*** 181 停戦協議準備 ***
その頃アテナイ王城ではスパルタポリスから訪れていた王太后が侍女に命令を出していた。
「タケルポリスの攻撃が止んだようです。
今すぐ出立してスパルタに戻ります」
「はい!」
スパルタ王太后一行はアテナイ北側の通用門から外に出た。
王太后と侍女3名の乗る馬車と、護衛の騎乗近衛兵15名からなる陣容である。
通用門周辺は多くの他ポリスから来た王妃や王女が帰還しようとして混雑を始めていた。
スパルタ王太后一行が進み始めて3時間後、馬車が停止した。
「何事ですか」
「王太后陛下、前方索敵中の護衛騎士が戻って参りました」
「戻り次第報告を聞きましょう」
急いで戻って来た騎士が王太后の御前に呼ばれた。
「王太后陛下にご報告申し上げます。
前方に騎馬兵5騎が現れましたので接近して確認しましたところ、我がスパルタの特使閣下とその護衛でありました。
まずは王太后陛下に報告をと申しておりますが、如何いたしましょうか」
「報告を許す。
この場に連れて来なさい」
「はっ!」
「王太后陛下に申し上げます。
昨日スパルタ南方にタケルポリスと名乗る巨大な城が現れました」
「「「 !!! 」」」
「それで王は如何しておる」
「はっ、タケルポリスからは交易のために友好を求めるとの親書が届いていたのですが、念のためスパルタポリス外に防衛軍を布陣させていらっしゃいます」
「攻撃は仕掛けていないのだな」
「はい」
「はは、我が息子ながらよくやった!」
「?」
「あの、私共は王太后陛下に今しばらくアテナイにご滞在されるようお伝えし、念のためアテナイに援軍を要請するよう命じられておりますが……」
「わかった、だがその必要はない。
アテナイ近郊にも巨大なタケルポリスが出現し、アテナイが愚かにもこれに総攻撃を仕掛けたものの圧倒的な軍事力によって返り討ちになり、アテナイは略奪軍13万を失った」
「!!!」
「さらには逆侵攻したタケルポリス軍により城門城壁が次々と破られ、ついにはあの大城壁までもが破壊されたのだ」
「!!!!!」
「この上は大至急スパルタに戻り、王にタケルポリスへ友好のための使者を送るよう進言しよう。
皆の者、急ぐぞ」
「「「 はっ! 」」」
もちろんスパルタだけでなく、これ以降惑星全域約1万のポリス近傍にはタケルポリスが出現することになる。
そのうち、このスパルタのように友好的な交渉を開始して壊滅を免れたポリスは、わずかに100ほどであったそうだ……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アテナイ城の国王執務室では国王が床に伏せて丸くなっていた体を持ち上げた。
「そ、騒音が止んだぞ……
ま、まさかあの宰相府の平民下級役人が蛮族を撃退したとでもいうのか……」
そのとき執務室に近衛将軍が戻ってきた。
「陛下、ただいま視察より戻りました。
視認の結果、残念ながら大城門と城壁は幅50メートルほどに渡って完全に崩されております……」
「き、虚偽を申すなっ!
あの大城壁が崩れるわけはなかろうっ!
余は自分の目で見たものしか信じんぞぉっ!」
「それでは陛下、僭越ながらご自分の目でご確認ください」
「この莫迦者がぁっ!
国王たる余をそのような危険な場所に出してなんとするっ!
よいか!
余は崩された大城壁など見ておらん!
よって大城壁は健在なのであるっ!」
「…………」
(長年陛下に仕えてきたが……
ここまで阿呆だったとは気づかなかったわ……
人はいざというときに本性が出るというのは本当であったのだな)
そのとき若い近衛兵が執務室に入ってきた。
「陛下、宰相府と軍務省並びに軍参謀本部の次官補代理たちが拝謁を希望していますが、如何いたしましょうか」
「おお!
あの蛮族を撃退して攻撃を止めさせた平民下級官僚か!
苦しゅうない、拝謁を許す!」
「はっ!」
3人の男たちが国王執務室に入り、国王から10メートルほど離れた床に膝下した。
「よくぞあの蛮族共を滅ぼした!
褒めてつかわす!」
「畏れながら陛下、我らはタケルポリス軍を滅ぼしてはおりませぬ」
「な、なんだと……」
「略奪軍10万と遊撃軍3万が壊滅した今、かの軍勢に対抗出来る軍はおりませぬ。
よって殲滅も撃退も不可能であります」
「ど、奴隷兵は…… 守備軍は……」
「奴隷兵1万5000は家族と共にタケルポリスに逃亡しました。
また、守備兵10万は、第3小城壁が破られた時点で全軍撤退しております」
「兵が余の許可もなく敵前より撤退しただとぉっ!
そ、そ奴らを捕らえて死刑にせよっ!」
「あの、軍規によれば、第3小城壁が破られた時点でその場から撤退し、第2中城壁内に避難せよという文言がございます。
よって農民兵たちは軍規通りの行動を取っただけであります」
「誰がそのような軍規を作ったというのだ!」
「畏れながら軍規集には陛下の玉璽がございます」
「!!!!」
「ですが第2城壁も破壊され、官庁街や貴族街も広範囲に破壊されてしまったために、守備軍も大半が壊滅したものと……
もはや我がポリスに残された戦力は近衛兵殿たちだけであります」
執務室にいた近衛兵たちがたじろいだ。
貴族である彼らは略奪軍に属さず、守備軍にも属さず、ただただ大城壁内で王族を守ることのみが任務であった。
つまり『絶対に傷つかず死なない軍人』であるからこそ近衛に志願していたのである。
それがまさか蛮族への突撃を命じられるかもしれないのだ。
近衛将軍が慌てて話題を転じた。
「だ、だが、それだけの戦闘が行われたからには蛮族軍も相当に疲弊しておることだろう!」
「いえ……
残念ながらタケルポリス軍には戦死者はおろか負傷兵もおりませぬ」
「「「 !!!!! 」」」
「それだけ彼我の戦力差、特に魔法能力の差が大きかったと考えられます」
「ぐぎぎぎぎぎ……」
魔法能力にプライドを持つ王族には、この現実はかなり厳しいものだった。
「ですが陛下、王太后陛下のご命令は、『蛮族共を殲滅せよ』『この騒音を止めさせよ』というものでございました。
そこで我らはタケルポリスに出向き、タケル王陛下に停戦交渉開始を依頼したのです。
結果としてこのように攻撃が停止され、騒音も収まりました。
王太后陛下のご命令は半分が達成されたことになります。
また、あの2つのご命令は、『この騒音を止めさせよ』というものが主であり、そのために『蛮族共を殲滅せよ』という手段があったと思われます。
ですのでもし停戦合意が為されれば、王太后陛下もお許し下さるのではないでしょうか。
ですが今はあくまで停戦合意協議のための準備期間であります。
実際の停戦協議はこれから行わねばなりませぬ」
「よ、よし、その方らはそのように王太后陛下に報告に行け!
また停戦協議もその方らに任せる!」
「畏れながら……
王太后陛下がおわすのは後宮でございまして、我ら男子は入ることが出来ませぬ」
「!!!」
「ですので恐縮ではありますが、女官長殿をこの場にお呼びくださいますようお願い申し上げます」
「ひっ……」
「また、停戦協議開始に当たりまして、タケルポリス側からの条件がございます」
「じ、条件だと……
ど、どどど、どのような条件だというのだ……」
「停戦協議はタケルポリスの王と王太后陛下、並びにスポポン・フォン・アテナイ国王陛下との直接協議にするとのことでございます」
「ひぃぃぃぃ―――っ!」
「また、協議の場はアテナイの王城で構わぬとのことで、多数の随員も認められております」
「い、嫌じゃ!
余はそのような場には出んぞっ!」
「そうですか……
それでは残念ながら停戦協議は不成立ということになります」
「そ、その場合はどうなるというのじゃ!」
「停戦協議の開催が合意出来なければ、タケルポリス軍は3時間後に攻撃を再開します。
そうなればまた王太后陛下が激怒されることでしょう」
「うひぃっ!」
「また、攻撃再開の場合にはその標的がこの第1城壁内すべてとなり、王城も離宮も完全に破壊されることになります。
そうなれば崩れた城に潰されて、アテナイご一族はもちろん陛下のお命も儚くなるでしょう」
「あひぃぃぃ―――っ!」
「それを避けるためには、恐縮ですが女官長殿をお呼びいただかなければなりません」
「ま、待て!
余は譲位する!
王太子よ、そなたが王となり停戦協議とやらに参加せよっ!」
「お断りしますっ!
第2王子こそ王に相応しいでしょうっ!」
「お断りしますっ!
第3王子こそ王に相応しいでしょうっ!」
「あの、タケルポリス側の条件は、スポポン・フォン・アテナイ陛下と王太后陛下との交渉に限るとのことでありまして、陛下が譲位されて他の国王陛下を立てた場合には、条件が満たされなかったとして停戦協議は破棄されるそうです」
「「「 !!! 」」」
「その場合にはやはりアテナイ一族は城と共に滅ぼされます」
「そ、それで蛮族共は停戦と引き換えに何を望んでいるというのだ!」
「それは提示されませんでした。
国王陛下と王太后陛下に交渉の場で直接要求されるそうです」
「そ、そのような交渉を行ったお前たちは許せんっ!
ひっ捕らえて縛り首にしてくれるわ!」
「それも仕方のないことでしょう」
「な、なに……」
「実際僭越なる交渉を行ったのは我々ですし。
ただ、停戦協議に応じるか否かを我らが直接3時間以内にタケルポリスに伝えない場合、停戦は無かったものとしてタケルポリス軍の攻撃は再開されます。
まあ、縛り首で死ねば、崩れる城に圧し潰されて亡くなられる陛下と共に死ぬということですね」
「ぎゃひぃぃぃ―――っ!」
「ですがまず王太后陛下のご意向を伺ってみられたら如何でしょうか。
そのために女官長殿をお呼びくださいませ……」




