*** 219 エール兄弟 ***
しばらくすると、右から1つ目の監視塔に旗が上がり、ピイ―――ッ、ピッ!という指笛の音が聞こえた。
「第3百人隊出撃っ!」
「「「 おおおおっ! 」」」
続いて右から2つ目の監視塔にも旗が上がり、同じくピイ―――ッ、ピッ!という指笛が聞こえる。
「第4百人隊出撃っ!」
「「「 おおおおっ! 」」」
2つの百人隊200名が隊列を維持したまま走って行き、すぐに後詰の第5百人隊が壁を降りて下の草原で隊列を組んだ。
遊撃救援隊も壁上に上がって来ている。
「あの指笛は、ピイ―――ッという部分が魔物出現、ピッ!という短い音が魔物が百体以下だという事を示している。
まあ同数以下の魔物ならどうという事はねぇ。
よほどのヘマでもしねぇ限り大丈夫だろう。
これが3倍の数の魔物だとかなり苦戦するがな」
「そうか……」
しばらくすると、右から3つ目の監視塔からも旗が上がり、指笛の音も聞こえた。
既に右2つの監視塔には魔物が群がっており、監視兵も盾で穴を塞いで中に引き籠っている。
「第5百人隊出撃っ!」
「「「 おおおおっ! 」」」
「伝令! 念のため第6百人隊と第7百人隊に集合するよう伝えろ!」
「はっ!」
だが、どうやら3回の指笛の音が聞こえていた戦士たちは既に集結を始めていたようだ。
すぐに壁の後ろに集まって座り込んでいる。
第3、第4隊は既に魔物との交戦を始めており、第5隊もすぐに前線に辿り着くだろう。
ピイ―――ッ! ピイ―――ッ! ピイ―――ッ!
またしばらくすると、右翼第3隊の方角から指笛が聞こえてきた。
どうやら第3隊の百人長とその副官2人が鳴らしているらしい。
「ちくしょう! 新手が来やがったかっ!
遊撃救援隊出撃っ!
第3隊の右に展開して側面を守れっ!」
「「「 おおおおっ! 」」」
「なぁバルモス組合長、俺も出ていいかな」
「そりゃ構わんが、無茶はするなよ」
「おう」
壁から飛び降りたタケルは、素の状態でも100メートル7秒フラットの豪脚を駆使してたちまち遊撃救援隊の百人長に追いついた。
「なあ、俺はタケルってぇ新入りだけどよ。
バルモスに許可を貰ったんで参加させてくれるか」
「お、おお……」
「それじゃあ先に行かさせてもらうわ」
(『身体防御レベル30』『身体強化レベル30』『遮蔽フィールドクラス30展開』、ついでに『クイック、レベル30』と……
魔物たちにゃあ恨みは無ぇが、お前ぇらは俺たちを喰おうとして襲って来たんだろ。
だったら返り討ちに遭って喰われても文句は無ぇよな……)
第3隊は既に魔物に押し込まれつつあり、監視塔から50メートルほど後退している。
タケルは100メートル3秒台まで速度を上げると、第3隊の右側に回り込もうとする新手の魔物の群れに突っ込んでいった。
体長2メートルほどのネズミの魔物、角の生えたウサギの魔物に3メートルほどのイノシシの魔物。
同じく3メートルほどのカマキリの魔物、甲虫の魔物、芋虫の魔物。
3.5メートルほどの熊の魔物、蜘蛛の魔物、蜥蜴の魔物。
さらには全長5メートルを超える太い蛇の魔物。
一般人が放り込まれたら発狂しかねない凶悪な魔物たちの集団が、タケルの斧と足にすべて頭部を潰されて吹き飛んでいった。
特に蹴り上げられて胴体から千切れ、宙を舞っている頭部はまるで魔物頭の噴水のように見える。
第3隊右側面の魔物の半数を粉砕したタケルは、折り返して残りのほとんどを殲滅した。
取りこぼした数十匹は後続の味方に任せ、再び折り返したタケルは第3隊の前線を脅かす魔物集団にも突っ込んでいった。
その手に持つ斧の先端周囲には時折白い霧のようなものも見えている。
(危ねぇ危ねぇ、斧頭が音速突破して衝撃波が出ちまってるわ。
あれだけ強化した斧の柄も結構撓ってるし、少し速度を落とすか……)
そのとき第4隊、第5隊の方からも長い3連の指笛が聞こえてきた。
見れば大森林から新手の魔物が500ほども湧いて来ている。
(はは、またおかわりが来やがったか……
ちょうどいい、まだ不完全燃焼だったからな)
タケルは後退しながら戦列を整える第4隊と第5隊の前面に躍り出た。
やはり100メートル7秒台ほどの速度で走り回り、監視塔を越えて出てきた魔物を全て粉砕していく。
その姿を遊撃救援隊や駆けつけた増援の第6隊や第7隊の面々が口を開けたまま見つめていた……
「いやー、強ぇだろうとは思ってたけどよ。
まさかこれほどとはな。
いいだろう、まだ戦闘1回目だが、お前ぇは今からランクFだ」
(地球のラノベだったらやっとドブ掃除が出来るぐらいか……)
タケルは壁に近い内側のスペースに直径8メートルほどの回転する温水球を出した。
その中に入って体中に付いた魔物の返り血を洗っていく。
(ついでに『クリーン』
クリーンだけだとみんなが驚くだろうからな)
いやタケルくん、この『洗濯機魔法』でも十分驚いてると思うよ……
斧ごと体を綺麗にしたタケルは、洗濯球の横に温風球も出した。
その渦の中に入って服も鎧も体も乾かしていく。
「ん?
みんな何見てるんだ?
早く服を洗わないと血は落ちにくいぞ」
「お、俺たちも使わせてもらっていいんですかい?」
「もちろんだ」
まず若い連中が恐る恐る温水球に入って行った。
「「「 うわぁぁぁ―――っ! 」」」
「「「 がぼがぼがぼ…… 」」」
みんな洗濯機に放り込まれた洗濯物のようにぐるぐる回った挙句、外に放り出されている。
「あー、すまん、少し回転が速かったな。
これでどうだ」
ゆっくりと回る温水の渦でみんな服や体を綺麗にし始めている。
タケルは温水球をあと10個ほど作ってやった。
「お、おいタケル、ありゃなんだ?」
「ん、温水球や温風魔法のことか?」
「あ、ああ……」
「ただの水魔法と風魔法だぞ。
みんなも魔法は使えるんだろ?」
「…………」
因みにこの温水球と温風渦の魔法は綺麗好きな奥様方に大人気となったために、タケルは毎日綺麗な水で温水球を作ってやるハメになった。
子供たちは温風渦でくるくると舞い上がり、そのまま外に飛び出て着地する遊びに夢中になっている。
(ま、まあ娯楽も少ないだろうからいいかな……)
タケルとバルモスの前に第3から第7までの百人長が来た。
その後ろにはそれぞれの隊の十人長たちもいる。
60人の男たちがタケルを取り囲んだ。
「お前ぇ、タケルっていうんか」
「さっきの戦いは凄かったぜ。
なにしろ魔物の頭がぽんぽん飛んでくんだからな」
「あんなもんは初めて見たわ」
「あんたのおかげで助かった。
もしあんたがいなけりゃあ、俺の隊にゃぁ大勢の怪我人や死人も出ていただろう」
「なぁ、みんなの隊に酷ぇ怪我人は出たのか」
「いや、全員掠り傷だ」
「どうやらどの隊にも深刻な怪我人はいねぇとよ」
「これもみんなタケルの活躍のおかげだな」
「Fランク昇格は当然だろう」
「はは、初陣でもう十人長以上のランクかよ」
「みんな声かけてくれてありがとうな。
これからもよろしく頼むわ」
「「「 おう! 」」」
タケルとバルモスがエールの列に並んでいると、先にエールの器を受け取っていた第3百人隊長が器をタケルに差し出した。
「タケルよ、俺は第3百人隊長のガルゴラだ。
もしよかったら俺のエールを半分飲んでくれねぇか」
「???」
バルモス組合長が説明してくれた。
「はは、タケルのいた村にはこうした風習は無かったのか。
これは同じエールの器から飲む『エール兄弟』という風習だ。
半分ずつエールを分け合って飲むことで、まあ義兄弟ってぇ扱いになる。
特に義務も無ぇが、なんか困ったことがあれば助けるぞっていう宣言だな」
(なんか任侠世界での義兄弟盃みてぇだなぁ……)
タケルはエールを半分飲んで器を第3百人長に返した。
ガルゴラは残りを飲み干すと満面の笑みを浮かべてタケルと握手し、食事を受け取りに戻っていった。
だが、タケルの前には第4百人長、第5百人長、遊撃救援隊百人長、さらには第6百人長や第7百人長も笑みを浮かべながらエールの器を持って並んでいて、タケルはその全員と『エール義兄弟』の契りを結ぶことになった。
さらには若い戦士たちが300人ほどもタケルを取り囲んでいる。
「あの、タケルさん、今日は本当にありがとうございました……
追加で500近くの魔物が現れた時には俺もうダメかと思って……
思わずヨメとガキの顔が浮かんで来てたんです」
「あの、どうか俺のエールも一口だけ飲んでいただけませんでしょうか……」
「「「 お願いしますっ! 」」」
「ははは、タケルよ、こっちは一口だけエールを飲んで返すっていう儀式だ。
要はお前ぇに兄貴分になってもらいてぇってことだな」
「俺が兄貴分…… いいのか?」
「「「 もちろんっス! 」」」
こうしてタケルは、ブルガ戦士村に於いて6人の百人長とエール義兄弟となり、舎弟も300人近く得ることになったのである。
(お、俺まだ暦年齢17歳で、こいつらの大半より歳下なんだけど……
歳を聞かれたらどうすんべ。
ま、まあ生活年齢は48歳だから、28歳ぐらいだって言っておくか……)
もちろん戦士村の未婚の少女たちの目は皆ハート形になっていた……




