*** 141 自然なこと ***
村中の女たちが一斉に動き出した。
彼女たちにしてみれば、女の子たちの髪や服がこの世のものとも思えないほどに美しく見えたからである。
女性の美に対する欲求は古代も現代も同じなのであった。
若い男たちも、見違えるように美しくなった女の子たちを見て、鼻の下を伸ばしながら続いている。
「お、おいっ!
お、お前らどこ行くんだよ!」
「ちくしょう! 女ども俺たちを置いて行っちまうつもりだなぁっ!」
「つ、掴まえろっ!」
「ゆ、許せねぇっ!
ぶん殴ってやるっ!」
「あーあ」
『はいアウトぉー!』
「「「 うわぁぁぁ―――っ! 」」」
村の中年男たちが皆吊るされた。
「ほんっと莫迦だなあんたら。
少しは経験から学べよ。
まあ、もう2度と会うことも無いだろうけどな」
こうして村にはムサい中年男たちだけが残されたのであった……
(註:古代社会には老人のように見える中年男は大勢いたが、現代社会で言う老人はほとんどいない。
日本でもつい500年前までは『人生50年』だったのである。
敦盛の舞を舞うような上流階級であってもである。
だからこそ『還暦』は祝賀の対象だったのだ。
このことは古代の文献に所謂『認知症』に関する記述がほとんど見られないことからも明らかであろう)
タケル王国に行った者たちの内、若い男たちは、ムウリくんの家を見て衝撃を受けた。
その家は一際大きく、また周囲は女の子たちの家に囲まれていたからである。
また、ムウリくんの家の入口には、『子種配布順番表』まで貼ってあり、女の子たちの名前が大量に書いてあったのだ。
(名前の書き方は学校で教わったようだ。
教えてもらったばかりの名前の書き方をこのようなことに使うとは……)
若い男たちはすぐに女の子を巡って、もしくは村長の座を巡って争いを始めた。
中には逆上してムウリくんを殺そうとした者までいたのである。
もちろん予め注意されていた通り、そうした者たちはすぐに宙に吊るされた。
彼ら原始ヒト族の大半は、自省や自制といったことはまったく出来なかったからである。
(現代ヒト族も出来ない者は非常に多いが)
ムウリくんや女の子たちを襲ってハーレムを我が物にしようとして吊るされた男たちは、延べで実に2万4000名に及んだ。
奇しくもムウリハーレムは、犯罪者予備軍をおびき寄せる誘蛾灯の役割を果たしたのである。
宙吊りの刑を3回重ねた者は男たちだけの村に放り込まれたが、ここでも食事の配布や村長の座を巡っての争いは続いた。
そうして、この村でも宙吊り3回を重ねると、刑務所に於ける本格的な禁固刑が待っていたのだ。
この男だけの村では、常時村人の8割が宙に浮いているという異様な光景が広がっている。
こうした村に保護された民は、まずクリーンの魔道具で体を清潔にされ、キュアの魔道具で病気その他を治療される。
そうして、AIたちによる簡易裁判の結果、罪が無かった者たちには住居が支給され、10日ほどの休養も与えられたのである。
その後は予め言い渡されていた軽作業、すなわち学校に通って読み書き計算を学ぶことになったのだ。
だがやはり、E階梯の低い者たちは勤勉さからは程遠かったのだった。
授業に全く参加しない者、参加しても寝てばかりいる者、中には何を思ったのか授業の邪魔ばかりしていた者までいる。
こうした者たちはすぐに別の場所に転移させられて説諭を受けることになった。
『わたくしは、予め皆さんに食事を差し上げる代わりに軽作業を行って頂きたいと申し上げていたはずです。
にもかかわらず、なぜ皆さんは学校で授業を受けるという作業に参加なさらないのでしょうか』
「だってよぉ、あんなわけわかんねぇこと聞かされるより、寝てた方が楽だろうに」
「んだんだ、どうせメシは喰えるんだからよぉ」
『そうですか、それでは仕方ありませんね。
皆さんには元居た村に帰って頂きます』
「「「 !!!! 」」」
「や、約束が違うでねぇか!」
「ここに避難して来たらメシを喰わせてくれるって言ったろ!」
『約束を違えたのはあなた方の方です。
わたくしはあなた方が避難されたら学校で授業を受けるという軽作業をお願いしていました。
その代わりに食事を保証していたのです。
ですので皆さんには元の村に帰って頂くことにしました』
「「「 !!!! 」」」
「い、行くから!
学校とかいうとこに行くからっ!」
『本当ですか』
「ほ、本当だど!」
『それでは1回だけ猶予を与えます。
今度こそ真面目に授業を受けて下さい』
だが……
そもそも彼らには『約束を守る』などという概念は無かったのである。
いや、約束そのものを覚えることすら出来なかったのだろう。
彼らは再び学校に行くことは無かったのであった……
こうした者たちはすぐに元居た村に強制転移させられた。
だがその多くは無人であり、また残っていた村人がいても彼らからは迫害され、ひと椀の粥すらも与えられなかったのである。
強制帰還させられた村人たちは、毎日ほこらの前で懇願を続けた。
「こ、こんどこそまじめに学校とかいうところにいくからよう!
またタケル王国に連れてってメシを喰わせてくれよう!」
『本当に真面目に学校に行きますか?』
「行く行くっ!」
『それでは1度だけまたタケル王国に連れて行ってあげます。
ですがこれが最後ですよ』
「は、早くタケル王国でメシを喰わせてくれよう!」
だが……
もちろん彼らはまた学校に行くことは無かったのであった。
ただ、今度は隠れて寝ることぐらいは覚えたらしい。
こうした者たちもすぐに村に戻された。
ただ、タケルの慈悲で、飢え死にしないだけの食事は胃に直接転移して貰っている。
もちろん飢餓感は相当なものだったそうだが。
そして、とうとう彼らは自分が何故こんなメに遭っているのか全く理解出来ないまま生き延びていったそうだ……
こうして、4大国とその属国群以外の地からタケル王国に避難した民1200万のうち、真面目に学習して読み書き計算を覚えたのは僅かに50万人しかいなかったのである……
その50万人の中でもムウリくんはその生来の賢さを存分に発揮し、タケル王国の初等学校も中等学校も首席で卒業した。
そうして文官試験にもトップ合格し、避難民で最初の代官にも指名されたのである。
この代官の下では大幅に自治が認められており、彼は同じように文官試験に合格した後輩たちと共に懸命に働いた。
まもなく彼の自治区は『ムウリ村』と呼ばれるようになっている。
【古代に於ける最初の共和制政体は、中央大陸中央部の旧タケル王国内にムウリ村として誕生した。
その始祖であるムウリ(通称ハーレムウリ)の1200人に及ぶ子供や孫らは大陸各地に拡散し、その後の超大国ムウリ共和国の礎を築いていったのである。
(もちろん産院では銀河技術が使用されていたために、出産事故は1件も無かった)
だが、その始祖たるムウリ本人は、終生『村長』と呼ばれることを嫌っていたという。
<惑星デラ、古代史概説第1章より>】
【惑星デラの古代超大国ムウリ共和国の始祖となったムウリ(通称ハーレムウリ)は、レベルアップチャイムの設定が出来なかったために本人は気づくことが無かったが、そのキンタマのレベルは銀河史上最高のレベル1230に到達していたとのことである。
これを上回れる者がいるとすれば、それはかのタケル神さまだけであろう。
ただし、特筆すべきはハーレムウリには妻が650人もいて、その全員と子を為していたのに対し、タケル神さまの奥様方はお2人しかいらっしゃらないことであろう。
奥方さまたちの超積極的な協力が無ければ今の1020というレベルも有り得なかったのである。
<銀河ギネスブックより>】
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一方で、ムウリたちが住んでいた村では相変わらず村長が命令を喚き散らしていたが、もう誰も従おうとはしなかった。
それで激昂した村長が村人を棒で殴ろうとするたびに宙に浮いていたので、しばらくの間平和が続いていたのである。
だが、秋も終わりを迎えて冬の気配が深まってきたころ、それまで沈黙していたほこらが再び念話放送を始めたのだ。
『村のみなさんにお知らせします。
東王国の兵が、南東から400、南南東から350、南から250迫って来ています。
また、北王国の兵は北北西から180、北西から250迫って来ています。
どの軍も数日中にはこの村に到達する見込みです。
これが最後の勧告になります。
タケル王国に避難を希望される方は、ほこらに入ってください。
繰り返します。
タケル王国に避難を希望される方は、ほこらに入ってください」
「み、皆の者聞くでないっ!
こ、これはまやかしだっ!
騙されて奴隷にされるぞっ!」
「村長サマよ、あんたも大したもんだわ。
最後まで己の意思を貫くとはな」
「あ、当たり前だ!
わしは村長であるぞっ!」
「それじゃあ村長、この村を確り守ってくれな。
俺たちはタケル王国に行くことにしたからよ」
「な、なに……」
「いやタケル王国に行ってもあんたが言うように奴隷にされるかもしれねぇけどな。
あのムウリたちの格好を見てりゃあ、東王国や北王国の奴隷にされるよりはタケル王国の方が遥かにマシそうに見えるからな」
「な、なんだと……」
「それじゃああばよ、頑張って戦って生き延びられるよう祈ってるぜ♪」
「こ、こここ、ここな裏切り者めぇ―――っ!」
こうして1人取り残された村長も、東王国の兵の姿を見ると泣きながらほこらに駆け込んで行ったそうだ。
もちろん村長は傷害と傷害教唆が4530件もあったため、タケル王国を見ることもなくすぐに終身刑になっていた……
自称戦士の男たちは、その大半が傷害罪で収監されたが、比較的若い男たちは刑期を終えると男たちだけの村に入れられた。
だがすぐに食料を奪おうとし、また村長の座を巡っての争いに加わったために、全員がまた宙に浮く生活に戻っていったとのことである。
彼らも、何度吊るされても、なぜ自分がそのようなメに遭っているのかとうとう理解出来なかったらしい。
彼らにとって誰かを殴って従わせようとすることは、呼吸をするのと同じぐらい自然なことだったからである……




