*** 224 ギラつく目 ***
『みんな、そんな格好のままだと膝が痛くなっちまうぞ。
元通り胡坐をかいて楽にしてくれ』
皆タケルに言われた通りに胡坐をかいたが頭は低く下げたままだった。
彼ら戦いに明け暮れる戦士たちにとって最も大切な素養とは、対峙した相手の戦力を瞬時に見極めることである。
相手の戦力が自分たちを凌駕すると思った時には、直ちに撤退して増援を要請しなければならないからであり、そうしたことが出来ない者から順に死んでいくのだ。
その男たちにとって、レベル850の漢の素の姿は到底敵わない驚異の圧力だったのだろう。
『さて、あんたらの抱えている問題は、魔物がいなくなっても大量に攻めて来ても困るっていうことだな。
なにしろ魔物がいなくなればすぐにも喰うものに困るし、中型の魔物が押し寄せれば全滅だ』
「ああ…… その通りだな……」
『だから是非俺たち救済部門の防衛策を受け入れてもらいてぇと思っているんだ』
「そんなもんがあるんか……」
『それじゃあ模型を作ったんでそれを見ながら説明させてくれ。
ああ、後ろの方にいる者は、ここに模型を置いておくから後で見てくれな。
まずは魔物の森の木を切り倒して壁向こうの草原を広げる。
まあこの村とビルゲス村とボイル―村の木はけっこう切っちまったけど、壁から森までは1キロメートルぐれぇの草原にしようか。
その上で俺の部下たちが森と草原の境界に高さ25メートルほどの防壁を作ろう』
「そ、そんなデケぇ防壁が作れるんか、い、いや作れるんですか」
『ははは、バルモス、いつも通りに喋ってくれよ。
俺もこの喋り方のままにさせてもらうからよ』
「お、おう……」
『だがそれだけじゃあ魔物が入って来れなくなって、みんなの喰いもんが無くなるだろ。
だから防壁の一部に穴を開けて、そこを50メートル四方ぐれぇの壁で囲んで狩場を作る。
その隣に同じ50メートル四方の戦士の待機所もだ。
それで防壁と狩場の間にはロープで上げ下げ出来る鉄の格子を作る。
狩場と戦士待機所の間の壁にもだ。
でもって壁と待機所の鉄格子を上に上げると、防壁に遮られて村に入って来られなくなっていた魔物がなだれ込んでくるだろ。
それが30匹ぐれぇになったら鉄格子を落とすのよ。
それから100人の戦士がいる待機所との間の鉄格子を上げれば魔物狩りが出来るだろう。
もし最初に狩場に大量の魔物や5メートル級の中型魔物が入っちまったら、弓矢で数を減らせばいいな。
まあ最初っから弓矢で全滅させてもいいが』
「で、でもよ、俺たち弓も矢も持っていないぞ」
『もちろん俺が用意する。
鏃は鉄製にするから昆虫系の魔物にも刺さるだろう』
「「「 …………… 」」」
『そうすれば食料も得られるし、子供たちの世代にも戦士の伝統を伝えて行けるだろう』
「で、でもよ。
俺たちの村はそれでいいだろうが、ビルゲス村よりさらに北の戦士村はどうするんだ?
その村にも知り合いは大勢いるし、中型や大型の魔物が攻めて来たら全滅させられちまうぞ」
「俺のボイル―村より南にも戦士村はあるぞ」
「それに隣村に侵入して来た魔物がウチの村にも襲い掛かって来るかもしれん」
タケルが微笑んだ。
『そうした他人にも配慮出来る資質をE階梯と言ってな、俺たち天界の者は何よりも重視する資質なんだよ。
もちろんあんたらにはその隣村を説得して同じような壁を造ることを納得させてもらいたい』
「「「 !!! 」」」
『まああんたらの村の壁を見れば、すぐに納得してくれると思うが。
そうして納得してもらって防壁を造ったら、今度はその村の組合長と一緒にさらに北の戦士村や南の戦士村も説得して行って欲しいんだ。
もちろん壁が出来るまでの間に大量の魔物や中型の魔物が襲って来たら、すべて俺か俺の部下が対処する』
「な、なぁ、その防壁を村一つ分造るのにどれぐらいの時間がかかるんだ?」
『そうだな、1時間ぐれぇかな。
長くても3時間はかからねぇ。
俺の部下たちは実に優秀で、そういう仕事にも慣れてるからな』
「「「 !!!!!!!! 」」」
『もちろん切り倒した木はすべてその村々のものだ』
「そうやってこの国の西側全ての村に大防壁を築いていく気か。
だが全部で戦士村は200近く、距離は160キロ近くあるぞ」
『いや西側だけじゃねぇ。
この国の東西南北すべてを大防壁で覆うつもりだ。
さらにこの国だけじゃあなくってこの星に400ある全ての国もだな』
「「「 !!!!!!!! 」」」
「そ、そこまでの資材もあるってぇことか」
『ああ、ある』
「そこまでしてもらえれば、もう俺たちの村で魔物にやられて死ぬ戦士はいなくなるだろう……」
「おまけにどんなデケぇ魔物が来ても村人は安全になるな」
「だがよ、莫迦はどこにでもいるもんだ。
もし大防壁造りを断るような組合長がいたらどうする?」
「その村を襲った魔物が隣村にも侵入してくるぞ」
『その時は阿呆な組合長のいる村とその隣の村との間にも大防壁を作ってやればいい。
ただし、その村の村人が一時避難したいと言ったら受け入れてやってくれ。
そのときに必要な住処は救済部門が作るし、必要な食料も負担する』
「すげぇ……」
「ああすげぇな……」
「それだけのことをしてくれたとしたら、タケルとその『きゅうさいぶもん』への恩義は計り知れねぇな……」
「その礼に俺たちはなにをすればいいんだ」
『さっきも言ったが、隣村やその隣の村の連中に大壁を受け入れるよう説得するのを手伝ってくれ』
「それだけか?」
『実はあと2つ頼みがある』
「是非聞かせてくれ」
『大防壁計画を続けながら、あんたらこのヴェノム王国から独立してくれねぇか』
「なんだと……」
「は、反乱を起こせって言うんか」
『いや、反乱じゃねぇ、独立だ』
「どう違うんだ?」
『反乱とは王族共や貴族共に対して戦を起こし、場合によっては奴らを殺してその支配から逃れたり支配権を奪うことだ。
一方で、独立とは奴らとの関係を断ってあんたらだけの国を造ることだ。
そうだな、当初は『戦士村連合国』とでも名乗ればいい。
もちろんその国への加入は村の意思に任せる。
ヴェノム王国相手の独立交渉は俺に任せてくれ』
「だけどよ、そんなことをしたら俺たち塩もエールも手に入らなくなるぞ」
『塩もエールも俺が用意する。
もう既に俺の魔法倉庫に大量に準備してあるしな。
まあいつまでも俺に頼る訳にもいかねぇだろうから、そのうちあんたらにも塩やエールを作れるようになってもらおうか』
「なんと……」
「で、でもよ、そんなことしたら農民が困らねぇか。
あいつら麦は全部貴族家に奪われて、あとは細々と作っている雑穀や俺たちがエールや塩と交換してやってる魔物肉を喰って生きているだろ。
だからあいつらが飢えちまわねぇか?」
『あんたらがそうやって他人の心配も出来るのは素晴らしいな。
俺は貴族の邸や王都を囲む二重の壁も作ろうと思っている。
そうすれば貴族やその兵は農村に行けずに税も奪えなくなるだろう』
「あんな貴族共がどうなろうと知ったこっちゃないけどよ。
でも今度は貴族や王族共が飢えねぇか?」
『その二重の壁の間には魔物が入るようにしてやる。
それにあいつらの邸には莫迦広い庭があるからな。
麦は自分たちで作って、肉は魔物と戦って得ればいいだろう』
「わははは、こいつぁ傑作だ!
あの高慢ちきな貴族共に農民や戦士の仕事をさせるんかい!」
『自分たちの食べるものを自分たちで得るんだから当然だろ。
しかも大昔から奴らの先祖もやって来たことだ。
それが嫌なら勝手に飢えればいいだけだな』
「「「 わはははは! 」」」
「でも、貴族共が怒って兵をよこさねぇか。
弱民共に負ける気はしねぇが面倒だぞ」
『それも俺と部下たちが対処するが、貴族や領兵のいる場所はそのうち壁で隔離するからな。
あいつらは攻めて来ることすら出来なくなるだろう』
「なるほどなぁ……」
『それで農民たちが肉も食べてぇっていったら、あんたらが魔物肉と小麦を交換してやればいい。
そうすりゃああんたらもパンが喰えるようになるぞ。
農民たちの村と戦士村の間に交換所を作ろうか』
「な、なぁ、パンってなんだ?」
『小麦を加工して作るものだ。
少し喰ってみるかい』
「お、おう……」
『マリアーヌ、人数分の菓子パンはあるか』
『ございます。
ジャムパンでよろしいですか』
『よろしく』
その場にジャムパンが詰まった大箱が20個も出てきた。
『さあみんな、1人一個ずつ食べてみてくれ。
乳児の分は母親が食べてその分乳を多く出してやってくれな。
ああ、パンの周りの袋はこうやって破るんだ』
若い戦士たちが大箱を持って歩き回り、すぐにジャムパンを配り終えたようだ。
そして……
「う、旨ぇっ!」
「なんだこれ、なんでこんなに旨ぇんだ!」
「な、中になんか赤い物が詰まってるぞ!」
『それがいちごジャムだな。
草の実を潰して、砂糖を加えて煮たもんだ』
戦士たちも村人たちも夢中でジャムパンを食べている。
3歳ぐらいの男の子が小さな口にジャムパンを詰めて一生懸命咀嚼していた。
隣にいてもう自分のジャムパンを食べ終わってしまった6歳ぐらいの女の子と7歳ぐらいの女の子が、その様子を凝視している。
さすがに年少の子の食べ物を奪うのはかなりのタブーなのだろう。
男の子がようやくジャムパンを食べ終わった。
だが、その口の周りには盛大にジャムがついていたのだ!
女の子たちが男の子を抱きしめて、口の周りをペロペロし始めた。
普段はあまりお姉ちゃんたちに構ってもらえない男の子は、びっくりした後満面の笑顔になって喜んでいる。
だが口の周りのジャムが無くなると、お姉ちゃんたちは無情にもすぐに離れて行ってしまったのである。
どうやら次の3歳児を探しに行ったらしい。
男の子は不思議そうな顔で呆然としている。
この子は弱冠3歳にして人生の無常と女心の儚さを知ったのであった……
『ということで、ジャムも旨いがパンも旨いだろ。
だから草原の一画に果樹園や麦畑も作ろうか。
そうすりゃあ、いつかこのジャムパンを自分たちでも作れるようになるぞ』
「「「 !!!!! 」」」
「そ、そりゃあみんな喜ぶだろうけどよ、俺たちに農民のマネとか出来るんかね」
『もちろんみんなには農業を勉強してもらうことになる。
俺がこの村に農業学校を作るからそこで学んでくれ』
村人たちの目が輝いた。
特に女性たちの目はギラついている。
『そうそう、学校では麦からエールを作る方法も学べるようにしようか』
「お、俺たちでエールを作れるんか!」
『たくさん勉強しないといけないがな』
「俺たちでエールを造れるんだったらいくらでも頑張れるぞ!」
男たちの目もギラついた。




