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*** 144 タケル登場 ***

 


 ほこら部隊による大陸一斉念話放送が始まったとき、ホスゲン辺境伯爵、並びにその寄子である9人の貴族家当主と次期当主はたまたま会議を開いていた。

 そうして念話の内容を身じろぎもせずに聞いていたのである。



「なんということだ……

 全ての村から農奴共が逃散していたとは……」


「しかも全員がタケル王国に匿われているとは……」


「そうか!

 だからタケル王国はあれほどまでに広い地を領土としていたのだな!」


「これでいくつもの疑問が氷解したの……」


「どういうことでしょう閣下」


「何故タケル王国はあのような商業街を造り、我らと取引を始めたのか。

 何故鉄製武器に加えて貴族病遠征病の特効薬を安価で売りに出したのか。

 さらに、いくら石高が大きいからと言っても何故麦をあれほどの安値で売っていたのか。

 これらは全て、4大国とその属国群45カ国を滅ぼすためだったのだな……」


「な、なにを仰られますか!

 我らはまだ滅んではおりませぬ!」


「我らも我らの軍も健在であります!」


「そう、我らは誰一人殺されてはおらぬ。

 だが考えてもみよ。

 もはや農奴はどこにもおらんのだ。

 ということは、このままだと我らは1年も経たぬうちに全員が餓えて死ぬのだぞ」


「「「 !!! 」」」


「そ、それはまた農奴を捕えて来て……」


「どこで捕らえるというのだ。

 もはやこの大地のどこにも農奴や蛮族はいないのだぞ。

 それに、もしいたとしても、そ奴らを捕えようとした途端に我らはタケル王国に捕縛されて牢に入れられるだろう。

 仮にタケル王国に移住して庇護と食料を求めたとしても、我らは皆牢に入れられて2度と出て来られん」


「「「 ………… 」」」


「それにしても見事なものよのう。

 4大国と属国45カ国を完全に滅ぼすのに一滴の血も流さぬとは……

 それにタケル王国の法は余程に厳しいとみえる。

 なにしろ王自身が捕縛されぬよう一切の戦闘を行うことなく国を滅ぼしたのだからの。

 そのためには我らに売った麦や鉄製武器の代価などどうでもよかったのであろう」


「「「 ……………… 」」」



「さて諸君、以降は寄子寄親の関係を解く」


「「「 !!! 」」」


「か、閣下、そ、それはあまりにも……」


「勘違いしないで欲しいが、私自身は諸君らとの友好関係をこれからも維持したいと思っている。

 だが、東王国が事実上滅んだということは、東国王家から叙爵されていた我らは、もはや貴族ではないということなのだよ。

 加えて新たな支配者であるタケル王国により貴族位を剥奪されたしな」


「「「 !!!!! 」」」


「貴族で無くなったならば寄親も寄子もあるまい」


「で、ですがこのような時こそ主従一同結束を固めて!」


「どうやってだ。

 主従の関係とはそもそも扶持麦を媒介にして成立しておるのだ。

 今年の扶持麦はなんとかなろう。

 我らの倉庫にはタケル国より購入してまだ銅粒に換えていない麦が大量にあるからな。

 だが来年はどうする」


「「「 ………… 」」」


「我らはもはや貴族ではなく兵に渡す麦も来年からは無くなるのだ。

 つまり、制度的にも経済的にも、もはや主従関係というものは存在しえないのだ」


「そ、そんな……」


「こ、こうしてはおられませんぞ!

 我らが領地で今ごろ兵が反乱や略奪を行おうとしているやも!」


「案ずるな。

 元主家の者を害して略奪を行おうとすれば、そ奴らはすぐにタケル王国に捕らえられて牢に入れられるだろう」


「ま、真ですか……」


「そういえば頭の中で念じれば『ほこら』とやらと話が出来ると言っていたの。

 試してみるか。

 ほこら殿よ、聞こえるかな」


『はい、よく聞こえます』


 その場の皆が再び頭の中に聞こえて来た声に驚いている。

 しかも今度は一斉放送ではなく対話形式なのであった。


「確認させて欲しいのだが、仮に我らの兵が反乱を企て主家の者を害して財を奪おうとしたとする。

 タケル王国は、その者たちを全て捕縛出来るのかな」


『はい、もちろん可能です。

 あの念話放送から今現在までで、95の貴族家で2万人以上の兵が略奪を始めようとしましたが、既に全員を捕えて牢に入れています。

 また、各街でも3000件ほどの暴行、略奪未遂事件がありましたが、これも実行犯3万人を捕縛済みです。

(実はこの中にあの平民に落とされて零落したズボラン家の長男も含まれている)

 因みに皆さんの元領地では兵による反乱、略奪は起きていません』


「他の領地での反乱兵の数が思ったよりも少ないのだが」


『各領地の兵は、タケル王国の財を狙って略奪に来た際にその大半を既に捕縛済でしたので、そもそも残っている兵の数が少ないからです』


「ははは、そういえばそうだったな。

 我が国を滅ぼした際の混乱を最小限に抑えるために、事前に捕縛していたということか」


『はい』


「そのために、あれほどまでに大量の麦や鉄製武器を見せつけて略奪貴族軍を誘引していたわけだ」


「さらに、あの門番はそのためにあのような横柄な口調で話していたのだな」


『その通りです』


「そうか、我らはその財の宣伝をさせられていたわけだ」


『その点は感謝していますが、あなた方も儲かったのでは?』


「はははは、その儲けで贖った鉄製武器も、もはや無用の長物だがの。

 なにしろ使おうとした途端に捕縛されるのでは使うに使えん」


「「「 ………… 」」」


「ただ、あの特効薬には大いに助けられたがの。

 おかげで病に苦しむ者がいなくなった」


『それもタケルさまの目的の一つでしたから。

 この大陸から、飢え、暴力、恐怖、病に苦しむ者を無くすことこそがかのお方の目的でしたので』


「そのために4大国と45の属国を滅ぼしたのか……」


『はい、この大陸の王制や貴族制こそが諸悪の根源でしたので』


 男爵が吼えた。


「な、なんだと!

 我ら武人貴族の誇りを愚弄するか!」


『あなた方の言う武人貴族の誇りとは、たった1万の王侯貴族の生活が2450万人もの奴隷や辺境の民の犠牲の上に成立していたという歪んだものです。

 もしも誇り高き戦いがしたいのならば、自分たちで食物を作りながら自分たちだけで殺し合いをすればよかったのです』


「我ら武人に卑しい農奴の真似をせよと言うのかっ!

 我らを侮辱するのも大概にせいっ!」


『その農奴を作り出したのはあなた方でしょう。

 それも剣で脅して無理やり連れて来て』


「うっ」


『それに、なぜ食物を食べながら、その食物を作るのを卑しい行為だと見做すのですか。

 食物を作るのが卑しい行為なら、食物を食べるのも卑しい行為だとは思われないのですか。

 つまり、タケル王陛下は農業生産を卑しいと思われる方に農産物は不要だとご判断されたのですよ』


「ううっ……」



『あなた方は周囲の地に攻め入り、これを敗北させてその地の民を奴隷にしてきました。

 そしてあなた方はタケルさまに敗北したのです。

 あなた方の論理で言えば、あなた方はタケルさまの奴隷とされるのですよ』


「あうっ」


『にもかかわらず、タケルさまはあなた方を奴隷にしていません。

 この意味をご自分でもよく考えて見られたらいかがでしょう』


「だが、他人を暴力で脅して従わせたり、従わぬ者を殺害して来た者はタケル王が牢に入れるのであろう。

 それは奴隷と何が違うのか」


『全く違います。

 この大陸の国々は、実質的にタケルさまに敗北したことにより、タケル王国の統治下に入りました。

 そして、他人を暴力で脅すこと、暴力を行使することは、タケル王国では法により禁じられているのです。

 その法を犯した者は牢に入って自由を奪われることで罪を償ってもらうのですよ。

 同時にこれ以上同じ罪を犯さぬよう隔離するという意味もありますし、これ以上罪を犯す者が出ないようにするという抑止力の効果もあります。

 ですが、その牢では健康的で文化的な生活が保障されているのです。

 つまり飢えることはなく、また希望すれば学習をすることすら出来ますので。

 しかも、あなた方はこのままこの地で暮らしていくことすら出来るのですよ。

 もしご自分で作物が作れるならばですが。

 また、それも出来ずにタケル王国に庇護を求めるならば、タケル王国の法に従って今までの罪を償ってもらうことは当然でしょう』


「それはタケル王が決めた方針か」


『タケルさまではなくタケルさまが属する社会が決めた方針です』


「その属する社会とは何か」


『すみませんが、わたくしにはこれ以上ご説明する権限を与えられていません』


「そうか……

 一度そのタケル王という御仁に会ってみたいものよの……」


『少々お待ちください……

 今からタケルさまがここにおみえになられるそうです』


「なに……」



 その場にタケルが転移して来た。

 あまりのことにその場の全員がフリーズしている。



「やあ、俺がタケルだ。

 俺もあんたらと一度話がしてみたかったんだよ」


「そ、そなたは……」


「はは、イペリット、久しぶりだな。

 欺いていて申し訳なかったが、俺がタケル王本人だ」



 元男爵が立ち上がって鉄剣を抜いた。


「き、キサマが俺の農奴を攫ったのかぁぁぁ―――っ!」


 振り下ろされた剣身をタケルがなんなく掴む。


「うわぁぁぁ―――っ!」


 元男爵が宙に浮いた。


「そこでちょっとアタマ冷やしとけ」


 タケルは毟り取った鉄剣を両手で持った。


(『錬成』……)


 まるで粘土のように鉄剣がくるくると丸められていく。

 その場の全員の目が丸くなっていた。


(『固化』……)


 砲丸のように丸まった鉄を手から離すと『ゴトン』と音を立てて床に落ち、そのまま転がっていった。

 よく見ればその塊りにはタケルの指の跡もついている。

 同じように鉄剣の柄に手をかけていた男たちが、震える手を柄から離していた。


 タケルが指を鳴らすとその場に大きな椅子が現れ、タケルはどっかりと座ると足を組んだ。





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