*** 152 商業街の変化 ***
或る日の救済部門幹部会にて。
「ところでニャサブロー、銀河宇宙では恒星の温度コントロールって行われていないのか?」
「「「 !! 」」」
「あ、あにょ、確か理論的研究はあったはずですが、実験にゃどは全く行われていにゃいはずですにゃ」
「なんでだ?
これだけ科学技術が発達した銀河世界で、なんで誰も実験していないんだ?」
「自分たちの恒星系では、万が一の際に恒星温度が急激に上がって母惑星が焼き尽くされてしまう恐れがあるために、絶対に許可は下りにゃいでしょう……」
「そんなもん近隣1000光年に生命のいない辺境地区の恒星で実験すればいいだろうに」
「今まではそこまで離れた恒星系に移動する手段がありませんでしたし、コストも時間もかかりすぎますにょで……」
「あー、そうか。
でもこれからは実験出来るよな」
「タケルさまはにゃにか具体的な実験のアイデアをお持ちにゃのでしょうか」
「恒星の温度が上がり過ぎた場合の対処は特に問題無いだろう。
もしそれが超新星爆発の前兆でないなら、その恒星と生命居住惑星の間に大型の太陽光発電衛星を配置して太陽光を遮断すればいいんだから。
送電もマイクロ波なんてものを使わずに転移装置で電源ケーブルを繋いで安全安価に出来るしな。
問題なのは恒星の温度を上げる方法だけど、恒星温度ってその質量の関数になるから、不要な小惑星なんかを恒星内部に山ほど転移させればいいんじゃないか」
「「「 !!! 」」」
「もしくは俺が抽出して確保してる水素資源だけど、そのうち核融合炉用の二重水素や三重水素なんかを抽出した残りの軽水素なんか余りまくってるからな。
その塊りを転移で送り込めば、恒星核融合の燃料になって恒星温度は上がるんじゃないか。
もちろんゆっくり転移させないと危ないだろうけど」
((( またタケルさまのトンデモアイデアが…… )))
「それからさ、超新星爆発間近の恒星って、中心部に鉄原子が溜まりまくってるだろ。
水素からマンガンまでは核融合の燃料になれるけど、鉄原子は安定しすぎててそれ以上核融合出来ないから。
それが恒星中心部に溜まりすぎると、恒星の輻射圧が減って重力を支えきれなくなり、周辺物質が光速の数%のオーダーもの速度で中心部に落下するから、その衝突エネルギーで大爆発を起こすんだよな。
だったらさ、或る程度の大きさの球形転移装置を恒星中心部に転移させたらどうかな」
「「「 !!!!! 」」」
「そうして別空間に鉄のプラズマを転移させれば、その恒星は超新星爆発を起こさなくなるんじゃないか?」
「で、ですが恒星中心部といえば超高温超高圧で……」
「転移装置は何物をも転移させるんだろ。
なにしろ別空間と接続するせいで重力子すら転移させるんだから、熱伝導も赤外線も影響無いんじゃないか。
それに超高圧なら勝手に内部の物質を転移装置に送り込んでくれるわけだし。
内部物質が減りすぎてマズイんだったら、すぐに転移装置を転移させて実験を中止すればいいだろうし、代わりに等質量の水素原子を送り込んでやってもいいし」
「「「 ………… 」」」
(本当にこのお方さまの発想って凄いわ……)
「だから、この実験についても諮問会議の科学技術部会で検討してもらってくれ」
「は、はいですにゃ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『タケルさま、惑星アルファの各地に置いた商業街に少々変化が起き始めました』
「どんな変化なんだ?」
『相変わらず襲撃は多いのですが、ごく少数のヒト族が街の中で暮らし始めているのです』
「ということは、他人を脅したり殺そうとしないで穏健に暮らし始めた奴がいるっていうことか」
『はい、そのために働く場所や学校、宿泊施設などを作ってやってよろしいでしょうか』
「もちろん許可する。
どんどん作ってくれ。
お前の判断で動いていいぞ」
『畏まりました』
それから10日ほど経った或る日。
『タケルさま、一部変化の見られた商業街の様子をまとめましたので、ご覧いただけませんでしょうか』
「是非見せてくれ」
「ここは……」
「こちらはタケル王国の商業街です。
食事や買い物が出来ますが、仕事を斡旋している場所もありますのでおカネを稼ぐことも出来ますよ」
「それじゃあ試しに中を見てみようか」
「あなたはお一人ですか。
この街では武装が禁止されていますので、その剣はこちらでお預かりします」
「な、なんだと!
丸腰で歩いたりしたらすぐに殺されちまうだろうに!」
「いえいえ、街にいる皆さんは全員武器をお持ちでないので大丈夫ですよ。
警備も厳重ですし」
「そ、そんなこと言って俺の剣を盗むつもりだろうっ!」
「タケル王国はそのようなことは致しませんのでご安心ください」
「し、信用出来ねぇっ!」
「それでは残念ながら街に入っていただくわけには参りませんね。
お帰り下さい」
「な、なんだとぉっ!」
「なんだい兄ちゃん、この街は初めてかよ」
「な、何だお前は!」
「なんでもいいだろ、街に入らねぇんだったら早くどけや。
ほら門番さんよ、俺の剣だ」
「畏れ入りますアブルさん、こちらが預かり証になりますので、紛失されないようご注意ください」
「それじゃあ入ぇらせて貰うぜ。
いやー、また畑で働いて稼いだカネであの『らがーびーる』ってぇ奴を飲みたくってな。
それにここの警備はすげぇからよ、家にいるよりよっぽど安心して寝られるんだ」
「ありがとうございます。
どうぞごゆっくり」
「な、なんだよおい!
この街の中に何があるっていうんだよ!」
「おい若ぇの、お前ぇ人にものを聞くときは、もうちっと丁寧な口が利けねぇのか」
「お、教えろよ、い、いや教えてくれ」
「まあいいだろう、さっさと門番に武器を預けて街に入ぇるぞ」
「この街に来られたのは初めてですね」
「あ、ああ……」
「それでは武器をお預かりしますが、お名前を教えて頂けますか」
「マクジーだ……」
「あの、偽名ではなく本名を名乗って下さい」
「!!!」
「わははは、どうだ、ここの門番はすげぇだろ」
「マクナスだ……」
「それではマクナスさん、懐の短剣も預けて下さいね」
「!!!!!」
「早くしろや兄ちゃん、置いてくぞ」
「あ、ああ……」
「それにしてもお前ぇ若けぇな。
子供か?」
「せ、先月12歳になったぞ!
あと3年すれば大人だ!」
「そうか……」
「な、なぁ、あの隅の方にいる連中、裸で宙に浮いてるんだけど……」
「あーあれな、あいつら人を脅してカネを巻き上げようとしたり、宿屋で盗みを働こうとしたんで見せしめに吊るされてるんだ。
3日ばかり吊るされた後は『さいばん』とかいうもんにかけられて、昔の罪があると牢に入れられるんだわ。
お前ぇもカネを脅し取ろうとしたりなんか盗もうとすれば吊るされるぞ」
「あ、あんたも吊るされたことがあるんか」
「宿で隣に寝てる奴の荷物を盗もうとして、気がついたら吊るされてたわ。
だけど俺ぁ物心ついたころからずっと男爵家の下男だったんでよ、人を殺したりしたことは無かったんで牢には入らずに済んだんだ。
それでもここが気に入ったもんだから男爵家を逃げ出してこの街で暮らすことにしたんだわ。
なんか領兵たちもほとんどいなくなってたんで、追手も来ないだろうしな」
「そうか……」
「お前ぇはどっから来たんだ」
「俺は街の奴隷商の丁稚だったんだよ。
どうやら商会長が奴隷に生ませたガキだったらしいんだが。
それで先月12歳になったんで、ようやく手代見習いにしてもらえることになってたんだ。
だけど或る日、商会長も番頭も手代もみんな消えちまったんだよ。
奴隷たちもな。
それで商会が襲撃されたのかと思って商会長の隠し部屋に隠れてたんだ。
そこには喰いもんもあったし」
「奴隷を殴って殺しちまったりしたことはなかったのか」
「そんなことして商品を殺しちまったら、俺が殺されるからな。
だからそんなことはしてねぇよ」
「はは、そうか」
「だけどその隠し部屋の喰いもんも無くなっちまったんで、森に入って木の実でも探そうと思ってたらこの街を見つけたんだ。
それで、なんか盗めるもんでも無いかと思って寄ってみたんだよ」
「それじゃあ仕事はどうするかなぁ。
お前ぇ、ちょっと手ぇ見せてみろ」
「え?」
「いいから掌を見せてみろって言ってんだよ」
「あ、ああ……」
「あー、なんかふにゃふにゃな手だなぁ。
お前ぇ奴隷商でどんな仕事してたんだ?」
「い、井戸からの水汲みとか、奴隷へのメシやりとか奴隷小屋の掃除だ」
「こんな手じゃあ力仕事は無理か。
仕方ねぇ、学校に行くか」
「『がっこう』?」
「まあ俺もしばらくのんびり暮らすとしよう。
一緒に学校に行ってやるからついて来い」
「そ、それってどんなところなんだ?」
「授業ってぇもんを真面目に聞いて読み書きや計算を覚えるところだ。
その代わり、1日3回メシを喰わせてもらえるぞ」
「3回も!」
「それだけじゃねぇ。
住むところも服も貰える」
「す、すげぇ!
あんたが着てるような立派な服も貰えるんか!」
「ああそうだ。
だがこれだけは言っておく。
授業中は絶対に寝るな。
眠くなったら手でも脚でも抓りまくって起きているんだ。
それから授業中は席を立ったり大声を出したりするなよ」
「なぁ、もし寝たり席を立ったりしたらどうなるんだ?」
「そんなことをすると、学校からも住むところからも放り出されるぞ。
そうなりゃ農場での力仕事でしかメシを喰うことが出来なくなるんだ。
その農場でも働くフリしてサボってたら、もう2度とこの街に入れて貰えなくなるぞ」
「わ、わかったよ……」




