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*** 218 百人隊待機 ***

 


 壁の向こう、魔物の森との間には幅300メートルほどの草原があった。

 そこでは100人ほどの女性たちが、同じく100人ほどの戦士たちに護衛されながら草刈りをしている。

 見通しを確保して魔物が潜む叢を無くそうとしているのだろう。

 刈り取った草は荷橇に乗せられて壁の通路に運ばれていた。

 壁の内側で仕分けされて、食用の草や乾燥させて焚き付けにしたり屋根を葺くための草に分けられているらしい。


 また別の場所では、若い男たちが魔物の死骸を荷橇に乗せて運んでいた。

 これも壁の内側で解体されて、肉は交易所で塩やエールと交換されたり村の食料になるものと思われる。


 森から50メートルほど離れた場所には、石と粘土で造られたトーチカのような物も8つほどあった。

 その天辺には小さな穴が開いていて、戦士が上半身を覗かせている。

 森から魔物が出てくるのを監視している見張りなのだろう。

 見張りは武器を持たず、穴の蓋になる大きな盾のような物を持っていた。



 バルモス組合長がタケルに向き直った。


「ここでは、何があろうとあの監視塔より前に出て戦うことは禁止されている」


「そうか」


「まあそれは魔物が森から出てきた時だけで、秋の栗の実拾いや普段の薪集めのときにゃあ500人の戦士の護衛の下で、若い連中を森の浅いところに入れるがな」


「わかった」 


「明日からは取り合えず俺について廻って、ここの魔物やその魔物との戦い方をよく見て覚えろ。

 今からメシを喰うが、エールは1人1杯だ。

 胡麻化して2回並んで2杯飲むと、みんなに袋叩きにされるからやめとけ。

 メシを喰い終わったら宿舎に連れて行ってやる。

 本来は他所の組合長が来た時の護衛の宿舎だからな。

 汚すんじゃねぇぞ」


「おう」



 ほう、随分と大きな建物があるじゃねぇか。

 まあ壁はほとんど無くって屋根だけだが。

 竈がやたらに有って、大型土器で魔物肉を煮たり焼き石の上に乗せて焼いてるんだな。

 戦士の家族が調理してるのか。



 タケルを連れたバルモス組合長は、10か所ほどあるエールの樽の前の列に並んだ。


(戦士組合の組合長が列に並ぶのか……)


「ん? 何か気になることでもあるんか?」


「いや、ここでは組合長も列に並ぶのかと思ってな」


「はは、組合長や戦士部隊の指揮官たちの権限が及ぶのは、魔物との戦闘の時とその準備の時だけだ。

 壁の内側では俺や百人長たちも単なる戦士村の村人だな。

 お前ぇならすぐにも十人長やゆくゆくは百人長にもなれるだろうが、それはあくまで戦闘のときだけの話だ。

 壁の内側じゃああんまり偉そうにするんじゃねぇぞ」


「わかった……」


(うーん、かなりまともな連中だわ。

 まあ常に魔物と戦い続ける過酷な環境がそうさせたんだろうが……)



 エール係の女性から土器を受け取ったバルモス組合長は、旨そうに飲み干した後別の土器に入った水で軽くエールの器を洗った。

 タケルも同じようにエール係から受け取って飲み干し、器を水で洗う。


(このエール、少し水で薄めてあるのか。

 どうせ交換所の下っ端領兵たちが自分たちで飲んじまった分、水を加えているんだろう)



 バルモスは肉の皿とスープの入った土器を受け取ると、少し離れた場所にある草で編んだ敷物の上に料理を置いた。

 周囲には15人ほどの女たちや子供たちも座っている。

 女たちの多くが赤い顔をしているところを見ると、女性陣にも平等にエールが配られているようだ。



「みんな聞いてくれ。

 こいつの名はタケル、見ての通りなかなか強そうな新入りだ。

 これからしばらくの間俺の傍でここでの対魔物戦闘を学ばせる。

 メシも皆と一緒に喰うんでよろしくな」


「タケルと言う。

 よろしく頼む」


 40代から30歳ほどに見える女たち5人と、5歳から15歳ほどに見える6人の子供たちがタケルに会釈した。

 それ以下の幼児はタケルの体躯を見て口を開け、乳児はタケルを気にすることなく一心不乱に母親の乳を飲んでいる。

 どうやら母親はエールを飲んでいないようだ。


「ここにいるのはみんな俺の女房と子供たちだ。

 成人した息子たちはもう一家を構えているし、娘は嫁に行っている」


 周囲の輪にいた20代から30歳ほどの男たち3人が手を挙げてタケルに挨拶した。

 別の輪にいる女たちも立ち上がってタケルに会釈している。

 どちらの輪でも女性や子供の数はまだ少ないようだ。



「お前ぇが魔物をぶっ殺しまくれば、そのうち嫁にしてくれっていう娘っ子が何人も現れるだろう」


(マリアーヌ、マリリーヌに言ってジョセフィーヌに鎮静魔法をかけさせてくれ)


『畏まりました』



「お前ぇの村での仕来りがどうだったかはしらねぇがな。

 ここでは子作りするにゃあ絶対に嫁の了解が必要になる。

 まあ最初の嫁ならそれを承知で嫁いでくるから問題は無ぇが。

 ただ、2人目3人目の子を為すときや、再婚者相手では、子作りの前に必ず了解を貰え」


「わかった……」


(そうか、それだけ出産事故が多いっていうことか……)


「なにしろ女たちにとっての出産は、男の俺たちが魔物を相手に戦う事よりも危険だからな。

 戦士たちも、連れ合いが魔物と戦って死んだ女に再婚を頼まれても断ることは稀だ。

 まあだいたいは死んだ戦士の兄弟や上司の百人長や十人長が再婚相手になるがな。

 もちろんもう子を産んでいる寡婦が再婚を希望しなくても許される。

 そうした女たちと子供たちで集まって家族を作っているからな」


 見渡せば、そうした女たちと子供たちだけの輪もそこそこあった。


「つまりこの村では村全体が一つの家族だという事だ。

 だから自分の子に比べて再婚相手の連れ子を差別することも許されねぇ。

 そんなことをすれば、俺がいちいち指図しなくても、そいつぁみんなに袋叩きにされるだろう」


「ああ……」


「さて、冷めねぇうちにメシを喰おうか」




 昆虫系の魔物肉もそこそこ旨かった。

 特に蜘蛛の肢と思われる部分の肉は食感が蟹に似ている。


(まあ地球でも食糧難時代の切り札は昆虫食だって言われてるしな。

 アフリカの一部では、カブトムシやクワガタの幼虫は肉より旨い御馳走だとされているそうだし)



 タケルが案内された宿舎は日干し煉瓦と木の棒で造られたしっかりしたものだった。

 屋根は木の皮で葺いてあるようだ。

 やはり日干し煉瓦を積んで作られた寝台の上には、丁寧に鞣した大きな魔物の毛皮が4枚も置いてある。

 タケルは自分に似せたアバターを呼び出して寝台に寝かせ、転移で自宅に帰って行った……




 タケルが帰宅すると、にこにこしながら子供たちが近づいて来た。

 ミサリアちゃんは銀河共通語のアルファベットカードをタケルの前に順に並べてドヤ顔をし、セルジュくんがふよふよと飛んで来て笑顔でタケルの肩をぽんぽんした。


(お、おおお、俺、本当に子供たち(ガキ)に笑いものにされてるぅっ!)


 そんなタケルと子供たちを見て、鎮静魔法を解いてもらったジョセフィーヌとエリザベートは笑い転げていたそうだ……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 翌朝。

 やはり魔物肉とスープだが、量だけはたっぷりとした朝食を終えると、若い戦士見習いたちが壁に走って行った。

 全員が魔物の革で作った軽鎧と脛宛てを装着している。


 途端に20頭ほどの狼系魔物の吠える声が響き渡るが、見習いたちが壁上から石を投げ始めるとそれが悲鳴に変わった。

 魔物も2発や3発の石礫ならば避けることも出来るだろうが、100人近い見習いたちが一斉に投げる石を躱すことは出来ないようだ。

 すぐに半数ほどが息絶え、残りの半数も行動不能になっている。


 やや年長の見習いたち50人が石槍を持って地面に降りた。

 慎重に魔物に近づきながら、まだ動いている魔物にトドメを刺していき、既に動かなくなっている魔物にも念のため槍を突き刺している。

 魔物があらかた片付くと、監視塔に見張り兵が走っていった。

 見習いたちは荷橇を使って魔物の死骸を壁の内側に運び入れ始めている。

 より年少の見習いたちは、自分たちが投げた石を拾ってまた壁の上に運んでいるようだ。



 壁の内側では、食事を終えた女たちが狼魔物の解体を始めていた。

 排水溝の上に組んだ木組みに狼を吊るして血抜きをし、そのまま石包丁で皮を剝いでいる。

 血抜きの終わった物は肉とその他に分けられて、肉は樽にその他は荷車に乗せて運ばれていった。

 見れば村はずれに大きな穴が掘られており、狼の骨や内臓はその穴に捨てられているようだ。

 穴の横には塚のような物もたくさんあるが、魔物の死骸を埋めたあとに土を被せたものだろう。



(マリアーヌ、あの塚のなかに魔物の魔石も一緒に埋められているのか?)


『はい』


(昔捨てられた魔石とか変質していないか?)


『いえ、魔石は土中でも1000年やそこらでは変質しません』


(はは、まさに宝の山だな)



 タケルはバルモス組合長と共に壁に登ってこうした光景を見ていた。


「夜の間に夜行性の狼系魔物が出て来やがるんでな、朝一でこうして狼どもを排除しているのよ」


「他の獣系や昆虫系の魔物は夜には出てこねぇのか」


「ああ、何故かあいつらはけっこう明るくならねぇと出てこねぇんだ。

 おかげで助かっているが」


「そうか」



 壁の内側で体操のようなことをしたり石斧や石槍の素振りをして体を解していた戦士たちが壁に登って来た。


「第1百人隊と第2百人隊は今日は休みだったな。

 それじゃあ第3百人隊と第4百人隊は壁向こうに降りろ。

 第5百人隊は壁上に、遊撃救援隊は壁下で待機だ」


「「「 おうっ! 」」」



 壁向こうに降りた2つの百人隊はすぐに隊列を組んだ。

 十人隊を一つの集団として50メートル幅ほどで横に広がり、その十人隊がさらに横に2つ並ぶ。

 そうした戦闘正面150メートルの列の後ろに、同様にして3つずつ2列の十人隊が並び、最後尾の十人隊は、百人隊の中でも魔物に押されている部分を補強する遊撃隊のようだ。


「第3百人隊待機!」

「第4百人隊待機!」


 百人長の大きな声と共に200人の戦士たちが腰を下ろしたが、誰も私語を交わさずに監視塔を見ていた。


(ほう、なかなか統率が取れてるじゃねぇか。

 それも命令による強制じゃあなくって、各人の戦士としての心構えみたいだ)





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