*** 173 示威行動 ***
タケルポリスの圧倒的な軍事力を見て些か消沈していた兵たちも、ホテルの迎賓の間での晩餐会で見たことも無いご馳走を前にして元気を取り戻したようだ。
彼らは生まれて初めて食べる美食に興奮し、鯨飲馬食の末に部屋に戻って行った。
翌日は朝食後から商業街にて全員が盛大に散財したらしい。
そして、満載された荷車と共に大いに満足して帰隊して行ったのである……
翌日夕刻。
平民服を着た男が第2城壁近くの第12王子大将軍閣下の邸に近づいて来た。
わざわざ裏通りの路地を何度か回り、尾行を気にしているそぶりも見られている。
邸の門前にて男は衛兵に話しかけた。
「俺は第1略奪軍参謀本部所属の情報少尉だ。
極秘情報を入手して第12王子大将軍閣下に届けに来た。
ご面談を賜れるようお取次ぎ願いたい」
「階級章を見せろ」
「これだ」
「うむ、まずは衛兵詰め所に来い。
衛兵長殿に直接要請せよ」
「わかった」
「それでお前はどのような情報を持って来たと言うのだ」
「あまりにも重要な情報なのでここでは話せない。
大将軍閣下に直接ご報告申し上げる」
「そうか、おいお前たち、こいつを椅子に縛り付けろ。
大声を出せぬよう猿轡もだ」
「「「 へい! 」」」
「なっ!」
「さて、そのあまりにも重要な報告とやらを話してもらおうか。
話す気になったら首を縦に振れ。
今よりお前が話す気になるまで両手の指を折って行く。
それでも話さないようなら指を1センチおきに輪切りにしてやろう」
「むー! むー! むー! むー!」
「はは、お前も莫迦な奴だ。
もし本当に重要な情報ならば、殿下に奏上するのは俺だ。
そうすれば金貨どころか俺も王族の従士になれるかもしらんからな」
「ぐうぅぅぅぅ……」
「手の指を切り落とし終わったら両手首を落とすか。
それでも吐かなければ両目を抉り取ってやるぞ。
さあまずは指の骨を折って行こう。
だがその前に一応殿下にお知らせするとしよう。
なにしろ殿下は何よりも拷問がお好きだからな。
お前たちはこいつを監視していろ。
俺は殿下にお知らせして来る」
「「「 へいっ! 」」」
その瞬間、その場の全員が消えた。
もちろん衛兵たちはタケルポリスの牢へ、情報将校はアテナイ軍参謀本部の営倉に転移させられている。
「大佐殿、また営倉に1人転移されて来ました。
他の者と同じく椅子に縛り付けられております」
「よし、すぐに行こう」
「お前も莫迦なことをしたものよの。
大方密告しようとしたところを衛兵たちに捕まって情報を吐かせられようとしたのだろう。
おい、猿轡だけ外してやれ」
「「「 はっ 」」」
「み、密告などではないっ!
俺はアテナイポリスのためにっ!」
「ならばなぜ尾行を気にしながら夕刻過ぎに王子殿下のご自宅まで行ったのだ。
なぜ軍司令部の殿下の執務室に堂々と行かなかったのだ」
「そ、それは……」
「お前は我らを裏切ったのだ。
それもはした金やちっぽけな昇進欲しさにな」
「あ、アテナイポリスに反逆したのはお前たちだろうにっ!」
「その通りだ」
「!!」
「だがそれで戦が無くなり部下がもう死なぬようになるならばそれで十分だ」
「な、なんだと……」
「つまりお前は兵たちの命と引きかえにカネと昇進を欲したわけだな」
「あ、あのような若造の率いる軍が、4000年の歴史を持ち、大陸北部最強のアテナイ軍に勝てるわけはなかろうっ!」
「まだわからんのか。
お前はあのままでは両手の指を全て折られ、その上で指を輪切りにされていたところだったのだぞ。
その後は両目をくりぬかれていただろう」
「ぐぅ……」
「あの王子殿下はな、部下に命じて捕虜が死ぬまで拷問されるのを見るのが大好きなのだよ。
もちろん知っていることを全て吐いたとしても、拷問の末に殺されることに変わりはない。
なにしろ拷問そのものを楽しむ変質者なのだからな。
あの方の邸の庭はもう埋める場所も無いほどの死体でいっぱいなのだぞ」
「!!!」
「そんなお前をここに転移させて命を救って下さったのは、あのタケル殿なのだがな」
「ぐうぅぅぅ……」
「あの視察に出向いた我ら全員には、タケル殿が監視の魔法をかけられていたそうだ」
「!!!」
「もちろん密告された程度ではあのタケルポリス軍は全く問題無いそうだが、密告者が殺されるのを防ぐためだったそうだ」
「!!!!!」
「まあいい、お前はこの営倉に1か月ほどいてもらう。
それだけあればアテナイも完全に滅んでいるだろうから、その後は釈放してやるのでどこへなりと行くがいい。
ただし、タケルポリスでは受け入れてもらえんぞ。
退役軍人会でもだ」
「……あぅ……」
「こいつの縄だけ解いてやれ。
食事と水はタケル殿が直接腹の中に転移して下さるそうだ。
1か月間営倉の扉は絶対に開けぬように」
「「「 ははっ! 」」」
それにしても、タケル殿の予言通り5人の男たちが密告に走ったか……
しかも名前まで当てられるとは……
それもかのお方のご指摘通り、全員が40歳以上で昇進が遅れている者たちだったのう……
(敵意察知の魔法ってマジ優秀っ♪
しっかしおっさんやジジイたちの若造への嫉妬って旧神界も原始世界も変わらないんだなー。ただ、あの密告おっさんたちより俺の方がもう生活年齢は上なんだけど……)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そうこうしているうちに、タケルポリスはアテナイから300メートルの位置に近づいて来た。
最外郭城壁の上には毎日大勢の農民たちが見物に訪れている。
そしてその日の日没後。
アテナイのほぼ全ての住民が飛び起きた。
「か、火事かっ!」
「な、なんだあの光はっ!」
そう、タケルポリスが強烈にライトアップされていたのである。
ご丁寧にスモークまで焚かれた上にレーザー光線やサーチライトまで乱舞している。
なにしろ近傍重層次元には10億キロワットの出力を誇る大規模核融合発電所まで用意してあるために、電力も使い放題なのであった。
第2城壁内の王族区画では、窓を覆う鎧戸の隙間から強烈な光が差し込み、いつもの通り複数の妻を相手に子作りに励んでいた王族たちも慌てて窓に駆け寄った。
いや王宮の私室で腹の下に女房たちを組み敷いていた国王も慌ててテラスに駆け出た。
もはや全ての城壁南側は王族貴族平民農民で溢れかえっている。
さらに……
ひゅるひゅるひゅるひゅる……
どどーん!
パラパラパラパラ……
なんと打ち上げ花火まで上がり始めたのだ!
城壁上の人々は逃げ惑った。
火魔法による攻撃だと思ったのだろう。
(はは、これがタケル殿が仰っていた示威行動か。
それにしても美しい火魔法だ……)
そして後宮では……
寝入りばなを起こされた王太后さまが、額に青筋を立てて激怒されていたのである。
「な、なんじゃあの音はっ!
ええい、大至急女官長を呼べっ!」
「は、はい王太后さま!」
「女官長!
このやかましい音は何事じゃっ!」
「ただいま女官たちを王宮に走らせております」
「ええい! 大至急この騒音を止めさせよっ!」
「はいっ!」
現国王の生みの母であるアテナイの最高権力者は激怒していた。
そしてもちろん自分の命令ならば、直ちに実行されると信じて疑うことはなかったのである。
そしてタケルポリスが10分ほどで花火を終了すると……
(よし、さすが妾の命はすぐに行き渡るの。
それにしても誰があのような騒音を立てていたというのか)
女官が戻って来た。
「王太后さま、王宮の近衛兵たちが申したところによると、どこぞの魔法師部隊が夜間訓練で集団魔法発動をおこなったのではないかとのことでございました」
「たかが魔法師共がわしの眠りを妨げたのか!
その部隊長を死刑にせよ!
そして今後訓練はここアテナイより5日以上離れた地で行うよう軍に厳命せよっ!」
「は、はいっ!」
一方で、光と音にテラスに飛び出た王族たちは、全員がタケルポリスの威容を目にしており、軍に所属する王族たちは貴族副官や貴族補佐官たちを呼びつけていた。
「な、なぜあのような巨大な城がこのアテナイの至近に現れたのだ!」
「あの、わたくしにもさっぱりわかりませぬ」
「ええい役立たずめ!
すぐに平民軍人たちを呼びつけろっ!」
「はっ」
どうやら王族軍人も平民軍人の方が貴族軍人よりも遥かに優秀だということは知っているらしい。
(だが、自分たちも貴族軍人と同じレベルの阿呆だということには気づいてないようだ……)
「あの、王族大将軍閣下、あの城はタケルポリスと言いまして、10日前に10キロほど南方に出現したものでございます……」
「な、なんだと!
貴様らなぜそれを俺に報告しなかったのだっ!」
「あの…… 畏れながら、10日前に報告は行われております……」
「な、なにぃっ!」
「それどころか、国王陛下より全軍でタケルポリスを攻撃するよう勅令も出ておりまして、そのためアテナイ全軍は攻撃準備を進めておりまする……」
「な、なんだと……
貴様、俺がそのような重大なことを忘れていたと申すかっ!」
(実際忘れていたんだろうによ)
「いえ、兵たちは皆、殿下が慎重に戦略をご検討されていると思い、待機中でございます」
「な、ならばよろしい!
すぐに総攻撃を始めよ!」
(忘れていたことがバレなければそれでいいんかよ……)
「あの、大将軍閣下の号令無しに総攻撃を始めてもよろしいのでしょうか……」
「な、なにっ……」
「総攻撃の際には大将軍閣下の号令が必要であるとの軍規がございますが……」
「お、俺にこの暗闇の中外に出ろというのかぁっ!」
(お前軍人だろ、ガキじゃあねぇんだぞ……)
「それでは、総攻撃は明朝開始ということで如何でしょうか」
「うむ!
その方の進言を採用してやる!
ありがたく思え!」
「はっ、ありがとうございます……」
(マジで酷ぇ指揮官だわ……)




