*** 192 飲み比べ ***
テーバイ王宮の昼餐会当日。
中央奥に座らされたタケルの前には長い長い列が出来ていた。
特に講和会議に参加していた王族や上位貴族たちは夫人や令嬢を伴い、少しでも長くタケルと会話が出来るように粘っている。
タケルから挨拶はなるべく短くしてくれと言われていた国王は、汗をかきながら上級貴族たちを捌いていた。
特に王家貴族家のご令嬢たちは布地面積の極めて少ないドレスを身に纏い、媚全開でタケルに話しかけている。
ほとんどの娘がおっぱいを半分ほども晒していたが、そのうちにドレスを引っ張っておっぱいぽろりする者まで現れ始めた。
もちろん本人は気づいていないふりをしている。
そのうちにとうとうご令嬢方の全員がおっぱいを晒して歩いていた。
(それにしてもこいつら男も女もデブばっかしだよな。
平均BMIとか30超えてるんじゃねぇか?
まるで一昔前のボリウッド俳優たちを見てるみたいだわー)
(作者註:インド映画に登場する俳優たちは極めてふくよかな者が多かったのである。
つまり主要登場人物がほとんど全員デブばっかりの異様な映画だったのだ。
最近はそうでもないようだが)
第1王妃は間近でタケルを見て感心していた。
(蛮族の王というからどのような野蛮人かと思えば、この若者のなんと美しいことよ。
見たこともない艶やかな金色の髪に真っ青な目、加えてこの見事な体格。
ん? こ、この軍服は綿や麻ではないのか。
なんなのだこの美しい光沢は!
しかも織ムラも染めムラも一切無いではないか!
こ、これは何としてでも我が孫を娶せた上でこの服飾の秘密を聞き出さねば!)
一方で蟄居謹慎させられていた王族貴族たちは苦々し気な表情でその様子を遠巻きに見ていた。
(こ、この蛮族のガキめが頭に乗りおって!)
(令嬢たちが群がるのはまだ妃が6人しかいない俺だったはずだ!)
(こ、こんな腹も出てない貧乏人風情が!)
やはり古代社会では肥満は富貴や権威の象徴らしい……
1時間近くもかけて王族や上位貴族の挨拶が終わったが、それでもご令嬢たちはタケルを取り囲んでいる。
参加者たちにはワインの入ってグラスが配られ、国王の音頭で乾杯も行われた。
むろんタケルは口をつけずにいたが。
乾杯が終わると参加者たちは皆料理も食べ始めた。
さすがデブが多いだけあって、皆かなりの健啖ぶりである。
王族と公爵たちがタケルに近づいて来た。
「いやタケル陛下。
国王陛下のご説明では我らの酒も料理も口に出来ぬ理由がお有りになるとのこと」
「どのようなご事情かは知りませぬが、残念なことですのぅ。
見て下されこの見事なワインを!」
どうやら謹慎中の王族や上級公爵たちが早速タケルに絡みに来たらしい。
「なにしろこのワインは3年もの貯蔵と熟成に耐えるほど酒精が濃いものですからの!」
「お国にもこれほどのワインは無いのではないですか?」
「それをお飲みになれないとは。
どのような理由かは知りませぬが、残念なことですの!」
(なあマリアーヌ、このワインのアルコール濃度ってどれぐらいだ?)
(およそ4%ほどですね)
(なんだよそれ、地球のライトビール並みかよ。
ワインなら普通12%から15%ぐらいだろうに。
やっぱり醸造技術も未熟なんだろうな)
王太子がツラをひん曲げながらイキってきた。
「せっかくタケル王陛下と飲み比べをしてみたかったのに残念なことですな!
まさか酒勝負を挑まれぬように飲み食いが出来ぬと仰せではないでしょうね!」
タケルの反応が薄いので、皆頭に乗り始めているようだ。
「ほう、飲み比べか」
(やっぱり原始社会では強い男ほど酒が飲めるっていう思い込みが強いんだな。
まあ現代日本でもおっさんやジジイは未だにそう思ってるみたいだけど。
たぶんそんなことぐらいでしかマウントを取れるものが無いんだろうけどさ……)
「そんなに飲み比べがしたいのならば、手土産として持ってきた俺の国の酒でならしてやってもいいぞ」
「ほう!
それは是非お願いしたいものです!」
「それはどのようなワインなのですかな!」
タケルが手を振ると、その場にテーブルに乗ったブランデーの80リットル樽が3つ出てきた。
樽の上面が開いて中のブランデーが5リットルほど浮き、ピッチャーに吸い込まれていっている。
周囲には芳醇な香りが広がり始めていた。
「なんだただのエールですか」
「エールなど、ワインを献上してもらえぬ下級貴族の飲み物ですな!」
「こんな薄い酒ではいつまで経っても酒勝負は終わりませんぞ!」
「やはり貴国は軍事力はあっても文化は低そうですな!」
あまりの暴言を制止しようと国王が口を開きかけた。
『いやテーバイ王、ここは任せてくれ』
国王が興味深げな眼でタケルを見ている。
「これはブランデーという酒だ。
見た目は少しエールに似ているが、酒精は非常に強いので気を付けて飲めよ」
「ははは、どれだけの酒精か楽しみですわ!」
「それで、この酒ならば酒勝負を受けて頂けるのですな」
「おういいぞ」
「それでは何を賭けましょうか」
「賭けだと?」
「王族貴族の酒飲み勝負ならば、賭けが行われるのは当然ですな」
「まあ通常であれば勝負参加者が金貨1枚ずつ場に置き、最後まで潰れなかった者の総取りになります」
(註:金貨1枚=購買力平価ベースで日本円100万円に相当)
「なんだたったの金貨1枚か。
それじゃあ王族貴族の賭け事にしては貧相だな。
いっそ、掛け金は1人金貨100枚(≒1億円)にしようか」
「「「 !!!!!!!! 」」」
「ま、まさか100枚などと……」
「それでも余興としては些かみすぼらしいな。
ならば俺だけテーブルには金貨1000枚(≒10億円相当)を置こうか。
別のテーブルの上に金貨1000枚の山が出てきた。
真新しく純度も高い金貨がきらきらと輝いている。
まあタケルの資産からすれば、毎日金貨1000枚を浪費してもその1000万年を超えるであろう生涯で使い切ることは出来ないだろうが。
「「「 !!!!!!!!!!!! 」」」
「さて、さすがに今は誰も金貨100枚は持っていないだろう。
もし参加者が負けた場合には明日中に金貨100枚を持って来い」
「「「 !!!!! 」」」
「テーバイ国王、見届け人になってくれるか」
「畏まりました……
その方ら、もし明日中に金貨100枚が払えぬ時には余が立て替えてやるが、それでも払えなかった場合には王族位、貴族位の返上になると心得よ」
「「「 ………… 」」」
「さあ、この勝負、誰が参加するんだ?」
「「「 ……………… 」」」
「なんだよなんだよ、お前ら俺と酒勝負がしたかったんだろ。
なのに誰も参加しねぇのか?
テーバイの王族も上位貴族も大したことねぇな。
それじゃあ根性無しのお前らのために勝負条件を緩めてやる。
金貨は勝った者の総取りではなく、俺に勝った者には全員に金貨1000枚ずつを払ってやろう。
お前たちの掛け金は金貨100枚のままでいいぞ」
「「「 !!!!!!! 」」」
その場の多くの者たちが金貨の山とタケルの腹を見比べている。
(あんな平たい腹では碌な量を飲むことも出来ないだろう……)
(背は奴の方が50センチ近く大きいが、どう見ても腹はわしの方が大きいしの!)
やはり酒精の薄いワインしかないこのテーバイでは、酒飲み勝負とはアルコール耐性を競うものではなく、単にどれだけの量を腹に入れられるかという物量勝負らしい。
(勝てばあの金貨の山が手に入るのか……)
かなりの王族貴族たちの目が貪欲に濁り始めていた。
「よ、よし! 余が参加してやろうっ!」
「わ、わしもだ!」
「我も!」 「我もだ!」
こうして15人ほどが酒飲み勝負に参加することになったのである。
その全員が謹慎中の王族貴族であった……
(まあ俺には状態異常耐性レベル250があるから酒に酔うなんて有りえないし、イザとなったら胃の中の酒を重層次元に投棄すればいいし。
まあそれも俺の実力のうちだからな……)
「お前らの酒飲み勝負のルールはどうなっているんだ?」
「いったん口に入れた酒を吐き出した場合、それ以上飲めなくなった場合、意識を失って倒れた場合には負けになる!」
「そうか」
テーブルに1リットルは入るであろう大型タンブラーが50個ほど出てきた。
その硬化の魔法のかかったタンブラーになみなみとブランデーが注がれていっている。
(な、なんだあのカップは……)
(ま、まさかガラスで出来ているのか……)
(あのガラスのカップだけでいったいいくらするというのだ……)
(し、しかもすべて形が同じではないか!)
(それにしても、なぜカップの向こうの景色が揺らいでおるのだ……)
あーそれ気化したアルコールによる陽炎だね♪
それぐらい強い酒だっていうことさ♪
「さて、お前らは既にワインを結構な量飲んでいるだろう。
だから俺は最初に1杯余分に飲んでやろう。
テーバイ国王、念のため俺が飲むブランデーのグラスを指定してくれ」
「で、ではこのぐらすで……」
タケルはそのグラスを取ると、おもむろに口をつけて飲み始めた。
ごきゅごきゅごきゅ……
(ぷふぁぁ。
さすがにブランデー1リットルの一気飲みは凄まじいな。
これ、一般人にとってはほとんど致死量だろう……)
状態異常耐性スキルと転移能力の無い人は、イッキ飲み、ダメ! 絶対っ!
(そんなスキルや能力持ってる奴いるんか?)
タケルはすぐに2杯目のブランデーも飲み干した。
「さあ、次はお前らの番だぞ。
さっきも言ったが酒精が非常に強い酒なのでゆっくり飲めよ」
「よ、よし、それでは余が手本を見せてやる!」
王太子がグラスを手に取り、ブランデーに口をつけた。
ごきゅごきゅ……
「ぶふぉぁぁぁぁぁぁぁ―――っ!」
王太子の口からも鼻からもブランデーが噴出している。
目からも噴き出ていないのが不思議なぐらいであった……
(註:実は口腔と眼球裏は繋がっているため、本当に激しく噎せた時には目からも出るのである)
「ははは、これで本来はお前は負けだが、初めて飲む酒だということで、今のはノーカウントにしてやる。
さあもう1杯飲めや」
「う、うぅぅぅぅぅ……」
ごく…… ごく……
「ぐぅぅぅぅぅぅぅ……」
王太子は時折金貨の山を睨みつけながらもブランデーを腹に入れて行った。
他の14名も恐る恐るチビチビと飲み始めている。
「「「 ぐぅぉぉぉ…… 」」」
「「「 ぐぇぇぇぇ…… 」」」
「「「 ぬがぁぁぁ…… 」」」
(あーあ、せっかくの旨い酒なのに味わって飲んでるやつが一人もいねぇじゃねぇか……)
タケルが手を挙げると、その場に大量のブランデーグラスが出てきた。
その全てに4センチずつほどのブランデーが注がれてゆく。
タケルはそのうちの1つを取り、掌で包み込むように持った。
「この酒は本来その香りを楽しみながら飲むものなんだ。
こうやって手でグラスを温めて香りを飛ばしながらな。
さあ、みんなも飲んでみろ。
けっして急いで飲まずに少しずつ口に含むんだぞ」
テーバイ国王や上級貴族たちがグラスを取って飲み始めた。
「うわっ!」
「むぅぉぉぉぉ―――っ!」
「の、喉が焼けるぅっ!」
(こ、これほどまでに酒精の強い酒だとは……)
(こ、この酒をタケル王は一気に2杯も飲み干したというのか!)
「よければご婦人方も試してみるといい。
そうそう、ブランデーと一緒にこのチョコレートも試してみると旨いぞ」
その場に大量のブラックチョコレートが出て来た。
「まあ!」
「こ、この『ちょこれーと』というもの、なんて美味しいのでしょうか……」
「それもこの『ぶらんでー』とたいへんよく合いますわ♪」
昼餐会場の隅では軍の司令官たちもブランデーを口にしていた。
(凄まじく酒精が強い…… だが旨い……)
(なんという馥郁たる香りだ……)
(酒はその国の文化を象徴するというが、我が国との差は軍事力の差以上であったか……)




