表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
200/248

*** 200 大森林の仕切り ***

 


 広場の中央にて先鋒オクムラと狼人族大族長が対峙した。


「両者とも準備はよろしいか!」


「「 おうっ! 」」


「それでは死合い始めっ!」


 狼人族大族長は前傾姿勢からオクムラに向けて突進した。

 これに対しオクムラはフロントリラックスのポージングのまま動かない。

 僧帽筋、三角筋、広背筋、大胸筋と外腹斜筋が盛り上がった。

 さらに大腿直筋、内側広筋、外側広筋、中間広筋の大腿四頭筋群が肥大している。


 犬人や猫人たちはその体表が毛に覆われているために、初めて見る筋肉の隆起に目を瞠った。



 狼人族の大族長は突進姿勢のまま上体を捻って右腕を後ろに振り上げ、指の先から強靭な爪を出した。

 捻転した体を腹斜筋や腸腰筋を使って振りほどく勢いに、さらに体重を乗せてそのまま爪をオクムラの胸に叩きつける。


 ぎぃんっ! ばぎんっ!


 如何に強靭な狼の爪と言ってもやはり生体が作り出したモノである。

 レベル420の鋼の肉体が身体防御を纏った上に、クラス20の遮蔽フィールドまで展開しているオクムラの体に傷をつけることは叶わなかった。

 それどころか大族長の爪は3本ほど折れ落ちて、その指先からは盛大に血が滴っている。


 狼人族大族長は牙を剥き出して凄惨な笑みを浮かべた。


(やはり強いっ!

 このわしの渾身の爪撃を受けても傷ひとつつかぬとはっ!)



 オクムラが利き脚を振り上げた。

 その脛から伸ばした足先までが狼人族大族長の腹を捉える。

 体を爆散させぬようやや勢いを殺しながら当てるように叩きつけたが、それでも肋骨の剣状突起を粉砕し、肝臓を破裂させていた。

 同時に狼人にかかる重力を遮断したため、狼人族大族長が血反吐を吐きながら上空に飛んで行く。

 途中で重力遮断は解除したが、それでも高度30メートルほどにまで達しているようだ。

 その場の犬人と猫人の全員が口を開けてその姿を追っていた。


 さすがの大族長は空中で体を捻り、辛うじて4つ足で着地したが……


 ボキボキボキボキ……


 それでも100キロ近い巨体が30メートルの高度から落ちる勢いは殺せず、四肢のすべてが開放骨折して胴体が地面に叩きつけられている。

 瀕死の大族長は白目になったまま微動だにしていなかった……


 と、しわぶき一つない静寂の中、大きな光が狼人を包み込んだ。

 その光が収まった後には四肢がすべて折れ、内臓が破裂して瀕死の状態だった族長の手足が元通りになった姿が見られたのである。


「う……」


 狼人はその場に胡坐をかいて座り、首を左右に振っている。

 呼吸が止まっていた観衆から安堵のため息が吐き出された。


「こ、この勝負、オーク族の勝ちっ!」




 次の死合いはオクデラと獅子人族大族長との組み合わせだった。


 開始の声と共に低い体勢で飛び出した獅子人は空中で体を捻って横を向き、その顎を大きく開いてやはりフロントリラックスのポーズを取るオクデラの首筋に嚙みついた。

 もちろん肉食獣の狩りの姿である。


 観衆の一部から悲鳴が上がった。

 やはり大族長クラスの本気の戦いは恐ろしいらしい。


(首筋に喰らいつくことは出来たが……

 やはりわしの牙はこの御仁には全く刺さっておらんか……

 強いのう、まるで岩を噛んでおるようだわい……)


 獅子人族大族長はオクデラの首に深く嚙みついたまま、その巨体を大きく振って体を捻った。

 通常であれば如何に巨大なボアやフォレストベアーと雖も、首が裂けて失血死するか首の骨が折れて致命傷に至る必殺の攻撃である。


 そのとき、オクデラがフロントリラックスからモストマスキュラーにそのポージングを変えた。

 大胸筋、腹直筋、腹斜筋に加えて胸鎖乳突筋、僧帽筋、斜角筋が膨れ上がる。

 オクデラの首の太さは倍以上となり、頭骨の外周を遥かに上回った。

 肩から頭頂部までがまるで台形のようになっている。


 バギンっ!


 獅子人族大族長の咬筋が断裂して下顎が脱臼した。


 オクデラはそのまま獅子人族を蹴り上げ、同時に3秒ほど重力を遮断する。

 やはり上空30メートルほどまでにも蹴り上げられた大族長は、既に白目を剥いており、そのまま受け身を取ることも無く地に落下した。

 観衆から悲鳴が上がるが、地に伏したままピクリとも動かなかった大族長はすぐに強烈な光に包まれている。


「う……」


 獅子人族大族長が復活すると、その場に安堵のため息が満ちた。


「こ、この勝負、オーク族の勝ちっ!」


 オクデラはフロント・ダブルバイセップスのポーズに切り替えて勝ち名乗りを受けている。

 どうも最近オーク戦士たちの間ではこうしたポージングが流行っているらしい……

 どうやらタケルの故郷惑星を調べているうちに、こうした競技があることを知ってしまったようだ。

 500人の戦士たちが揃ってポージングしている姿は壮烈にウザいらしい……



 土佐犬人族の大族長は、狼人族と獅子人族の大族長を見やった。

 2人とも大胡坐をかいて座ったまま、左右に首を振っていたが、その口元には微かに笑顔が浮かんでいる。

 遥かなる大強者にまみえることが出来た満足の笑みなのだろう。


 土佐犬人族大族長も微かな笑みを浮かべた。


(さて、我が生涯最強の敵と相対するとしようか。

 もちろん小細工は不要だの)


 身長2メートル、体重160キロの巨体が立ち上がった。


「土佐犬族大族長リョーマル、参る!」


 これに対峙するのは身長2メートル30センチ、体重180キロのオーキーである。


「天界救済部門戦闘部隊長オーキー、参る!」



 族長は4つ足になり、後肢を深く撓めた。

 まるで相撲の立ち合いの形である。


 それを見たオーキーも微かに微笑んだ後、同じ姿勢を取る。


「死合い始めっ!」


 開始の合図とともに土佐犬人大族長が飛び出した。

 最も固い頭頂部を先頭にしてオーキーに真っすぐ突っ込んでゆく。

 その速度は時速60キロにもなっていた。


 同時にオーキーも飛び出したが、こちらの瞬間速度は時速200キロにも達している。


 ドガァァァ―――ンッ!


 激突の衝撃波が観衆にも届いた。

 多くは目を背けていたが、間近で見守る大族長や族長たちは、生涯もはや2度と見ることは出来ないであろう大強者同士の戦いを目を大きく広げて凝視している。


 ズズ―――ンッ!


 土佐犬人リョーマルの巨体が地に伏した。

 その頭蓋は半分ほども潰れ、耳や目鼻口からは脳漿と破壊された脳そのものが噴出している。

 脊椎は3分の1ほども尻を突き破って後ろに飛び出していた。



 その場の全員が凍り付く中、大族長の体がまたも光に包まれた。

 その光が収まると、やはり無事に元通りの姿になった土佐犬人が現れる。


 観衆が大きく息を吐く中、土佐犬人大族長はやはり大胡坐をかいた。


 と、大族長が両の拳を1メートルほど離して地面につけ、そのまま上体を倒して低頭した。

 日本の土下座と同じく、頭を下げることによって相手を格上と認め、併せて急所である後頭部と頸部を差し出す服従の仕草である。

 次いで獅子人族の大族長が、さらには狼人族の大族長が同じ姿勢になった。

 すぐにその後ろに控えている100人ほどの族長たちも同じ姿勢になり、続けて周囲にいる5000人の戦士たちも追随している。

 さらにその周囲にいる非戦闘員たちは、あるいは低頭し、また別の者は横たわって腹を見せていた。


(はは、どうやら皆も大族長交代を、いや王の誕生を認めたようだの。

 まああれだけの力を見せられれば当然だろうが……)



 通常であればここで新王より『皆の者、面を上げよ』との声がかかり、その後は新王からの指示や命が下されるはずである。

 だがそれらの声が聞こえないうちに、腹を見せている者たちから驚きの呻き声が上がった。


 それを訝しんだ土佐犬人大族長が目線だけ上げると、そこには同じ姿勢で低頭しているオークたちの姿が見られたのである。


(何故だ?

 何故勝者がこのように恭順と服従の仕草をするのだ?)



 オークたちは向きを90度変え、横にいた観衆たちにも低頭した。

 そちらにいた戦士たちや観衆も慌ててさらに頭を低くしている。

 その後もオークたちは向きを変えて4方向に向けての低頭を繰り返した。


(そうか……

 これは低頭した我らに対する返礼、礼儀のようなものなのかもしれんな……)


(単に君臨するだけの王となる気は無いということか……)


(配下に対して礼節を尽くす王か……)


 オークたちが正面を向いて顔を上げると、犬人や猫人たちも皆顔を上げる。

 リョーマル大族長が大きな声を出したが、どうやらその声も拡声魔法で全員に届けられているようだ。


「皆の衆、ここ南西大森林に新たなる王が誕生した。

 異論のある者はいるか」


 静寂が広がった。


「異論は無いようだの」


(まああれだけの強さを見せつけられれば異論など持ちようが無いだろうが……)


「それでは王よ、皆に一声かけて頂けないだろうか」


「我は天界救済部門戦闘部隊長のオーク族オーキーと申す。

 今リョーマル大族長には南西大森林の新たな王と紹介されたが、こちらにおられる族長大族長殿たちには今まで通りこの大森林の仕切りをお任せさせて頂きたいと思う」


「それは王として君臨しては下さらぬということなのか?」


「然り。

 実はこの南西大森林の部族連合は、この惑星の中でも最大級のものであり、これだけ多くの部族を纏め上げた貴殿らの能力には最大限の敬意を表明する。

 もちろん連絡員は残しておくので、何か困りごとがあればすぐに来訪させていただくが」


「そうか、貴殿らオーク族はこれからこの星全域の犬人や猫人の部族連合や部族集団を廻られるのか……」


「そのつもりだ。

 だがその前に、まずはヒト族への遺恨を抑え、ヒト族への処罰は我ら救済部門にお任せいただくことをお願いしたい」


「そのことについては、既に結論は出ておるの。

 先ほどの戦いは、それを受け入れるか否かを決めるためのものだったのだから」


「忝い。

 それでは、もう一つの依頼事、つまりヒト族の国から奪還してくる犬人や猫人の受け入れと、今まさに避難している途中の犬人や猫人部族の受け入れもお願いしたいのだ」


「それも当然だのう。

 かように大きな部族連合を作ったのは、各部族の力を結集してヒト族に対抗しようとするためであったが、それを貴殿ら『きゅうさいぶもん』にお任せする以上、同胞たちの保護を次の目的にするのは尤もであろう」


 多くの族長たちも頷いている。


「それでは我らの依頼を受けて下さる御礼を差し上げたいと思う。

 まずは貴殿らの病や怪我を癒す救護所を作らせて頂きたい」


「『きゅうごしょ』とな?」


「民の方々のおられる南側の地をお借りして建物を建ててもよろしいだろうか」


「それはもちろん構わぬが……」


 オーキー族長が立ち上がって南方向を指さすと、観衆の後方が眩い光に包まれた。

 そうしてその光が収まった後には、底面直径100メートル、高さ3階建ての白い巨大な建物が現れていたのである。

 その建物の正面入り口上には白地に赤いケルト十字に似たシンボルもついている。

 どうやら地球で言う赤十字と同じ意味の銀河宇宙共通のマークらしい。

 もちろんその建物上部には例の肉球旗が掲揚されている。

 戦士たちや観衆の口が皆開いた。


 同時にその建物の前には100人ほどの猫人と犬人も現れた。

(もちろん全員がアバターである)


 さらに族長や戦士たちの前には担架が積み重なっていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ