*** 2 モヒカン ***
その昼食会では野球部だのサッカー部だの陸上部だの女子バレー部だのの武者キャプテンたちが、ハブられっ子やボッチの連中と仲良くメシを喰ってくれるんだ。
『なあ、俺昨日母ちゃんと喧嘩しちゃってさ、おかげで今日の弁当のオカズが俺の嫌いなもんばっかしになってるんだ。
酷ぇだろ。
確かお前鶏肉とほうれんそう大丈夫だったよな。
だからすまねぇが今日の弁当取り替えてくれねぇかな』
『ねぇ○○ちゃん、今日のお弁当にあの卵焼き入ってる?
あたし、あの卵焼き夢に見るほどの大好物でさ、もしよかったらあたしの唐揚げと取り換えてくれないかな』
学校のリーダーたちが、そんな風に親し気に一緒に弁当喰ってくれるんだよ。
休み時間に廊下ですれ違っても、そうしたリーダーたちに名前を呼んで話しかけてもらえるしな。
中には感激のあまり泣いちゃう子もいるそうだ。
キャプテンに誘われて昼食会に参加している後輩たちも堪らんよな。
そんなキャプテンの大事な弟分や妹分をいじめられるわけないし。
もしクラスメイトがハブられやボッチに絡んでても、たちまち運動部の連中が集まって来るそうなんだ。
それで、
『あんた女バレの頭の妹分になんか文句でもあんのか?』とか、
『お前ら本気でサッカー部に喧嘩売ってるんか?』とか凄まれるんだと。
おかげで武者市内では小学校中学高校のいじめやハブりがほとんど無くなっちまったそうなんだ。
まあ武者姓のひとたちはみんな頭良かったから、低偏差値の高校なんかは放置されてたけど。
それで驚いた東京都教育委員会なんかのおエラ方も大勢武者市に視察に来たそうなんだ。
でもまさか武者家次期当主がみんなにお願いしたからとかわかるわけないよな。
それでどうやら昼食会のおかげっていう結論にして、他の地域でも真似するところもあったんだけど、そんなもん武者一族っていう強力な推進者がいなくて学校主導でやらせても上手く行くわけないよなぁ。
だからすぐうやむやになってみんな止めちゃったそうだ。
父さんはそんな武者家の第38代目当主だし、このまま行けば俺は39代目当主だそうだ。
生活自体は実に質素で普通なんだけどな。
でもこれも不思議なことに、何故か父方の祖父母も母方の祖父母もいないんだ。
父さんと母さんは俺が15歳になったら会わせてやるって言ってるけど……
三つ目の特記事項は、なぜか俺は暗記能力と語学力に優れているっていうことか。
漢字だの英単語英熟語だのって、ほとんど1回見ただけで覚えちゃうんだ。
日本の初等中等教育って、よく応用力を養うとか言ってるけど実際には美術だの体育だのを除けば全部暗記物だよな。
数学だって基本の解き方さえ覚えれば、後は数字が違うだけだろ。
英語なんか100パー暗記物で応用なんかありえないし。
『勉強しなさい』っていうのは『暗記しなさい』っていうのと同義だよな。
本物の応用問題なんて、超一流大学の入試問題でたまにお目にかかれるぐらいなもんだろう。
つまり問題を作る側の教師自身が暗記しかして来なかったせいで能力が低すぎて、応用問題とか作れないっていうことだな。
だから俺、成績はむちゃくちゃいいんだ。
教師たちが100年に1人の天才だって言うぐらい。
でもこれさ、もし将来脳に直接情報を転送出来る技術とか開発されたら、教師たちは困るだろうね。
生徒たちがみんなテストで満点取っちゃうだろうから。
そのときは教師も初めて真剣に応用問題とかを考えるようになるんだろうな。
それで俺、小学生4年生ぐらいまでは怖くってあんまり本読めなかったんだよ。
読んだ本の内容を全部そのまま覚えちゃうから、すぐに脳の記憶容量が一杯になってそれ以上なんにも覚えられなくなるんじゃないかって怖かったんだ。
でもあるときネットで人間の脳の記憶容量っていうの調べてみたら、1ペタバイト(=1000テラバイト)もあるって書いてあったんだ。
この1ペタバイトって、文字情報としては書類がぎっしり入ったキャビネット2000万個分もあるんだと。
だから一生かけても読めないから脳の記憶容量を心配する必要は無いっていうんだ。
それになんか俺の脳の記憶媒体って、内臓HDだけじゃあなくってクラウドやたくさんの外付けHDもあるような気もしてたし。
それからは安心して、しょっちゅう市立図書館に行っていろんな本読んでたんだ。
ちょっと読んだだけですぐいろんな知識を記憶出来るから面白くってさ。
国語や歴史の教科書なんか、最初から最後まで暗唱出来たしな。
クラスメイトたちには『記憶力オバケ』とか言われてたけど。
平家物語だの方丈記だのの古典も数回読むだけで丸暗記出来たし。
そうそう、あるとき図書館で見つけた美術全集の中で特にゴッホの絵が気に入ってずっと見てたんだ。
だから構図とか配色とかタッチとかも全部覚えちゃったんだよ。
それで小学校の図画工作の時間に教師が『好きな絵を描きなさい』とか言ったんで、水彩だったけどあのゴッホの『星月夜』をそのまんま描いたんだ。
もちろんなにも見ずに。
そしたら教師が目ぇまん丸にした後に、その絵くれって頭下げて来たんだわ。
その教師、額に入れて自宅の部屋に飾ってるそうだな。
なんか将来数億円で売れるんじゃないかって夢も見てるみたいだけど、ははは。
その他の特徴としては、俺は普段は温厚でクラスの連中とも仲がいいんだけど、相手がエラソーにしてるとかマウント取ろうとして理不尽なことをすると、すぐに攻撃的な態度を取っちゃうことぐらいかな。
おかげで高圧的な教師とはよく対立してたよ。
中学2年になって一度髪型をソフトモヒカンにしてみたんだけどな。
真ん中幅8センチぐらいは4センチぐらいの長さで、その周りは1分刈にして。
そしたら年配の体育教師が因縁つけてきたんだよ。
「なんだその髪型は!」って言って。
まあ人気者で天才扱いされてる俺にマウント取りたかったんだろうな。
それで、「ん? 後ろ刈上げ+横刈上げだけど」って言ってやったら激怒しちゃってさ。
ついでに「なんで後ろ刈上げは良くって横刈上げはダメなんですかぁ?」って言ったら、「フザけるな! 即刻ボウズにして来いっ!」とかホザくんだわ。
それですぐに床屋に行ってスキンヘッドにして来たんだ。
ついでに眉毛も剃って貰って。
そしたら更に激怒したんでな、
「なぁおっさん、ニホンゴで坊主って言えば寺のボウズってぇ意味なんだぜ。
それでアンタが言った通りボウズにしてきた俺に何因縁つけてんだよ。
ああ、眉毛は床屋で寝てたら床屋の兄ちゃんがうっかり剃っちまったみてぇだ。
それにしても、いい歳こいたおっさんが、なに中坊相手にイキってマウント取ろうとしてんだぁ」って言ったら激怒して殴りかかって来たんだわ。
だからその遅っそいパンチを全部優しくパリィするかダッキングやウェービングやフットワークで躱してやってたんだ。
ゲラゲラ笑いながら。
そしたらその莫迦教師、もう半狂乱になって喚き散らしながらさらに殴りかかって来たんだけど、クラスの連中が他の教師やら校長まで連れて来てくれたもんで、その阿呆はみんなに取り押さえられちゃったんだ。
おかげで謹慎処分喰らって自主退職に追い込まれてたわ。
まあ俺が被害届出せば教員による暴行傷害未遂事件だからな。
校長にも嫌味言われたんだけどさ、
「え! そのまま殴られてた方がよかったんですかぁっ!
だったらあの場でそう言ってくださいよぉ。
学校の責任者がそう言うならちゃんと殴られてあげてましたのにぃ。
でもそうしてたら、学校にパトカー来ちゃってあの教師は傷害罪でタイホされて、その場にいた校長先生も監督責任問われて教育委員会から譴責処分受けてましたよねー♪」って言ったら絶句してたわ。
まあ同時に市の教育長も市議会議長も弁護士会会長も武者姓だっていうことに気づいたんだろうけど。
それでそのうち少しずつ髪の毛も伸びて来たんだけどさ、そのままだと昔の野球少年みたいでカッコ悪いだろ。
だからしばらくの間は真ん中8センチを除いて周りは全部剃ってもらってたんだ。
つまりはまあアルティメットモヒカンだな。
教師たちはぎょっとしてたけど、誰も文句は言わなかったよ。
生徒手帳の校則欄には「モヒカン禁止」とか書いてないしな。
「中学生らしい髪型」っていう表現はあったけど、俺に「なんでモヒカンは中学生らしくないのか教えてください」って言われるのがイヤだったんだろう。
もしくは「モヒカンはアメリカインディアンのモヒカン族戦士の正式習俗なんですけど、それを否定するのは人種差別なんじゃないですかぁ」とか言われるのも。
でもあの体育教師って超高圧的でいつも威張り散らしてたんで、同級生とかからは随分称賛されて俺学校中のヒーローになっちまったんだよ。
おかげで監督に坊主頭を強要されてた野球部の連中も、面白がってみんなモヒカンにしちまったんだ。
率先してモヒカンにしたのはやっぱり武者キャプテンだったけど。
まあ野球って帽子被ってするから、公式戦とかでも相手校や審判はみんな1分刈だと思って全く気にしなかったそうだわ。
でも試合終了後に整列して挨拶するときには帽子脱ぐから、そのときに相手チームや審判たちが腰抜かすのが面白いんだとさ、あははは。
おかげで市内や近隣の中学高校の野球部や柔道部なんかの体育会系部活で、モヒカンが大増殖しちまったんだ。
それでなんか、翌年の市立中学の生徒手帳には「モヒカン禁止」が書き加えられてたそうだけど……
ゴメンな後輩諸君、俺のせいでモヒカンに出来なくなっちゃって……