*** 215 鳥盤類と獣脚類 ***
「そうか、この星ではチチュルブ隕石の衝突やK-Pg境界も無く、恐竜類が生き延びていたんだ。
でも確か鳥盤類って草食性じゃなかったけか。
それにT-レックスとトリケラトプスが戦ったらT-レックスが勝つんじゃないか?」
『この惑星の鳥盤類は雑食性です。
それに鳥盤類は大規模な群れを作る傾向があるために、小規模でゆるやかな集団しか作らない獣脚類に勝利出来た模様ですね。
トリケラトプス10頭があの巨大な角を並べて突進して来たら、T-レックスといえども相当に苦戦するでしょう』
「そのT-レックスとトリケラトプスの推定数と大きさは」
『T-レックスが約5000頭、トリケラトプスが約5万2000頭で、どちらも成体は体長30メートルほどです。
T-レックスはメスが卵を産んでも産みっぱなしですので小動物に食べられてしまうことも多いのですが、トリケラトプスはメスが集団で卵を守り、また共同で育児も行う習性があるためにこの数の差になった模様です』
「体長30メートル級のT-レックス5000頭にトリケラトプス5万2000頭かよ……
そりゃダンジョンのラスボスに相応しいわ。
それにまあT-レックスが5000頭も移動したら、生態系も崩れるわな」
『はい』
(余談だが、分類学上この獣脚類には鳥類も含まれる。
つまりあのT-レックスさんとスズメさんは御親戚だったのだ!
Wikiには獣脚類系統の子孫としてスズメさんの写真が紹介されているのである!
地球上にはT-レックスの親戚が溢れていたのだ!
言われてみればスズメさんの足はちょっと恐竜っぽいかも……)
「なぁ、その獣脚類と鳥盤類の映像ってあるか?」
『まずこちらが獣脚類、T-レックス類似種です』
ホログラム映像には地面に開いた直径10メートルほどの穴があり、そこからはやや黒っぽい霧のようなものが噴出していた。
その穴に顔を突っ込むようにしてT-レックス類似種が横たわっている。
頭部はやはり大きく、特に巨大な顎を支える咬筋は非常に発達していた。
その頭部とバランスを取るための尾も太く長く、30メートルもの巨体を支える脚部も実に太い。
ただし、胴体部分は地球の化石から類推した復元図よりは多少スリムになっているようだ。
その個体の周囲にはやや小さい個体も3頭いた。
「ふーん、少数の個体でハーレムを形成しているのか」
『はい。
ただし、中央の大きな個体がメスで、周囲の小さな個体がオスです。
日本のラノベで言うところの逆ハーですね』
「そ、そうか……」
周囲の木の根元などにはいくつかの卵もあったが、その大きさからして幼体の体長は1.5メートルほどだろう。
その大きさだと、親の庇護が無ければ小型魔物相手にも苦戦することと思われる。
卵の中には幼体が生まれて割れたものだけでなく、齧歯類などの魔物に齧られて穴が開いているとみられるものも多かった。
(個体としては強力だが、種としては脆弱だということか……)
「鳥盤類の方も見せてくれ」
『はい』
その場所は直径20キロほどの外輪山のような地形に囲まれた盆地だった。
周囲を低い山脈に囲まれた平原にはあちこちに無数の噴気孔があり、やはり黒っぽい魔素が噴出している。
こちらの噴気孔の周囲にも多くのトリケラトプス類似種がいた。
やはり頭部と尾は大きく、また巨体を支える脚部も太い。
頭骨が張り出して頸部を守るフリルと呼ばれる部分もまた大きいが、こちらはその縁がギザギザの形になっていて鋭い。
これならば弱点である頸部を狙われても、逆に敵の頸部を切り裂くことが出来るだろう。
そのトリケラトプス類似種は、やはり魔素噴気孔の周囲に多くいたが、無数の卵を囲んで同心円状に並んでいた。
時折尾や手足を地面に叩きつけているのは、卵を狙って来た小型魔物などを殺しているのだろう。
そうして退治された小型魔物は彼らの食料にもなっているようだ。
卵から幼体が孵り始めると、メスのトリケラトプスが幼体を口の中に入れて別の場所に運んで行っている。
そこでは養育係の成体が、口から擂り潰した木の葉や魔物肉を幼体に与えていた。
(こうやって集団で育児しているわけだ。
だからここまで数を増やせたんだな……
こりゃあと数万年でT-レックス類似種は滅びるかもしれんが、鳥盤類は生き残るかもだ)
「それにしても400ある国家の内80か国が全滅の危機にあるのか。
そりゃあ確かに危機度Aランクだな。
しかもこれってある意味自然災害だから十分に救済部門の救済対象だろう」
『はい』
「このヒト族の惑星総人口は?」
『惑星総人口は約18億です』
「居住可能地が少ない割に人口が多いのは何でだ?」
『魔素の影響で農作物の生育が良いことと、大森林外縁部でも森の恵みが多いからと思われます』
「なるほど。
ところでヒト族居住地に向かっているのは弾き出された小型から中型、せいぜい少数の大型までだろ。
現地ヒト族の軍では対処出来ないか?」
『不可能だと判断します。
まず、長年の安定が階級制度の硬直化を齎したために、王族や貴族の軍は所謂儀仗兵と化していますし、せいぜいが徴税用の脅迫要員でしかありません。
しかも徴税制度も安定していますので、国軍や貴族軍の役割は『ただそこにいる』ということだけになっています。
つまり軍は余剰貴族家縁者の受け皿であり王族貴族の見栄の対象ですね』
「あー訓練の必要も意欲も無いわけだ」
『はい。
一方で魔物の森や河川と接する地域では、戦士階級が村を形成していますが、これは通常の森から現れる少数の小型魔物への対処が主でして、ここ数千年間中型大型魔物を見たことすら無いでしょう。
従いまして中型大型を含むスタンピードには到底対応出来ません』
「戦士階級か。
真っ先にスタンピードで滅びそうな国の戦士連中と王族貴族についてもう少し詳しく教えてくれ」
『例えば現在最も魔物移動の脅威に晒されている第1大陸南部最大の国家であるヴェノム王国では、国の中央部、言い換えれば魔物の森から最も遠い地区に王都が形成されています。
この王都は万が一の魔物の襲撃に備えて低い城壁で囲まれていますが、2000年に渡る王族貴族の支配の中で、その子孫たちが増え過ぎました。
総人口735万の内、公爵家が500、その公爵家縁者が250万人もいます』
「ということは、直系王子とそのスペアを確保するために、王は多数の妃を娶って子を作らせたんだな。
その王子たちが王の交代に際してみんな公爵に臣籍降下していったのか。
それじゃあ貴族も同様に多いのか?」
『侯爵から男爵までの貴族家は約850、その一族や縁者は113万人もいますね』
「その王族や貴族は農業生産や魔物の脅威への防衛に従事しているのか?」
『いえ、農業は農民、魔物防衛は彼らが賤民と呼ぶ対魔物戦闘専門の戦士階級が行っていますので』
「ということは、735万の人口の内、363万の王族貴族は何もしていないという事か……」
『はい。
毎日のように開かれる豪勢なパーティーと生殖行為に明け暮れているだけです。
本人たちは高貴なる宮廷文化と嘯いているようですが』
「典型的な無能支配層だな。
武力で支配は出来ても統治は出来ないという。
農民の数は」
『およそ100万です。
ただし、その生産物のほとんどが貴族用の商品作物になります。
ワイン用のブドウやエール用の麦の生産、食肉用の牧畜などに従事している者が大半ですし、小麦も全て王都に運ばれています』
「それじゃあ農民や対魔物要員の賤民は何を喰っているんだ?」
『農民や平民は、賤民層との交易で手に入れる魔物の肉や、賤民領域との境界付近で作られる粟や稗、蕎麦の実などの雑穀を食べている模様ですし、小規模な林の恵みもそれなりにあります。
賤民層の食料は、やはり魔物の肉や雑穀、それ以外は命がけで森に入って採取する果実や木の実などですね』
「ということは、372万の農民や賤民の労働の上に、363万の何もしないで踏ん反り返っているだけの王族貴族階級がいるわけだ」
『はい』
「これはちいっと教育も必要だな。
そのヴェノム王国の面積は?」
『およそ3万平方キロほどです』
「九州の8割強の地域に735万のヒト族が住んでいるわけだ。
そんな国が惑星上に400ほどあるのか」
『はい。
もしスタンピードが本格化した場合には、このヴェノム王国は真っ先に全滅するでしょう。
そして、その東側にある80ほどの国々は、それぞれ国境が小規模な森林か河川でしかありません。
ですので大型魔物を含むスタンピードには到底対抗出来ません』
「ヴェノム王国の北側や南側は?」
『小規模の魔素噴気孔多数と広い森林があるために、しばらくは獣脚類の拡散も抑えられるでしょう。
ですが5000頭もの獣脚類を養える魔素噴気孔は、元の噴気孔以外には大陸上どこにもありません。
従いまして、獣脚類の拡散が続けばヒト族国家の2割以上、最大半数が全滅する可能性もあります。
直接獣脚類に襲われずとも、弾き出された大型中型の魔物によるスタンピードが連鎖しますので』
「そうか……」




