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*** 221 総動員体制 ***

 


 タケルは食事の際にバルモス組合長やその家族に聞いてみた。


「なぁバルモス、みんなけっこう今の暮らしに満足しているように見えるんだけどよ」


「まあそうだな、魔物と戦うってぇ仕事があって、家族と腹いっぱい飯が食えているからな」


「だけど、もっと暮らしを良くしたいと思ったら何が欲しい」


「そりゃあせめてもう少し大きなカップでエールが飲みてぇとか、魔物肉と草ばっかしじゃあなくってもっと旨いものが喰いてぇとかいろいろあるけどな……」


 バルモス組合長の表情がマジになった。


「だがそんなことよりなにより、戦士を死なせたくねぇんだ。

 もちろん戦士として魔物と戦わせる前にさんざん鍛えてやってるけど、それでもちょっとした油断や不運で戦士が死んじまうんだよ。

 残された嫁たちや子供たちが大泣きする姿は、何度見ても心が痛ぇんだ」


「そうか……

 奥さん方や子供たちはどうかな。

 何か望みはあるかな」


「そうだねぇ、そりゃあ冬でも越冬小屋で凍えないようにもう少し薪が欲しいとか、秋の果物や栗の実をもっと食べたいとかいろいろあるけどさ。

 もちろん男たちにも魔物との戦いで死んで欲しくないし。

 でもやっぱり女たちを出産のときに死なせたくないねぇ。

 何しろ昨日まで一緒に働いて暮らしていた若い者たちが出産時に死んじまうんだもの。

 あれはツライねぇ……

 しかも場合によっては赤子まで一緒に死んじまうし、せっかく無事生まれてもその後に体が熱くなって赤子が死んじまうことも多いし。

 どうにかして赤子や若い母親が死なないようにならないものかねぇ……」


 5歳ぐらいの男の子が大きくなっている母親のお腹に手を当てた。


「お、俺、弟か妹が出来るのすっげぇ楽しみなんだけどさ。

 でも母ちゃんに死なないで欲しい……

 母ちゃんが死んじまったら、お、俺……」


 男の子はそのまま母親のお腹に抱き着いて大泣きを始めた。

 母親も涙をぽろぽろ零しながら男の子を抱きしめている。



「すまねぇみんな。

 俺が変なこと聞いたせいで湿っぽくなっちまったな」


「いや俺たちだって毎日笑っているばかりじゃねぇ。

 でもなるべく泣かずに済むように毎日頑張っているのよ。

 お前ぇはそのために十分にみんなの役に立ってるからな」


「そうか……」




 タケルの救援出撃が10日に5回ほどになった。

 魔物の数も徐々に増えて来ている。

 バルモス組合長も腕組みをしながら唸っていることが増えた。



(なぁマリアーヌ、まだ魔素の収集は始めていないよな)


『はい』


(なのになんでこんなに魔物が増えて来てるんだ?

 やはりスタンピードの前兆か?)


『仰る通りです。

 徐々に中型大型の魔物がその生息域を移動させつつあります。

 このままでは遠からず大規模な襲撃が発生するでしょう』


「そうか、こりゃあ俺もちょっと考えにゃあいかんな。

 これからは大量の魔物や中型大型の魔物が出てきそうなときには教えてくれ」


『畏まりました』


「なあマリアーヌ、俺はこの戦士村の連中がかなり気に入ったんだよ。

 こいつらが中心になって国を作っていけば、かなりまともなヒト族社会が形成されるだろう。

 だから通常より少し手厚く保護してやりたいと思っているんだ。

 そのために必要な資金や資材は救済部門の予算からではなく、俺の個人資産から出しておいてくれ」


『はい』


「それから追加資材や人員の用意も頼むわ。

 特に戦闘が出来るアバターたちを揃えておいて欲しいんだ」


『畏まりました。

 銀河宇宙のAIアバター製造企業は皆タケルさまの時間加速天域に工場を作っていますので、すぐに揃えられるかと思います』


「よろしく。

 あ、あと以前総司令部で議論した、この村の防衛手段の模型も作っておいてくれ」


『はい』




 翌日の朝。


 壁向こうの草原には5つの百人隊が隊列を組んでいた。

 壁の上には遊撃救援隊と3つの百人隊がおり、壁の内側にも2つの百人隊が控えている。

 連日の大量魔物侵攻に対し、全員が休暇を返上した総動員体制であったが、もちろん誰も文句を言う者はいない。

 独立遊撃救援隊のタケルはバルモス組合長の隣にいる。



『タケルさま、小型魔物約1500があと10分ほどで大森林から出てきます』


(戦闘正面幅は)


『1500メートルほどで、中央はここブルガ戦士村になります』


(南北両隣の戦士村にも魔物は攻めて来るのか。

 北のビルゲス村と南のボイル―村の戦士たちはどうしている)


『どちらの戦士もこの村と同じような隊列を組んでおり、監視塔要員を別にして全員が壁の近くにいます』


(念のため南北3キロに渡って、監視塔のすぐ外側に高さ10メートルの遮蔽フィールドを張っておいてくれ。

 第2波や第3波はいるのか)


『第2波は30分後に少数の中型を含む小型魔物約3000、第3波は1時間後に中型を中心に約5000です』


(ついに本格的なスタンピードになりやがったか……)




「バルモス」


「なんだ」


「あと10分ほどで小型魔物1500が森から出て来る」


「なんだと……」


「俺は一足先に出撃するが、俺が合図するまで戦士たちを動かさないでくれ」


 バルモスはタケルの顔をまじまじと見た。

 だが、タケルは既に戦闘待機の表情になっている。

 レベル850の男の戦顔を間近で見たバルモスの背中を冷たい汗が伝った。


 もちろんタケルがマジな顔をしているのは、戦闘前の緊張というよりは、如何に戦士たちを傷つけずに済ませるかという緊張だったのだが……



「……わかった……」


「監視塔から少し前に出ても構わんか」


「……気をつけろよ……」


「おう」



 タケルは壁から直接念動魔法で飛び立ち、戦士たちの隊列を超えて森に向かった。


「な、なんだ!」

「タケルのアニキだ!」

「空まで飛べるんかよ……」



(『身体強化レベル300』『身体防御レベル300』『クイックレベル300』『遮蔽フィールドクラス100展開』……)


 監視塔の前でタケルは高度を上げ、塔の先10メートルほどに降り立った。


(はは、うっかり遮蔽フィールドにぶつかって墜落してたら、俺の暗黒歴史になるところだったぜ……)



「た、タケルのアニキじゃねぇですか!

 なんでこんなところに!」


「おう、監視要員ご苦労さん。

 もうすぐ魔物が山ほど出て来るが、まあそこで見ていてもいいぞ」


「へ、へい……」



 おーおーおー、森の下草がザワつき始めたか。

 もう魔物が迫って来ているんだな。

 俺の戦闘正面だけは少しスペースを作っておこう。


 魔物たちよ、お前らはより大きな魔物に追い立てられてここに出て来るんだろうが、ついでに俺や仲間たちを喰おうともしてるんだろ。

 だから逆に喰われても文句言うなよ……


 タケルは草原に胡坐をかいて座り、両手を森に向けた。


(『ウインドカッターレベル5、射程300メートル、速度時速1200キロメートル』……)


 パシュシュシュシュシュシュ……


 無数の不可視の風の刃が放たれた。

 ウインドカッターそのものは無音だが、その場の空気を切り裂く音が微かに響き渡っている。

 また、あまりにもウインドカッターが集積されているために、それはやや白っぽい風のように見えていた。



 バシュバシュバシュバシュバシュ……


 ギャアァァァァァーーーッ!


 下草が刈られる音と共に魔物の断末魔の声が聞こえて来た。

 刈られた草と魔物の血飛沫が舞っている。



 なぜ安全な空中からの攻撃ではなく、わざわざ地表に降りての低空攻撃を選択したのか。

 それはもちろん面制圧のためである。

 高度のある地点からのウインドカッター攻撃では、魔物を貫いたカッターがすぐに地面に刺さってしまうために、点制圧にしかならない。

 だがこうして地表からウインドカッターを放ち、それを扇形に動かして行けば、多少の時間はかかっても面制圧が可能になる。


 もちろんこの低レベルのウインドカッターでは一度に貫ける魔物の数はせいぜい5体ほどだが、先頭の魔物が細切れになれば次の刃は6体目に届く。

 よって3秒も斉射すれば射線上の魔物を30体は粉砕出来るのである。


 さらに……


 メキメキメキメキメキメキ……


 ズズーン! ズズーン! ズズーン! ズズーン!



 あー。

 威力は大したことないけどカッターの数が多いもんで樹が切り倒されちゃってるか。

 あーあー、これ自然破壊になっちまうかな。

 ま、まあ、魔物を討伐するのだって一種の自然破壊だから気にしないことにしよう……

 どうせあとで木々を伐採して農業用地を確保する予定だったしな。

 もし銀河の環境保護団体が文句言ってきたら、『だったらお前が魔物と戦え!』って言ってやろうか。

 強制転移で連れて来て隣に座らせてやってもいいな♪

 きっと凶悪な魔物のツラ見て1分ぐらいで発狂するだろう。


 さて、俺の正面はそろそろ片付いたから、両側にも攻撃の手を広げて行くか。

 徐々に射程も長くしてと……


 タケルが両手を広げ始めると、舞い散る下草と魔物の血飛沫が広がって行った。


 バシュバシュバシュバシュバシュ……

 ギャアァァァァァーーーッ!


 メキメキメキメキメキメキ……

 ズズーン! ズズーン! ズズーン! ズズーン!



 もちろん環境破壊も盛大に広がっている。



「な、何が起こっているんだ……」


 この戦闘というか一方的な殺戮を間近で見ている監視要員たちが慄いている。

 一方でバルモスを始めとする待機中の戦士たちは呆然としていた。


 なにしろ突如数百本の大木が倒れ始め、合わせて魔物の絶叫が聞こえて来ているのである。

 特に壁の上にいた戦士たちには、飛び散る魔物の血と破片まで見えていた。

 やはりこうした世界の戦士だけあって、皆マサイ族の戦士並みに目はいいようだ。





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