*** 204 懲罰開始 ***
中央大神殿では、教皇が壇上奥にある高さ8メートルの巨大な創世神像の前に到着し、参拝者からは大歓声が沸き起こっていた。
第126代教皇猊下が片手を上げると、その大歓声も潮が引くように収まり、会場には静寂が広がっている。
「皆の者、今日はよくぞ創世神さまを称える集会に参った。
創世神さまもお喜びである」
教皇猊下の気分は最高潮だった。
(この説法はいつ行っても最高だの。
なんといっても、これだけの王族や上級貴族がわしに傅いているのだからの!)
「聞くところによれば、昨今は3つの大陸を覆う天候不順のせいで農場の収穫が大いに減りつつあるそうだ。
だが皆の者、心配はまったくもって不要である。
こうした試練に備えて、創世神さまは我らの奴隷となる犬人と猫人をご用意くださっていたのである!
この上は神が遣わされた奴隷をもって農場拡大に励み、収穫量を確保するがよい」
つまりまあもっと神殿から奴隷を買えということである。
そのとき教皇の後方から大きな声が聞こえてきた。
「マジで碌でもねぇインチキ宗教だな……」
「「「「「 !!!!! 」」」」」
どうやら遠くの観衆にも声が届くよう、念話の魔法も併用されているらしい。
もちろん現在集会が行われている大陸各地の神殿や地域住民に対しても、同様な念話一斉放送が為されていた。
「な、なんだとぉっ!」
教皇の顔が激怒のあまり真っ赤になったが、仰々しい超巨大法衣のせいで後ろを向くことが出来ない。
「ええい神殿騎士!
創世神さまを愚弄した痴れ者を捕縛せよっ!
それから輿を廻せっ!」
見事な鎧を身に着けた上級騎士たちが演壇上に駆け上がっていった。
だが教皇猊下の後ろには誰もいない。
輿を担ぐ修道士たちはのろのろと輿を廻し始めている。
「ったく手前ぇの欲と権力のためにインチキ宗教をデッチ上げやがって……
だいたいだな、創世神なんてぇもんはいねぇんだよ。
まあ創世天使はいるがな」
「な、なにをしておる!
すぐにこの狼藉者を黙らせろっ!
神罰として殺しても構わんっ!」
「そ、それが教皇猊下、声のする方向には誰もいないのです……」
「な、なにっ……」
教皇猊下の輿がようやく後方を向いたとき、巨大な創世神像が強烈な光を発した。
その場の全ての者が目を瞑り、あるいは手で目を覆っている。
そして、その光が収まると共にその場の全員から悲鳴が上がり始めた。
なんと高さ8メートルに達する白大理石の創世神像が宙に浮き始めていたのである。
元は石像であったために目の部分はただ白いだけだったのだが、その目が黒々とした瞳を宿し、顔には怒りの表情を浮べている。
また、背中の翼も差し渡し4メートルほどだったものが12メートルほどにもなり、キラキラとした銀色の粒子を振りまいていた。
しかもその御姿が徐々に上空に浮き始めているのである。
(もちろん石像を転移で消失させると同時に、神像に変化したタケルと入れ替わったものである)
「「「 お、おおおぉぉぉ―――っ! 」」」
その場の観衆たちが、この荘厳な創世神の御姿にひれ伏した。
だが、当の創世神像は……
「創世神がヒト族の奴隷として犬人族や猫人族を用意してくださっただとぉ!
手前ぇら勝手に都合のいい嘘吐いてんじゃねぇっ!」
教皇が必死に大声を出した。
「な、なにを言うかっ!
畏れ多くも我が創世神教初代教皇猊下に創世神さまが授けてくださった御言葉を愚弄するかぁっ!」
「はんっ!
そんなもん誰も授けちゃいねぇよ!
そいつが勝手にデッチ上げただけだろうに!」
「み、皆の者!
こ、こ奴はニセモノじゃっ!
創世神さまがこのようなことを仰るはずが無いっ!
は、早く槍で突き殺せえっ!」
壇上に上がった100人の上級神殿騎士が槍を投擲しようとした。
「キサマらに天罰を下す」
(『指向性マグネトロン発動』……)
バチバチバチバチバチバチ……
「「「「「 ぎゃぁぁぁぁ―――っ! 」」」」」
100基の指向性マグネトロンにロックオンされた100人の騎士が構える100本の槍と鎧から眼も眩むような火花が散った。
騎士たちは黒コゲになって全員その場に打ち倒されているが、どうやら微かにピカピカと光っているようだ。
創世天使が騎士たちに下した天罰に会場全体がフリーズしている。
「いいか、創世天使は犬人族や猫人族を奴隷とせよなどとは一言も言っていない。
それどころか同じヒト族も含めて奴隷狩りも奴隷の保有も一切を禁じている」
「な……」
「お前らの行動が目に余るのでな。
俺はお前らに奴隷制度を止めさせ、懲らしめるために天界から派遣されてきた天使の1柱だ。
覚悟しろ」
「え、ええい!
神殿騎士団、何をしておるっ!
この神敵を早く殺せぇっ!」
「まだわかんねぇようだな……」
巨大な天使が教皇に指を向けると、教皇の法衣も宝冠も消え失せて、マッパにされた教皇が宙に浮き始めた。
同時に30メートル×20メートルほどの巨大スクリーンも出現し、遠方の観衆にもその姿がよく見えるようになっている。
「う、うわあぁぁぁ―――っ!」
昆虫のように細い手足に腹だけが異様に膨らんだ教皇猊下の醜い姿が晒されている。
「これより奴隷狩りや奴隷売買を行って来た大罪に対する罰を執行する」
宙に浮いた教皇の体が変形し始めた。
体型こそほぼ変わらぬ醜い姿のままだったが、身長は80センチほどに縮み、その顔もみるみる変形して行っている。
鼻は大きく尖ってやや下を向き、額が張り出して目は落ち窪んでいった。
また尻の上からは恐竜のような太いしっぽが生え始め、体表に鱗が生え、紫色に変色していっている。
ゴブリン族の体にリザードマン族の鱗と尾が加わった異様な姿が大スクリーンにも映し出されていた。
「な、なんだ!
わしの体に何が起こっている!」
どうやら声帯はそのままらしい。
「な、なんという醜い姿だ……」
「化け物だ……」
「もちろん教団幹部も同罪だ」
会場に居合わせた上級枢機卿から司祭までの聖職者たちも全員宙に浮いて衣服が剝ぎ取られ、みるみるゴブリザードマンに変化していった。
もちろん神殿騎士団も全員が変化している。
「「「 わ、わしの体がぁっ! 」」」
「「「 うわあぁぁぁ―――っ! 」」」
「「「 化け物め、こっちに来るなぁっ! 」」」
「「「 お、お前だって化け物だろうにぃっ! 」」」
同時に映像配信中の各地神殿でも、創世神教の上級神官たちと騎士たちは全て同じゴブリザードマンの姿に変化させられていた。
それらの神殿では悲鳴を上げた観衆が逃げ出し始めている。
また、各神殿の創世神像も同様に、見ただけで嫌悪感を催すゴブリザードマン姿に変化してしまっている。
このため、1か月もすると神殿を訪れる信徒は皆無になっていった。
「奴隷を購入所持し、使役していたお前ら王族貴族も同罪だ。
よって、王家貴族家当主、及び当主から3親等以内の者の内15歳以上の成人に犬人化または猫人化の処置を行う」
中央大神殿では、会場のほぼ全員の衣服が消え失せ、その体が犬人族と猫人族のものへと変形し始めた。
それも犬人は全てがチワワ族、プードル族、狆族、テリア族、豆柴族などの小型犬種族である。
猫人も、獅子系、虎系、豹系などはおらず、すべてが家猫系だった。
両者とも2足歩行は獲得していたが、全員の身長は80センチほどである。
もちろん顔にはマズルも出来て、ヒト族だったときの顔の名残はあまり残っていない。
ただし、腹だけはブヨブヨに膨らんだ元の姿のままだった。
「な、なぜ国王たるわしの周囲にこのように下賤な獣共がおるのだ!
こ、この無礼者共めがっ!」
「何を言うかっ!
お前だってケダモノの姿だろうに!」
「な、なにっ」
「手足をよく見てみろっ!」
「わ、わしの体が毛だらけに……」
「犬耳もしっぽも生えて来ているだろうに!
誰がどう見たってお前もケダモノだっ!」
「な、なんということだ……」
こちらも犬人化、猫人化しても言葉は発せられるようだ。
「この惑星上の全てのヒト族に告げる。
これより奴隷狩り、奴隷売買、奴隷所持及び使役の一切を禁止する。
さらに他者に暴力を振るう行為、暴力を振るうという脅迫をもって命令する行為、監禁する行為も禁止し、もちろん窃盗などの犯罪行為も禁止する。
これらに背いた者も犬人や猫人に変化させた上で処罰が与えられる。
加えて各神殿、王城、貴族家に蓄えられている食料は、奴隷から解放した犬人や猫人たちの食料として徴発する」
惑星全域の創世神神殿や王城、貴族家の食糧庫から、備蓄の大半が消え失せた。
「失業した者、働き手を失って困窮した者は、各市町村内に配置した『ほこら』に出向いて食事を受け取れ。
その際にはほこらの指示に従って今後の生活の糧を得ることも可能である。
怪我や病に苦しむ者も、ほこらに来れば治してやる。
また、これらの措置だけでなく、もう二度と犬人族や猫人族居住地域に攻め込めぬように、お前たちの国は全て大城壁で隔離した。
ヒト族国家同士で戦争も起こせぬように国境も封鎖した。
今後は自国内のみで生きていくように。
自国を離れている者が、どうしても帰国したければ最寄りのほこらに相談せよ。
正当な理由がある場合には国に返してやる」
こうしてまずは中央神殿の創世神教幹部全員が異形の姿となり、宗教集会に参加していた各地の王族や上級貴族たちも小型犬人族や家猫人族となってしまったのである。
同じことは経度を同じくする各国の神殿、王城、貴族家でも起きていたが、これも時間の経過によって広がっていった。
つまり各地が正午を迎え、宗教集会が始まった途端に中央神殿の録画がスクリーンに映し出され、同時に全ての周辺ヒト族の脳内にタケルの声が届けられたのである。
この惑星の1日である26時間が経過するころには、惑星全域で同じことが起きているだろう。
この星のヒト族は、まだ馬以外の遠距離通信手段を持たなかったために、こうした情報が伝わっていくことも無かったのであった……




