*** 203 創世神教神聖国 ***
「マリアーヌ、各森林地域での解放奴隷受け入れ態勢進捗率は?」
『現時点で15%ほどですが、すべての部族連合が非常に協力的であり、説得補助の人員も雪だるま式に膨らんでおりますので、あと1か月以内に100%に到達する見込みです。
また、部族連合に属さない中小部族や個人も、建設した道路沿いのほこらに続々と集まってきています。
こちらもあと1か月以内にほぼ100%を保護可能ですね』
「それじゃあそろそろ、惑星上のすべてのヒト族居住地から犬人と猫人の奴隷を収容しようか。
まずは時間停止重層次元に収容して、あとは随時それぞれの出身部族連合に割り振っていけばいいだろう」
『各地の奴隷所有者である王族貴族は如何いたしましょうか』
「そいつらは次の宗教集会の日にまとめて対処しよう。
全員にロックオンは終わっているな」
『はい』
「中央神殿宗教集会の映像配信計画はどうなっている?」
『現在大陸上の主要市町村20万の中央広場に大型スクリーンを設置する準備が完了しています。
もちろん地域によって時差があるために、どの地域でも正午の宗教集会開始時より放送予定で、その際には全てのヒト族に対して脳内一斉伝達放送を行う準備も完了しています』
「そうか、それでは奴隷の保護収容を始めてくれ」
『畏まりました』
或る貴族家所有農場にて。
「あのぉ、村長さま」
「なんだ」
「農場の獣奴隷が全員いなくなりました」
「な、なんだと!
奴隷共が逃散したと申すか!」
「へぇ。
逃散かどうかはわかりやせんが、300匹いた獣奴隷共が誰もいないのは確かでやす」
「だ、誰の責任だ!
そやつは縛り首にしてくれるわっ!」
「そりゃあもちろん村長さまの責任ですけど……」
「!!!
な、なぜお前たちの責任ではなく俺の責任になるのだぁっ!」
「そりゃあこの村全体の責任者は村長さまですからねぇ。
おらたちの仕事は獣奴隷共を日の出から日が沈むまで働かせることと、日に1度は飯を食わせて餓死させないことでやすから。
お貴族さまたちから見れば、それ以外の責任をぜぇ~んぶおっかぶって、大失態の責任を取るのは村長さまでやすよ?」
「!!!!!」
「それでどうしやすか?
捜索隊を出すにしても、おらたち奴隷監督は20人しかおりやせん。
お貴族さまに申し出て領兵隊に捜索をお願いした方が……」
「そ、そそそ、それは待てっ!
ま、まずはお前たちだけで捜索を始めろっ!
わしは家族ともども3日前から妻の実家に旅行中ということにしろっ!」
「へぇ~い」
もちろん貴族邸や王城の下男下女として酷使されていた犬人猫人奴隷も全ていなくなっていた。
だが、責任を取らされることを恐れた家令や侍女長侍従長は、まず配下の者たちに捜索を命じて領主一族や王族には獣奴隷の逃散を隠匿していたのである。
王族や貴族などの支配層が獣奴隷逃散の事実を知るのは、今しばらく先のことになるだろう。
もちろん他国や他の貴族家に知られぬように隠蔽もされるため、惑星全域の奴隷がいなくなっていることを彼らが知るにはさらに時間がかかることになる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
3か月に1度の創世神教宗教集会の日、中央大神殿と経度を同じくする国の神殿では朝から混乱が始まっていた。
もちろんドチョンボ王国の神殿でも……
「リピー大司教閣下、た、大変でございます!」
「なんだ騒々しい。
奴隷狩り隊が帰還でもしたのか」
「そ、それが神殿の玄関前に檻が出現しまして、その中に神聖騎士団の鎧を纏った者が1名……
多くの信徒が神殿に来訪しつつありますので、檻が信徒たちに囲まれております」
「なんだと……
直ちに檻から騎士を救出せよ!」
「それが……
檻には扉も無く、また檻の材質も青銅ではないようなのです。
槌で叩いても斧で切り付けてもビクともしません」
「騎士に命じてその檻を神殿奥に運ばせろっ!」
「そ、それが檻の底が石畳に埋め込まれていまして全く動かせないのです!」
「神殿正門を封鎖せよ!
信徒たちは裏門に回せっ!」
「はっ!」
「その檻はわしが直々に見聞する!」
「こ、これは……」
檻の中にいた男は矮小な体躯ながら腹はぶよぶよに膨らんでいる。
着用した胴鎧もベコベコに歪み、手足全てが骨折したまま放置されていた。
顔も腫れ上がっていて人物特定は困難だが、胴鎧の階級章は第1小隊隊長のものだった。
その目は開かれてはいるものの焦点は合っておらずに涎も垂れ流している。
男は床に尻をつき、檻に凭れて座っていた。
尚、下半身は丸裸であり、股間の先は糞尿にまみれている。
「こ、こ奴は誰だ!」
「判別は困難ですが……
鎧の階級章によれば、ゲリゲ・リピー第1小隊長とみられます……」
「な、なんだと!
おいゲリゲ!
何があったというのだ!
返事をしろっ!」
「あの、先ほどから騎士が呼びかけているのですが、まったく反応がありません……」
もちろん、小隊長には象でも昏倒するほどの鎮静剤がブチ込まれているために反応は無い。
「うぐぐぐぐぐ……」
大司教閣下が見ている前で、ゲリゲ小隊長の股間からはもりもりと大便がひり出されてきた。
どうやらちゃんと胃の中に水や食料は転移されているらしい。
その臭気が大司教の鼻孔に届くと、大司教は堪らず法衣の袖で鼻を覆った。
「こ、この檻を戸板で覆い、信徒の目につかぬようにせよっ!」
「はっ!」
「どれほどの信徒に目撃されたのか!」
「それが……
集会に向かおうとする信徒が大勢いましたので、数百人に見られたかと……」
「がぎぐぐぐぐ……」
もちろん隠蔽用の戸板はすぐに消え失せている。
大司教閣下は、集会で説法を始めるまでに、如何にしてこの事実を隠蔽もしくは改竄して伝えることにするか必死で考えたが、どうやら一切触れることなくスルーすることにしたようだ。
もちろん、こうした混乱は、中央神殿以外の惑星全域5000の創世神教神殿すべてにて発生していた……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
創世神教神聖国。
この惑星最大の大陸中央部に建国された創世神教中央神殿が存在する国である。
通常であれば巨大大陸中央部などは極度の内陸性気候となり、ゴビ砂漠のようにとても人の住める地ではなくなるが、この大陸中央部には海と呼んでも差支えの無い大きな湖が存在するために温順な気候が保たれている。
さらに平坦な地が続く農業適地ではあるが、この国に農民はおらず、国家の構成人は全て聖職者であった。
つまり惑星全域からの収奪の頂点にある国家である。
その支配層は、教皇猊下を筆頭に18人の上級枢機卿、36人の中級枢機卿、120人の下級枢機卿から為る。
もちろんそれ以外にも数十万人に及ぶ司教や司祭、騎士や修道女がいるが、これらは全て教皇猊下と枢機卿猊下に傅くための存在であった。
その中央神殿の祈りの間は、この惑星では最大の2万人収容規模を誇っている。
もちろんその大きさを支える屋根など造る技術は無く、教皇猊下の説法を頂く祭壇と枢機卿たちの席の上だけに屋根があるようだ。
因みにこの教団のトップである教皇の交代については、この宗教集会での行動がポイントになる。
つまり、惚けが進み過ぎて説法の途中に教皇が寝てしまったり、排泄物を垂れ流したりするようになると、上級枢機卿らによって構成される委員会によってコンクラーベの開催が宣言される。
このために、説法終了後には18人の上級枢機卿により、教皇猊下のパンツが念入りにチェックされるそうだ。
そうして、次期教皇を選出するためのコンクラーベが始まると、上級枢機卿の間では大型木箱単位の白金貨が飛び交うようになり、上級枢機卿になってまだ日の浅い枢機卿たちには、子や孫の昇格を餌にして票集めが行われるようになる。
こうして新たに教皇に選出された者には、次の宗教集会では長さ3メートル、裾の周囲8メートルほどの金銀宝石を散りばめた巨大な法衣が用意される。
頭に被る宝冠も高さは80センチあった。
それでも前教皇の法衣や宝冠よりはかなり小さいらしい。
これは、惚け老人と雖も時折正気に戻ることがあり、自分より大きな法衣宝冠を纏っている教皇を見ると逆上して暴れ始めるかららしい。
だが、この前教皇が完全に惚けるか神に召されると、現職の教皇の法衣も宝冠もどんどん大きくなっていく。
現教皇は在位10年を数えるために、法衣の長さは10メートル級、裾周りは50メートル級、宝冠の高さは3メートル級になっているそうだ。
もはや莫迦と狂気の象徴のような御姿である。
(一昔前の年末の国営放送歌合戦に出ていた某大物女性歌手の衣装に似ている。
まあ、この惑星にはまだ電飾もクレーンも無いが)
こうした巨大な法衣宝冠のために、教皇はもはや1人で歩くことも出来ない。
そのため、32人の修道士が担ぐ輿に乗って登壇するのだが、法衣の裾がこの輿を隠しているために、まるで法衣ごと浮遊した教皇が移動しているように見えるそうだ。
また、この宗教集会への参加は各国の王族や上級貴族に生涯に最低でも5回は参加するべき巡礼とされているため、集会会場には常に3000人近い王族と万を超える上級貴族たちが集結している。
参加費も宿泊費も莫迦げた高額だったが、その宿泊施設では美味佳肴に加えて超美形の修道士や修道女が半裸で伽をしてくれるために、各国の王族貴族にはたいへんな人気があった。
もとより収奪者である王族貴族には、高額の費用などは何の問題にもならないのである。
各国からの集会参加者は、収容人数の都合から近衛隊長などの随行員1名を伴って会場入りしており、残りの護衛などは宿舎で待機していた。
宗教集会開始時刻になった。
議事進行を司る上級枢機卿により、宗教集会は粛々と進んでいく。
途中でほぼ全裸の修道女や修道士ユニットの歌と踊りが入るために、観客は大喜びである。
(一応創世神さまを称える讃美歌と踊りだという事らしい)
とうとう教皇猊下の説法の時間になり、会場から沸き起こる盛大な拍手の中、教皇猊下その人が壇上に現れた。
直径35メートルの輿に乗ってはいるが、その輿を担ぐ修道士の姿は法衣の裾に隠されていて見えない。
大陸全域の創世神神殿の内、中央神殿と経度を同じくする200の神殿でも同様な宗教集会が行われていた。
各地ではその地の神殿を任された大司教が説法を行うべく用意していたのである。
そのとき、中央神殿以外の各神殿の壇上に幅15メートル、高さ10メートルの巨大なスクリーンが出現した。
説法中、もしくは説法準備中の大司教らは大いに混乱しており、中には邪魔をされたことに激怒している大司教もいる。
「だ、大司教さま、この板に映っているのはどうやら中央大神殿の様子でございます」
「な、なんだと……」
「あの教皇猊下の法衣宝冠、その後ろに見える巨大な創世神さまの像、この不思議な動く絵は中央大神殿の様子で間違いございませぬ!」
「おお!
なんという奇跡じゃ!
これは創世神さまが我らに賜れた恩寵に違いないっ!」
宗教集会を始めようとしていた各地の神殿では、大司教閣下を始めとする全ての信徒たちが神殿内の3メートルほどの創世神さまの像に向かってひれ伏した。
さらに同一経度上に有る200の神殿だけでなく、近隣8000の市町村広場にも同様なスクリーンが現れて中央神殿の様子が映し出している。
それを見た住民たちも続々と広場に集まり始めていたが、ご丁寧に広場近くにいない住民に対しても念話一斉放送が流される予定である。




