*** 156 銀河連盟最高裁判所 ***
また或る日の幹部会にて。
「タケルさま、以前ご指示にあった神界の『天界宣言』後の対応について、銀河連盟執行部と法務部に行きまして協議をしていたのですけど……
執行部と法務部の部門長さま方が、一度この神域を訪れて話し合いをさせて頂きたいと仰っておられるのですにゃ」
「ん?
神界最高神政務庁とじゃなくって俺と協議したいっていうのか」
「はい、タケルさまは銀河連盟大学の法学学位を取得され、現在裁判官資格取得を目指して学習されています。
ですからまずは銀河の法に詳しいタケルさまに相談されたいそうですにゃ。
それに、ボクの口からはやや言いづらいんですけど、最高神さまも首席補佐官閣下もあまり法にはお詳しくにゃいようですにょで。
それに協議の内容もほとんどが救済部門の活動ににゃるでしょうし」
「なるほど。
それじゃあいつでも構わんと伝えてくれるか」
「畏まりましたですにゃ」
3次元時間で翌日、銀河連盟執行部門長と法務部門長がそれぞれ数名の随員を連れてやってきた。
「タケル神さま、この度は貴重なお時間を割いて頂き誠にありがとうございます」
「また、日頃の銀河宇宙での救済活動は、我々銀河連盟と致しましても感謝に堪えぬこととして心より御礼申し上げます」
「こちらこそ、銀河宇宙の皆さまには救済活動に多大なるご支援を頂戴しておりまして、心より感謝申し上げます。
本日はせっかくご来訪頂きましたのですから、実務者協議として率直に議論していこうではありませんか」
「ありがとうございます、そう仰っていただくと助かります。
まずはもちろん、今神界がご準備されています『天界宣言』についてなのですが、我々が最高神政務庁の方々にご教授していただいたところによると、
『100億年前に天族に見出された当時の天使たちが自らを神と名乗ったことを反省と共に修正し、神界という呼称を破棄して天界という名に回帰する』
『これに伴い、現在神を名乗る者たちは、すべて正しい呼称である天使とする』
という内容でございました。
つまりまあ、呼称と階級名の変更のみだということだったのです。
そのために、現在の神界と銀河宇宙、銀河連盟との関係はそのまま続いていくとのご認識であられました。
これにつきましては、我々銀河連盟の最高評議会並びに執行部も全面的に賛同させていただいております。
ですが銀河連盟最高裁判所の裁判官たちが、これに異論を唱えているのですよ」
「ほう」
(やはりか……)
「彼らの言い分を要約するとこうなります。
『天界とは102億年前に天族に見出された銀河人たちの末裔が作った世界である。
これを銀河系の一部であり、かつ認定世界と見做すことは吝かではないが、その場合には銀河法典第24条の規定により、銀河連盟に加盟するか否かを選択しなければならない』
『その際に、加盟を選択しなかった場合には、その独立文明維持の精神を尊重し、銀河連盟加盟恒星系はその非加盟を決定した天界との一切の交流を禁止するものとする』
つまり現状神界と銀河宇宙が締結している物品購入契約を全て破棄せよというものなのです。
さらには、
『当然のことながら、天界による銀河宇宙への干渉も認められず、救済部門を自称する団体の活動も直ちに停止させるべき』だとも主張しています」
「…………」
「もちろん我々は反論しました。
その論旨は、
『現在神界と銀河宇宙が締結している物品購入契約は長期に渡った巨額の契約であり、これを破棄するのは現実的でない』
『また、救済部門の活動は銀河系民の幸福に多大な寄与を齎しており、深甚な感謝こそすべきであってその活動を規制などするべきではない』というものです。
これに対する裁判官たちの返答は、
『銀河世界はすべからく法治国家である。故に法と現実が乖離している際に妥協すべきは法ではなく現実である』というものでした」
「…………………」
「また、仮に天界が銀河連盟への加盟を選択した場合、
『司法行使権限を持たない天界救済部門が未認定世界のヒト族たちを逮捕拘束しているのは銀河法典違反であり、速やかに違法行為を停止することを命じる』
『この裁判所命令に従わない場合は、銀河連盟司法警察に銀河法典違反の疑いで救済部門幹部らの逮捕拘束を命じる』とのことでした」
「もちろん我々執行部はすぐに反論しました。
天界救済部門の逮捕拘束は、すべて未認定世界でのことであり、銀河法典の拘束力は及ばない』と。
ですが、やはり最高裁判所裁判官たちは、
『銀河法典は銀河宇宙の法典であって、銀河連盟の法典ではない。
従って、司法警察でもなく裁判官でもない者たちによる逮捕・拘束行動は銀河法典違反行為である』
『まして裁判官資格を持たぬ者による犯罪者の量刑判断などはおこがましいこと甚だしい』
『よって銀河連盟司法警察に天界救済部門責任者の逮捕拘束を命じるのは当然の行為である』
という法解釈を返して来たのです」
「我々執行部は、
『ならば何故現状の未認定世界に於ける違法行為を看過しているのか』という反論を致しましたが、これに対する再反論は、
『連盟最高裁判所は、75億年前に銀河連盟司法警察に未認定世界の違法行為を取り締まるよう命令を出しており、これに従っていないのは連盟の怠慢である』でございました」
「ということで、最悪の場合、連盟最高裁がタケル神さまに対する逮捕令状を発行してしまうのであります」
銀河連盟裁判所とは:
銀河連盟内部に設置され、各恒星系から推薦された裁判官候補たちの中から、最高裁判所、高等裁判所、初等裁判所の裁判官を銀河連盟最高評議会が指名する。
任期は8年で、最高裁裁判官だけは各恒星系の最高裁議長経験者であることが求められている。
最高裁裁判官の人数は議長を入れて17名。
初等裁判所に於いては各恒星系間の係争を処理し、その裁定に不服があった場合は高裁や最高裁に上告出来るが、ほとんどのケースでは最高裁まで行くことは無い。
最高裁の主な役割は、各恒星系政府が制定した恒星系法が銀河法典に違反しているか否かを判断し、違反しているとされた場合には是正勧告を行うことである。
この勧告に従わない恒星系政府は、最悪の場合連盟を除名されることになるが、各恒星系政府が制定した法が銀河法典違反であるとされたことは、銀河連盟の歴史の中で一度も無い。
よって、この最高裁判所とは、法治システムの象徴であり、その裁判官たちはお飾りの名誉職という色彩が強い。
また、8年もの間家族と離れて単身で赴任する必要もあるため、恒星系の最高裁議長を務めたほどの法曹専門家にとっては、あまり熱意を持つ職業とは言えない。
そのため、恒星系政府から推薦の打診を受けた際に辞退する裁判官も多く、結果として17名の最高裁裁判官のうち、実に16名が独身者で係累もいない状況になっている。
また、名誉職であることの影響は不明だが、17名の最高裁裁判官の内14名がヒト族となっていた。
「あの、ひとつお聞きしてよろしいでしょうか」
「なんなりとどうぞ」
「連盟最高裁の裁判官たちは、要は天界は銀河連盟に属するか否かを決定しなければならない、その際に属さないことを決定すれば全ての銀河宇宙との取引契約を破棄すると同時に救済部門の銀河宇宙での活動を停止すべし。
また属することを決定した場合には、救済部門の未認定ヒト族世界の救済活動を非合法と見做し、場合によってはわたくしを逮捕すると言っているんですよね」
「はい、残念ながら……」
「それは、率直に言って連盟や天界から何らかの譲歩を引き出そうとしている交渉術なんでしょうか。
それとも本気でそうした法解釈をでっち上げているんでしょうか。
また、まさかヒト族特有のマウンティングではないでしょうね」
「すみません、マウンティングとはなんでしょうか」
「マウンティングとは、他種族の方々にはほとんど馴染みのないものかもしれませんが、集団の中でのヒエラルキーを重視する類人猿から進化したヒト族特有の行動原理です。
要はあらゆる機会、手段を用いて相手より優位に立とうとする本能的欲求ですね。
例えば地位役職が上がるにつれて、より高級な移動手段を用いたり大きな住宅に住もうとし、自分のステータスを誇示しようとする行為になります。
同時に自分の権力が及ぶ範囲にはやたらに命令を出したがるという特徴も見られます」
「それは……」
「まあオフレコで結構ですのでご意見を聞かせて下さい」
「そうですね、猫人族としてのわたくしの個人的な意見ですが、裁判官たちは謂れのない悪感情をタケルさまに対して抱いているように思えました。
平たく言えば銀河最高のヒーローに対するアンチ感情と申しますか……」
「やはりそうでしたか。
ということは彼らのほとんどはヒト族なのですね」
「はい。
タケル神さまに敵対的な裁判官が全員ヒト族だったのは、偶然ではなかったかもしれないということなのですね」
「まあ、彼らにとっては、わたくしを貶めてマウントを取れればそれだけで自分の価値が上がるとでも思っているのでしょう。
まさにヒト族特有の行動です」
「そうでしたか。
これも個人的意見ですが、先ほどのタケル神さまの分類に於いては、マウンティング欲求が70%、厳密な法解釈を行ってそれに基づく命令を出せる自分たちに酔っているのが30%だと思います。
むしろ譲歩などは全く求めていないでしょうね。
どうも彼らは法の支配下にある銀河宇宙に於いては、その法解釈を司る裁判官こそが支配者代行であるという思想を持っているように思えます」
「なるほど」
「ですがタケル神さま、実は最高評議会と連盟内部である対抗策を作成しまして、現在その根回しを行っているところなのですよ」
「ほう、それはどのような対抗策かお聞きしてもよろしいでしょうか」
「実はこのように貴重なお時間を頂戴したのも、この対抗策を事前にお伝えしたかったからなのです。
その策とは、まず……を行い、次に銀河種族会に依頼して……を行い、最終的に……とするものなのです」
(やはりその手を使うか……
それにしても大胆だな。
でもそれだけ本気になってくれているということか……)
「実行可能でしょうか」
連盟執行部の部門長が微笑んだ。
「はい、根回しは順調に進んでおりまして、現在の神界が『天界宣言』を発表され、連盟最高裁が法的意見声明を出した直後に行動に移す予定になっております。
それでタケル神さまにもお願いがございまして……」
「是非お聞かせください」
「天界宣言後に最高裁が表明する内容は、特に天界の方々にとって非常に不愉快なものになるでしょう。
ですが我々も速やかに対抗策を実行いたしますので、あまりお怒りになられないよう最高神さまや神界首脳部の方々に根回しをお願い出来ませんでしょうか」
「はは、確かに承りました。
わたくしにお任せください」
「ありがとうございます……」
(マリアーヌ、この会談の内容を神界上層部の法に詳しくない方々にも分かりやすいように映像にまとめてくれ。
そうだな、タイトルは『天界宣言に伴う法的諸問題』でいいだろう)
(畏まりました)
銀河連盟執行部門長と法務部門長は、連盟に帰着後最高評議会幹部らに報告を行った。
「そうか! タケル神さまにご了承いただけたか!」
「はい、最高神さまを初めとする神界上層部への根回しもお引き受けくださいました。
ただ……」
「どうした、何か問題でもあったのか?」
「タケル神さまは、わたくしたちの策定した連盟最高裁への対抗策を既にご自身で認識されておられたようなのです。
どうやら我々が気づいていなければ助言下さるおつもりだったとみられます」
「そうか……
『智慧の怪物』という異名通りのお方さまであらせられたということか……」
「はい……」




