*** 225 大壁建設 ***
「ところでタケルよ。
お前ぇさんさっき頼みが2つあるって言ったよな。
1つ目は俺たちに独立してもらいてぇっていうことだったが、もう1つはなんなんだ?」
『俺たちと取引してほしい』
「取引?」
『肉を取るために魔物を捌いているとき、小さな黒い石が出ることがあるだろ』
「ああ、指の先ぐれぇの小さい石が出るな。
喰うことも出来んので内臓や骨と一緒に捨てているが」
『俺たちはあれを魔石って呼んでるんだが、その魔石といろんなものを交換させて欲しいんだ』
「そりゃあ元々捨ててたもんだから構わねぇけどよ、だけどあんなもん何に使うんだ?」
『魔物が大きく凶暴になったのは、森の中の魔素噴気孔から出た魔素のせいだって言ったろ』
「あ、ああ」
『あの魔石はその魔素が凝縮して出来たもんなんだ。
だから魔素の力をいろんな魔道具に使えて便利なんだよ』
「魔道具?」
『マリアーヌ、湯の魔道具と暖房の魔道具と高度再生医療の魔道具を出してくれ』
『はい』
『これが湯の魔道具だ。
ここに魔石を入れてこの部分に触れるとこの蛇口から湯が出て来る。
湯の温度調節はこのスケールで行える。
冬なんかに体を拭くときには役に立つぞ。
それからこっちは温風の出る魔道具だ。
俺が魔法で作ってる乾燥球と同じもんを道具にしたやつだ』
「体や洗った服を乾かすもんか?」
『いや、これはどっちも火を使っていないからな。
火事になる心配をしないで家の中で使えるんだ。
だから冬の越冬小屋なんかでも暖かく過ごせるだろう。
また、湯の魔道具は水も出せるからな。
これがあれば、もう吹雪の中井戸に水を汲みに行く必要も無くなる』
「「「 !!!! 」」」
『そしてこの魔道具には魔石が使われてるんだ。
という事で、魔素の詰まった魔石は貴重なんだよ』
「なぁ、あの小せぇ魔石一つでその魔道具はどれぐらい動かせるんだ?
1日ぐれぇか?」
『いや、毎日使っても1年以上はもつ』
「「「 !!!! 」」」
『それから俺たち救済部門が村に交換所を作ろう。
そこで魔石はジャムパンなんかの食い物や鍋や食器なんかと交換出来るぞ』
「ね、ねえタケルのアニキさん、小さな魔石1つでどのぐらいの『じゃむぱん』と交換してくれるんだい?
半分ぐらいかね」
「直径1センチの魔石ならジャムパン20個だな」
「「「 !!!!! 」」」
「父ちゃん!
毎日魔物120匹ぶち殺して魔石120個取って来て!」
「お、おう……」
『はは、ああいう旨いもんも毎日食べてるとすぐに飽きて有難味が無くなるからな。
5日に1度ぐらいにしておいた方がいいだろう。
他にも交換出来る旨いものはいっぱいあるし。
それにだ。
あんたらは魔物の骨や内臓と一緒に魔石も穴を掘って捨ててただろう。
あのゴミ捨て場を掘り起こせば魔石がいっぱい出て来るぞ』
「「「 !!!!! 」」」
「なぁ、内臓なんかを土に埋めておくと2年ぐれぇで完全に土になるんだけどよ。
魔石も土に還ってるんじゃねぇか?」
『いや、魔石は腐らねぇんだ。
だから何百年前に埋めた魔石でも使えるぞ』
「「「 おお! 」」」
『そうそう、魔石を探してゴミ捨て場を掘り起こしたときに出て来る動物系魔物の骨だが、それは別にしておいて、日に当ててよく乾かしておいてくれ』
「そりゃ構わんが、魔物の骨なんか何に使うんだ?」
『その骨は後でよく砕いて畑の土に混ぜる。
動物の骨にはリン酸塩っていうもんが豊富に含まれていてな、これがあると作物が良く育つんだ。
だからエールの原料になる麦もたくさん育つようになるだろう』
「「「 おお! 」」」
『農業が軌道に乗るまでは魔石とエールも交換しようか』
「そ、それって魔石1個でエールは何杯飲めるんだ?」
「今みんなが使ってるカップよりも大きなカップで10杯だな」
「「「 うぉぉぉぉ―――っ! 」」」
『それからだ、魔道具には他にもたくさんの種類があるんだよ。
なあそこのあんた、あんた確か子供たちに文字を教えてたよな。
その腕は魔物との戦いで無くしたんか?』
「ああ、ヘマして魔物に喰われちまったんだけどよ。
幸いにも傷が腐って死ななかったんで、今は子供たちに字を教えてるんだ」
『それじゃあ前に出て来てこの魔道具に触れてみてくれねぇか。
ちっとばかし光るけどびっくりして手を離さないでくれな』
「そりゃあ構わねぇが……」
男が魔道具に触れると、男の全身が強い光に包まれた。
しばらくして光が収まると、男の腕が元通りに生えて来ていたのである。
「お、俺の手が……」
男は無事だったほうの手で再生された手を撫でながら大粒の涙を零していた。
『ということで、魔道具って便利だろ。
そしてこれからは村にこの魔道具を置いた病院を作ろう。
そこでは死んでさえいなければ、どんな怪我も病気も治してやる。
同じような怪我を抱えてるやつはこの病院に来てくれ。
もちろん治療は無料だ』
「ね、ねぇ、それって……」
『そうだ、その病院で子を生めば、母親も子も絶対に死なずに無事出産が出来る。
もちろん生まれた赤子が熱を出してもすぐに治るぞ』
「あ、ありがとうね……」
女たちは皆肩を震わせて泣いていた。
安心と嬉しさと、そして今まで出産時に死んでいった女たちを悼む涙なのだろう。
『あとは大きな風呂も作ろうか』
「『ふろ』ってなんだ?」
『湯で体を洗った後、湯に浸かって寛ぐ施設だ。
そうやって体を清潔にしておくと、病気にも罹りにくくなるぞ』
「湯に浸かるのか……
ぜ、贅沢な施設だなおい」
「な、なぁタケルよ。
それ、俺たちの村でもおなじもんを作ってもらえるのかな……」
「俺たちの村も……」
「もちろんだ。
学校と交換所と病院と風呂だな。
草原には果樹園も作ろうか。
だから魔石を掘り出しておいてくれ」
「「 おう! 」」
『そうそう、あんたらの村で切り倒した木なんだけどよ。
材木や薪にした分はどうする。
俺が魔法で届けてやってもいいが、あんたらが持ち帰った方が村人たちが喜ぶんじゃねぇか』
「それじゃあそうさせてもらおうか」
「うちもだ」
『マリアーヌ、薪を積んだ大型4輪荷車を壁の上に2台用意しておいてくれ。
壁の上は荷車を曳きやすいように平らにしておいてくれるか』
『畏まりました』
『それじゃあバルモス、まず大防壁を作らせてもらっていいかな』
「もちろんだ」
『なら、見学したい奴は一緒に来てくれ』
もちろんその場にいた者たちが全員移動を始めた。
みんな無意識にこの星の歴史が変わる瞬間を目撃したいと思ったのだろう。
「なんだこの壁の上……
まっ平になってる……」
壁の上の通路はご丁寧に雨の日の滑り止めとして細かい溝まで掘られていた。
そしてそこには2トンは荷が積めるであろう大型の4輪荷車に薪が満載されて置かれていたのである。
タイヤはもちろんゴム製で、不整地走行のために太く大きなものがついていた。
取り回しを良くするためにハンドルはもちろん、ディファレンシャルギアやブレーキ、サイドブレーキもついた逸品である。
サスペンションまでついているために、馬車や人力車としても使用出来るだろう。
『それじゃあ大防壁の建設を始めるぞー』
まずは前方大森林の樹木が根ごとごっそりと消え失せた。
ついでみるみるうちに跡地が整地され、幅20メートル、深さも20メートルの溝が掘られていく。
溝の底が岩盤に届いていない場所では無数のスーパーステンレス製の杭が打ち込まれていった。
そして、溝にはまり込むように幅50メートル、厚さ20メートル、縦45メートルの巨大な壁が多数出現し、それぞれが『錬成』の魔法で融合していく。
尚、城壁の材質は銀河技術による軽量発泡コンクリートであり、靭性も耐震性もあって保証期間1000年という優れモノ商品だった。
さらには後にアリーナと呼ばれるようになる魔物狩場と戦士待機所、それらを繋ぐ通路には上下動可能な鉄格子が嵌め込まれていっている。
次いで壁沿いには50メートル×800メートルの範囲に渡って無数の木が植えられていった。
すべては他の星から輸入した滅菌・品種改良済み果樹の成木である。
この秋には多くの美味しい果実を齎してくれることだろう。
こうした建設が終了すると、大防壁上空には『祝 大防壁竣工』というホログラム文字が現れ、同時にドドーン、パラパラという音と共に大量の着色花火も舞ったのであった……
(すげぇなマリアーヌ、1時間どころか10分も経ってないぞ)
(建設担当の娘たちが手ぐすね引いて準備していましたので)
(そうか、彼女たちに俺からの感謝と賞賛を伝えておいてくれ)
(畏まりました)
マリアーヌがタケルの言葉を伝えたところ、電子空間にはAI娘たちの歓声が満ちたそうである……
もちろんブルガ村にも大歓声が満ちていた。
彼らは大防壁に引かれるように歩き出し、次第に歩みを速め、最後には駆け出して大防壁に近づいて行った。
そうして大防壁内側50メートルおきに設置された階段を昇り、続々と防壁上に上って行ったのである。
この世界の住民は誰もこのような高い建造物に上ったことはない。
王城といえども、せいぜいが地上高12メートルほどである。
大防壁の上からは見渡す限りの大森林が一望出来た。
尚、大量の大型魔物や万が一にも超大型魔物がこの防壁を乗り越えようとした場合には、まず大きな吠え音と獣脚類のホログラム映像によって威嚇が試みられる予定になっている。
それでも魔物が怯まなかった場合には、1個小隊30基の円盤から成る救済部門空軍が出動し、20ミリ魔道機関砲にて威嚇射撃を行うだろう。
それでも魔物が防壁を乗り越えてヒト族を襲おうとした場合には、30門の40ミリ魔道機関砲が火を噴くことになる。
超大型魔物と雖もひとたまりもないだろう。
この星の近傍重層次元空間には、既にこうした魔道砲搭載円盤5000基が配備されていた。
尚、この円盤搭載魔道砲による飛行・射撃演習は、AI娘たちにとって最高の娯楽となっているそうである……




