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*** 166 暴発 ***

 


 タケルはその場にテーブルと椅子を出し、ジョセフィーヌが用意してくれた弁当を食べ始めた。


(お、この玉子焼き旨いな。

 ジョセも腕を上げたわ……)


 タケルはにっこりと微笑んで上空に向かって親指を立てた。

 またジョセフィーヌがデレデレになって喜ぶことだろう……



(あ、あいつメシ喰い始めたぞ……)

(ナメやがって……)

(まあすぐに殿下の大魔法で黒コゲになって死ぬんだからな。

 最後のメシをせいぜい楽しめや)

(ところであのテーブルと椅子、どっから出て来たんだ?)

(さあ?)



 20分後。


(お、第525代王スぺペン・フォン・アテナイ陛下の御名まで来たぞ)

(そろそろ大火球出現だな。おい、射線を空けろ)



『この高貴なる血を宿す我、スペルマ・フォン・アテナイの命に従い、万物の素となる魔素よ集え。

 さらには魔素から燃素に変わりて凝縮せよ。

 燃焼開始後には我が指の示す方向に飛び、怨敵を焼き尽くすのだ!

 ファイヤボ』


 ばおぉぉぉ―――ん!


 その場に円筒形のキノコ雲も出現している。



 あーあーあー、みんな黒コゲになってぶっ倒れてるわ。

 はは、中心部の王子に近い場所ではみんなヤタラにピカピカ光ってるのか。

 あーそうか、ほとんど燃料気化爆弾(FAE)と同じになっちまったんだな。



「マリアーヌ、ちょっと可燃ガスが多すぎたようだわ。

 馬には可哀そうなことをした。

 完全に治してやって別空間で旨いもんでも喰わせてやってくれ」


『はい。

 この兵たちも転移させますか?』


「こいつら防衛軍だよな。

 ということはほとんど過去の罪状は無いんじゃないか?

 有っても正当防衛だろう」


『ざっと鑑定したところ仰る通りですね』


「なら放置でいいや。

 そのうち被害の少なかった周辺部の下級兵士が救援でも呼ぶだろ」


『はい』




 しばらくして……


「う、ううううう……」


「な、なにが起きたんだ……」


「王族大隊長閣下の詠唱が終わったと思ったら……」


「ま、まさか歴代陛下の御名を間違えて暴発でもしたというのか……」


「いやそれにしても爆発が大きすぎたぞ」


「王族大隊長殿は……」


「あ、あの中心部で倒れている方かな」


「丸っこくて小さな体、とんでもなく尖って突き出した顎、間違いないな」


「あの大きな体の顎男は男爵中隊長殿か……」


「みんな黒コゲで見分けがつかんが、お助けせねば……」



「男爵中隊長殿、お気を確かに……」


「う、ううううう……

 な、何が起こったのだ……」


「どうやら王族大隊長閣下の魔法が暴発したのではないかと」


「うう、で、殿下はどうした……」


「あちらで兵が介抱しております」


「わ、わしの剣は、軍服は、馬は……」


「250名の兵の武器も軍服も全て吹き飛んでおります。

 馬もいません」


「ま、まさか盗まれたというのか!

 そ、そうだ!

 あの門番はどうしている!」


「あの……

 門前で椅子に座って食後の茶を飲んでおります……」



「おーいお前ら大丈夫かぁー。

 なんならウチのポリスの診療所で手当てしてやるぞー」


「や、やかましい!

 て、敵の施しなど受けんっ!」


「あははは、王族魔法が勝手に暴発しただけだろうが。

 俺はなんの攻撃もしてないぞー。

 勝手に敵だと思ってるのはお前たちだけだぞー」


「くっ」


「それにしても見事な自爆だったなー。

 それともあれは文字通りの一発芸だったのかぁー?」


「くそぉっ、お、覚えておれ……

 その方らは至急ポリスに戻って救護隊を呼んで来い!」


「はっ、ですが馬も逃げてしまったようですので、ポリスまで歩いて2時間以上はかかろうかと……」


「か、構わん、すぐに出立せよ!」


「はっ」



 10人ほどのマッパな男たちがフルチンのままポリスに向かってとぼとぼと歩き始めた。

 全員頭髪も眉毛も睫毛も陰毛すら焼け落ちていて、遠目に見ると火星人(の子供)のような外見になっている。


 9キロほどの行程に3時間もかけた偵察部隊の下っ端兵たちはようやくポリス最外壁の門にたどり着いたが、あまりにもアヤシイ風体だったために門前で押し問答を繰り返し、下っ端たちが話を信じて貰えたのはさらに1時間後のことだった。



 負傷者の中に王族大隊長閣下と男爵中隊長閣下がいる。

 この話を聞いた救護隊本部は大騒ぎになった。

 まずは王族と男爵を救うための馬車が用意されて発進すると、その後は馬や荷車を動員して250名もの負傷者たちを救うための大集団が組織されたのである。


 要救護者たちは見たことも無いほど巨大な城の門前から30メートルほどしか離れていないところにいたため、救護隊も当初は緊張していたが、門番の男が何も言わずまた城からは誰も出て来なかったために負傷者の救出を急いだ。


 こうして夕闇も迫るころ、ようやく王族大隊長を初めとする強襲偵察部隊は全員救護所に収容されたのであった。


 救護隊本部も診療施設も第2城壁内にあったために、その地に住む軍人たちを中心に大騒ぎになり、この事件は軍の指揮命令系統を駆け上っていった。



 もちろんこの軍上層部も継承順位11位以下の王族と上級貴族家当主たちからなっていたが、ご多分に漏れず彼らは家名だけしか能が無く、論理的思考能力どころか読み書きも覚えられなかった。

 つまり将官たちは全ての軍務を平民軍人に丸投げしていたのである。

 どうやらそうした実務を行わない(行えない)ことこそが高貴さの証だと思っているらしい。


 ごく稀に多少の頭を持つ王族貴族が現れることがあったが、彼らが軍のイニシアチブを取ろうとすると、中級以下の平民軍人はまるで団結したかのように怠惰になった。

 つまり、軍も第1城壁内の官僚機構と全く同じ構造を持っていたのである。



 何故王族貴族は平民に比べて知的能力が低く、体格も小さく、寿命も短く奇矯な外見をしているのか。

 多少はまともな思考力を持った王族貴族がごく稀に部下の平民に下問することもあった。

 平民たちは滅多にこの下問には答えなかったが、これもごく稀に『近親婚のせいであります』と答える者もいる。

 だが悲しいかなあまりにも貧弱な科学しか存在しない社会では、この事実は証明し辛かった。

 単に近親婚が多い王族貴族には多くの障碍が見られるが、近親婚を忌避する平民には見られない、という統計的根拠しか得られなかったのである。


 王族貴族の寿命が著しく短いのであれば、多くの妻を娶って何十人もの子を為せばよい。

 体格が小さく戦闘には不向きであるならば、そのような行為は下賤の者に任せればよい。

 下顎前突症などの外見も、むしろ尊い血の証明ではないか。

 そんな些末なことよりも、王族貴族の財産と既得権益はその直系子孫にこそ相続させるべきである。

 他の血族の血を入れて一族の財と権力を分散の危険に晒すなどとはとんでもない。



 この惑星ダタレルでは、遥かな古代に於いてはこうした王族貴族が陣頭指揮を執って統治や戦闘行動を行っていた時代もあったらしい。

 だが、どうやら愚物に統治や軍事を任せた結果、その国はすぐに滅びの道を歩んでしまったとみられる。

 大きな城壁を作って王族貴族はその中でひたすら子孫を残すことに専念し、統治も軍事も実権は平民に任せる。

 こうしたポリスシステムが発生すると、生き延びられる国が増えて来たようだ。


(中世から近世ヨーロッパに於いて、オーストリア・ハンガリー帝国やスペインなど欧州最大の帝国を築いたハプスブルク=ロートリンゲン家には『戦争は他家に任せておけ、幸いなオーストリアよ、汝は婚姻せよ』という言葉が残っている。

 因みにこのハプスブルクの血を引く現代地球の或る王家では、皇太子が書面にサインなどする際によく自分の名を忘れて困惑しているそうだ)



 もちろん初期には革命らしきものが起きて王族貴族が皆殺しにされ、平民軍人が新たな王族になる事件も多く発生したらしい。

 だが、その場合多くの軍人たちは、粛清を回避するためにも新たな王族に対して反乱を起こしていった。

 こうして国内が乱れた国はすぐ他の国に攻め込まれて滅ぼされていった模様である。


 王族貴族を名ばかりの大臣や将軍に据え、平民下級官僚や平民下級軍人が実質的統治を行う。

 かつ平民官僚と平民軍人たちは、その一部が反乱を起こさぬよう相互監視を行う。

 このようなポリス制度が確立するにつれて、ようやくこの惑星も多少の安定を見るようになった。


 だがしかし、王族貴族を大城壁で守り、下級貴族や軍人を中城壁で守り、農地と農民を小城壁で守るというシステムには致命的な弱点もあった。


 それは、農地の拡大にはたいへんな労力が必要になるということだったのである。


 ただでさえ畑の開墾には多くの労力が必要な上に、ポリス制度の下では開墾地には城壁もその周囲を囲む堀も作らなければならないのである。


 そんな手間をかけて収穫量を上げるよりも、他のポリスに攻め入って食料を略奪してくればよい。

 こうしたヒト族特有の発想の下に秋から冬の間にはポリス間の戦争が頻発した。

 惑星に氷期が訪れて収穫が急減すると、この傾向は更に強まることになる。


 そうした戦の際には、ポリス守備軍には職業軍人に指揮された農民兵を充てるが、略奪軍のほとんどは職業軍人にて構成される。

 結果としてポリス人口に占める職業軍人の割合は30%を超え、食料不足はますます際立っていった。

 加えてポリス内農場では常に保存の利く麦が生産されていたために、連作障害も極まっていたのである。



 連作障害による収穫量逓減と職業軍人を養う負担を解決するにはどうすればよいか。

 結果的にこれを解決した方法は、略奪軍の成功と失敗である。


 略奪軍が成功した場合、他ポリスの食料を奪うことで自ポリスには一時的な繁栄が齎される。

 また失敗した場合には、多くの戦死者が出ることによって口減らしが出来る。


 日本の戦国時代にも多くの国で取られていた政策である。

 やはり原始ヒト族社会では在り来りな方法なのだろう。



 この惑星ダタレルでは、このような危うい均衡の下に数万年もの間文明の停滞が続いていたらしい。

 その結果、『住民の死因に於ける紛争死の割合が90%以上』という銀河最悪の状態に陥っていたのであった……





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