*** 155 しゃー! ***
「こ、ここは武具屋か……」
「はい、どれも中古品ですのでお安くなっておりますよ」
「青銅の剣がたった大銅貨3枚(≒3000円相当)とは……」
「こ、この剣についているのは我が国の紋章だぞ!」
「それはこの商業街を襲いに来た盗賊たちの持ち物ですね。
盗賊が国の紋章付き剣を持っていたとは、どこからか衛兵の剣を盗んだのでしょうか」
「「「 ………… 」」」
「この店は店頭に商品を並べておらんようだが何の店かの」
「こちらは薬屋になります。
ご存じのように薬は日の光に当てるとすぐに劣化してしまいますので」
「そ、その薬はまさか……」
「はい、遠征病と貴族病の特効薬などですね」
「!!!!」
「やはりそのような物が存在するのか……」
「そ、それはいくらするのかの……」
「どちらの病も、日に3錠、5日間服用すれば治ります。
その薬が4人分60錠入って銅貨4枚です」
「特効薬にしては安くないか」
「我が国では人の命にかかわる品は安くすることになっていますので」
「そうか……」
理事長一行は大量の商品を購入して帰っていった。
10日ほど経った或る日、塩ギルドの理事長が王城の徴税部に駆け込んできた。
「ご注進! ご注進にございますぞ!」
「なんだ騒々しい」
「それが大変なのでございます!
あの王都南に出来た大きな城の城下町では塩が1キロ僅か銅貨2枚で売られているのです!」
「ほう」
「私ども塩ギルド加盟商会では、お国から1キロ大銅貨7枚(≒7000円)で仕入れた塩を銀貨1枚(≒1万円)で売っていたのですが、あのタケル王国とかいう国の商業街のせいで、我らの塩が全く売れなくなりました!」
「それがどうかしたのか?」
「な、なにを仰られますか!
このままでは我ら塩ギルドから国に納めております冥加金が払えなくなってしまうのですぞ!」
「それでお前は何が言いたいのだ」
「で、ですから是非陛下に奏上して頂いて、王都民たちに塩ギルド以外からの塩購入を固く禁じていただければ!」
「そのような奏上を試みれば、まず宰相閣下に金貨30枚の賄賂が必要になるぞ」
「!!!」
「それから尚書部、勅令部、税務卿閣下にも30枚ずつだ」
「!!!!!」
「お前は金貨120枚を用意出来るのか?」
「そ、それをなんとか閣下のお力で!
さもなければ徴税部の税収が激減してしまいますぞ!」
「いや、そのようなことにはならぬ」
「え……」
「そなたら塩ギルド加盟商会は、店の間口に応じて冥加金を払っておるだろう。
その冥加金を払えなければ、預託金と店の塩を没収して塩専売資格を取り消せばよい」
「!!!!」
「そうすれば我が徴税部は数年分の徴税が可能になるだろうの」
「そ、そのようなこと!
我らが潰れれば来年の冥加金がゼロになりますぞ!」
「ははは、そのときは他の商会に塩の専売権を売りつければよい。
もちろん預託金も徴収してな」
「そ、そんなことをすればこの王都の商会が皆潰れて……」
「いや大丈夫だ。
その頃には俺は税収を一気に上げた功績で宰相府に栄転しているだろうからな」
「!!!!!!!!!」
王都では塩以外でも顕著な変化が見られ始めていた。
まず真っ先に目が付くのは王都民の服装である。
ほとんどの者はそれまで藁で編んだ貫頭衣を着ていたが、なんとたったの銅貨3枚で色とりどりの美しい服が買えるのである。
麦粥1杯銅貨1枚であり、数回の食事を我慢するだけで服が買えるのだ。
こうして王都の民はどんどんカラフルになっていったのである。
こうした変化はもちろん衛兵や国軍兵も見ていた。
また、どこに行っても王都民はタケル王国商業街の話題で盛り上がっている。
そして、彼らのメンタリティーでは、俸給で品を贖うよりも武力で奪う方が断然おトクだとしか思えないのであった……
衛兵も国軍兵も、主に夜中に5人ほどが連れ立ってタケル王国商業街に武装強盗として侵入して行った。
そのうちに小隊長の命令で小隊規模で、中隊長の命令で中隊規模での盗賊行為を試みるようになったのである。
もちろん彼らはAIの監視網から逃れることなど出来ず、その全員が消え失せていったのであった。
秋の収穫期に今年の収穫量も納税額もゼロと分かり、国中がパニックになるころには、軍や衛兵の大半が消えていることだろう……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
また或る日の救済部門幹部会にて。
「タケルさま、諮問会議から囚人の待遇改善に関しての答申が返って来ました」
「見せてくれ」
「はい」
「ふーむ、彼ら暴虐ヒト族も、ある意味恒星の表面温度変動という自然災害の犠牲者だと理解してもらえたか。
それを踏まえての待遇改善案だな。
なになに、食事の改善として多少の中級食品の増加、週に1度程度の甘味支給、フルーツジュースなどの配布か。
まあ常識的な線だな。
加えて娯楽の提供か。
AI相手のボードゲーム、囚人同士の遠隔ボードゲーム大会、娯楽番組の提供ね。
それに必要な双方向スクリーンを収用房に設置か。
加えて現在日に30分の運動場での運動を1時間に拡大し、そのために必要な重層次元運動場の拡充か。
うん、いいんじゃないかこれ。
ニャサブロー」
「はいですにゃ」
「救済部門内に囚人待遇改善部を作って、この答申を実行させてくれ」
「畏まりましたですにゃ」
こうした娯楽の中で最も人気があったのは、アニメ放送と並んで1対1の素手による戦闘だった。
もちろん体重別などの制度は無く、力自慢、暴力自慢たちがただただ殴り合い、蹴り合うといったものである。
(もちろんリングには『セミ・ゴッドキュア』の魔法がかかっていた)
各囚人たちは自分の収用房にあるスクリーンから出場を申し込むことが出来る。
そうして予選会の後には毎週のようにトーナメントが開催されて、多くの囚人たちがスクリーンに釘付けになっており、彼らの暴力衝動も発散されていったのだ。
尚、こうしたガチファイト最高の見せ場とは、小さな者が大男を叩きのめす場面である。
そして、大人気となった最強チャンピオンは、体重45キロのニャイチロー選手であった。
(もちろん変化の魔法でヒト族の子供の体になっている)
彼が3倍の体重を持つ選手たちをなぎ倒していくシーンは、感動で泣くものがいるほどの人気となっていた。
また、遂に模範試合としてタケルとオーキーの模擬戦闘も放映されることになったのである。
その会場は床も周囲もタングステン合金で固められている。
この2人の壮絶な殴り合いや蹴り合いは、ほとんどの者にとって目で追えないほどの速さだった。
ただただ肉体がぶつかり合い、肉がひしゃげる音とともに血が飛び散っているのみである。
だが2人は全く動きを止めなかった。
どれほどのダメージを負っても戦いを止めないのである。
囚人たちも声も出せぬままスクリーンの前で硬直していることしか出来なかった。
この2人に比べれば、自分たちの暴力など幼児の喧嘩、いや蟻の喧嘩以下である。
そして……
この戦闘シーンが流された際も、エリザベートとジョセフィーヌ、そして子猫たち2人もまた映像を見ていたのであった。
(ふむ、子供たちも大分大きくなってきたことだし、そろそろパパの鍛錬風景を見せてやってもよかろう……)
戦闘が始まると、すぐに子供たちは4つ足で立ち上がり、後傾姿勢になるとともに背中も丸めてしっぽを立て、全身の毛を膨らませた。
もちろん耳も極限まで広がった見事なイカ耳になっている。
ご存じ猫の最大警戒態勢『やんのかスタイル』であった。
そうして、目をかっ広げたままスクリーンを凝視して固まっていたのである。
(ふふ、怖がりつつも目を開いて見ているではないか。
子供の成長とは早いものだの♪)
鍛錬が終了すると、タケルとオーキーは礼を交わし、笑顔で握手した後はそれぞれ控室での治療に向かった。
「さあセルジュちゃん、ミサリアちゃん、おやつにしましょうか。
今日はジョセフィーヌお母さん特製のちゅ〇るケーキですよ♪」
「「 ………… 」」
だが子猫たちは動かなかった。
スクリーンを向いたまま微動だにしないのである。
背中を撫でてあげてもまるで陶器の置物のようにカチカチだった。
しっぽを下げてあげようとしても、そのまま前足が上がって胴体が直立し、顔が天井に向くほどの硬直である。
(???)
そうしてジョセフィーヌが2人の前に行くと、2人が口から泡を吹いているのを発見したのであった。
(!!!)
そう、2人は立ったまま、目をかっ広げたまま気絶していたのである……
それから1か月ほど、セルジュくんとミサリアちゃんが近寄って来てくれなくなったので、タケルは落ち込んでいたらしい……
タケルが近づくだけで2人のしっぽが膨らむそうだ。
それで仕方なく寝ている子供たちをそっと撫でるのだが、もし起こしてしまうと5メートルも飛び退いて『しゃー!』までされてしまったために、さらに落ち込んでいるらしい。
(すまなかったのうタケルや……)
エリザベートはそんなタケルに心の中で手を合わせていた……




