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*** 206 激怒する国王 ***

 


「犬人や猫人になってしまった近衛騎士たちはどうしている」


「犬人や猫人にされてしまったあとに、皆さまお互いを無礼者と罵りあって殴り合いを始められたところ、何故か全員が宙に浮かべられてしまっております」


「そうか……」


(貴族家子弟の近衛騎士たちは、碌に武芸も出来ぬくせにプライドだけは一人前だったからな。

 それにあの頭の中に聞こえてきた声の内容を理解出来るほどの頭も無かったのだろう……)


「馬車溜まりに残っていた兵たちはどうした」


「突然膨大な数の犬人や猫人の暴徒たちに襲われたために、一時避難して難を逃れたそうです。

 ただ、その暴徒たちが馬を柵から外し、騎乗して逃げようとしたそうなのですが、怯えた馬たちは暴徒を振り落としてすべて逃げていったとのことです」


「そうか……

 やはりこのように小さな犬人や猫人の体では碌に馬にも乗れなかったか……」


「その後、兵たちは陛下と騎士団長をお待ちしていたのですが、会場内を捜索しても犬人や猫人が宙に浮いているばかりであったために、一旦報告に帰隊したあと、捜索隊を増員して今も陛下と騎士団長を捜索しているはずです」


「わかった、我らの姿もこのようになってしまったために発見は出来なかったのだろう。

 捜索隊に伝令を出して帰隊するよう伝えてくれ」


「はっ!」



 国王が喚き始めた。


「ドスコイ近衛騎士団長!

 この無礼者共を先ほどの国王に対する不敬の罪で処刑せよっ!」


(ここにも頭の悪い者はいたか……)


「陛下、まだおわかりになりませんか?」


「な、なに……」


「わたくしは剣も持っておりませんし、またこの小さな体躯では剣があっても碌に振れぬでしょう。

 それでも仮に私が小剣などで処刑など試みれば、私はあの天使によって宙に浮かべられます。

 また、犬人や猫人に変えられてしまった近衛騎士たちも剣も持てず馬にも乗れないでしょう。

 陛下は国に帰るのにこの平民護衛兵たちだけを頼らねばならないのですぞ。

 それでも処刑せよと仰るのですか?」


 国王は改めて下級兵たちを見た。

 だが、彼らの顔には激しい蔑みの色が浮かんでいたのである。

 生まれてこの方猫人族や犬人族を蔑んで来たヒト族たちが猫人を見る目だった。

 地球のヒト族の歴史を見てもわかる通り、ヒト族とは外見が自分たちと僅かに異なるだけで平然と殺戮や奴隷化などの酷い差別を行える種族なのである。



「ひぃぃぃっ!」


「陛下、御無事で国に帰りつくためにも、彼らに恩赦を」


「わ、わかった!

 不敬罪は恩赦とするっ!」



「ところで分隊長、随行団でヒト族のままでいる者の内、最先任はそなたか」


「はっ」


「この非常時に宿舎に警備兵を置き、入室しようとする者を詮議するのは見事な対応だった」


「はっ、ありがとうございます」


「それにしても随分と長いこと歩かされて些か疲れた。

 部屋に案内してくれ」


「もちろんでございますっ!」



 広大なリビングルームには30人ほどの犬人や猫人が浮いていた。


「これは皆近衛騎士たちか……」


「はい……」


「あの天使とやらが言った『他人に暴力を振るおうとした罪』に対する罰とは、このように宙に吊るされて10日間放置されることだそうだ。

 未だヒト族のそなたが暴力を振るっても、犬人か猫人にされた上で宙に浮かべられるだろう」


「そうだったのですか……」



 ソファにだらしなく寝そべっていた国王が言った。


「酷く喉が渇いた。

 だ、誰か飲み物を持て!」


「はっ」


 下級兵が持ってきたカップの水を分隊長が毒見した。

 近衛騎士団長が頷くのを見てカップを国王に渡す。

 国王は水を一気に飲み干した。

 まだ猫の口の形に慣れていないのか、水は口の端から盛大に零れ落ちている。


「よ、よし、次はワインを持て!」


 国王は毒見後にカップのワインも飲み干した。


「代わりを持て!」


「あの、陛下、ワインはそれで終わりです」


「な、なんだと!」


「分隊長、控えの間にいた神殿の修道士たちはどうした」


「先ほど近衛騎士さま方が犬人や猫人に変わられた後、皆逃げて行きました。

 その後、食事もワインも運ばれて来てはいません」


「そうか……」


 しばらくの間沈黙が広がった。

 国王だけはワインを持てと喚いている。

 まるで幼児のような醜態だった。



「分隊長、今後のことを相談したい」


「はっ」


「あの天使が言っていたように、おそらく全ての国境は壁によって封鎖されているだろう。

 よって我らが帰国するためには、仮に馬車を用意出来たとして難しかろう。

 だが、ほこらというものに申し出れば、天界とやらの力で国に送り届けてもらえるそうだ」


「は……」


 分隊長は複雑そうな顔をしていた。


「そなたが懸念している通り、犬人や猫人になってしまった我らが国に帰れたとしても、大変な苦難が待ち受けているだろうな。

 なにしろ、この部屋と同じく、国中の王族と貴族が犬人や猫人に変えられてしまっているだろうからの。

 しかも犬人や猫人の奴隷もいなくなってしまっているのだ。

 もはや農場で麦を作ることも出来ずに国も大混乱に陥ろう。

 だが、まずは帰国することが先決である」


「はっ……」



「ぐうぅぅぅぅ……」


 そのとき国王が苦しみ始めた。

 体を痙攣させ、目も白目になっている。

 呼吸も早く浅くなっていた。


「ま、まさか毒か!」


 皆が一斉に毒見した分隊長を見た。

 だが分隊長には全く異常は見られない。


「分隊長、兵を10名用意せよ!

 陛下をあのほこらとやらに運ぶ!

 交代で腕に抱いてくれ!

 もちろんわたしも同行する!」


「はっ!」



 国王は兵に運ばれてほこらに辿り着いた。

 近衛隊長も途中から兵に抱きかかえられて運ばれている。


「陛下が突然苦しみ始めたのだ!

 何とかしてくれっ!」


「それではこの方を抱えたままほこらの中に入って下さい。

 少なくともすぐに死なぬように治療しましょう」


 その言葉通り国王の容体はやや回復したようだ。


「この方はワインを飲まれましたか?」


「あ、ああ、カップ1杯ほどだが……」


「あのですね、猫人の方にとってはワインの酒精はかなりの毒になるのですよ。

 なにしろ猫人の方はアルコール分解酵素をお持ちではありませんからね。

 しかもブドウの蓚酸が体内に入れば深刻な腎不全を引き起こしますし」


「なに……」


 この惑星の犬人や猫人はまだヒト族型の体への進化途上にあるために、猫にとっての毒がそのまま猫人の毒になっていたとみられる。



「今後もワインを飲めば同じような症状が出ます。

 もし近くにほこらが無ければ、その方はお亡くなりになる可能性が高いですね」


「我らはもはやワインすら飲めなくなっていたのか……」


 このために、救済部門は惑星全域のほこらを増やし、元ヒト族だった犬人猫人たちには念話一斉放送によって酒精やブドウやタマネギが毒になることを伝えたようだ。

 もっともそのような注意に聞く耳を持つ者はほとんどおらず、多くの者がワインを飲んで瀕死の苦しみを味わっていた。

(まあAIたちが遠隔キュアで死なぬ程度に治療してやっていたが……)



 ほこらに来ていたスカタン王国の兵たちは、ほこらから食事を振舞われた。

 見た目はただの粥だったが、その味は驚愕の旨さである。

 近衛騎士団長も犬人用の料理を食べて目を大きく見開いていた。


 残念ながら料理の持ち帰りは許されなかったが、兵たちは交代で30分ほどの距離を歩いてほこらに出向き、皆満腹したらしい。


 そうして宙に浮く元近衛兵が地に降ろされるまで10日間待ち、全員でほこらに出向いて母国に転移して貰うことにしたのである。



 ただ、国王陛下だけは相変わらずであった。


「なんだと!

 何故今いる護衛だけで余を国に連れて帰らんのだ!」


「陛下は今重病です。

 もしすぐに国に帰られても、お世話が出来る者がいるかどうか」


「な、何故余は病などに罹ったのだ!

 ワインに毒が入っていたのではないのかぁっ!」


「はい、あのワインには確かに毒が入っていました」


「な、なんだとぉっ!

 だ、誰が毒などいれたというのかぁっ!

 こ、この平民兵共かっ!」


「いえ、ワインには必ず酒精が入っています。

 その酒精はヒト族にとっては酔うだけで無害ですが、犬人や猫人にとってはかなりの毒になるそうです。

 ですから毒見した兵は無事でしたが、猫人になってしまわれた陛下は重篤な病に罹ってしまわれたのですね」


「な、ななな、なんだと……」


「ですから今後はワインやエールなど酒精のある物はお飲みになられませんように」


「よ、余にワインを飲むなと申すかぁっ!」


「はい」


「な、なぜじゃぁっ!」


「陛下は猫人になられてしまいました。

 そして猫人にはワインの酒精は毒だからです」


「な、ななな、なぜ余は猫人になどなってしまったのじゃぁっ!」


「あの天使が言っていましたように、犬人猫人の奴隷を購入したり所有していた罰だそうです」


「なぜそんなことで余が罰せられるのだぁっ!

 第一あの奴隷共は創世神教会から買ったものだろうがぁっ!」


「天界の法では奴隷売買も保有も厳重に禁じられているそうです。

 それに背いて奴隷狩りをしていた創世神教団の幹部は大変な重罪を犯したとして、あのような化け物の姿にされてしまっていたではないですか。

 我ら貴族や王族の方々は、創世神教に騙されていたとして罪一等を減じられ、犬人や猫人の姿に変えられただけで許されたとのことです」


(これほどまでに激高されるとは……

 たかがワインが飲めなくなっただけのことで、どうしてここまで激怒されるのだ。

 これも一種の罰なのだから仕方が無いだろうに……)


「よ、よし!

 その天界とやらに命じよっ!

 直ちに余を元の姿に戻さねば不敬罪で死罪にすると脅し付けろっ!」


「それは不可能です」


「な、なにっ……」


「そもそも天界の力は、我々をこのような姿に変えてしまうほどに強大なものです。

 到底我らが敵うものではありません。

 それに、もし彼らに敵対すれば、死罪を命じられた陛下もその実行犯であるわたくしも、罰として宙に浮かべられてしまいます」


「!!!!」


「それでも脅しを続ければ、3回までは宙に浮かされるだけで済みますが、それ以上続ければ天界の牢に入れられてしまうそうですね」


「!!!!!!」


「ですので我々はもはや元の姿に戻ることは出来ないのです」


「お、お前では話にならん!

 王城の誰かに余を元に戻す方法を探させろっ!」


「その王城内の者たちも全員が犬人か猫人にされてしまっているものと思われますが……」


「!!!!!!」


「それに果たして彼らにそのようなことが出来るかどうか……

 また、未だ病が完治されていない陛下のお世話を出来る者がいるか……」


「何故城内の者が全員犬人猫人にされたと申すか!

 そんなことは、帰ってみなければわからんだろうに!」


「なぜなら王城内には、料理人など一部の者を除いて貴族家の子弟しか入ることが出来ないからです。

 ですからほぼ全員が犬人や猫人に変えられてしまっているでしょうし、場合によってはこの宿舎のようにほぼ全員が宙に吊るされているかもしれませぬ。

 その場合、貴族家当主から4親等以上離れたヒト族を新たに侍従侍女として召し抱えられるまでは、ここに吊るされている近衛兵に世話を任せるしかありませぬ。

 もしくはここにいる平民兵にお世話をさせるとか」


 平民兵たちが顔を顰めた。


「なんだと!

 平民兵に余の世話をさせるだと!

 そ、そのような下賤なものを王城内に入れることは出来んっ!」


 兵たちがほっとした顔をしている。


「それでは先ほど申し上げました通り、ここで浮いている近衛兵が地に降りられるようになるまであと8日ほどお待ちくださいませ」


「ぐ、ぐぬぬぬぬ……」


(何故こ奴は国王たる余の命令を聞けぬのだ!

 よ、よし!

 国に帰ったら、即刻こ奴の近衛騎士団長の任を解いてやる!

 それでも余に対する態度を改めねば、爵位を剥奪して平民に落としてやるぞ!

 そう脅せば国王たる余の偉大さが身に染みてわかるだろう!

 泣いて詫びるがよい!)


(それにしても、我が国の国王はここまで愚かだったのか……

 現状を認識することも、対応を考えることも出来んとは。

 まあ、王都の大手商家でも4代以上続く商家は半分も無く、大抵は3代目で潰れるそうだしの。

 もし4代以降続く商家があったとしても、優秀な頭取番頭と番頭たちに全てを任せて跡取り息子はお飾りにしている商家だけだそうだし。

 そうか、この王は第35代国王だったか。

 だからここまで愚かになってしまっているのだな……)



 因みにだが……

 今でも銀行のトップを頭取と呼ぶのは、この頭取番頭が語源らしい。

 わが国では既に三井両替商により、江戸時代にこうした所有と経営の分離が為されていたそうだ。

 それで三井住友銀行に勤める友人に、『今度頭取さんに会った時には、正式名称である頭取番頭さんと呼びかけてあげたらどうだろうか』と言ってみたところ、『池上さん、そんな聞いただけでキンタマが縮み上がって体の中に隠れてしまうような恐ろしいことを言わんでください!』と怒られてしまった。

 なんでだ?





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