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*** 208 偉大なる国家主席さま ***

 


 大陸中央部にあるスットコドッコイ王国でも同様なことが起きていた。


 14歳の第5王子がヒト族の貴族家係累者を集めて貴族家当主とし、自らは新王として即位を宣言したのである。

 だがもちろんすぐに犬人に変化へんげされられてしまったのであった。


 これを見ていた王族の中では最も賢いと言われている13歳の第6王子は、さらなる貴族家の遠縁の者を集めて宣言した。


「我がスットコドッコイ王国は、王制と貴族制を廃して新たな政体を作り、余がそのトップに就任することとする」


(そうすれば余も配下もケダモノにされずに済むだろう!)



「そ、それはどのような政体なのでしょうか」


「そうだな、『スットコドッコイ中央人民共和国』とする」


「それで王子殿下の御地位の名称は」


「余のことは『偉大なる国家主席さま』と呼べ」


「「「 ははあっ! 」」」


「お前たちは人民代表委員とし、それぞれ軍事委員会、財務委員会、国家発展委員会、国家統制委員会などの委員長を任せる」


「「「 ありがとうございますっ!

 偉大なる国家主席さまに絶対の忠誠を! 」」」


「また、旧貴族家遠縁の近衛兵は将軍とし、平民出身の旧国軍兵を集めて『スットコドッコイ人民解放軍』を組織せよ」


「「「 偉大なる国家主席さま万歳っ! 」」」



 偉大なる国家主席さまが最初に行ったのは軍事力の強化だった。

 自分に傅く者を増やすという快感からこの将軍職を大量に増やしたものの、その後になって旧王城の宝物庫や食糧庫の中身が大幅に無くなっていることが判明したのである。


「ええい!

 ケダモノになってしまった旧貴族家の屋敷にある金銀と食料を徴発せよっ!」



 だがもちろん……


「あの、偉大なる国家主席さま、旧貴族家の屋敷の金銀や食料もほとんど無くなっておりました……」


「な、なんだと……」


「あの天使とやらが言っていた通り、すべて天界に取られてしまったのではないでしょうか……」


「き、貴様、余がそのような重大事を忘れていたと申すか!

 近衛兵!

 こ奴を辺境の旧疆ウイグラ領の収容所に送れ!

 罪名は国家元首侮辱罪だ!」


「「「 ははっ! 」」」



「それで偉大なる国家主席さま、将軍や兵の当座の食料は『ほこら』というものに並ばせてなんとかなっておりますが、扶持麦は如何いたしましょうか……」


「貴様はそんなこともわからんか。

 国内に麦が無ければ隣国から得るのが治世の常識であろうっ!」


「ははっ!」


「ミヤキ将軍とシダンゴ将軍を呼べ!」


「はっ!」



「ミヤキ将軍、その方は国軍兵500を率いて隣国タイワーンとの国境にある壁を破壊せよ!」


「ははっ!」


「シダンゴ将軍はその壁近辺に兵3000を集めた駐屯地を作り、壁が破壊され次第越境してタイワーン側に橋頭保を確保せよ」


「ははぁっ!」



「ふはははは、壁を破壊した後は、そなたらの団体名称を商人隊とし、2万人ほどを隣国に派遣しようか。

 そうして穀物を強制的に買い付けてやろう。

 もちろんこれは戦ではなくあくまで商取引なので、代金は銀貨一枚だけ…… 

 いや下級商人たちを隣国で働かせて、その給金を対価としようか。

 さらに最終的には2万の商人たちにタイワーン王国の王城を包囲させ、国王を降伏させるとしよう。

 なにしろあの国は昔の戦の際にドサクサに紛れて独立した我が国の一部だったのだからな。

 この俺こそが祖国統一の英雄となるのだ。

 ははは、さすがは王族一の頭脳をもつと言われた俺さまだ!

 完璧な計画だ!」



 数日後。


「オコノ・ミヤキ将軍、壁に穴は開けられたか」


「そ、それが、100人の兵に交代で休みなく斧を振るわせたのですが、壁には傷もつかないのであります……」


「人民統制委員、こ奴を辺境の旧疆ウイグラ領の収容所に送れ!

 罪状は偉大なる国家主席サマの命令に反したことだ!」


「はっ!」



「ミタラ・シダンゴ将軍、壁の下を通る隧道を掘らせよ!」


「ははっ! 偉大なる国家主席さまの御意思の通りにっ!」



 さらに数日後。


「隧道工事の進捗状況は」


「そ、それが、地中5メートルまで掘っても壁は続いておりまして……

 もちろん昼夜を問わずさらに掘り進めようとしたのですが、突然穴の中にいた兵が外に出され、穴も埋められてしまったのです」


「人民統制委員、こ奴も辺境の旧疆ウイグラ領の収容所に送れ!

 罪状はもちろん偉大なる国家主席サマの命令に反したことだ!」


「はっ!」


「ギーパイ将軍、壁の横に土嚢や石を積み上げ、斜路を建設しろ!」


「ははっ! 偉大なる国家主席さまの御意思の通りにっ!」



 数日後。


「壁沿いの斜路建設状況を報告せよ」


「はっ!

 高さ12メートルまで出来上がりましたので、明日には鉤縄を投げさせて南の隣国側に偵察兵を送り出し、合わせて斜路建設を続けさせる予定です!」


「よし!

 余も視察に赴くするとしよう」


「ありがとうございます、偉大なる国家主席さま!」



 偉大なる国家主席さまが壁沿いの工事現場に訪れたとき、斜路は高さ15メートルにまで達していた。

 これより大量の偵察兵を送り込み、合わせて残りの斜路を完成させる予定である。


「よし!

 ウナ・ギーパイ将軍よくやった!

 武装商人隊を送り込め!」


「ははっ! 偉大なる国家主席さまっ!」



 そのとき、その場いた全員の頭の中に声が聞こえて来たのである。


『隣国への侵略の意図有と認め、処罰を開始します』


 そのとき、強烈な光と共に、偉大なる国家主席さまと人民委員たちは全員がゴブリザードマンに変化させられてしまったのであった。


「「「 うわぁぁぁ―――っ!

 ば、バケモノだぁぁぁ―――っ! 」」」


「な、何を言うか!

 余は偉大なる国家主席さまであるぞ!」


「「「 うわぁぁぁ―――っ!

 ば、バケモノが喋ったぁぁぁ―――っ!

 逃げろぉぉぉ―――っ! 」」」


 もちろん斜路は消え失せ、壁近くの軍駐屯地に残されていた武器も全て消え失せていたのであった……



 確かにこの第6王子は王族の中では最もアタマは良かった。

 だが母集団があまりにも阿呆ばかりだったために、その中のトップでも阿呆であることに変わりは無かったのである……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 創世神教国、教皇猊下の場合。


 聖職者たちが化け物になり、互いに罵り合った末に殴り合いを始めようとして次々に宙に浮かべられる中、教皇猊下は逃げ出した。

 そうして、極秘の逃走用通路に潜んだまま会場内を覗いていたのである。


(なんということだ……

 聖職者たちが皆化け物のような姿になり、王族貴族はケダモノの姿にされてしまったのか……)


 教皇はそのまま通路に隠れていたが、1時間経っても2時間経っても神殿騎士は誰も助けに来なかった。


(くそう、後で教皇直属護衛隊は全員処罰してやる!)


 いや、全員がゴブリザードマンにされちゃってるし、そのほとんどが宙に浮かべられちゃってるよ?



 教皇は仕方なく地下極秘通路を通って教皇宮殿に戻ることにした。

 普通に歩けば30分ほどの行程だったが、普段はほとんど歩かずに宮殿内の移動すら輿に乗せられている教皇は、3時間もかけてようやく宮殿に辿り着いている。


(な、なぜ誰も迎えに来ないのだ!

 護衛隊も修道女共も、全員処罰してやる!)


 いやあんたがいるのって極秘避難通路だよね。

 護衛隊幹部はともかく、修道女は誰もそんな通路知らないんじゃね?



 教皇はようやく宮殿に辿り着いた。

 20段ほどの階段を苦労して昇り、天蓋を押し上げると専用寝室のクローゼットの中に出る。

 教皇はそのままよろよろとリビングに繋がるドアを開いた。


「「「 いやあぁぁぁ―――っ!

 ば、化け物が寝室から出てきたあぁぁぁ―――っ! 」」」


「「「 あっち行ってぇぇぇ―――っ! 」」」


「な、何を言うかっ!

 わ、わしは教皇ぞっ!」


「「「 いやあぁぁぁ―――っ!

 化け物が喋ったぁぁぁ―――っ! 」」」


 修道女たちは泣き叫びながらリビングを封鎖する閂を外し、全員が逃げて行った。


 教皇は慌てて後を追おうとしたが、リビングの外には30人近い化け物が宙に浮いており、慌ててリビングに戻って閂をかけ直した。

 そうしてしばらく悄然としてソファに座っていたのである。



「の、喉が渇いた……

 だ、誰かワインをもて……」


 だがもちろん返事をする者はいない。

 部屋の中を見渡しても、ワインも食べ物も無かった。


「な、なんということだ……」



 教皇は悶々としながら夜を過ごした。


(わしは下級枢機卿の孫として生まれた……

 だが、同年代の阿呆共と違って己の生まれに慢心することなく、神学校でも他人の何倍も努力したのだ。

 なにしろ授業が終わって自室に戻っても毎日1時間も聖典を暗唱していたしの)


 たったの1時間?

 それにその聖典の内容には疑問を持たなかったの?


(おかげで神学校では天才児と呼ばれていたしの……)


 あーそうか、神学校に入れるのはみんな偉いさんの子弟だったから、努力という言葉も知らないボンクラばっかりだったんだね。


(その後同期トップで司教に任命されたときも、大司教閣下のために身を粉にして働いたのだ。

 商人から便宜を求めた賄賂を受け取っても全て閣下に渡していたしの……)


 賄賂をそのまま上司に渡すことが『身を粉にする』っていうことなの?


(さらに大司教になってからは騎士団を督励しまくって獣奴隷を集め、他の大司教よりも遥かに多くの上納金を枢機卿に払って来たのだ。

 そして下級枢機卿になってからも配下の大司教共を絞りまくって、誰よりも多くの上納と賄賂を用意したしの……)


 へー。


(そうそう、一族の金を賄賂に充てていて、わしより上級枢機卿閣下への賄賂が多かった者は、配下の騎士に命じて密かに毒殺したこともあったか……)


 ねぇ、その経典には殺人はダメだよって書いてなかったの?


(そうしたあらゆる努力を重ねてようやく教皇の地位まで上り詰めたのに……

 たかが外見が少々ヒト族と異なるようになったからといって、どうしてわしがこのようなメに遭わねばならないのだ……)


 ねえ、それってさ、今まで攫われて奴隷にされて虐待されて死んでいった犬人や猫人がみんな思っていたことなんだよ。

『なんで中身は同じヒューマノイドなのに、ヒト族と多少外見が違うだけでこんな酷い目に遭わなきゃなんないんだ』って……

 キミみたいな奴には『おまいう』っていう言葉がぴったりだね。



 教皇はそのままずっと宮殿の私室に籠っていた。

 ただ、周囲に誰も傅く者がいない、誰にも命令出来ないという環境は急速にその精神を蝕んでいったようだ。

 もちろんすぐに惚けが悪化し、何故自分は水も食事も口にしていないのに生き永らえていられるのか考える間もなく、3年後には絶望のうちに老衰で死んでいったのである……


 ただ、とうとう最後まで何故自分がこのような酷い目に遭っているのかは理解出来なかったらしい……





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