*** 214 惑星ダンジョーン ***
また或る日の救済部門幹部会にて。
「各地での救済事業は順調そうだな」
『はい、タケルさまが示された方針に基づいて、現在では紛争脅威世界の鎮圧もほぼ終わりましたし、奴隷制世界も続々と矯正されつつあります』
「資源備蓄も非常に順調です。
一部の無生命恒星系では恒星質量の増大実験が始まりましたし、人工恒星の創造実験も始まります。
また間もにゃくブラックホールや中性子星、白色矮星の消滅&資源再利用実験も始まるでしょう。
こにょまま順調に行けば、10万年後には理想恒星と理想惑星をセットで2万個ほど用意出来そうです」
「そうか、まあ順調なのはいいことだが、最近俺の仕事が無いんだよなぁ。
そろそろ危機ランクA以下のヒト族世界にも手を伸ばすかね」
((( タケルさまは部下である我々のブラック労働はものすごく嫌われるけど、ご自分のワーカホリック度合いには気づいておられるのだろうか…… )))
(たぶん、気づいていても気にされてはいないのでしょうね。
救済部門実行部隊のトップとして、ご自分が下す指令で誰かがブラックになるのは許せなくても、誰にも命令されることの無いご自分がブラックになるのは構わないのでしょう。
毎日1度、朝食か夕食をご家族と共に出来て、御子息たちと遊べて、夜の夫婦生活の時間も確保出来ている限りは……)
因みにタケルが試しに子供たちをピンクやライトグリーンに『変化』してやったところ、子供たちはこれに魅了されていた。
初めてこれを見た侍女さんたちも皆可愛いと大喜びだったそうだ。
おかげで天界幼稚園は凄まじい色彩に溢れるようになっているらしい。
幼稚園から帰って来た自分の子供がドヤ顔で黄色地にピンクの水玉模様とかになっているのを見て、悲鳴を上げている親も多いそうだ。
まあそりゃ悲鳴も上げるわなぁ……
『あの、タケルさまが興味をお持ちになられるかもしれない惑星があります』
「ほう」
「その識別名ダンジョーンという星は、理由はよくわかっていないのですが、その誕生の際にかなり多くの魔素を含んだまま形成されました」
(またあからさまな識別名だな……)
「ということは、魔素の偏在した空間の星間物質が集まって惑星が形成されたのか」
『はい。
そのためにこの惑星では地殻やマントル層にも魔素が豊富なのですが、そのうち地殻の中には水脈と同じように魔素が集まる魔素脈というものが形成されました。
惑星全域の平均大気魔素濃度は、通常宇宙空間や通常惑星に比べて平均12%ほど多いだけなのですが、この魔素脈には相当に高濃度の魔素が流れていまして、この惑星には地殻の割れ目などから魔素が噴出している部分が大小数千か所もございます』
「まるで温泉が噴き出しているみたいだな」
『似たような現象ですね。
そして、魔素そのものはその惑星大気よりも僅かに比重が軽いために、すぐに大気中に拡散していくのですが、その吹き出し口周辺は高濃度の魔素によって植物が盛大に繁茂し、多くが大森林になっています。
もちろん森に生息する昆虫や動物も高濃度魔素によってその体質や体積が変化して、現地では魔物と呼ばれる凶暴な形態になっているようです』
「森林内の昆虫や動物が魔物に変化しているのか。
ということは、魔素は現地生物の栄養やエネルギー源にもなっているんだ」
『はい』
「惑星全域が宝箱や罠の無いダンジョンみたいになってるんだな。
惑星陸地面積に占める魔素の森の割合は?」
『北極圏や南極圏、高山地帯や砂漠地帯などの生物拡散困難地帯を除く、生命環境の内の90%ほどを保っています。
幸いなことに、魔素は次第に大気中に拡散して行っているために、こうした魔物の森はその領域がそれ以上に拡大されずに制限されている模様ですね。
もちろん魔素吹き出し口に近いほど樹木も魔物も大型化しています』
「もし魔素の比重が惑星大気よりも重かったなら、今頃その惑星の全域は魔物の森になっていて、ヒューマノイドも発生出来なかったっていうことか。
ヒューマノイドの種類と知的種族に至った経緯は?」
『この星のヒューマノイドは全てヒト族です。
銀河連盟は100万年に1度ほどの周期で銀河全域の生命存在惑星を周回して観測して来ましたが、その記録によれば、地球のヒト族発生過程に類似している部分が多いですね。
およそ1億年前に哺乳類の中から霊長類が発生し、その中の原猿類の中からさらに4000万年ほど前に類人亜目が分かれ出ました。
この時点での類人亜目は体が小さかったために魔素の森の外縁部に追いやられていたのですが、魔素の薄い環境の中でもそれなりに適応して繫栄していたようです。
それが500万年前に気候変動による森の縮小で草原に降りざるを得なくなったのですが、この時点で直立2足歩行とそれに伴う脳の大型化を獲得しています』
「確かに地球のヒト族進化と似ているなぁ。
地球との違いは惑星に含まれる魔素の量と魔素吹き出し口の有無ぐらいだったんだな」
『はい。
そしてこの種は当時の神界の知性付与部門の興味を引きました。
天地創造部門の作った惑星ではなく、自然発生天体の知的生命体候補は貴重ですので』
「そうか、だから多少魔素濃度が多いことには目を瞑ったのか。
それでその気候変動による森林縮小によって、同時に魔素が薄くて魔物の少ない草原という環境が出来たわけだ。
その中で知性を授けてもらってヒト族へと進化して行ったんだな」
『仰る通りです。
それで銀河連盟もこの惑星の観測巡回を千年に一度ほどの割合に引き上げました』
「100光年の移動に1年かかるような制限下でそんなことをするのは大変だったろうになぁ」
『幸いにもこの惑星は銀河連盟本部から1000光年ほどしか離れていませんでしたし、観測員はコールドスリープも使えました。
また、観測員たちはヒューマノイド進化の研究と未開惑星への旅がなによりお好きな方々でしたし、その研究論文と旅行記は、いずれも銀河宇宙のスーパーロングセラーになっています。
彼らの生活寿命はもちろん銀河標準と同じ約300年ですが、コールドスリープを多用していたために、中には暦年で3万年も生きていた方もいらっしゃいます』
「す、すげぇな……」
『それに観察対象は将来銀河連盟加盟可能な有望惑星でしたし、神界知性付与部門との連絡も出来ていました』
「そうか、転移部門や宙域管理部門は傲慢極まりない原理派の牙城だったけど、知性付与部門の連中はみんな真面目だったもんな」
『はい。
それで当惑星では5万年前に現生人類も火や道具を使い始め、文明の萌芽も見られ始めたのですが、それ以降の文明発展は地球に比べてかなり緩やかです』
「まあそりゃそうだ。
肉食獣に加えて森には魔物までいるんだもんな。
それじゃあ生存圏の拡大も大変だったろう」
『それでも彼らは2万年ほど前から草原中央に小規模な城壁を作り、その中で農耕を始める一方で森からはぐれ出て来る小型魔物と戦うことで食料を得るようにもなっています。
ただし、魔物のせいで森を開拓してヒト族の領域を広げることは困難でした』
「そこが地球との違いか……」
『その後も地球の文明発展と似ています。
魔物の領域から遠い平原中央にまず小規模な家族単位のムラが出来、その中でも人口の多いムラが、次第に他の村を侵略して村長などの支配層を降伏させるか殺戮し、その農地や構成員を支配下に置いていきました』
「あー、その辺りはさすが暴虐無比なヒト族か……」
『こうしたヒト族生存可能平原には、当初多くのムラがあったのですが、どうも村長やその一族にはある程度の魔法を使える者も多かったようです。
現在まで残る建国の伝承や口伝には魔法と見られる現象に関するものが多く見られますので』
「そうか、生活のためにも魔物と戦うためにも、頻繁に魔法を使っているうちに、魔法レベルが上がって行ったんだろうな。
魔臓は全員が持ってただろうし、魔臓を活性化出来るかは個人差だけど、魔法のレベルを上げるのは使用頻度だけだからな」
『その後はヒト族特有の紛争を経て、次第に小規模なクニが出来て行きます。
そうした魔素噴気孔から遠い草原は惑星全域に400ほどもあったのですが、その中のクニグニは無数の戦争を経て大きなクニへと統合されて行きました。
おおよそ4000年前から2000年前にはそれぞれの平原内で統一王朝が誕生しています』
「そうして出来上がった国家間での戦争は無かったのか?」
『約400のヒト族国家間の国境はすべて魔物の棲む大きな森林か大河川になっています。
川の中にも魔素吹き出し口があるために、凶暴な肉食魚や鰐類似魔物も多く、大きな河川には橋もかけられないようですので。
また海も大型の海棲魔物が多く、通商や軍の移動は困難ですので、現在では国家間の戦争はほぼ無くなりました。
今ではヒト族同士の紛争は国王の後継争いなどの内乱を除いてほとんど見られなくなっています』
「ということは、他国との交易も無いのか」
『沿岸部から内陸部にかけての細々とした塩行商だけですね。
また、その平原国家はすべて大森林と平原の境界に長大な壁を建設して、自分たちの領域に森から出てきた魔物が入り込んで来ないようにしています』
「ん?
昆虫系の魔物なら飛べるから、壁だけでは防げないんじゃないか?」
『魔素で巨大化した昆虫は飛行能力を大幅に失っていますので、小型の昆虫系魔物でも高さ5メートル以上には飛べませんし、脚部筋力に比べて体重が重すぎるので登ることも出来ません。
鳥類系魔物も同様です。
というよりも、鳥類は体が大型化して飛べなくなった段階で淘汰されるので、鳥型魔物はほとんどいません。
鳥類はいますがいずれも小型で草食性です』
「なるほど。
まあ体長が倍になって体重が8倍になっても翅の面積は4倍にしかならんし、肢の筋肉の断面積も4倍だからな。
それにしても、よくそんな大森林がある中で落雷による大規模森林火災が起きなかったよな」
『地球の森林もそうなのですが、そうした森林火災が起きて古い木々が焼失することで新しい森が形成されるようになります』
「あー、そういえばそうだったな。
しかも森林火災が上昇気流を生み出してすぐに雨を降らせるし」
『加えてこの星の森のように魔素を大量に蓄えた木々はかなり燃えにくくなっていますので、延焼する範囲が狭いのでしょう。
現地住民が薪に出来るような木は森の周辺の木だけです』
「なるほどな。
ところでこの星のヒューマノイドの危機ランクは?」
『ここ数百年間では平均Bランクでしたが、現時点でAランクになりました』
「紛争が無いのにAランクか?
気象条件の悪化か?」
『いえ、気候も安定していますし、農業生産もそれなりにあります。
ただ、現在大規模な魔物移動の兆候がありまして、このままでは80か国ほどが魔物に滅ぼされる可能性が高く、そのためにAランクになりました』
「スタンピードか……
その原因は何なんだ?」
『中央大陸西部には惑星最大級の魔素噴出口があるのですが、その吹き出し口周辺地を巡って超大型魔物種族の大規模な縄張り争いが発生しました。
その敗者が東に逃れて複数の中規模魔素噴出孔に至ったのですが、その過程で地域生態系が大幅に崩れ、大型種族や中型種族が周辺部に逃れ始めたのが原因と推定されます』
「因みにその超大型種族ってどんな奴らなんだ」
『戦いに敗れて縄張りを追われたのは地球で言うところの獣脚類、勝者は鳥盤類に酷似しています』
「うへぇ、T-レックスとトリケラトプスかよ……」




