*** 159 不信任投票 ***
最高評議会評議員候補者の公示期間は無事に過ぎた。
各恒星系政府とも新人候補者は立てずに事実上の前職者信任投票になる見込みである。
ただし……
選挙活動期間に入ると、銀河中の恒星系政府放送や、銀河連盟報道部の配信番組での政見放送で、前職候補者とその応援に駆け付けた種族会の代表たちが涙ながらに訴えたのである。
(どうやら政見放送で訴える内容にはさほどの制限は無いようである)
「有権者の皆さま!
どうか、どうかお願いであります!
投票日には恒星系ネットに接続し、是非とも投票をお願い申し上げます!」
「もちろん連盟評議員候補者たるわたくしの信任不信任は皆さまのご判断であります!
ですがあの惑星ケットを初めとする我ら猫人の惑星の子供たちに笑顔を齎したあのタケル神さまのために、そしてタケル神さまを害しようとする悪を滅するために、どうか連盟最高裁判所裁判官の不信任投票に清き一票をお願い申し上げますっ!」
「あの惑星ケンネルの犬人の子のみならず、今後も数兆数京の子供たちを飢えと寒さからお救い下されようとしているタケル神さまを侮辱する者たちに法と正義の鉄槌を!」
銀河系民25京人は、ここに至ってようやく完全に理解した。
あの評議員総辞職は、評議員選挙に伴う最高裁判所裁判官の不信任投票を行うためだったのである。
銀河系民は感動した。
自分の職を賭してまでタケル神さまの恩義に報いようとするとは、なんという信義に篤い評議員たちであろうか。
この上は是非とも信頼に足る評議員の再任に一票を。
そしてもちろん悪の連盟最高裁を誅するための不信任投票も!
こうして銀河連盟評議員総選挙は、銀河系始まって以来の投票率99.98%という驚異の数字をもって終了したのである。
(こうした選挙に於ける投票は、もちろん電子投票が採用されているために、投票所に行くなどという原始的な行為は不要である)
評議員500人全員は、それぞれが99%以上の得票をもって再選された。
そして、銀河連盟最高裁判所裁判官14名は、これも99.98%という圧倒的な得票率で不信任とされたのであった。
選挙管理委員会からその結果が発表されると、銀河連盟加入3000万恒星系では大歓声が沸き起こったそうである……
翌朝、再任された元最高評議会議長と同じく再任された評議会指導部の面々が、執行部の幹部一同を伴って連盟最高裁判所にやって来た。
「おはようございます。
最高裁議長殿に於かれましては昨日の選挙結果を御覧になられていたでしょうか」
「ふん!
わしはそのような世俗の雑事などに興味は無い。
わしの思考は常に法に向けられておる!」
「それでは銀河法典第68条、銀河系評議員総選挙に於ける最高裁判所裁判官の不信任投票の条項についても当然ご存じですよね」
「なに……」
「あなたを含む最高裁裁判官の全員が、銀河系民投票に於きまして不信任とされましたので、今この時点をもちまして解任いたします」
「な、ななな、なんじゃとぉぉぉぉぉぉ―――――っ!」
「解任日付は本日ですが、特別に官舎からの退去は今週末までで構いません」
「ま、待て!
わ、わしのような法の権威が不信任などということは有り得んっ!
な、なにか選挙で不正があったに違いないっ!
そ、即刻調査を開始せよ!」
「解任されたあなたには、もはや調査を命じる権限も無いのですよ」
「!!!!!!!!!!!!」
「そしてこれは現実なのです。
あなたの頭の中にだけ存在する法解釈と違って……」
「ぎ、銀河の愚民どもは法治の精神がわかっておらんのだっ!
そ、そのような愚か者どもの判断など信じてなんとするっ!」
「現実はそうかもしれません。
ですがなによりこれは銀河法典第95条に記載された法に基づく措置なのですよ。
現実と法が乖離した際には法のみが優先されるとしたのはあなた方ですよね」
「あうっ」
「そして、この銀河系民不信任多数による連盟最高裁裁判官の解任は、銀河系始まって以来初めてのことになります。
つまりあなた方は銀河史上最も信任の無い裁判官だったということになります」
「ま、待つのじゃ!
我ら法解釈の泰斗を解任などすれば、後任の裁判官を何とする!
銀河最高の法知識を持つ我らの代わりになる者などどこにもおらんぞ!」
「ええ、もちろん銀河中にヘイトされている連盟最高裁の裁判官になろうとする者は皆無でしょう。
ですから当面の間連盟最高裁は閉鎖されます」
「!!!!」
「場合によってはそのまま解散となるでしょう。
それもすべてあなた方の暴挙によるものなのですよ。
これからは相当に暇になるでしょうから、ご自分の何が間違っていたのか冷静になって反省して下さい」
「あうぅぅぅぅぅぅぅ――――っ!」
尚、銀河連盟最高評議会は、満場一致で天界救済部門の行動を認めた。
ただし、詳細鑑定情報のみによる勝手逮捕については、今しばらくの検討期間を要するとのことであった……
「なぁマリアーヌ、あの連盟最高裁判所議長の秘書だったシャトリーゼっていうAIとその部下たちなんだけどさ。
裁判での即戦力になるから大歓迎だったんだけど、シャトリーゼもお前と同じ上級AIなんだろ?」
『はい。
わたくしの遠い親戚に当たります』
「でもお前も上級AIだしなぁ。
救済部門のAIトップはマリアーヌだから、指揮命令系統をはっきりさせるためにもお前の階級を特上AIにでもしようか?」
『その階級名ですと、まるで中トロやウニも入ったお高いお寿司セットみたいですのでご遠慮申し上げます』
(こいつ、高級和食にも手を出し始めてたか……)
(このお方さまの唯一の欠点ってネーミングセンスかもしれない……)
「そ、それじゃあ『最先任上級AI』でどうだ?」
『ありがとうございます……』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「タケルさま、諮問委員会と銀河連盟大学に依頼していた恒星の表面温度変化とその惑星の気候変動率の関係、並びに気候変動率と住民E階梯の関係につきまして、予備調査結果が出ましたのでご覧いただけませんでしょうか」
「わかった、今日1日かけて読ませてもらうわ」
「ありがとうございます」
翌日。
「なあニャサブロー、あの予備調査結果って、結論としては、
『恒星の表面温度がある程度高い方がその表面温度変化率が低くなる。
逆に表面温度が低い場合にはその表面温度の変化率が高くなる』
『恒星表面温度変動率が高い場合、つまり小氷期と間氷期のサイクルが短い場合には、ヒト族以外の種族のE階梯との相関性は見られないが、住民の総人口に関しては大きく変動している。
言い換えれば住民の大量飢餓死が横行している』
『原始ヒト族世界に於いては、恒星の表面温度が低い場合にはその表面温度変動率が高く、そのために小氷期と間氷期のサイクルが短くなって住民のE階梯が著しく悪化して行く』
っていうことなんだな。
「はいですにゃ」
「つまりはだ、そもそも温暖な間氷期には食料生産も森の恵みも多く、全ての種族が人口を増やしていくが、小氷期に入るとその寒冷な気候と食料の減少で人口増加が抑制されるかもしくは減少する、っていうことだな」
「はい……」
「その人口減少がヒト族以外の種族では、寒冷な気候と食料減少による悲惨な衰弱死によって齎されるわけだ。
だがヒト族の場合は食料を奪うために他者を殺すことで人口減少が齎されているんだな」
「そうにゃります……」
「そうして小氷期と間氷期のサイクルが短い場合は、ヒト族の場合はE階梯が低いほど生き延びる可能性が上がるために、その性向が選択強化されて全体としての暴虐性が自然に高まっていくっていうことだろ。
つまり最も暴虐性の高い王族貴族が生き延びるために、奴隷という存在を作って人口調節をしているわけだ」
「「「 ………… 」」」
「ということは、今認定世界に成れているようなヒト族の世界って、その恒星系の恒星温度が高くって温度変動率も低かったんだな」
「はい、ほぼ例外にゃくそうにゃっています……」
「それにヒト族以外の世界でも、認定世界に至るまでには恒星温度の変動率が大きい世界ほど、大量飢餓死を繰り返して来てたわけだ」
「「「 ………… 」」」
「これってさ、恒星の温度が低いのも、そのために表面温度変動率が高いのも、言ってみれば自然現象だよな。
ということは、未認定世界に於いてヒト族世界の暴虐性が高くってE階梯が低いのも、その他種族の大量飢餓死が多いのも、自然現象なんだから仕方ないだろうって考える奴も当然いるだろうな」
「あにょ、タケルさまもそう思われるんでしょうか……」
「もしも惑星環境が自然に整えられて、ヒューマノイドも自然発生してたらそう思うかもしらん。
すべては自然の摂理なんだから仕方ないだろうってな。
だけど、テラフォーミングして知的生命体が発生しやすい環境惑星を創ってるのは、天界天地創造部門だろ。
その惑星に発生した生命のうち有望な種族に知性を付与しているのは、天界知性付与部門だろう。
だからそもそもヒューマノイドやその生存環境は自然発生した物じゃあないんだよ。
言ってみれば、未認定世界のヒト族の暴虐性も、他種族の大量衰弱死も天界の責任だったんだよ」
「「「 ………… 」」」
「たぶん、100億年前に天族が天地創造をして知的生命体を創っていた際には、その恒星の表面温度が高くって変動率が低い恒星系を選んでいたんじゃないかな。
だから天族が来てから親宇宙に帰るまでの間に続々と認定世界が生まれていってたんだろう。
だけど天族がいなくなってから、天界の天使たちが自分たちを神だって名乗るために天族の記録を徹底的に抹消したよな。
そのときに、知性付与して知的生命体を創造する際には、表面温度の安定している恒星系に限ること、っていう大原則も失われたんじゃないか」
「「「 !!!!! 」」」
「つまり、未認定世界のヒト族の暴虐性も、ヒト族以外の大量衰弱死も、100億年前の傲慢天使たちの責任なんだろう」
「「「 ……………… 」」」
「この点について天界は大いに懺悔すべきだな。
そして懺悔と同時に、少しでもその罪を償うために、この状況を是正していくべきだろう。
そして、それこそが俺たち天界救済部門の役割なわけだ」
「「「 ……………… 」」」




