がツルツルだから洗うのも楽そうだわ」
「このエールカップも白くて綺麗だなぁ。
これがどれも銅貨1枚か……」
「10人家族の食器を4つずつ買っても、魔石2個で済むのね……」
まあ言ってみれば100均である。
学校では大人も子供もアニメ映画を夢中になって見ていた。
さすがは銀河連盟大学教育学部推薦アニメであり、どれも素晴らしいお話の中に、ほんのちょっぴりの教訓や教養などが含まれていて、見る者を飽きさせない。
たった15分ほどのお話なのに、あまりにも興奮、集中して見ていたために、お話が終わると10歳以下の子供たちはすぐに電池が切れて寝てしまうほどである。
そう、学習に最も必要なのはこの集中力であり、このアニメの目的はその集中力の涵養だったのである。
また、病院では大勢の村人が感涙に咽んでいた。
失っていた手足を再び生やしてもらった男たちは皆号泣している。
それ以外にも痛めていた腰や関節を治してもらって歓声を上げている高齢者や、熱を出して苦しんでいた子供を元気にしてもらって泣いて喜んでいる母親もいる。
ビルゲス村とボイル―村の組合長たちは、こうした施設を見学すると、薪の輸送を若い者たちに任せ、すぐに自分たちの村に走って帰って行った。
そうして、大勢の百人長、十人長、女衆会の幹部たちを引き連れてブルガ村に戻って来たのである。
両村の皆はまず大防壁を見学し、次に各種施設の説明を受け、最後にエールとジャムパンを振舞われる。
女衆会の女性たちは、ジャムパンを一口食べた後は、村に帰って孫たちに食べさせてやりたいと皆残りを仕舞い込んでいた。
見学者たちは全員が納得した。
というよりも狂喜した。
そうして、翌日には隣村にも大防壁や各種施設が出来ることになったのである。
もちろんこの大防壁はさらに隣の村からでもよく見える。
すぐに隣村の組合長たちが調査に訪れて、その村の組合長や青い服の男たちから事情を聴いていた。
実際に襲来する魔物の数が増えつつあった各村の組合長たちは、感謝しつつ納得してくれている。
「なぁバルモス、そろそろ交換所で魔物肉と塩やエールを交換する時間だよな」
「ああ」
「今日は俺に任せてくれるか。
弱民兵共に要求を伝えてくるわ」
「お前ぇさんなら大丈夫だとは思うけどよ。
それでも気をつけろよ」
「おう」
タケルは武器も持たずに交換所に1人で近づいていった。
農民たちの村と戦士村の境界はやはり高さ5メートルほどの壁で塞がれている。
交換所には中型の樽ひとつがようやく通せるほどの穴があり、その横には頑丈そうな扉もあったが、扉は閉ざされていた。
(はは、弱民たちも戦士たちを結構恐れているっていうこったな)
「おい盗人弱民兵共」
穴の向こうで貴族家の領兵が喚いた。
「な、なんだとぉっ!」
「誰だキサマはっ!」
「俺はブルガ戦士村の組合長代理タケルだ」
「おい賤民、魔物肉の樽はどうした……」
「お前ぇたちは俺たちに渡すエールを勝手に盗んで飲み、代わりに水を入れて薄めているだろう。
しかもその薄いエール1樽に付き魔物肉の樽5樽も要求している。
これからは薄めてねぇ生のエール1樽に付き魔物肉は1樽だ。
月に一度交換している塩1樽は魔物肉10樽ではなく3樽だな。
この要求が呑めねぇなら今後交換は停止する」
「な、なんだと!」
「貴様賤民の分際で貴族家領兵である我らになんという口を利くかぁっ!」
「お前ら俺たちの狩った魔物肉を、エールを造ってる農民には3樽しか渡してねぇだろ。
余った2樽の肉はお前ぇたちで喰っちまってるだろうに」
(な、なぜそれを知っているんだ!)
「エールが飲みたけりゃあ自分のカネで飲め。
肉が喰いたけりゃあ自分のカネで喰え。
そんな貧乏盗人野郎どもに丁寧な口利くわきゃあねぇなぁ」
「エールや塩と肉の取引を止めたら困るのはお前たち賤民の方だろうにっ!」
「いや、俺たちは別の者からエールや塩を入手出来るようになった。
それも格安で量も無制限だ」
「な、なんだとぉっ!」
「それでも俺たちが交換を続けてやろうとしているのは、街民や農民のためだ。
奴らだって肉は喰いてぇだろうからな。
間違ってもお前ぇら盗人領兵のためじゃあねぇから勘違いすんなよ」
「なっ!
ど、どこから塩やエールを手に入れるというのだ!」
「ははは、お前たちに教えてやる義理は無ぇな。
どうしても教えてほしかったら、地に頭を擦り付けて頼めばヒントぐれぇは教えてやってもいいぞ」
領兵のリーダーらしき男が受け渡し口からタケルの周囲や後ろを見た。
タケル以外に戦士たちがいないのを確認したのだろう。
「おい扉の閂を外せ……」
「「「 へい! 」」」
扉を開けて青銅の槍を持った8人の領兵たちが外に出てきた。
再度周囲を見渡して、タケル以外に戦士がいないことを確認している。
「この阿呆賤民め、武器も持たずにたった1人でノコノコやって来て、エラそうなことホザきやがって……」
「この阿呆弱民め、たった8人でノコノコ出てきやがって……」
「や、野郎ども!
こ、こいつをぶちのめせっ!
拷問して塩とエールの入手先を吐かせるのだっ!」
「「「 へいっ! 」」」
領兵たちがタケルに槍を向けた。
ドゴッ! ペキッ! 「ぶぎゃあぁぁぁ―――っ!」
瞬時に間合いを詰めたタケルがリーダーらしき男の水月にヤクザキックを叩き込んだ。
リーダーは革鎧を纏っていたが、『強化』してあるブーツの先がその鎧を突き破っている。
どうやら肋骨の剣状突起をへし折ったらしい。
リーダーは上から下から体の中身をぶちまけながらのた打ち回っていた。
「き、キサマ、分隊長殿を……」
「なぁ、敵を痛めつけようとして武器を向けたら、それは逆に痛めつけられても構いませんって言ってるのと同じだって知ってるか?」
「な、なんだと!」
タケルが消えたように見えた。
いや瞬時に動いてミドルキックを放ち、残り7人の男たちの上腕骨に加えて肋骨も何本かずつ破壊している。
「「「 ぎゃあぁぁぁ―――っ! 」」」
8人の男たちがその場でのたうっていた。
「マリアーヌ、こいつらの槍を消毒して倉庫に転移しておいてくれ」
『鎧と衣服はどういたしましょうか』
「臭そうだから要らんな。
剥ぎ取って焼却しておくように。
ついでにこいつらを交換所の中に転移させて、マーカーもつけて監視しておいてくれ」
『畏まりました』




