*** 210 スカタン国王の帰国 ***
そして初等学校では……
「なぜこの教場には犬人や猫人のケダモノがいるのだ!」
「教場ではヒト族も犬人族も猫人族も平等ですよ」
「なんだと!
俺は侯爵家縁者だぞ!
ええい、直ちにこのケダモノ共を外に出せっ!」
「それは出来ません。
もし一緒に授業が受けられないのなら出て行くのはあなたです」
自称侯爵家縁者の男は剣を抜いた。
「なんだとぉぉぉ―――っ!
貴様、不敬罪で無礼打ちにするぞぉっ!」
「はいアウトー!」
「うわあぁぁぁ―――っ!」
男は犬人に姿を変えられ、宙に浮かされたまま外に出されていった。
「さあみなさん、授業を始めましょうか」
また別の日には……
「おい、ここに来ればもっと旨いメシや菓子が出るんだろ。
すぐに食わせろ。
それから大銅貨2枚もすぐに持って来い」
「お断りします。
食事も大銅貨も真面目に授業を受けた人だけが受け取れます」
「なんだと貴様!
この俺様に逆らおうっていうのか!
死にてぇのかごるぁっ!」
「はいアウト―!」
「うわぁぁぁ―――っ!」
また別の日には。
「痛ぇっ!
こ、この野郎、なんで俺様を外に放り出すんだ!」
「あなたは授業中に寝ていましたので、外に追い出されました」
「な、なら旨いメシを寄越せ!
それから大銅貨2枚もだっ!」
「あなたはわたしの言ったことを聞いていなかったのですか?
旨い食事と大銅貨が貰えるのは、真面目に授業を受けられていた方々だけですよ?」
「こ、こここ、この野郎っ!
俺様を舐めやがってっ!
ぶっ殺してやる!」
「はいアウト―!」
「うわぁぁぁ―――っ!」
こうして吊るされていった者たちも、やはり善悪の区別を考えられる知能は無かった。
ただ、脅迫や暴力によって他者にマウントを取ろうとするサル由来の本能しか持ち合わせていなかったのである。
さらに記憶力も無く、反省ということも一度もしたことが無かったために、こうした処罰を繰り返し、130日後には消失して天界刑務所に収容されていったのであった……
惑星全域のヒト族国家で天界による大粛清が行われて11日後、スカタン王国元国王とドスコイ近衛騎士団長、元近衛騎士団の犬人猫人たち、そしてヒト族の下級兵一行は転移で母国に帰って来ていた。
もちろん10日目には近衛騎士たちは床に降ろされたのだが、近衛騎士団長の指示により1日は食事と休養に充てたのである。
(今頃は王城で宙に浮かべられていた者たちも地に降ろされているだろうが、誰も身分や序列を確認出来ないために、その場でまた諍いを始めているだろうからの。
そうした者たちが全員再び宙に吊るされるまで1日余裕を見た方がよかろう)
帰国が1日遅れたことについて、国王から特に文句は出なかった。
どうやら日数を数えられなかったらしい。
そして翌日。
全員でほこらに出向いて転移を依頼し、転移後に出現した場所は王城を囲む城壁の内側、王城そのものの入り口前にあるほこらの近くだった。
「ようやく帰って来たか……」
近衛騎士団長の予想通り、その広場には当時城内にいたと思われる者たちがほとんど全員宙に浮かべられていた。
どうやら床に降ろされたものの、10日間垂れ流しだった糞尿の臭気に耐えられず、城外に出たようだ。
だが、ほこらの料理を受け取る順番を巡って諍いを起こしたために、再び宙に浮かべられたのだろう。
彼ら貴族たちは、生まれてこの方列に並んだことなど無かったのだ。
もちろん貴族生活の中でも自分の思い通りにならないことはあっただろう。
だがそれは、より上位の貴族を優先しなければならないとか、同じ貴族家の中でも長男が優先されるとか、貴族の枠組みの中での話である。
だが、現状では誰が自分より上位者なのかは見た目ではわからないし、仮に相手が上位貴族と名乗っていてもそれが本当なのかはわからないのだ。
それどころか、自分より前に並んでいるのはケダモノばかりなのである。
そのために、腕力に自信のある者は自分より前に並んでいる者たちを殴り倒そうとし、腕力に自信のない者たちも、城の中に戻って暖炉の火かき棒や薪などの武器を手にしていた。
そうしてケダモノたちに対して不敬罪と称し、殴り掛かっていったのであった……
だが、そんな光景を見ても元国王陛下は状況を認識出来なかったようだ。
「おおっ!
つ、ついに我が王城に帰り着いたか!
よ、よし!
近衛騎士団長よ!
貴様を解任し、城内での余の警護はこの近衛騎士たちに行わせる!」
(さあ!
さんざん余に逆らったのだ!
地に頭を擦り付けて謝罪すれば平の近衛騎士に落とすだけで許してやるぞ!)
どうやら国王はまともな記憶力はほとんど持ち合わせていないが、自分の命令に従わなかった者を記憶する能力だけは所持していたようだ。
生まれだけで高い地位に就いた無能者にはよくあることである。
「畏まりました、ですがついでに騎士団も辞めさせて頂いてよろしいでしょうか」
「なっ!
ええい!
ならば貴様の伯爵位も剥奪するっ!
つまり平民落ちだっ!
だが頭を地につけて余に謝れば子爵への降爵で許してやるぞっ!」
(はは、もはや陛下も私も他の王族や貴族と同じく平民なのだがな)
「あの、ところでわたくしは陛下に何を謝罪するのでしょうか」
「な、なななななっ!」
「どうにも謝罪すべきことが思い浮かびませんので謝罪は御遠慮申し上げます」
「い、いいのか!
本当に平民に落とすぞっ!」
「それがですね、わたくしも陛下も他の王族方や貴族と同じく、あの天使によって既に平民に落とされているのですよ。
ですのでお構いなく」
「な、ななな、なんだとぉぉぉ―――っ!
ええい近衛兵!
こ奴を不敬罪で処刑せよっ!」
どうやら元国王は母国に帰って来たことによって相当に強気になっているらしい。
「あのぉ陛下、我らは剣を持っておりませんがぁ……」
「なっ!
おい平民兵共っ!
お前たちも余を蔑ろにした咎で国軍から追放するっ!
もはや不要になった剣を近衛兵に渡せっ!」
平民兵たちは全員ドスコイ元近衛騎士団長を見た。
騎士団長は微笑んでいる。
「彼らに剣を渡しなさい。
先日より説明して来た通り、これからは剣など持たぬ方がまともな暮らしが出来るだろう」
「「「 はっ! 」」」
「ええい、何をしておるかぁっ!
この無礼者を切り殺せぇっ!」
「「「 は、はっ! 」」」
近衛兵たちが平民兵から剣を受け取った。
だが体格のいい兵から受け取った剣は、身長80センチしかない犬人や猫人には大きすぎる上に重すぎた。
その上貴族家出身の近衛兵は努力という言葉を知らず、元のヒト族の姿でもタイマンで近衛騎士団長とまともに戦える者も一人もいなかったのだ。
だが彼らもさすがに30人もいれば無手の団長にも勝てると思ったのだろう。
重すぎる剣を抱えてふらつきながらも団長に切りかかって行ったのである。
隊長はそのまま端然と立っていた。
『はいアウト―!』
「「「 うわぁぁぁ―――っ! 」」」
頭の中に声が聞こえると共に、30人の近衛兵の持つ剣が消え失せた。
その後すぐに全員が宙に浮かべられている。
同時に元国王陛下も宙に浮かされていたが、もちろん殺人教唆の罪によるものである。
(な、なんだと……
な、なぜ余がこのように宙に浮いておるのだぁぁぁ―――っ!)
もちろんその声は誰にも聞こえない。
かけられているのは声帯麻痺の魔法ではなく『遮音』の魔法なのである。
よって、元国王からしてみれば、『余をここから降ろせ!』『食事を持て!』『ベッドへ運べ!』などという命令を叫んでも、誰もが聞こえぬふりをしていると感じられたのであった。
これは第1王子として生まれ、王太子を経て順調に国王に至った彼にとっては信じられないほどの屈辱である。
自分の命令を聞かぬ近衛騎士団長どころか、周囲の者たちは返事すらしないのだ。
どうやら創世神教神聖国の地で、宙に浮かべられていた近衛騎士たちが如何に口パクしていてもその声が聞こえなかったことには気づいていなかったらしい。
元国王は怒りのあまり何度も脳溢血に至った。
だがその度にほこらに治療され、死ぬことすら出来ずにいたのである。
こうして猫人姿になったままの元国王は、10日、30日、90日という宙吊り期間を順調に消化した後に、天界刑務所に移送されたのであった……




