*** 170 空からの見学 ***
「俺たちの考えでは理由は3つある。
1つ目はポリスという城壁で囲まれた国の中でも王族が住む第1城壁内は、さらに強固に守られているということだ。
加えて王族や上位貴族は略奪軍や遊撃軍には加わらないからな。
つまり自分たちが死ぬ可能性が無いから戦を始める命令を出せるんだよ」
((( ………… )))
「2つ目の理由は王族貴族の強欲だ。
もっと自分に傅く者を増やしたい、もっと大勢に尊敬されたい、もっと多くの財を得たい。
そういった強欲のために兵を死なせているわけだ」
((( ………… )))
(現代日本の企業でも、少しでも業績が上がるとすぐに新卒採用を増やすしな。
あれは経営陣の被尊敬願望や見栄の一種だし。
おかげでバッファーが無くなるから、ちょっと業績が悪くなるだけですぐリストラだの新規採用凍結だの始めなきゃならなくなるし)
「3つ目の理由は兵の多さだ。
特に農民兵でない職業軍人は戦以外に何もしていないだろう。
つまり軍人が多ければ多いほどそいつらを喰わせていくのがたいへんになるんだ。
これについては通常国民に占める軍人の割合は5%が限界と言われている。
つまりアテナイポリスなら1万5000人が限界だ。
だがお前たちの略奪軍と遊撃軍は合わせて13万人もいるだろう。
こいつらを喰わせていくためには、他のポリスから食料を略奪させて来るしかないし、たとえそれに失敗しても、そのときは大勢戦死しているから口減らしが出来ているんだよ」
「「「 !!!! 」」」
「つまりこの星が銀河1億2000万世界の中で最悪の紛争世界になっている理由は、王族が安全な場所でのさばりながら戦を命令していることと、軍人が多すぎることなんだ」
「な、なるほど……」
「だが、このタケルポリスのような巨大な城がわずか300メートル先に現れたとすればどうなると思う」
「そ、そうか!」
「略奪軍や遊撃軍を出す余裕が無くなるのか!」
「その通りだ。
王族貴族は万が一のことを考えて略奪軍や遊撃軍を守備軍に回すだろう。
それでも略奪軍を出すようだったら第1城壁から外郭城壁までを全て破壊してやってもいいな。
王族は攻め込まれて殺される恐怖によって碌に眠ることも出来ないだろう」
「「「 !!!!!!! 」」」
「そうすれば、身の危険を感じた王族貴族は、略奪軍と遊撃軍をますます守備軍に回すだろう。
そうなれば戦は激減するだろうな。
そのために俺たちはここと同じような城を3000用意している」
「「「 !!!!!!!!!! 」」」
「もっと小さいポリス用には中規模の城を7000用意する」
((( ……………… )))
「こうした方法ならば楽でいいだろう。
なにしろ近くに城を持って来るだけで戦を無くせるからな。
だが、碌に現実を見ることも出来ず、威張ることしか能の無い王族は、こうした城にも攻撃を仕掛けてくるかもしらん。
あの莫迦王子のように。
その際には報復として城壁と王城を完全にまっ平にしてやろう」
「そ、そんなことまで可能なのですか……」
「もちろんだ。
アテナイポリス程度ならば全域を平らにするのに1時間もかからん。
まあ城の残骸で生き埋めになる民が出ないように、実際にはもっと時間をかけるだろうが」
((( ……………… )))
「だがそうした戦略で戦を無くしたとして、どのポリスも深刻な食糧不足に陥るだろう。
苦しむのは罪のない民だ。
ただ、諸君らにはいい知らせが2つある。
1つ目は、俺たちが全てのポリスの城壁を取り払って戦を無くした後は、タケルポリスの支城で平民の移住や避難を受け入れることだ。
これだけ大きな城だから、アテナイポリスの民全員が移住して来ても問題は無い」
「あ、あの、食料はあるのでしょうか……」
「大量に用意してある」
((( ……………… )))
「2つ目の良い知らせは、そのころには誰も攻めて来なくなっているからな。
だったらあんたらも城壁の外側に畑を広げられるだろう」
「そうか!」
「で、ですが畑のための水が足りるかどうか……」
「外廓城壁の外に堀を造っているだろう。
その堀の水は川から引いて来ているはずだ。
ならばその水路を増やしてやるだけのことだ。
さらにこの城内では収穫量を10倍以上にするための農業技術も教えてやる」
「あの、王家や貴族が軍に命じて、民がタケルポリスに逃げられないようにアテナイを封鎖するかもしれません……」
「俺たちの社会では、他の者が自分の意志で移動・移住するのを暴力で妨げる行為は禁止されている。
封鎖を命じた王族貴族も封鎖を実行している軍人も、直ちに『転移』の魔法で逮捕されて牢に入れられるだろう。
あんたらにこれを防ぐ方法は無い」
「「「 !!! 」」」
「さて、そろそろ商業街を案内しようか。
その前に今カネは持ってるか」
「皆多少の銅貨や銀貨を持っております」
「それじゃあまずは両替所に行こうか」
「あ、タケルさんいらっしゃいませ」
「た、タケルと仰られるか……
そ、それはこのポリスの名と同じでは……」
「ん?
このポリスは俺が造ったポリスで、俺はこの城の代表だからな。
別におかしくないだろ」
「「「 ……え?…… 」」」
「さあ、銅貨と銀貨をこの箱の中に出してくれ」
「は、はい……」
「ふーん、この銅貨は10グラムで4グラムの銅が含まれているのか。
こっちの銀貨も10グラムで銀は4グラムだな」
「そ、そんなことまでわかるのですか」
「そ、その箱も『まどうぐ』なのですか」
「もちろんそうだ。
さて、これがこのポリスの貨幣だ。
こちらが銅貨で重さは同じ10グラムだが、銅は8グラム含まれている。
こちらの銀貨も10グラムで銀は8グラム含まれている。
だから交換するとすればあんたらの銅貨2枚とタケルポリス銅貨は1枚、銀貨も同じく2枚と1枚を交換だな」
「は、はい……」
「まあ今日は特別にアテナイ貨幣も使えることにしよう。
まずは店舗を廻ろうか」
「こ、これはひょっとして小麦ですか」
「そうだが?」
「何故にこのように真っ白なのでしょうか……」
「まあそうなるように品種改良してきた麦だからな」
「…………」
「ところでアテナイでは麦はいくらするんだ?」
「多少の変動はありますが、1斗(≒15キロ)に付きアテナイ銅貨100枚、銀貨だと1枚です」
「ということはタケルポリス銅貨では50枚だな。
(1斗につき約5000円、日本の標準国産小麦価格の3分の1)」
「は、はい」
「この商業街では小麦は1斗につきタケルポリス銅貨5枚で売る予定だ。
つまりアテナイの10分の1だな」
(≒500円。アメリカでの小麦価格とほぼ同じ。
日本の麦は世界的に見てもアタマオカシイほど高いのである)
「「「 !!! 」」」
「あの、買う量に制限はあるのでしょうか!」
「無いぞ」
「そ、それでは王族や貴族に買い占められてしまうかもしれませぬ」
「ははは、買い占めるのは無理だ。
俺たちの本部倉庫には既に100憶石以上の麦が蓄えてあるし、転移の魔法でいくらでも持って来られるからな。
ああ、100億石とは100万石の1万倍だ」
「なんと……」
「塩はいくらするんだ」
「塩は1キロ銀貨1枚(=銅貨100枚)です」
「随分高いな」
「遥か北の海沿いのポリスから持って来ますので……」
「ここでは塩は1キロにつきタケルポリス銅貨1枚で売る予定だ。
アテナイ銅貨だと2枚だな」
「「「 !!! 」」」
「もちろん塩もこの城が埋まるほど持っているので売る量に制限は無いぞ」
((( ……………… )))
偵察兵たちは、その後薬屋で遠征病と貴族病の薬を買い込み、服屋で妻や子供向けの服を買い、雑貨屋でカラフルなシュシュやリボン、菓子屋でクッキーを買い込んだ。
どうやら門前で武器を預かっている若い偵察兵の分も買っていたようだ。
(因みに寄付を募って集められた古着のうち、ヒト族以外の種族から寄付された服については、銀河宇宙に依頼してしっぽ用の穴はすべて塞がれている)
フードコートではタケルにピザとビール、サンドイッチとプリンをご馳走になって、皆目を丸くしていた。
「それじゃあタケルポリスを空から見学しようか」
タケルは一行を城の裏手に案内した。
そこには例の見学用円盤が駐機している。
「さあ乗ってくれ」
4人が乗り込むと円盤がゆっくりと宙に浮き、全員が砕けんばかりに手摺を握りしめている。
城の周りをゆっくりと1周すると偵察兵たちもようやく少し落ち着いたようだ。
「あの、城代殿、何故我らは風を感じないのでしょうか」
「ん? もちろん防御魔法で囲ってあるからだぞ」
「そんな魔法まで……」
「あの、この円盤はもっと速く飛べるのでしょうか……」
「そうだな、ここから北の海までは500キロぐらいか」
「は、はい」
「だったら海まで半時間ほどだな」
「「「 !!! 」」」
「だがまあそんなことをするよりも転移の魔法で行けば一瞬だ」
「こ、この円盤はもっと大きな物も作れるのでしょうか!」
「もちろんだ。
兵10万を運べる物も簡単に作れる。
だがそんな大きな物を造るより、100人乗りを1000基作った方が使いやすいだろう」
「「「 !!!!! 」」」
「それよりも兵たちが転移で移動すればさらに便利だ。
俺の部下たちは全員が転移魔法を使えるしな」
(そ、そんな兵10万に襲撃されたら絶対に防げないだろうに……)
(アテナイポリスもあっという間に陥落だな……)
「あの、城と畑の間に30メートルほどの隙間が見えるのですが……」
「さっき城を動かしたときには畑はそのままにしておいたんだ。
これから畑も動かしてみようか」
『タケルポリスで働く諸君へ。
こちらは城代タケルだ。
これから畑を動かすパフォーマンスをするから、手の空いている者は見学してもいいぞ』
城の中や周囲から歓声が聞こえて来た。
「た、タケル殿!
い、今頭の中に貴殿の声が聞こえて来たのですが!」
「これは念話の魔法といってな、今みたいに声に出さずとも連絡が取れる魔法なんだ」
(そんな魔法まであるのか!)
(そんな魔法が使えるのなら偵察兵や指揮官からの指示が瞬時に部隊に伝わるではないか……)




