*** 216 対スタンピード最前線の民 ***
「それでその対スタンピード最前線になるヴェノム王国の賤民たちの暮らしは実際にどうなっているか教えてくれ」
『彼らはその全員が魔物の森付近に居住していますが、そのうち戦える者は戦士として壁の外側で対小型魔物戦闘を行っていまして、戦士の家族である女性や子供、老人などは壁の内側の居住区画で魔物の解体や調理、雑穀の栽培などを行いながら暮らしています。
秋には戦士の護衛の下に森の浅い部分に入って、果実や木の実の採取なども行っていますが。
また、この戦士階級の居住地域では、戦士組合によるある程度の自治が行われている模様です』
「ほう、どの程度の自治なんだ?」
『魔物の森と接する地域は全て辺境貴族と呼ばれる貴族たちの領地なのですが、戦士は全て戦士組合に所属していまして、その指揮系統はこの組合の中で成立している模様ですね』
「貴族の領兵なんかが指揮官になっているんじゃないのか?」
『どうやら平民階級の中でも上流扱いされる領兵は、魔物と戦う仕事を下賤なものとして忌避している模様です。
魔物と戦う賤民戦士たちを指揮することも、その延長上であるとして倦厭しているようですね。
また、大昔には領兵の上級指揮官や貴族家の従士などが指揮官として派遣されることもあったようなのですが、多くの理由で賤民戦士たちに嫌われて反乱を招いたために、今では貴族家の者も誰も指揮官になろうとしていないようです』
「参考までに、どんな理由で嫌われたんだろうか」
『まず、賤民戦士たちは自分より弱い者の命令を聞きません』
「ははは、まるで原始犬人族と同じだな」
『はい。
そして貴族家の権威を振りかざすことしか出来ない領兵では、日々魔物との戦闘を行っている戦士たちに全く敵いません』
「あー、他国や他領地との戦争をしてないから領兵の質も低いのか。
鍛錬もしていないんだろうし」
『どうやらそのようですね。
もちろん戦士は全員がそのような性格ですので、貴族家の権威もまるで通用しません。
おかげで貴族領兵や従士たちとの争いが絶えなくなり、過去にはメンツを重視して大量の兵を集めた貴族軍と戦になりかけたこともあった模様ですが、そうなると今度は戦士たちが家族ごと逃散してしまうのです』
「どこに逃げるんだ?」
『主に隣の村や隣の貴族領ですね。
そのために普段から戦士組合幹部は隣村や隣領の組合幹部とは連絡を取り合っているようですし』
「あーそうか、壁の上や外側なら隣領までは遮る物も無いだろうからな。
戦士に護衛されながらだと家族も移動出来るわけだ」
『もちろん住み慣れた地を捨てて移住するのは戦士たちもその家族も躊躇いますが、多くの場合には戦士たちに逃散された貴族家はすぐに王家から平民に落とされたり死罪になったりして、その地を支配する貴族家は交代します。
どうやら過去に賤民戦士たちが逃散した地に於いて、大量の魔物が壁に殺到したために、壁際に溜まった魔物を乗り越えて魔物が壁を乗り越えた事例があったようですね。
おかげで国が滅びかけたこともあったせいで、国軍の情報部が賤民戦士たちの逃散が起きないように辺境貴族家を厳重に監視し、そのようなことが起きた場合には即座に貴族家を交代させているようです。
この新たに配された貴族家は当然戦士村に対して融和策を取りますので、戦士たちも元の村に帰還出来るために逃散も短期間で済みます』
「なるほどな、戦士たちに自治を認めさせてまでしても魔物は常に間引いておかなけりゃならないっていうことか。
まるで常にスタンピードに晒されている防衛自治都市みたいだ。
加えて防衛を戦士たちに依存している屈辱の代償行動として、王族貴族は彼らを賤民と称して蔑むんだな」
『はい』
「王族や貴族の支配層で魔法を使える者は多いのか?」
『いえ、ほとんど全く使えません』
「あーそうか、防衛の必要も水汲みも料理もする必要が無いからだろうな。
魔法はある程度使わないと魔臓はどんどん退化していくし。
なら賤民層には魔法を使える者がいるのか」
『およそ2割が初歩的な魔法を使えますが、必要に迫られてか身体強化系が多いようですね』
「なるほどな。
それで400か国のうち、そうした魔物に接する地域で賤民戦士たちが戦っている国の割合はどのぐらいなんだ?」
『およそ85%が同じような形態です。
過去に於いては多くの国で国軍や貴族軍が魔物と戦っていたケースもあったのですが、あまりの死亡率の高さに国軍を指揮する王族や貴族が恐れをなして国の中央部安全地帯に逃げ出したため、魔物討伐は下級兵士に任されるようになりました。
これが長い年月を経て賤民戦士と呼ばれる階層になっていったと思われます』
「やはり王族貴族は根性無しでもあったんだな。
率先して国や民を守ろうとする気概はゼロだったわけだ。
数万年前から魔物と戦って家族を守りつつ農業もしていた先祖たちとはえらい違いだ」
『仰る通りですね。
後進地域ではそうした王族貴族と戦士階級の分離が進んでいない国もあるのですが、いずれ階級分業形態になるのは時間の問題でしょう』
「それにしてもさ、いくら自治が認められているとはいえ、戦士たちはよくそんな環境で魔物と戦い続けているよな」
『それはおそらく塩とエールのためでしょうね』
「あー」
『岩塩鉱を持つ国は限られていますし、海沿いの地域で採れる海塩にしても、海水を採取するのは海棲魔物のせいで命がけです。
さらに、魔物の森を通って海塩を運ぶことを専業にしている戦士集団もいるぐらいですので、塩はやはり貴重で高価です』
「なあ、救済部門には塩の備蓄ってけっこうあるよな」
『もちろんです。
地軸移動や温暖化により海面上昇に見舞われている世界では、通常50兆トンから200兆トンほどの海水を汲み上げることで対応していますが、この海水から塩分を除去して農業用水も作っていますので。
海水の塩分濃度は平均して3%ほどで、この救済事業を100万世界で行いましたので、塩は3兆トンの100万倍ほどあります」
「すげぇな」
『もちろん『資源抽出』によって得られた資源のうち、塩素とナトリウムを合成すればさらに大量の塩が作れます。
この場合は地球の質量を遥かに上回って、塩だけの惑星が多数創れるほどになるでしょうね』
「ま、まあ今はまだそこまでやらんでもいいかな」
『はい。
また、彼ら戦士たちは、酒の供給を貴族家に頼っていますので』
「あーそうか。
連中は大麦を育てていないし、醸造技術も持っていないから酒を手に入れるのは貴族家配下の平民層に頼るしかないんだ」
『ただ、その際にも、エール1樽と魔物肉5樽、塩1樽と魔物肉10樽というように、法外な比率での交易が行われている模様です』
「そりゃ酷いな。
まあそうまでしても酒が飲みたいっていうことか……
ウチのエール備蓄はどれぐらいだ?」
『今のところ5000億キロリットルほどです』
「それもすげぇな。
日本の年間ビール消費量の1000年分かよ」
『増産の指示を出しましょうか』
「まあ慌てんでいいから少しずつ備蓄を増やしておいてくれ」
『はい』
「ところでさ、その星の小型魔物たちって体内に魔石って持っているのか?」
『小さいですが持っています』
「それ、俺たちが買い取ってやるとして、いくらぐらいになるだろうか」
『そうですね、銀河宇宙での濃縮魔石買い取り価格は直径1センチクラスで240クレジット(≒2万4000円)ですが、こちらの星の魔物の天然魔石は濃度が薄いのでその12分の1ほどになります』
「日本円で2000円か。
ならパンなら20個、エールもグラス10杯は売ってやれるな。
ブランデーならショットグラスで2杯ぐらいか。
塩は20キロ、小麦は4斗売ってやろう。
それから、森林内部の魔素脈内に魔素収集装置を置いたとしたら、1日でおおよそどれぐらいの魔素を集められるかな。
もちろん魔素を全部吸収したりしたら、腹を減らした魔物が暴れ始めるかもしれんから、噴出してる量の10%ほどを魔石に変換するとしてだ」
『多分ですが、惑星全域で、日量15センチ級魔石10個分ほどになると思われます』
「それなら日に800万クレジット(≒8億円)ほどになるか。
ただ、その魔素脈からの魔素採取を始めるとしても、それでエネルギー源の減少を被った魔物が暴れ始めるかも知らんな。
最初はコントロールされた環境の中で魔素収集の実験を行う必要があるだろうから、実験開始は少々保留しておこう。
もし順調に魔素収集が行えるようになって、徐々に採取量を増やして行ければ、数万年の間には魔物も小さく穏やかな性質になっていくかもだ」
『はい』
「それに、魔素収集が始まれば、最低でもその金額の分は惑星住民に還元してやらなきゃだな。
ニャサブロー、救済部門の監査部にチェックを依頼しておいてくれ」
「畏まりましたですにゃ」
「その惑星ダンジョーンの自転速度は?」
『24時間と20分ほどです』
「ここ天界とそのヴェノム王国の時差は」
『現時点では約1時間です』
「ならば俺も家族と最低日に1度は食事も出来そうだな」
『はい』
「最前線の中でも特に魔物の襲撃が多そうな戦士村を特定しておいてくれ。
後で俺の脳に現地言語の移植も頼む」
『畏まりました。
ただタケルさま、いくつか注意事項がございます。
現地の王族貴族階級は戦士のことを賤民と呼んでおりますが、これは蔑称でして、彼らのことは単に戦士と呼ばれる方がよろしいかと。
また、戦士は貴族階級やその領兵などを弱民と呼んでおりますが、これもかなりの蔑称になりますのでお気を付けください』
「了解した。
ところでその対魔物戦士たちはどんな武器を使ってるんだ?」
『ほとんどが石斧か石槍です』
「銅剣や銅槍じゃないのか」
『この惑星最大の大陸中央部にある河川周辺には、銅鉱石や鉄鉱石の露頭や、磁鉄鉱、砂鉄なども多く、4000年ほど前から乾季にはそれらの採掘が行われるようになりました。
どうも当時苦労してその精錬に成功したムラが、周囲の石器使用ムラを圧倒して支配して行った模様です』
「ヒト族の文明史はどこも同じだなぁ。
新たな武器を開発した者が支配者になるって」
『それで鉄や青銅製の武器はある程度普及したのですが、彼らは坑道を掘るなどの技術を持っていなかったために、鉱石の露頭はすぐに枯渇しました。
そのせいで金属製武器はたいへんな貴重品となり、貴族一族とその領兵しか持っていません。
対魔物戦士たちの反乱を恐れて彼らには金属製武器は使わせていませんし。
もっとも、金属武器を『高貴な身に相応しい武器』などと嘯いていますが』
「ったくしょーもない連中だ。
ニャイチロー」
「はいですにゃ!」
「この天域で石斧を作っておいてくれるか。
重くてもいいから頑丈なやつをな」
「畏まりました!」
「それじゃあ石斧が出来次第、俺はその国を見に行ってくるわ」
『エンゼルキュア(=旧ゴッドキュアのこと)の加護をお持ちとはいえ、どうかお気をつけて』
「はは、十分に気を付けるよ」
「「「 行ってらっしゃいませ! 」」」




