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*** 167 精鋭偵察兵 ***

 


 軍の中核を占める佐官級の軍人たちは、王族の大怪我という大不祥事に関して鳩首協議を行った。

 その結果、まずはこの事実の第1報を第12王子である大将軍閣下に報告し、この将軍から第11王子軍務大臣閣下への報告を依頼したのである。

 軍務大臣閣下には国王陛下への報告も依頼されることになっていた。

(もちろん大将軍閣下も大臣閣下も2つ以上の報告内容はご記憶出来ないために、第2城壁内部で勤務する平民の軍務省次官補代理補佐官宛ての報告文書も送付されている)


 両王子閣下はやはり3歩以上歩いたところで報告内容は忘れてしまったものの、国王陛下の御前にては軍務省の下級役人が代理で報告書を読み上げたのであった。


 その報告内容とは、まず、


『アテナイポリス南方10キロほどの地点にタケルポリスという名の巨大な城が急に出現したこと』


『これを守備軍の王族大隊長閣下が調査するべく部下250人を引き連れて偵察に出向いたこと』


『その際に無礼な門番を誅すべく王族大隊長閣下がファイアーボールの魔法を構築されたが、魔法が暴発して偵察隊250人全員が重軽傷を負ったこと』


『暴発の中心にいた王族大隊長閣下は、命はとりとめたものの現在も意識不明の重体になっていること』

 であった。


 この報告を聞かれた国王陛下は激怒された。


 通常軍人と雖も王族は負傷などすることは無い。

 略奪軍や遊撃軍には王族軍人は配属されないし、守備軍に配属された王族も城壁内部で護衛兵たちに守られている上に、外郭小城壁が危うくなれば直ちに第2城壁の内部に避難する態勢が取られているからである。


 自分の子に愛情などは全く覚えていない国王であったが、その王族が負傷したということ自体を自分の権威に対する挑戦と受け止められた。

 王族はプライドだけは高かったのだ。

(もっともその日のうちに何故自分が激怒していたのかは忘れてしまうのであるが)


 第525代アテナイポリス国王スポポン・フォン・アテナイ陛下は軍務大臣と軍司令部に対し、(タケルポリスの威容を見ることも無く)略奪軍と遊撃軍の全軍をもって報復することをお命じになられた。

 念のために下級官吏が用意した勅令書には玉璽も捺された。

 この勅令はその場にいた軍務省の次官補代理により、直ちに全軍に下っていったのである。



 優秀且つ冷静な平民軍人指揮官たちは、すぐにも最外郭城壁に昇ってタケルポリスを視察し、その場で衝撃に震えた。


「な、なんだあの巨大な城は……」


「この距離であの大きさに見えるとは……

 あれでは我がアテナイ城の10倍、いや20倍の大きさがあるぞ……」


「あの超巨大ポリスに向けて王族大隊長閣下は魔法攻撃を仕掛けたというのか……」


「愚かさにも程があるの……」


「まったく困ったことをしてくれたものだ」


「大方彼我の戦力差などは王族の権威で凌駕出来るとでも思ったのであろう」


「だが勅令は出てしまっているからの……」



 平民指揮官たちは、略奪軍と遊撃軍の招集を行う一方で負傷した偵察隊員たちへの事情聴取も始めた。

 もちろん1人ずつ、もしくは3人ほどの少数に対して聴取を行い、その証言に矛盾点が無いかも徹底的に調べたのである。


 だが結果として全員の証言は一致していた。


 すなわち、


『農民兵が最初にかの城を発見して報告に来たこと』


『発見と報告の前日までは確かに城は存在していなかったこと』


(あんな巨大な城が前日まで存在していなかったなどということがあり得るのだろうか)

(まさか隠蔽の魔法や、伝説の転移魔法か)

(そんな大魔法が使われたということは、あの城内には上級魔法師が万人規模でいることになるぞ)

(そんなポリスに戦争を仕掛けねばならんのか……)



 下級兵士の証言は続く。


『男爵中隊長閣下が城壁上から視察された後に偵察隊を出そうとされたところ、王族大隊長閣下のご命令により急遽強襲偵察部隊250名が組織され、大隊長を指揮官として翌日進発したこと』


『途中で周辺調査も行ったが、かの城の周囲には金属製とみられる3メートルほどの高さの柵しか無かったこと』


『その柵を超えたところには塹壕のようなものも存在したが、その先には驚くべきことに広大な畑に麦が青々と茂っていたこと』


(春に麦が茂っているだと……)

(いったいどのような魔法が使われたと言うのだ……)

(だがそれだけの麦があれば戦果は巨大だの)



『その畑では突如棒のような物が生えて来て、その先端から水が撒かれ始めたこと』


(そのような魔法まで存在するのか……)



『門番にポリス名を問いただしたところ、無礼にも『看板も読めないのか』と答え、下級平民兵によればその看板には『タケルポリス』と書いてあったこと』


『何故このようなアテナイポリスに近いところにポリスを建設したかとの問いに対しては、既に国王陛下と宰相閣下宛てに挨拶状を送付していたという返事があったこと』


(あー、お二方とも字は読めんからなぁ)

(それどころか『下級官吏が使う書面などを送り付けて来た!』と仰せになって激怒されたかもしらん……)



『男爵中隊長殿が門番に構わず全員に門内に入るよう命じられた際には、門番により城内は騎乗も武器携帯も禁止されていると制止されたこと』


『王族大隊長閣下が身分を名乗られたにもかかわらず、タケルポリスの門番が全く敬意を払おうとしなかったこと』


『それに激怒された大隊長閣下が、周囲の護衛をお命じになられた後に、門番を誅しようとされてファイアーボールの詠唱を始められたこと』


『その詠唱が終了してファイアーボールが発動されようとした際に魔法が大暴発し、偵察隊全員がその場に打ち倒されたこと』


『兵たちが気絶から覚めたときには馬は逃げ、また全ての武装や衣服も吹き飛ばされていたこと』


『その際に門番はほとんど動いていなかったこと。

(実際には食事をしたり茶を飲んでいたらしい)』


『門番以外の兵の姿は全く見られなかったこと』


『その後は男爵中隊長殿の指令により、怪我が比較的軽微だった兵が救援部隊を呼びに戻ったこと』


 といった報告が為されたのである。



(なあ、これって完全に王族大隊長殿の自爆じゃないか?)


(言うな。王族の失態をフォローするのは俺たちの通常任務だろうが)


(それにしても、こんなどうでもいい理由であんな巨大なポリスに戦争仕掛けるんかよ)


(ヘタすりゃあアテナイポリスの滅亡かもな)


(そうならんために何か方策を考えろ!)


(まあ3日もすれば陛下も軍務大臣閣下も戦争を命じられたこと自体忘れるだろうから、その時はあのポリスと進物の交換でもしようか)


(なるほど、それで受け取った進物を賠償の貢物だと言って陛下を納得させるのですな)


(それしかあるまいの……)



 そうした軍司令部に、翌日驚愕の報告が入って来たのである。


「な、なんだと!

 あのタケルポリスが近づいて来ているだとっ!」


「はい、昨日より1キロほど近づいて来ています!」



 軍部は直ちに観測兵を配置した。


(もちろん夜中にタケルポリスが移動する際には、観測兵たちは知らぬ間に1キロほど転移させられている)


 その一方で、軍司令部は略奪軍参謀本部の精鋭偵察部隊を再びタケルポリス城門へ派遣したのである。



「よいか、現時点ではタケルポリスに対しては決して敵対してはならぬ。

 一方で如何にして移動しているのか、何のためにアテナイに接近しているのかを聞き出すよう努力せよ」


「「「 はっ 」」」



 精鋭偵察兵5名は騎乗の上、敵対行動と取られないようゆっくりとタケルポリスに近づいて行った。


「なんだこの莫迦デカイ城は……」


「いったいどうやってこんな城が建造出来たというのだ……」


「日干し煉瓦でも石を積み上げたのでもない城か……」


「こ、こんな超巨大な城が動いているだと」



 第2次偵察隊も第1次偵察隊と同様にまずは城周辺の調査に向かった。


「こ、この柵は……」


「これは青銅ではないな。

 ま、まさか鉄か?」


「この柵が全て鉄製とは……

 この鉄だけでいったいいくらの財産になるというのだ……」


「柵の向こうには塹壕か堀らしきものもあるが、その向こうには本当に青々と茂った麦の畑があるぞ……」


「それもなんと大きく密に茂った麦だろうか……」


「それにしては畑の世話をする農民の姿が見えんが」


「麦がもう小さな実をつけ始めているではないか」


 もちろん平民兵はほとんど全員が農家出身であるために、畑には詳しい。



「マリアーヌ、またサービスでスプリンクラーの水撒きを見せてやってくれ」


『はい』



「うおっ! な、なんだあの棒はっ!」


 畑の中から無数に伸びて来た棒は、10メートルほどの高さになると霧状の水を撒き始めた。


「こ、これが水撒きの魔法か!」


「確かにこの魔法があれば水撒きに人手は要らんのか……」


「これならばより少ない人数で広大な畑の世話も出来るの……」



 一行は彼我の能力差に項垂れながらタケルポリス正門前に向かった。

 その正面の階の前には平らな部分があり、見事な体格の門番が1人立っている。


(こ、この門番、なんという体格の良さだ……

 優に我らより30センチ以上は背が高いぞ。

 体重も100キロ近くありそうでしかも筋肉隆々ではないか……)


 古代人は栄養不足のために体格が貧弱なのである。



「我らはアテナイポリス偵察隊の者である。

 貴殿はタケルポリスの門番殿とお見受けするが如何か」


「如何にもそうだ。

 我はタケルポリス門番ムシャである」


「貴殿にお聞きしたいことがある」


「聞かせて貰おう」


「タケルポリスは何故このようにアテナイポリスに近い地に城を建てたのか。

 これでは敵対的意思があると見做されても仕方あるまい」


「その無用な誤解を持たれぬよう、我がポリスの城代閣下は城をこの地に持って来る前にアテナイポリスの王と宰相宛てに親書を送った。

『交易のために友好を求める』とのな」


(城を『持ってくる』と言うか……

『建てる』ではなく……)


「にもかかわらず未だに返書が無いとは、敵対的意思を持っているのはアテナイポリスの方ではないか」


(やはり親書を送っていたのだな……)





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