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*** 136 頬を撫でる風 ***

 


「なに! ワインの小樽がひとつ麦1斗と2合だと!

 去年までは麦1斗だったではないか!

 ブドウが不作だったとでも言うのか!」


「いえ家宰さま、ワインの価格は1樽銅粒500個のままでございます。

 麦の買取り価格が1斗銅粒400個に下がりましたので。

 ですからこれでも勉強させていただいております」


「むう、なぜ麦の価格が下がったのだ!」


「隣領より安くて美しく、また旨い麦が大量に入って来ておりますので」



 麦の価値低下は貴族の生活を直撃する。

 彼らの収入は戦いを仕掛けて奪うか、自領の畑で出来る麦を収奪するしかないのである。

 このうち戦いによる利益は、王国の周囲が既に全て属国となっているために数か月もかけて蛮族の地へ大遠征することでしか得られなくなっており、これにはもちろん莫大な戦費がかかる。

 もちろんヘタに国内の他の貴族家に戦を仕掛ければ王家に罰せられ、良くて降爵、悪くて改易になってしまう。

 このために、現在では彼らの収入は領内で採れる麦の収奪に依存していたのであった。


 その麦の価値が下がるとどうなるか。

 もちろんそれは貴族家の可処分所得の減少を意味していた。


「それでは隣領は何故そのように安い麦を売れるのか調べて来い!

 よいか、しかと申し付けたぞ!」


「畏まりました」



 如何に元貴族階級とはいえ、さすが商家はフットワークも軽い。

 商家は安い麦の出所がホスゲン辺境伯領だということをつきとめた。

 驚くべきことに、この領の商家では、麦の買取り価格が1斗当たり銅粒380粒だったのである。(売値は400粒)

 商家の密偵を兼ねた商隊長は、さらにホスゲン辺境伯傘下の商会が辺境伯家領兵の護衛の下で、西の緩衝地帯に新たに作られた商業街で麦を仕入れていることも突き止めた。


 そうしてその商業街に出向いた商隊長は、驚きに硬直しっぱなしになったのである。


 特に驚いたのは、その街での小麦の販売価格が、1斗当たりわずかに銅粒100粒だったことである。

 ホスゲン伯爵は銅粒100粒で買った麦を380粒で売ってボロ儲けしていたのだ!

 その麦が巡り巡って自分たちの商会にまで来て、銅粒400粒で買い取られていたのである!


 さらに驚いたのは、その街では鉄製武器が売られていることだった。

 それもその数2万本に及ぶ鉄剣や鉄槍が。


 鉄の小剣は1つ銅粒4万粒と非常に高価だったが、それでも買えない金額ではない。

 そんな貴重なものは大陸中どこを探しても売っていないのだ。

 本当に鉄なのか疑う商隊長の目の前で、店員はこれも貴重な磁鉄鉱を鉄剣に吸い付けて見せたのである。

(青銅の剣には磁石はつかない)


 さらにそこには遠征病や貴族病の特効薬まで売られていたのだ!



 商隊長は鉄貨1枚と特効薬3瓶を購入して帰途についた。

 特効薬の入った瓶すらも貴重なガラスで出来ていることに驚いていたが。



 商会本部に帰還した商隊の長は、早速商会長にタケル王国の商業街について報告した。

 それを真剣に聞いていた商会長は、すぐにクズラン子爵家の家宰に面談を申し入れたのである。


 クズラン家の家宰はやはり商隊長の報告を真剣に聞いていた。

 やはり家宰だけあって少しは経済観念もあるようで、その街では麦1斗が僅か銅粒100粒で売られていると聞いて目が丸くなっている。

 このままでは遠からず自領でも麦1斗が銅粒250粒ほどで売られるようになってしまうだろう。

 それはクズラン子爵家の可処分所得が半分になってしまうのに匹敵することなのだ!


 家宰は直ちに子爵家当主と嫡男に伺いを立て、その面前で商隊長にまた報告を繰り返させた。


 だがしかし、当主も嫡男も麦価格の下落が自家の可処分所得大幅減を齎すことはまったく理解出来なかった。

 そうしたアタマも無かったし、商人のような発想は卑しいことという考えも強かったのである。


 だがしかし、鉄剣鉄槍の存在には大いに喰いついて来た。

 なんといってもこの東王国の成立は銅剣の作成法発見に寄るところが大きく、銅剣の保有はもはや貴族家の義務にまでなっていたからである。


 遠征病と貴族病の特効薬の存在も大いに感銘を与えたようだ。

 当主にも嫡男にも両病の兆候が見られていたからである。

 当主は献上された特効薬をさっそく病に苦しむ領兵に与えて治験を行う気になったらしい。


 また、当主は献上された鉄貨を木台の上に置き、剣の達人と言われる従士に銅剣で切りつけさせてみた。

 3本の銅剣(いずれも銅合有量40%)を費やしたが、2本は大きく曲がり、また1本はぼっきりと折れてしまったのである。

 だが、鉄貨(実はタングステン合有超硬合金)には傷すらもついていなかったのであった。



 クズラン子爵は鉄製武器を欲した。

 それはもう強烈に欲した。


 そうして、彼らのメンタリティーでは、欲しいものは資金を捻出して購入するのではなく、戦って奪い取るものだったのである……


 しかも相手は自国内の他貴族家ではなく、聞いたことも無い他国なのである。

 さらに子爵と嫡男は、商隊長の報告にあった、『タケル王国の商業街には兵らしき者は1人もおらず、僅かに門番が4人いたのみ』という報告を鵜吞みにした。

 いや普通であれば他国に接する国境の街でそれは有り得ないとか、ならばなぜホスゲン辺境伯はその街に攻め入っていないのだとか、疑問も持ったことだろう。

 だが、彼らの目は欲に眩んでいた。

 それはもう貪欲に濁り切っていたのである……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




『タケルさま、クズラン子爵家の軍勢が商業街に迫って来ています』


「人数は?」


『従士らしき金属鎧12名と、革鎧の領兵が300名です』


「あー、ちょっと多すぎて相手するのはメンドいな。

 わかった、転移させて捕まえるわ」



「おーおー、攻城用の梯子だけじゃあなくってあいつら荷車まで大量に持って来てるじゃねぇか。

 こりゃ完全に盗賊と同じだなぁ。

 誇り高い武人貴族はどこいったんだよ」



 クズラン軍は壁門の手前30メートルほどで突撃陣形を組むと、エラそーな金属鎧が前に出て来た。


「タケル王国と名乗る蛮族に告ぐ!

 直ちに降伏して開門せよ!

 さもなければ我が精鋭軍全軍をもって蹂躙する!」


 門番のタケルが10歩前に出た。

 そうしてクズラン軍に背中を向けるとズボンとパンツを降ろし、尻を突き出しておしりぺんぺんをしたのである。


 金属鎧の額が青筋だらけになった。

 あまりの怒りに何本かの青筋が切れてぴゅーぴゅーと出血している。


「わはははははーっ!」


 タケルは大声で笑いながら門内に消えていった。


「と、ととと……」


 金属鎧は激怒のあまり呼吸困難を起こしている。


 副隊長が代わりに大声を出した。


「突撃ぃーっ! 全軍突撃だぁ―――っ!」


「「「 うおぉぉぉ―――っ! 」」」


 だがもちろん、第2壁を出たところで全軍が消え失せていったのであった……




 翌日はバケベソ伯爵家の軍900が当主の4男であるブスメン・バケベソ従士長に率いられて商業街に近づいて来た。


「ブヒ」


「ん、なんだ今日はオーキーが出るっていうのか」


「ブヒブヒ」


「それじゃあ行って来い」


「ブヒッ」



 バケベソ隊はやはり門前30メートルほどで停止し、ブスメン隊長が大声を張り上げた。


「タケル王国を名乗る蛮族に告ぐ!

 直ちに降伏して門を開けよ!

 さもなければ我が栄えあるバケベソ伯爵軍がこの街を滅ぼすぞっ!」


 オーキーがのしのしとバケベソ軍に近づいて行き、ブスメンから3メートルほどのところで停止した。

 遠目で見ていたときにはよくわからなかった巨大な体躯が明らかになっている。

 身長は2メートル30はあるだろう。

 ブスメンより優に80センチ以上は大きく、騎乗したブスメンよりも頭が上にあった。

 しかも体重は200キロ近い上に体脂肪率は3%しかない超ムキムキである。

 その顔は表情筋が盛り上がり、見たこともないほど厳ついものだった。

 ブスメンは思わず仰け反ってしまっている。


 と、オーキーがブスメンに背を向け、タケルと同じようにズボンとパンツを降ろして尻を突き出した。

 そうしてオーキーはそのまま大きく放屁したのである。


 ぶうぅぅぅぅぅ―――っ!


 しかもご丁寧に臭気を届けるための風魔法まで使っていたために、その臭い臭い風がブスメンの頬を撫でている。


「あっ……」


 と、ブスメンがその場に崩れ落ちたではないか。

 どうやらあまりの激怒に脳内の血管が切れたらしい。


「わはははははは―――っ!」


 オーキーが大笑いしながら門内に走って行った。

 どうやらこれをやるために朝から大量のイモを食べていたらしい。


 副官が我に返った。


「な、なにをしておるっ!

 全軍突撃せよぉっ!」


「「「 う、うおぉぉぉ―――っ! 」」」


 そうしてもちろんすぐに全軍が消え失せたのであった……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 その日タケルが邸に戻り、夕食後にソファで寛いでいると、ミサリアちゃんとセルジュくんがスタスタと近づいて来た。

 そうして2人ともタケルの前1メートルほどで止まると、くるりと廻ってタケルにおしりを向けたのである。


 タケルはイヤな予感がした。


 そしてミサリアちゃんはその短いしっぽでおしりをぺしぺしと叩き(前足はまだ短くておしりに届かないらしい)、セルジュくんは「ぷぃっ」と可愛らしいおならをしたのである。


 そうして2人は「にゃはははは―――っ!」と笑いながら走って行ってしまったのだ。


 エリザベートがタケルを呆れたような目で見ていた。



 また、どうやらオーキーも家で子供たちに同じことをされ、オーキリーナに叱られていたそうだ……





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