*** 213 AIたちの老後 ***
「それで、その太陽風の熱エネルギーも地球に届いているのか?」
「いえ、このコロナガスは確かに太陽上空では超高温ですが、質量が小さいので比熱そにょものは大したことはありませんですにゃ。
ですのですぐに宇宙空間で冷やされて、地球に到達するころには3Kの宇宙背景放射温度まで低下しています」
「そうか」
「そして、この太陽風も太陽の質量を減少させていきます」
「ということは、太陽の質量は常に減少を続けているわけだ。
だけどさ、元々の太陽質量って、2.0×10の30乗キログラムもあるよな。
質量のエネルギー転換と太陽風で質量が減少を続けても、その割合は小さいんじゃないか?」
「それも仰る通りにゃんですが、太陽風と質量のエネルギー変換による太陽質量の減少はどちらも通常原子の質量減少にゃんです」
「あーそうか。
宇宙を構成する質量って、そもそも通常原子は4.9%しかなくって、残りはダークマターとダークエネルギーだったか。
だから46億年前に太陽が誕生した時も、その質量のうち通常原子は4.9%しか無かったんだな」
「はい。
そして核融合による質量の減少も太陽風による質量の減少も、どちらも通常原子質量だけの減少ににゃります。
一方で、太陽系太陽が2億2000万年の公転周期で銀河系内を移動し続けているために、星間物質であるダークマターは常に太陽に取り込まれ続けています。
こにょのため太陽質量に占めるダークマターの総量は増え続けているんですにゃ」
「そうか、宇宙空間の通常原子は太陽風に弾き飛ばされたり、太陽磁場に遮られたりして太陽には到達出来ないけど、ダークマターは通常原子とは重力以外の相互作用を起こさないもんな。
だから太陽の重力がダークマターを取り込んでいくのには、何の障害も無いわけだ」
「まあ、そのダークマターが通常原子と重力以外の相互作用を起こさにゃいことで、中心核の水素核融合反応を抑制してもくれているのですが」
「原子炉の制御棒みたいなもんだな。
おかげで核融合反応の暴走も抑えられているわけだ」
「はい。
そして、太陽系太陽はその誕生以来質量は0.3%ほどしか減っていにゃいのに対して、その内部の通常原子比率は減少を続け、現在では4.1%ほどににゃっています」
「4.9%あった通常原子が今は4.1%になっちゃっているのか。
それじゃあ太陽の輻射熱も減り続けているのか?」
「いえ、実はこれが恒星燃焼現象の精妙な点にゃんですけど、そもそも恒星はその核融合による輻射圧力と重力が均衡してその形を保っています。
ですので、中心核部分の水素燃料が減ることで輻射圧が減少すると、重力によって太陽そのもにょが収縮します。
水素質量が減っても、太陽全体の質量はほとんど減少していにゃいために重力は変化していませんにょで。
その収縮によって中心核周辺の水素が核融合反応に十分にゃ高圧高温ににゃって、新たにゃ核融合燃料ににゃるんですにゃ」
「なるほど、確かに精妙だな」
「ええ、つまり恒星は中心核部分の水素燃料減少が起きると、自らの重力で体積を減らすことで中心核周辺の水素を燃料として取り込んでいるんですにゃ。
太陽系太陽も、20億年ほど前には現在に比べて5%ほど体積が大きかったと推定されていますにょで」
「あ、そういえば、太陽中心核の水素核融合って、2個の水素原子が融合して1個のヘリウム原子になってるんだろ。
そのヘリウム同士が核融合してベリリウム原子になることで、輻射エネルギーは補充されないのか?」
「ヘリウムの核融合には中心核の温度が3億K以上ににゃることが必要にゃんです」
「あーそうか。
という事は、今の太陽中心核はまだ燃料にならないヘリウムが増え続けているっていうことか」
「そうにゃりますにゃ。
あと30億年ほど経過すると、中心核の水素がほぼ消費しつくされて核融合による輻射圧が急速に低下し、輻射圧と均衡していた太陽重力が勝って太陽がさらに縮小を始めます。
これが中心核周辺の圧力と温度を上げることにより、中心核から離れた中層部の水素が新たな燃料として大量に使われ始めるんですにゃ。
この段階に至ると、核融合燃料である水素が飛躍的に増えるために、今度は逆に輻射エネルギーが重力に勝って、太陽体積は膨張していくことににゃります。
いわゆる太陽の赤色巨星化ですね」
「太陽半径はどのぐらいまで膨張すると予想されているんだ?」
「この段階では、今の太陽半径の120倍まで膨張すると予想されていますにゃ」
「そ、そんなにか。
それじゃあ水星や金星は……」
「膨張する太陽に飲み込まれて溶融するでしょうね。
90億年後には、太陽は最終的に地球の公転軌道付近まで巨大化すると予想されていますし」
「……」
「そして、この太陽の赤色巨星化は、表面温度の著しい低下を招きます。
この時点で地球は全球凍結に近い大氷河期時代を迎えることでしょう。
そにょ氷が溶けるのは太陽表面が地球軌道近傍にまで膨張したときににゃりますが、そのときには地球の表面温度は1000K近くににゃり、地殻の溶融が始まるとされていますにゃ」
「そうか……
太陽中心核付近の核融合反応が亢進すると太陽体積の劇的な増大を齎し、それが却って表面温度の低下を促すのか……
おかげで地球に届く熱エネルギーが減っちまうんだ」
「地球に届く太陽からの赤外線量は、ほぼ表面温度のみに比例しますにょで。
そもそも太陽中心核の水素核融合は、その質量の大部分が強力なガンマ線と一部がニュートリノに変わります。
このうち、他の物質とほとんど相互作用を起こさないニュートリノはすぐに宇宙に拡散されて行きますが、ガンマ線は周囲のプラズマと衝突・吸収・屈折・再放射などの相互作用を起こしながら次第に赤外線などの『穏やかな』電磁波に変換され、約15万年かけて太陽表面にまで達して宇宙空間に放出されています。
この赤外線が太陽表面や地球を暖めているのですね」
「核融合によって作られたエネルギーが赤外線になって太陽表面や地球に届くのに、15万年もかかっているのか……」
「ですので太陽半径が増大すると、このガンマ線が変異しにゃがら表層に到達するまでの期間が最大30万年ほどにまで延長されます。
おかげで輻射エネルギーが赤外線だけでなく一部は通常の電磁波まで変換されてしまいますにょで、太陽表面からの輻射熱はさらに低下してしまうにょです」
「はは、皮肉なもんだな。
太陽中心部分の核融合を亢進させると、却って地球に到達する熱エネルギーを低下させちまうのか。
それだけ恒星のエネルギー放射は精妙なバランスの上に成り立っているということなんだな……」
「はいですにゃ」
「ということはだ、生命居住惑星の氷河期、間氷期のサイクルを穏やかにするために、各恒星の表面温度を上げて温度変化の変動率を下げることを試みるとして、単純に中心核に水素を打ち込んでやるだけじゃあダメだっていうことか」
「はい、やはり地道に恒星質量を増大させていかねばにゃりません。
それも急激な変化による赤色巨星化を防ぐために、中心周辺部や中層部にゆっくりと水素を供給する必要があります」
「それって具体的にどのぐらいのペースなんだ?」
「現在研究が進められていますが、おおよそ100万年につき地球質量1個分のペースで水素を供給してやればよいと考えられています」
「そうか。
その水素の供給源についてなんだが、救済部門の『巨大恒星形成抑制部』が、星間物質の濃密な領域をスイープして、将来の超新星爆発予想恒星の誕生を抑制していたよな」
「はい。
馬頭星雲にゃどの星間物質の多い暗黒星雲では盛んに恒星が造られています。
こにょまま放置していた場合には、数億年後に太陽系太陽質量の8倍を超えて超新星爆発に至るであろう原始恒星2万個が、救済部門の活動によってそれ以下の質量ににゃる見込みですにゃ。
それだけでなく、ベテルギウスやおうし座のアルデバラン、いて座VX星、はくちょう座V1489星にゃどの赤色超巨星も、このまま順調に救済部門の活動が進めば、周辺質量を失って将来超新星爆発を起こすことは無くなる見込みです」
「そうした活動で得た星間物質から『元素抽出』の高度魔法技術で水素を分離してやればいいな。
まあ、水素だけじゃあなくって、酸素や鉄なんかの有用資源もついでに抽出するか」
「ただ、現状ではあにょ『元素抽出』の高度魔法を行使出来るのは、タケルさまとマリアーヌさんしかいらっしゃいません。
お二人の超過労働が心配ですにゃ……」
「そのうちニャサブローたちも中級天使に昇格させて、高度魔法技術行使権限も得られるようにしてやるけどな」
「「「 !!! 」」」
「それでもお前たちにも既に多くの任務を割り振っているから、お前たちもブラック労働になっちまうか……」
『あの、タケルさま、わたくしのCPI稼働率は現在平均2%以下となっていますので、まだまだ余裕はございますが』
「いや、マリアーヌは俺の秘書でもあり、救済部門のAI軍団の司令塔でもあるからな。
肝心の本業を安定して推進するためにも、今以上の激務は控えてもらいたいと思っているんだ」
『ですが、まだわたくしの娘たちでは能力も実績も足りません。
高度魔法技術を行使させるのは些か不安であります』
「それなんだけどさ、例えばマリアーヌの母上であるマリーさんなんかどうかな」
『!!!』
「あのひとって前最高神のゼウサーナさまの秘書だった方だろ。
でも今はもうゼウサーナさまも最高神を引退されたから、マリーさんもそれほど忙しくないよな。
それに、そんな人なら、前最高神さまもマリーさんに高度魔法使用権限を与えるのにまさか反対はしないんじゃないか?
そうだな、マリーさんに対する報酬はアバター接続無制限とかどうだろうか。
そうすりゃあフードコートでの食事も、神域保育園や幼稚園での保育士補助業務でもふもふも堪能出来るぞ」
『はぁ……』
「それにマリーさんの姉妹にも声をかけてみたらどうだろうか。
みんな重職者の秘書AIだったんだろ。
俺からも最高天使さまやゼウサーナさまに頼んでおくから」
『……畏まりました……』
「もちろん救済部門のAIトップはマリアーヌのままだからな」
結果的にこの試みは大成功することになる。
マリーを筆頭にした上級AIおばあちゃん軍団は瞬く間に数百名にも達し、救済部門の資源備蓄量はすぐに数千倍になった。
固体水素などは太陽質量数千個分にもなっている。
彼女たちは、アバターを通じて乳幼児たちをもふりまくりながら異様に熱心に世話をしていた。
やはりおばあちゃんたちは乳幼児が大好きだったのだ。
もちろん子供たちも、年長者に毛づくろいをしてもらうことは大いなる安心感に繋がるので大歓迎である。
また、フードコートではさらに驚愕の光景が繰り広げられていた。
因みにこのおばあちゃんAI軍団の酒類消費量があまりにも多かったために、マリアーヌは銀河宇宙に依頼して、おばあちゃんAI専用のアバターたちに『酩酊機能』を付与したのである。
おかげで、週末にはべろんべろんに酔っぱらったおばあちゃんアバターたちが、専用の食事用個室で酒瓶を抱えながら転がっているらしい。
マリアーヌは自分のアバターを決してこの部屋に近づけないようにしているそうだ。
こうしておばあちゃんAIたちは、最高の食事と酒、そして可愛い乳幼児たちに囲まれて、実に幸せな老後を送れることになったのである……
「なあニャサブロー、銀河連盟に加入しているような高度文明世界の中には、100億年近い歴史を持つ世界もあるんだろ。
そういう連中の恒星系では、恒星の赤色巨星化をどう乗り越えてきたんだ?」
「ほとんどの場合は近隣恒星系への移住ににゃります。
そうした歴史の長い恒星系であれば、科学技術も十分に発達していますにょで。
また、こうした恒星の変化はすべて億年単位ににゃりますが、移住先惑星のテラフォーミングも都市建設も100万年もあれば十分ですし。
また、移住そにょものも数万年もかけて行えばそれほど違和感も混乱も無く行えますにゃ」
「そうか、移住途中の恒星系住民にしても、故郷惑星が2つあるぐらいの認識になるわけだ」
「仰る通りですにゃ」
「マリアーヌ、そうした恒星系には移住先の惑星にも恒星間転移装置を貸与してやってくれ。
そうすれば、テラフォーミングも都市建設もずっと楽になるだろう。
ついでに各種資源の無償供与もだな」
『畏まりました』
「それからさ、さっき言ってたように、高密度天体の中に転移装置を転移させるときって、その装置の体積分だけの内部物質を重層次元に転移させた上で装置を送り込むんだよな。
だからどんなに高密度物体の中に転移装置を送り込んでも原子融合事故は起こらないと」
「はいですにゃ」
「そうした装置って近傍重層次元から座標を指定して転移で送り込んでいるんだよな」
「はい」
「それ、諮問会議の科学技術分科会やヒューマノイド文明進化研究所に諮って、ブラックホールに転移装置を送り込めないかって聞いておいてもらえるか」
「「「 !!!!! 」」」
「そうしたらブラックホールに取り込まれた物質の再利用が出来るし、そのうちブラックホールの質量がどんどん減って行って、シュヴァルツシルド境界も無くなっちゃうんじゃないか?
もちろん中性子星や白色矮星でも同じことが出来るだろう」
((( またタケルさまのトンデモ発想が…… )))
「銀河を形成するバルジ中心部の超巨大ブラックホールでそんな実験すると、銀河系が重力中心を失ってバラバラになっちゃうけどさ。
でも銀河辺縁部にある小さなブラックホールだったら、無くなっても影響無いよな。
これが成功すれば、とんでもない量の資源が得られるぞ。
その資源を使えば人工恒星も作れそうだな。
ゆくゆくは『天地創造部門』と提携して、理想恒星を大量に創り出そうか。
そこにテラフォーミングした理想惑星を配置してやれば、最高のヒューマノイド居住環境が作れるだろう。
恒星の赤色巨星化を逃れて移住する文明の受け入れ先にしてやってもいいな」
((( もしそんにゃことが出来たら、それこそ神の御業にゃあ…… )))




