*** 217 ブルガ戦士村 ***
ほほう、ここがヴェノム王国西側の戦士村か。
まあ家が平屋の日干し煉瓦造りなのは仕方ないにしても、けっこう整然とした村じゃねぇか。
こりゃもう村っていうよりは街だな。
壁のすぐ裏は魔物の解体スペースになっているのか。
ほー、雨水や魔物の血を流す石造りの排水溝まで作ってあるよ。
住民もけっこう小綺麗な格好をしてるし、こりゃあ食い物さえあればかなりマトモな生活だな。
ん?
あの小屋からは随分と煙が出ているが……
誰も慌ててないところをみると燻製小屋か。
「なあ、すまんが戦士組合はどこにあるのか教えてくれるか」
「見かけねぇ顔だが、戦士希望者か。
どっか別の領から来たんか」
「ああ、かなり遠くの村からだ」
「それにしてもでけぇなお前ぇ。
タッパだけじゃあなくって厚みもあるか。
それだけのガタイなら戦士として十分やっていけそうだわ。
ちょうどいい、俺も今から組合に行くところだからついて来いや」
「ありがとう」
「おーい、戦士希望者を連れてきたぞ。
この体なら問題無ぇだろ。
登録してやってくれや」
組合内にいた者たち全員がタケルを見た。
やはり古代社会だけあって多くが身長150センチから160センチほどだが、皆体つきはがっしりしている。
どうやら栄養も足りているようだ。
受付嬢もタケルを見た。
最初は頭部、次に腕、さらには脚を見ている。
「あの、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか……」
「タケルだ」
「それではタケルさん、すみませんがこちらで少々お待ちくださいませ」
受付嬢は奥のスペースに行き、50歳ほどに見える男になにやら話しかけている。
その男がタケルを見ると、腰を上げて近づいて来た。
やはりタケルの全身をじろじろと見ている。
「このブルガ戦士村の戦士組合長をしているバルモスだ」
(おお、いきなりギルドマスター登場か!)
身長180センチほどに見えるバルモスはかなり頑丈そうなガタイの上に、顔も腕も傷だらけだった。
きっと若いころから魔物との戦いに明け暮れてきたのだろう。
「俺はタケルという」
「どこから来た」
「かなり遠くの国から来た」
「魔物の森を通ってか」
「まあそんなところだ」
「なぜそこまでしてこの地に来たのだ」
「生まれ故郷の村を馬鹿にしやがった子爵の息子を、護衛騎士も含めてぶちのめして半殺しにしたんでな。
村のみんなに迷惑が掛からんよう、念のため逃げて来たんだ」
(そういう設定にしたんだけど……)
バルモスがにやりと笑った。
「そういう活きのいい奴は大歓迎だ。
お前ぇの武器はその背にある石斧か。
ちっと見せてもらってもいいか」
「おう」
タケルが石斧を渡すとバルモスは危うく石斧を取り落としそうになった。
「なんつー重い斧だ……
よくこんなもんを作ったな」
斧の柄は黒檀に超硬化樹脂を3000気圧で注入した上に3分の1に圧縮したもので、斧頭はウルツァイト窒化硼素のアモルファス焼成物である。
さらに全体にレベル300の『強化』魔法をかけてガチガチに固めていた。
(ウルツァイト窒化硼素:
地球上では硬度的に第3位のダイヤモンドを上回り、劈開性も結晶も無い最も硬い物質。
因みに2番目に硬いのはロンズデーナイト。
銀河宇宙の物質で最も固いのは立方晶窒化炭素だが、ダイヤモンドと同じく劈開性を持つために斧頭には向かない。
この石斧をレベル850のタケルが振れば、現代地球の最新鋭戦車の前面装甲すら凹ませることが出来るだろう。
ニャイチローくん渾身の作品。
さすがはタケルの武装戦闘師匠である。
サスニャイチ!)
「俺の村にはそうした硬くて重い木や石があったんでな。
まあ誰でも扱えるわけじゃあないが」
「そうか。
それじゃあ今からお前ぇの腹を軽く殴るから力を入れろ」
「わかった」
バルモスはそう軽くもない一撃をタケルの腹に打ち込んだ。
もちろんタケルはレベル850に達している上にフルに身体強化をかけているので、なんのダメージも無い。
「よし、お前ぇは戦士ランクSからのスタートだ」
バルモスが拳をさすりながら言うと、組合員たちがどよめいた。
「なあ、いくら俺のガタイがいいからって、いきなりSランクはやりすぎなんじゃねぇか?
せめてCランクぐれぇから始めるとか」
「莫迦言ってんじゃねぇ!
この俺の全盛期ですらBランクだったんだぞ!
しかもこの国じゃあここ100年間Aランクは出てねぇ!
新入組合員のガキは全員Zランクから始める決まりだが、お前ぇは歳も行ってるようだしガタイもいいから組合長権限で特別にSランクから始めさせてやるんだ!
感謝しろっ!」
(?????)
「な、なあ、参考までに聞くんだけどよ。
Sランクから昇格した上のランクは何ランクなんだ?」
「そんなもん、Rランクに決まっているだろうが!」
「!!!」
(ま、まさかのアルファベット26段階ぃぃぃ―――っ!)
(作者註:現地アルファベットを地球英語アルファベットに翻訳してお送りしています♪)
「お前ぇなぁ、いくら戦士に学は要らねぇって言ってもだ。
せめて文字ぐらいは知っておけや。
そんなんじゃあガキにすら笑われるぞ」
(お、おおお、俺、未開世界の現地人に学が無ぇって説教されちまったっ!!!)
「まあ今日はもう魔物の襲来も終わったようだからな。
これから少し狩場見学に連れてってやる」
魔物の森と戦士村を隔てる壁の内側では、8歳から12歳ぐらいまでの男の子たち50人ほどがロープを伝って壁を登る訓練をしていた。
教官役の男は魔物との戦いで失ったのか左腕を欠いている。
「いいかー、普段はゆっくり壁を登って帰るが、『総員撤退』の指笛が鳴ったら、思いっきり急いで壁を登って避難するんだぞー。
今日は指笛は吹かないが、総員撤退の練習をする。
なるべく年下の者から壁に取りつくようにな。
壁を登り終わったら、後に続く者の邪魔にならないように素早く移動して壁の上の場所を開けろ」
「「「 はいっ! 」」」
また、他の場所ではやや年少な子たちを集めて地面に字を書いて教えていた。
ここでも教師役は手や足を欠いている。
他の場所ではやはり少年たちが石斧の素振りをしていたが、こちらの教官役の男も片足を欠いており、木の義足をつけて杖を持っていた。
(こうやって大怪我をして戦えなくなった者たちが後進の指導に当たっているのか……)
「石斧を振り下ろす時には、あんまり前屈みにならずになるべく背筋を伸ばしたままにするようになー。
そうすれば石斧を止めるときに背中にも力が入って、背中の筋肉も鍛えられるぞー」
「「「 はいっ! 」」」
「よぉタケル、お前ぇも石斧を素振りして見せてくれるか」
「おう」
ぶんっ! ぶんっ!
タケルは右手で持った石斧で素振りを始めた。
びゅんっ! びゅんっ!
ぶぉぉっ! ぶぉぉっ!
びゅごぉっ! びゅごぉっ!
次第に素振りの速度を速めていったが、もちろん体幹は全くブレていない。
あまりの速さに斧頭部分は目で追えなくなって来ている。
(まあ音速突破ぐらいなら出来るけど、あんまり張り切ると斧の柄が折れて斧頭がすっ飛んで行っちまうからな……)
子供たちが斧を振る手を止め、口を開けてタケルの素振りを見ていた。
いや、子供たちだけでなく、指導役の男も口を開けている。
タケルは途中で斧を左手に持ち変えたが、その軌道や音に変化はない。
最後は体正面でピタリと止めている。
バルモス組合長が満足そうに頷きながら微笑んだ。
「いやぁ、久しぶりにいい音を聞かせてもらったぜ」
「なぁ、武器は石斧と石槍だけなのか?
弓や銅剣や銅槍は使わねぇのか?」
「この国じゃあ大昔に戦士たちが反乱を起こしたことがあってな。
それ以来ぇ、臆病な弱民共が俺たちに弓や青銅製の武器を使わせねぇのよ。
なんとか手に入れても見つかると酒や塩をよこさなくなるしな。
それに、弓は木で作れても、甲虫系の魔物には石の鏃は通用しねぇんだ」
「そうか……」
組合長とタケルは階段を上って、高さ6メートルほどの壁の上に立った。
壁の厚みは12メートルほどもある。
どうやら長年の間に高さや厚みを増やしたらしく、所々で日干し煉瓦の色が変わっていた。
壁の上には10メートルおきに丸太の杭が打ち込まれていて、そこから壁の外に向かって植物繊維で作ったロープが垂れ下がっている。
これを伝って戦士たちが帰還するのだろう。
また、壁の上にはところどころに拳大の石が積んであった。
壁に接近した魔物に当てて倒すためのもののようだ。
その壁にはいくつか狭いトンネルのようなものも掘られており、魔物の森側には木の板で頑丈な扉が造られている。
どうやら避難路というよりは、魔物肉の搬出口らしい。
「右の方にも左の方にも遠くに旗が見えるだろう。
あれが隣の戦士村との境目だ。
ここは一応タマス子爵とかいう奴の領地らしいんだが、タマス領にはここみてぇな戦士村が4つある」
「旗と旗の距離って800メートルぐれぇしか無ぇよな。
ということは、村4つで幅3キロ強か。
随分と狭い子爵領なんだな」
「ああそうだ。
だがどうやら長さは15キロ近くあるらしい。
戦士村の長さは東に2キロほどで、そこには壁と交換所もある。
壁の向こうは農民が住んでて雑穀や麦を作っていて、子爵の邸があるのはさらにその向こうだそうだ」
「なるほどな」
「その子爵領地2つと男爵領地4つを束ねる伯爵領ってぇのもあるそうだ。
さらにその伯爵領2つを束ねる辺境侯爵っていうのもいるらしい。
もちろん見たことはねぇがな。
奴ら弱民共は滅多に魔物の森にも戦士村にも近づこうとはしねぇ。
せいぜい下っ端兵が交易所に来て偉そうにしてるだけだ。
この国にゃあそうした辺境侯爵領が16ほどもあって、王都の守りを固めているんだとよ。
実際に森の魔物と戦ってるのは俺たち戦士だけどな」
「そうか……」




