*** 148 住民E階梯銀河最低の理由 ***
「ところで、この惑星アルファのヒト族がここまで凶悪な種族になった理由ってなんなんだろうな」
『まだ観測期間が短いので何とも言えませんが、今考えられる仮説は小氷期と間氷期のサイクルが短いためであるというものです』
「どういうことだ?」
『惑星環境下に於いては間氷期に農業生産や採取の対象となる木の実などの食料が増加し、小氷期になると減少します。
このために原始社会では間氷期に人口が増加して小氷期に減少して来たという歴史が存在します。
そして小氷期から間氷期、もしくはその逆といったサイクルは、通常500年から3000年ほどになりますが、ほとんどの原始社会では間氷期から小氷期への移行期に人口の大幅減少が発生します。
まあ食料生産がかなり減少しますので当然のことなのですが』
「まあそうだよな、原始ヒューマノイドは食料が豊富ならすぐに人口を増やすからな。
それが逆になれば人口の急減も起きるわけだ。
あの惑星ケットでも、人工太陽の設置や食料援助が無ければ住民は大量死して人口が大幅に減っていただろうし」
『そしてヒト族の古代社会では、この人口減少期に紛争が激増します』
「あー、それも分かるわ。
地球でも15世紀に小氷期入りしたときには、大航海時代とか言う美名でごまかされた大侵略が始まったしな。
あれは農業生産が落ちてきた比較的寒い国から、まだ農業生産が保たれていた比較的暑い国への武力による侵攻だったわけだし。
ほとんどの大航海は国がスポンサーだったしな。
日本だって、この時期は『戦国時代』って言われてるし。
ついでに、植民地にされてた暑い国が独立を果たせたのは小氷期が終わってしばらく経った20世紀だったからな」
それにしても不思議なんだけどさ、日本の戦国時代の大大名って、ほとんど全員がいつかは上洛して天下布武って狙ってたろ。
どんな歴史小説読んでも、それは当たり前のこととして理由について触れてるものはほとんど無いしな。
つまり歴史小説家を含む地球のヒト族にとっても、武力で自分の支配領域を広げたがる欲求って説明不要なぐらい当然のことだったんだろう。
特にその傾向が強いのは、古代も現代もその地域の最高権力者が革命だの反乱だの以外では交代しない国なんだよな。
戦国時代の領主は世襲制だし、ロロシア帝国も中華帝国も北朝鮮王国も民主的手段では国家元首が交代しない国だし、戦前までの日本もそうだったし。
やっぱり独裁制や世襲制の国って、ヒト族の暴虐本能に染まりやすいのかもしれないなあ。
そうした侵略行為も、ほとんど全ては独裁者個人のせいにされてるけどさ、なんでヒト族は独裁が続くと武力行使や武力威嚇をしてまで権力を広げたがるのかって論じた本って、一度も見たことがないんだよ。
それだけヒト族の『常識』になってるのか。
ヤな常識だなぁ……
『この氷期と間氷期のサイクルが短い恒星系では、人口が減少する紛争期と増加する平和期のサイクルも短くなります。
そうなりますと、人口減少期に他者の命を奪ってでも食料を得ようとした者たちが生き延びるようになって、穏健な国や人物たちは淘汰されていってしまうのでしょう』
「そうなると、残るのは暴力性向の強い遺伝子を持った者たちだけになるということか……」
『はい』
「なあ、そのサイクルの長短って、何によって決まるんだ」
『多くの場合はその惑星が属する恒星系の太陽表面温度の変動率によって決定されている模様です』
「あーそうか、そもそも小氷期や氷河期って太陽表面の温度の揺らぎのせいだもんな。
地球では太陽表面の温度が低い点を『黒点』って呼んでるけど、この黒点が多い時期が続くとその恒星系の惑星も氷期に入っちゃうわけだ』
『はい』
「それじゃあその表面温度の変動率って何に由来するんだ?」
『主な要因になるのはその太陽の温度そのものですね。
高温の太陽ほどその核融合反応が安定しますので。
一方で比較的低温の恒星は、恒星表面の温度ムラも大きくなって、従える惑星の気候変動率も大きくなります』
「なるほど、恒星質量が小さくて核融合反応が少ないと温度も低くなるし、表面温度も安定しなくなるわけだ」
『はい。
他にもその恒星が誕生した際に、重力によって取り込まれていたダークマターの量という要素もあります』
「どういう意味だ?」
『ご存じのようにダークマターは、重力相互作用以外では通常物質と相互作用しません。
ですので、恒星内部の核融合反応にはまったく参加しておらず、むしろこれを抑制する働きをしています』
「地球の原子力発電に於ける炉心の制御棒みたいなものか」
『はい。
ですので恒星誕生期に含まれていたダークマターの量が多い恒星では、その中心温度も表面温度も上がりにくいのです。
従いまして、その恒星の表面温度の変動率は、恒星内の核融合反応の強さにより決定され、その核融合反応の強さは恒星質量と恒星内のダークマター質量の関数になります』
「ということは、恒星の温度が高く、その分公転軌道が恒星から離れている惑星ほど気候が安定しているわけだ。
あ、だったら神界認定世界に成れたようなヒト族世界って、恒星温度が高くって公転軌道も大きいのか」
『そうなります。
平均では恒星表面温度は約6300℃、公転半径は8.8光分ですね。
その分1年も長くなりますが』
「地球の場合は太陽表面温度が6000℃で、公転半径が8光分だからなぁ。
だからあんなに紛争が多かったんだな……」
『その可能性は高いですね。
ヒト族の場合は、その文明が発生してから社会・文明発達度が上昇してレベル5にまで至る期間は恒星表面温度の変動率とは逆相関していると言われています』
「ヒト族以外の種族はそもそも紛争がほとんど無いから、氷期が来ても人口が減るだけだったんだな……」
『はい。
気候変動と紛争発生件数がここまで相関しているのはヒト族世界だけだと言われていますね』
「この惑星アルファは?」
『恒星の表面温度5500℃、公転半径7.2光分です。
この数値はヒト族居住惑星の中でも最も小さい部類に入り、そのため恒星表面温度の変動率も最大級になっています」
「ということは氷期と間氷期のサイクルも……」
『まだ観測期間が短いので確定は出来ませんが、おおよそ50年から100年のサイクルで気候変動が起きているようです』
「そうか……
それで他者を脅すか殺すかして生き延びて来た連中の性向が選択強化されて、遺伝子にまで刷り込まれつつあるのか……」
『はい。
また惑星アルファの現状は後期青銅器時代に相当しますが、この文明はたびたびの気候変動と人口の急減によって、初期青銅器時代と中世初期の間を繰り返している兆候が見られます。
この初期青銅器時代から中世初期までに要した期間は地球では3000年ほどでしたが、ここアルファではもう5万年もの間文明の振幅を繰り返している可能性が高いです』
「惑星デラでも状況は同じだったのか?」
『はい、あちらの恒星の表面温度は5700℃、公転半径は7.7光分でしたので、気候変動サイクルは約80年から150年になっている模様です』
「ということはだ。
ヒト族社会の暴虐性は、或る意味自然災害だとも言えるんだな」
『そうした側面もあると思われます』
「また、これはそうした表面温度変動の大きな恒星系にある惑星に知的生命体を誕生させて来た神界知性付与部門の責任でもあるわけだ。
確かに彼らには天族の教えを守って100億年も銀河の生命に知性を与えてきたという功績があるし、そのおかげで当初数万しかなかった神界認定世界が3000万にまで増えたという大功績もある。
だが、連中は恒星物理学どころか核融合反応すら理解していないせいで、同時にヒト族暴虐世界も創り出してしまっていたんだろう」
「「「 ………… 」」」
「さらにそれは天界上層部の怠慢でもあるだろう。
銀河宇宙との関係を断っていたことで、知性付与部門が物理学的立場からの判断を行えなかったんだからな。
同じことは天地創造部門にも言える。
せっかくテラフォーミングした惑星を、わざわざ表面温度が低く放射熱が不安定な恒星系に転移させていたんだからな。
まして、今までは銀河連盟大学などの研究機関も、恒星間転移能力や輸送能力が無かったせいで、こうしたヒト族の暴虐性と自然環境の関連性を調査出来なかったんだろう。
これも神界上層部の責任だ」
「「「 ……………… 」」」
「ニャサブロー」
「はいですにゃ!」
「救済部門諮問委員会の物理学分科会、恒星物理学の専門家、ヒト族進化論の専門家たちに依頼して、今議論していたことについて神界上層部に上申する文書を作成するよう依頼してくれ。
論文ではなく素人にも分かりやすいようものでな」
「はい!」
「それから銀河連盟大学に行って、未認定世界の恒星系や惑星の気候変動周期についての調査を依頼して来てくれ。
特にヒト族世界の暴虐性と恒星温度変動率についての関連性を詳しく知りたい。
むろん人件費や調査費は全て救済部門が負担するし、深重層次元航宙船も10隻貸与する」
「畏まりました」
「それにしても、デラやアルファで収監しているヒト族犯罪者たちも、或る意味頻繁な気候変動という自然災害の犠牲者だったんだな。
加えて今までの神界の怠慢の犠牲者でもあるのかもしれん。
ならば少し収監者たちの待遇改善も検討しようか。
ニャサブロー、諮問委員会の社会・文化分科会に、収監者の待遇改善についての諮問を依頼してくれ。
同じ問題について銀河連盟への検討依頼もだな」
「はい」
「刑務所内の待遇さえよければ、収監される惑星住民ももはや餓えず、他者の暴力で傷つくことも無いので収監者も却って幸福かもしらん……
まあ、他者を脅して従わせたり暴力を振るえなくなることで、フラストレーションのあまり半狂乱になる阿呆も多いだろうけど」
『はい』
「それじゃあ、これからの保護施設は300人程度の小人数制にして、街や農村の奴隷たちを保護して行こうか。
その際に、食事を与えた後には元居た場所に帰りたいかどうかのヒアリングもよろしくな」
『畏まりました』
「今後はヒト族暴虐世界の救済の柱のひとつは、その惑星から小氷期を無くすことになるだろう。
だから小型の人工太陽が山ほど必要になるな。
宇宙進出を果たしているレベルの文明には、近傍重層次元に置いた人工太陽から赤外線だけを転移させて送り込もうか。
この2種類の装置も追加発注しておいてくれ」
『はい』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日から惑星アルファにてオーク部隊による盗賊捕獲作戦が始まった。
当初はツーマンセルを組んだオーク族2人が小麦の袋を満載した荷車を曳いて街道を流していたのだが、盗賊たちのレベルがあまりにも低かったために、400人のオーク戦士たちはすぐに1人で荷車を曳くようになっている。
「なあマリアーヌ、オーク部隊の作戦は順調か?」
『順調すぎて驚いています』
「ほう」
『オークさんたちが街道を移動しているとすぐに盗賊たちが集まって来るので、片端から捕獲して時間停止重層次元倉庫に送り込んでいるのですが、そのペースが異常です』
「どのぐらいのペースなんだ?」
『1人のオーク戦士に対して、平均で20分に1組の盗賊が襲い掛かって来ています。
その人数は平均20人ほどですので、1分に付き1人を強盗及び殺人未遂容疑で現行犯逮捕していますね』
「そこまで酷かったか……」
『また、農村に差し掛かると棍棒や農具を持った農民たちが、街に差し掛かると門番の領兵たちが、街に入ると街民たちが襲って来ますので、これらもすべて逮捕しています』
「…………」
『結局オーク戦士たち400人は、今日1日で40万人を逮捕拘束しました』
「す、すげぇな。
まさに入れ喰い状態か……」




