*** 178 30センチ魔導砲 ***
その頃タケルポリス軍は。
『撃ち方止め!
大通り沿いの建物はあらかた破壊したか。
AI部隊は瓦礫を撤去せよ』
『『『 はい! 』』』
『オーク部隊は機関砲と台座を格納し、大城門前100メートルの位置に集合せよ』
『『『 ブヒッ! 』』』
『マリアーヌ、城門前100メートル地点に30センチ砲13門と台座を設置してくれ』
『はい』
『作業が進む間、オーク隊は小休止。
水分補給等を行え』
『『『 ブヒッ! 』』』
『マリアーヌ、せっかく作ったんだから砲弾は成形炸薬魔素弾を使おうか』
『畏まりました』
成形炸薬魔素弾:
砲弾の先端についた接触信管により、着弾の瞬間に砲弾先端部の内部成形魔素が爆発。
この爆発の爆轟により内部に設置された金属がモンロー・ノイマン効果により液体状となり超高圧超高速で噴出される。
砲弾そのものの速度は秒速1700メートル(マッハ5)だが、このメタルジェットの速度は秒速8500メートル(マッハ25)にもなり、目標物を溶融・粉砕しながら進む。
このため砲弾の侵徹性に優れ、砲弾が深く食い込んだ後に遅延信管により砲弾後部の爆発性魔素が点火される。
つまり徹甲弾と炸裂弾の特徴が併用された砲弾であり、主に強固に防御された対戦車、対城塞などの破壊に使用されるものである。
そのころ後宮では。
「ようやく騒音も収まったか」
「さすがのご威光でございます王太后陛下」
「うむ」
「それで、まもなくお茶会の開催時刻となりますが、招待客を会場に案内し始めてもよろしいでしょうか」
「確か会場は後宮屋上庭園であったか。
すぐに客の入場を始めさせよ」
「畏まりました」
一方でタケルポリス軍は。
「マリアーヌ、まずは俺が城門中央部を撃つ。
その後着弾点を中心に半径2メートルの円周上に等間隔で着弾するよう30センチ砲12門の照準をつけてくれ。
計13の砲による砲撃後、AI部隊は瓦礫を撤去せよ」
『はい』
『『『 はい! 』』』
「王太后陛下、招待客の入場が完了しました」
「うむ」
後宮屋上庭園には30の有力ポリスから来た王太后や王妃、王女が揃っていた。
その侍女たちが会場の周囲を取り巻いている。
そこに派手な衣装を着た女官12名が持つ輿に乗った王太后が登場した。
もちろん一番エラい人物が一番最後に会場入りするのである。
一段高く設えられた席についた王太后が言葉を発した。
「皆の者、よく来た」
もちろんこの『皆の者』という呼びかけはかなり無礼なものである。
正式には『王太后陛下、王妃殿下、王女殿下』と呼びかけるべきであった。
要は、
『お前らごとき弱小ポリスの王太后や王妃や王女を我がアテナイの王太后が招待してやったのだからありがたく思え』というマウント取りである。
これに対し、招待客中で最も高齢でもある有力ポリス、スパルタの王太后が返礼した。
「この度はご多用中にも拘わらず、このような素晴らしい席にご招待下さいまして誠にありがとうございます、アテナイ王太后陛下」
もちろん通常であれば、この『ご多用中にも拘わらず』という文言は入らない。
つまり、この語句が入ったことにより、この挨拶は、
『蛮族に襲撃されて略奪軍がボコボコにされた中で、よくこんな茶会なんぞ開けたものだな』という意味になったのである。
両者の額には小さいながら青筋が立っていた。
まるでドラゴン対マンティコアの咆哮合戦である。
もちろんこうした招待客の随員の大半は諜報部員であり、アテナイの内情や内紛などを把握するために同行している者である。
各ポリスの王太后や王妃たちは、当然諜報員たちからの詳細な報告を受け取っていた。
むしろタケルポリスとの戦争の被害状況を知らないのはアテナイの王太后と女官長だけだったのである。
『タケルさま、30センチ魔導砲発射準備完了しました』
「よし、まずは初弾を撃とうか」
どうぅぅぅ―――ん!
どがっ! ばごぉぉぉ―――ん!
『うひょぉぉぉ―――っ!』
(あー、芯ヌキの初弾だけで大穴が開いてるよ……)
『続けて12門一斉砲撃せよ!』
どどどどうぅぅぅ―――ん!
ばごんばごんばごぉぉぉ―――んっ!
「「「 きゃあぁぁぁ―――っ! 」」」
がしゃがしゃがしゃ―――んっ!
王太后陛下が次のお言葉を発せられようとした瞬間、聞いたことも無いような大音響とともに後宮屋上庭園が強烈な揺れに見舞われた。
その揺れはテーブルに配置されていた茶器や什器を跳ね飛ばし、ほとんどを床に落下させている。
この第1大城壁内は長年の使用で手狭になっていたため、ほとんどの建物は城壁と融合して建てられており、後宮もまた例外ではなかった。
また、城門も度重なる増強工事のためにほとんど城壁と一体化している。
つまり13門もの30センチ砲の砲弾の着弾は王宮や後宮にもダイレクトに振動を与えていたのであった……
「ありゃー、やっぱりもう深さ6メートル、直径6メートルもの大穴が開いているか」
因みに、トンネル掘削工事などでダイナマイトによる破壊掘削が行われる際には、最初に中心部に削岩機で穴が開けられ、つぎにその周囲にも多くの穴が開けられる。
そうして、まずは中心部の穴に詰められたダイナマイトが起爆されて芯ヌキと呼ばれる作業が行われ、次に周辺部の穴に詰められたダイナマイトが一斉に爆破されるのである。
これがもっとも効率的な爆破掘削方法であった。
その後数時間の経過観察と放水が行われ、残存ダイナマイトの暴発が無いことが確認されると、ズリと呼ばれる岩石の破片が撤去されてまた同じ作業が繰り返されて行くのである。
AI部隊によるズリの遠隔転移作業も順調に進んだ。
『目標そのまま! 第2回斉射っ!』
どうぅぅぅ―――ん!
どがっ! ばごぉぉぉ―――ん!
どどどどうぅぅぅ―――ん!
ばごんばごんばごぉぉぉ―――んっ!
「「「 ひぃぃぃ―――っ! 」」」
もはや後宮屋上庭園は阿鼻叫喚の様相となった。
ほとんどの者がテーブルの下に避難し、王太后もまた女官長に支えられてテーブルの下に入っている。
もちろんもうお茶会どころではない。
この後宮すらいつ崩れ落ちるか分からないのである。
(おのれおのれおのれぇぇぇ―――っ!
国王も王太子も軍務大臣も大将軍も、全員平民に、いや奴隷に落として蛮族に突撃させてやろうぞぉっ!)
さすがは阿呆王族総元締めの王太后陛下である。
アテナイポリス存亡の危機よりも、自分のプライドの方が重要らしい……
「あーあ、たったの斉射2回でもう大城門に穴が開いちまったよ」
「うわぁぁぁ―――っ!
大城門がぁぁぁ―――っ!」
「に、逃げろ…… 逃げろぉぉぉ―――っ!」
念のため大城門裏に配置されていた近衛兵が逃げ始めた。
腰が抜けて座り込んでいる者も多い。
「マリアーヌ、砲の照準を城門上の城壁に切り替えてくれ」
『はい』
砲の照準を変更する僅かな間、砲声が止んだ。
「な、何が起こっているんだ!」
宰相府内で会議をしていた宰相府や軍務省の役人たちも、慌てて隣接する大城壁上に出て来ている。
城壁上ではほとんどの者が座り込んで慄いている中で、ひとり笑みを浮かべて城壁外を見つめている者がいた。
「ムルコス叔父上っ!」
「おや、ムルラスか。
お前もここに来てよく見なさい。
いよいよ大城壁が破られるぞ」
「!!!」
後宮屋上庭園では:
ほとんどの王妃や姫が腰を抜かしている中、スパルタの王太后陛下が庭園の端に向かった。
そうして手摺越しに大城壁を御覧になられたのである。
『タケルさま、再照準完了しました』
「砲撃開始!」
どうぅぅぅ―――ん!
どがっ! ばごぉぉぉ―――ん!
どどどどうぅぅぅ―――ん!
ばごんばごんばごぉぉぉ―――んっ!
がらがらがらがら……
城門の支えを失っていた城壁が崩れ落ちていった。
「ああ…… 大城壁が…… アテナイの象徴たる大城壁が……」
『撃ち方止め!
これより標的は城門左右の城壁とする!
再照準開始!』
『はい』
手摺から外を見ていたスパルタの王太后は、ゆっくりとアテナイ王太后のテーブルに近づいていった。
「本日は素晴らしい趣向のお茶会にご招待いただきまして誠にありがとうございます王太后陛下。
まさかこの歳になって戦場の空気に触れることが出来るとは。
ましてアテナイの象徴たる大城壁が、敵軍の大魔法によって崩される瞬間をこの目で見ることが出来ようとは……」
「な、なんじゃと……」
「それでは王太后陛下、ここもすぐに戦場となるでしょうから、お邪魔にならぬよう私どもはこれで失礼いたします。
そうそう、急用を思い出しましたのでわたくしたちは我がポリスに帰らせていただきますね」
「!!!」
「王太后陛下もどうかご自愛くださいませ。
もしも逃亡や亡命の必要があらば、是非私どものポリスをご利用ください」
「!!!!!」
「それではどうかお命を大切に……」
その場で腰を抜かしていた王妃王女たちも、侍女の助けを借りて逃げ出していた。




