*** 186 降伏条件交渉 ***
また王太子が吠えた。
「そ、そうだ!
た、確かテーバイグループの総兵力は720万であったはずだ!」
「はい」
「それではその正式停戦交渉を5日後に設定すると返答し、その間に残りの320万を動員してタケルポリス軍とやらを殲滅せよっ!
さすれば死刑は免除してやる!」
「よろしいのですか?」
「な、なんだと……」
「我がテーバイグループ総軍720万の内、今回集めた兵力400万はその精鋭であり、残存320万はまだ経験も練度も浅い軍でございます。
そのため、主に防衛予備軍として各譜代ポリスに残しておりました。
万が一その予備軍も失うことになれば、東のペルシャポリス、南東のミケナイポリス、南西のエジプタポリス、北西のローマンポリスなどが侵攻してきた際に迎え撃つ兵力が存在しないことになりまする」
「「「 !!!!! 」」」
「その場合、我がテーバイ本国の王族貴族の方々はことごとく全員が殺害され、王城内の財に加えて、譜代ポリスや外様ポリスの子女農民は全員が奴隷として各ポリスの戦利品となることでしょう」
「「「 !!!!!!! 」」」
「それでは我らはこれより近衛軍本部に出頭し、死刑をお待ち申し上げることと致します。
願わくば、テーバイが滅亡する姿をこの目で見る前に刑の執行をお願い申し上げまする……」
国王が声を出した。
「ま、待てっ!
そ、その前に今後の方策を下問するっ!
タケルポリスとやらは講和の条件として何を要求してくるというのだ!」
「それでは僭越ながら答申させていただきます。
仮にペルシアポリスが我がテーバイに侵攻を企てたとし、その全軍を我が軍が打ち破ったと致しましょう。
その後にペルシアが一時停戦や講和を申し入れて来たとして、テーバイはなんと返事をされるのでしょうか」
「うっ……」
「我らの常識からすれば、戦端が開かれる前ならいざ知らず、大敗北を喫した敵よりの一時停戦や講和協議を受け入れるなどいうことはございませんでしょう。
間違いなく軍を失ったペルシアに逆侵攻し、懲罰として王族貴族を全員殺害した上で財や民を全て持ち帰られるのではありませぬか?」
「「「 !!!!! 」」」
「仮に講和に応じたとしても、ペルシアの王族は全員処刑した上で新たにテーバイの王族か上位貴族を王として送り込むことと思います。
なにしろテーバイはそのようにして傘下ポリスを増やして来たのですから」
「「「 あ、あぅ…… 」」」
「敢えて申し上げますが、全軍壊滅という事態はそれほどの重みを持っているのです。
それにしても、あれほどまでの戦力を持つポリスに対して、碌に事前調査を試みることも無く、単に対等な交易を申し入れて来たのが無礼であるというだけの理由で戦を仕掛けられるとは……
確かに軍を壊滅させた責は我ら軍指導部にございますが、その軍に戦を命じられたテーバイ王族と上級公爵家の方々に於かれましても、その首を差し出すお覚悟はお持ちになられた方がよろしいかと愚考いたします」
「「「 ひぃっ! 」」」
「ば、莫大な財を差し出すと言ってもダメか?」
「タケルポリスにとっては、皆さまを皆殺しにしてから財を奪うか、財を全て差し出させてから皆殺しにするかだけの違いでありましょうね」
「「「 ひぃぃぃっ! 」」」
どうやら大敗北し、死刑を待つ身である総司令官たちは、ことさらに率直な意見を述べ始めているらしい。
「攻撃命令を拝領した譜代ポリス連合軍総司令部は、まずタケルポリスの調査から始めました。
もちろん我ら総司令部員もタケルポリス近傍まで出向いてその威容を目視しております。
その結果、かの敵はかつて相まみえた如何なる敵をも凌駕する尋常ならざる敵と見做し、当初は50万程度の戦力で十分と考えていた攻撃計画を破棄いたしました。
そして、守備軍を残した最大攻撃戦力である400万の軍を集結させたのであります」
「そ、それほどまでの敵であったのか……」
「やはり皆さま城壁上からタケルポリスを御覧になられてはいませんでしたか……
かの城の周囲はおよそ3キロ、その高さに至ってはテーバイ第1城壁の15倍もの大きさがございます」
「「「 !!!!! 」」」
「その巨大な城にはさらに1キロ四方の畑が付随しています。
その城と農地が毎夜1メートルほども浮き、日に1キロの割合で我がテーバイポリスに向けて進行して来たのであります。
どうやら当初に王城に届けられた親書には、『無用な誤解を生まぬためにも当初はテーバイより10キロ離れた地にタケルポリスを転移させる』『その後は交易の利便性のためにテーバイに徐々に接近させる』と記してあったとのことでした。
その親書はご覧になられていなかったのですか?」
「いくらなんでもそのようなこと……
ざ、戯言だと思っていたのだ……」
「実際には戯言ではなく本物の力でありましたが。
しかも、それが本物の力であるということは、日々近づいてくるあの超巨大ポリスを見ればすぐに分かり得たことであります」
「「「 あぅ…… 」」」
「つまりかの敵は、あの巨大な城を転移させることが出来る転移魔法能力に加えて、その城を浮かせて移動させる念動魔法能力すら有している相手だったのです。
加えて僅か3発で第4城門を破壊しうる爆裂火魔法まで行使出来るとは。
せめて当初の時点で親書の内容を受け入れ、友好条約を締結して交易を始められていれば、このようなテーバイ滅亡の危機には至らなかったものを……」
「め、滅亡の危機だと……」
「はい、我がテーバイは今や滅亡寸前の状況にあります」
「「「 !!!!!!!! 」」」
「ですがそのようなことをご進言申し上げても、我ら総司令部人員は全員が越権行為の咎で捕縛され、新たに選出される総司令部により攻撃命令が続行されることは明白でした。
そこでせめて最大戦力を配備して戦端を開いたのであります。
それがまさか僅か2時間ほどで400万もの軍が全滅し、第4に加えて第3城壁までもが完膚無きまでに破壊されてしまうとは……
我らの予想を遥かに上回る強大な敵でありました……」
「「「 あぅあぅ…… 」」」
「そ、それで我らはどのようにすれば滅亡を逃れられるというのだ!」
今後の方策を進言せよっ!」
「率直に申し上げてよろしいですか?」
「ゆ、許す……」
「我らの考えではたった一つの光明がございます……」
「「「 おお! 」」」
「仮に皆さまが過去に於いてタケルポリスと同等な能力、戦力を保有されていたとすれば如何行動されていたでしょうか」
「そ、それは……」
「その場合はまず間違いなく、動く城、転移魔法、念動魔法、結界魔法、爆裂火魔法を駆使してペルシアなど他の有力ポリスに攻め込まれていたのではないでしょうか。
そして、そうした有力ポリス群の王族と高位貴族を皆殺しにし、この大陸南部のみならず大陸全土に覇を唱える大帝国ポリスを目指されていたものと思います」
「「「 …………… 」」」
「にもかかわらず、タケルポリスは当初テーバイに攻め込んでは来なかったのですよ。
それどころか友好と交易を求める書簡を送って来ていたのです。
なぜ力有るものが弱者を蹂躙して奪わず、対等な関係を求めたのか……
わたくしごとき者にはその動機などまったく斟酌出来ませぬが、この点に光明が見出せると考えます」
「わ、我がテーバイが弱者だと申すか……」
「400万もの軍勢を攻め込ませたにもかかわらず、僅か2時間で全軍を失った上に城門まで2つも崩されたということは、粉うことなき弱者でありましょう……」
「「「 あ、あぅ…… 」」」
「その強大なるポリスに対して『対等な交易の申し入れなど大テーバイに対し無礼極まりない!』として、攻撃と略奪をお命じになられたのはあなた方なのですよ」
「「「 あぅあぅ…… 」」」
「また、もしも例えばペルシアポリスの近郊にて先に攻撃してきたペルシア軍を壊滅させ、城門もいくつか破壊したとして、その際にペルシアからの一時停戦の使者など受け入れるでしょうか。
いえ、間違いなく皆さまは我が軍に攻撃続行とペルシア王族の全員処刑をお命じになられたと推察いたします」
「「「 あぅあぅあぅ…… 」」」
「にもかかわらず、タケルポリスは一時停戦を受け入れ、同時に本格和平交渉のための日時と場所の指定を要求して来たのです。
もちろんあれほどの戦力があるならば、交易など迂遠なことはせずとも、いとも簡単にテーバイを滅ぼして財を奪えたはずであります。
なのに何故交易などを求めたのか」
「な、なぜなのだ……」
「彼らの目的を忖度するなど至難の業ではありますが、ひょっとすると、我らテーバイの文化を求めたのではないでしょうか」
「『文化』とな……」
「我がテーバイが誇る文化、それは最高の食材の産出とその食材から得られる美味佳肴、3年にも渡る貯蔵と熟成に耐えるワインではないかと愚考致すのです。
もしもタケルポリスがテーバイを滅ぼしてしまえば、これらテーバイ王族が育んできた文化をも滅ぼしてしまうかもしれませぬ故」
「「「 そ、そうか! 」」」
(なあマリアーヌ、こいつ総司令官だけあってなかなかスルドイとは思ってたけどさ。
でもやっぱりこの戦まみれの惑星ダタレルだと思考にも限界があるんだな)
『まさかこのタケルポリスの目的が惑星規模での紛争撲滅だとは思いもよらないのでしょうね』
「そ、それではその方らを和平協議の顧問に任ずる!
協議の内容についての助言をせよ!」
「身に余る光栄ではございますが、謹んでご辞退させていただきまする」
「な、なぜだ!」
「我らは先程王太子殿下より死罪を賜りました。
最後の数時間を心静かに過ごしたいと思いまする……」
「よ、よし!
王命をもってその方らの死罪を撤回するっ!」
「へ、陛下、それはあまりにも……」
「黙れっ!
貴様はこの交渉を任されて完遂する知恵を持っておるのかっ!
交渉の結果、我らテーバイ一族の滅亡を回避出来るのかっ!」
「で、ですが……」
「これ以上余に逆らえば、廃嫡とするぞ!」
「「「 !!! 」」」
「その方らの名は!」
「はっ、侯爵テーバイ軍総司令官ハニバル・フォンターナ・テーバイと申します」
「伯爵テーバイ軍副司令官アレキサンダー・フォンターナ・テーバイと申します」
「同じく伯爵テーバイ軍副司令官エリアデス・フォンターナ・テーバイと申します」
「よし、その方らは国王特別顧問として身分も保証する!
講和交渉について進言せよ!」
「畏まりました。
まずは前提条件であります。
我ら譜代ポリス連合軍はタケルポリス相手に総力戦を挑みましたが、これに大敗いたしました。
我らの常識からすれば、この時点でテーバイ一族の滅亡は確定していたのです」
「「「 あぅ…… 」」」
「ですが幸いなことに、我がテーバイは今一度講和交渉という機会を与えられました。
これはもちろんテーバイご一族の存亡をかけた最後の戦いとなるでしょう。
つまりは王族方と上級公爵家の方々にとっての総力戦となり、皆さまのみならず未成人や赤子に至るまでの一族の生死を賭した戦になります」
「「「 はぅっ…… 」」」
「ここまでのご認識はよろしいでしょうか」
「う、うむ、続けよ」
「それでは今一歩ご認識をお進め下さい。
これより行われるのは実際には講和交渉や停戦協議などではありませぬ。
本質的には降伏の申し入れでございます」
「「「 !!!!! 」」」
「すべてはテーバイ一族が生き残るため、皆さまのご認識が切り替わるのを待つために、我々は敢えて講和や停戦のような名称を使って参りましたが、これは降伏の条件交渉以外の何物でもございませぬ。
先方には降伏を前提にした講和交渉と伝えておりまする」
「な、なんだとぉっ!」
「き、貴様なんという僭越なっ!」
「それでは単なる停戦交渉と先方に伝えているべきだったと仰られるのですね?」
「あ、当たり前だっ!」
「その場合にはタケルポリスはその申し入れを鼻で笑って無視し、テーバイ中枢部への攻撃を続行していたと考えられます。
ちょうど今頃、皆さまはご家族も含めてはあの爆裂火魔法によりことごとくお亡くなりになられていたでしょう」
「「「 !!!!!! 」」」
「つまりテーバイ一族のお命を救うためには降伏を前提とする停戦しかあり得なかったのですよ」
「「「 あぅあぅ…… 」」」




